お肉のごま油ガーリック塩焼き
やはり食べ盛りがいると好まれるのはお肉である。それは今更なので、今日も今日とて悠利は、皆に喜んでもらえる味付けを考えていた。
使う肉はビッグフロッグの肉だ。これは鶏もも肉のような味わいなので、焼いて食べると肉汁がジューシーで大変美味しいのである。また、時折大量発生するような比較的倒しやすい魔物であることもあって、お値段がお手頃。庶民の味方であった。
食べ盛りの面々が満足してくれて、ご飯が進んで、さらには小食組もそれなりに食べやすい味付け。悠利はうんうん唸りながらどんな味付けにすれば良いだろうかと考えていた。全員を満足させるのは難しいが、せめて食べやすい味付けにはしたいのだ。
「何唸ってんだ、ユーリ」
「あ、ウルグス。お疲れ様。お勉強終わった?」
「終わった。で、今日の夕飯はビッグフロッグか」
「うん。ただ、味付けをどうしようか考えてるんだよね」
「味付け?」
定番の味付けじゃダメなのか?みたいな顔をするウルグス。彼は肉が好きなので、割とどんな味付けでも美味しく食べてくれるのだ。それが解っているだけに、悠利は素直に自分の考えを告げた。
「お肉好きな面々は濃い味でも薄い味でも喜んで食べてくれると思うけど、小食組にも食べやすいようにしたくて」
「あー、そっちか」
「そっちなんだよねー。何かいい案あるー?」
「俺に聞くなよ……」
悠利に問われて、ウルグスは困ったような顔をした。ウルグスには小食組の好みは解らない。どのぐらいの味付けなら重たくならないかも解らない。なので、出せるアイデアは一つしかない。
「梅干し使うとかじゃダメなのかよ」
「んー、たまには違う方向性にしたくてー」
「……つまりユーリの謎のこだわりなんだな」
「こだわりってほどじゃないけど……」
呆れたようなウルグスに、悠利はぼそぼそと呟いた。まぁ、こだわりと言われてしまえばそうかもしれない。同じ味付けの繰り返しだと飽きるかな、という気持ちなのだ。このあたりは多分、毎食違う料理を食べようとする日本人ならではのこだわりかもしれない。
……そう、意外と食事はローテーションで平気だという文化の国も多いのだ。けれど日本人は割と毎回違う献立の料理を食べようとすることが多いらしく、そのあたりも食に全力を尽くす魔改造民族の性質なのかもしれない。
とはいえ、そういう悠利の性格をウルグスも理解している。なので、一緒に色々と考えてはくれるのだ。慣れたとも言える。
「どういう感じにしたいんだよ」
「シンプルだけどご飯が進む感じで」
「難題じゃねぇか……」
大真面目に告げる悠利に、ウルグスは眉間にしわを寄せた。ご飯が進む味付けというのは総じてしっかりとした味付けのことだ。それを小食組でも食べられるように、あまりこってりしない感じで仕上げたいという意味である。普通に難題だった。
難題だったので、ウルグスはひとまずご飯が進む感じの、つまりは妙に食欲を刺激される味付けという方向で考えることにする。当人は真剣なのだろうが妙にコミカルな雰囲気の出ている悠利の隣で、考えて、考えて、そしてウルグスは彼なりの答えにたどり着いた。
「ガーリック系はどうだ?」
「へ?」
「使いすぎたら胃もたれするかもだけど、ガーリック系の味付けは小食組もそんなに嫌ってなかったと思うぞ。とりあえず、次から次へと食べたい感じではあるし」
「確かに」
ウルグスの言葉に、悠利はしっかりと頷いた。ガーリック系の味付けにすると妙に食欲がそそられるし、シンプルな味付けでも奥深い味になる。一応対人関係の仕事になる冒険者達なので使いすぎは注意が必要だが、忌避する面々はいなかったように悠利にも思えた。
ヒントを貰った悠利は、そこから味付けの骨組みを考える。ガーリックを使うのは確定。しかし、味付けそのものはシンプルに仕上げたい。そんな悠利が考えたのは、これだった。
「よし、ごま油とガーリックと塩で」
「何か良く解らんが、とりあえず美味そうだとは思った」
「そうと決まれば、お肉を切って、ガーリックもすりおろすよー」
「了解」
やることが決まれば悠利の動きは速かった。仲間達が満足できるまで食べられるようにと準備した大量のビッグフロッグの肉を、せっせとそぎ切りにする。そぎ切りにすると厚みが均等になるので、焼くときに等間隔で火が入りやすいのだ。分厚い箇所があると、そこだけじっくり火を入れないとダメなので。
そんな悠利の隣で、ウルグスはガーリックと戦っていた。皮をむき、ばらし、頭とお尻を落として薄皮を剥く。それを終えたら、おろし金ですりおろす。そこまで力のいる作業ではないが、悠利の方が肉を切るのが早いのでウルグスがこちらを担当しているのだ。
なお、すりおろすのに力のいる根菜類の場合は、力自慢のウルグスが担当する。ウルグスがいない場合、通りすがりの腕力自慢の訓練生にお願いすることもある。そのあたりは適材適所、助け合いの精神が根付いているのであった。
「ユーリ、ガーリック準備出来たぞ」
「ありがとう。こっちもお肉の準備終わったよ」
ウルグスの言葉に、悠利はにこにこ笑顔で答えた。その言葉通り、悠利が示した先のボウルにはそぎ切りにされたビッグフロッグの肉がどどーんと入っていた。かなりの量である。しかしウルグスはそれについては何も言わなかった。これぐらい必要だと思っているのである。
悠利の示すまま、ウルグスはすりおろしたガーリックをボウルの中に入れる。ガーリックを豪快にぽいっと入れたボウルの中に、悠利は塩を適量振りかける。そして、綺麗に洗った手でボウルの中身を丁寧に混ぜる。
すりおろしたガーリックと塩が肉全体に満遍なく染みこむように、一生懸命混ぜる。こうやって肉を混ぜるときは道具を使うよりも手で混ぜた方が確実だ。手が汚れるのは嫌な場合は手袋を使うか、肉をポリ袋に入れて揉むと良い。
生憎と異世界にポリ袋は存在しなかったので、悠利は大量の肉を頑張って混ぜている。表面だけを混ぜても意味がないので、ボウルの底から全体をひっくり返すようにして混ぜるのがポイントである。そうして、ガーリックと塩をビッグフロッグの肉に丁寧に揉み込んでいく。
「全体にちゃんと揉み込めたら、仕上げにごま油をかけます。……ってことだから、入れてくれる?」
「了解」
悠利に言われて、ウルグスはぐるーっとボウルにごま油を回し入れた。そのごま油を、悠利は肉全体にまぶすように混ぜる。そうすると、すりおろしたことで香り豊かになっているガーリックの匂いと混ざり合って、何とも言えず食欲をそそる。
「……匂いだけで腹が減るんだけど」
「生肉は食べられないので諦めてください」
「いや、それは解ってんだけど……。あー、ガーリックもごま油も、それだけで十分腹が減るのに、両方あったら余計に腹が減るに決まってるよな!」
「まぁ、それはそうだね」
匂いの誘惑にうぐぐとなっているウルグスの叫びに、悠利は確かにと同意した。ガーリックもごま油も、何とも言えず風味豊かな匂いで食欲をそそるのだ。それが合わさった上に互いに良さを引き立てているのだから、余計に美味しそうな匂いになってお腹が減ってしまうのだ。
とはいえ、これはまだ仕込みだ。味付けが出来た悠利は、油まみれになった手を丁寧に洗いながらウルグスに告げた。
「味が染みこむまで少し寝かせたいから、お肉のボウルは冷蔵庫に入れておいてくれる?」
「…………解った」
「何で返事まで長いの……。今焼いても美味しくないから、それじゃ試食の意味がないでしょ」
「解ってるって」
悠利の言葉に肩をすくめて、ウルグスはボウルを冷蔵庫に片付ける。説明に納得はしているのだ。ただちょっと、とてもとても美味しそうな匂いがしたので、早く食べたいなぁと思っただけで。
そこから二人は、メインディッシュ以外の料理をいそいそと作った。お肉だけでは晩ご飯は完成しない。野菜のおかずも必要だし、スープ類もあったら皆が喜ぶ。栄養バランスを考えて、色々と作る必要があるのだ。
何せ人数が多いので、二人がかりで頑張らないと大変なのだ。悠利とウルグスは皆の胃袋を満たせるようにせっせと頑張った。
そして、メインディッシュ以外の準備が整った頃、悠利は冷蔵庫からボウルを取り出した。味が染みこむように先ほど冷蔵庫に入れておいたビッグフロッグの肉は、心なしかしっとりしているように見えた。
「それじゃ、試食用に一つ焼いてみるね」
「おう」
「今回は味付けにごま油を使ってるから、フライパンには油を引かずに焼きます」
そう告げて、悠利はフライパンの上に肉を一つ置いた。そのまま火にかけると、ジューっという美味しそうな匂いがしてくる。ごま油を纏っている状態の肉は特にフライパンにひっつくこともなく、順調に焼かれていく。
裏面にしっかりと焼き色が付いたのを確認すると、肉をひっくり返す。そぎ切りにしたおかげで、焼き色の確認もしやすければ、ひっくり返しても転がったりしないので良い感じである。切り方一つで難易度が変わるので。
両面しっかり焼き、中まで火が通ったのを確認してからフライパンから取り出す。ごま油とガーリックの匂いが火を入れたことでぶわっと香っており、それはもう、お腹が減る匂いであった。
「……匂いだけでライス食えそう」
「何それ、滅茶苦茶器用なんだけど……」
ぼそりと呟いたウルグスに、悠利は思わず正直すぎる感想をこぼした。匂いだけでご飯が食べられるって何それ?みたいな気持ちなのである。
それはともかく、しっかりと焼けたビッグフロッグの肉を、悠利は半分に切った。味見をするには半分こしなければならないからだ。そうして切った肉を、悠利はすっとウルグスに差し出した。
「はい、味見用。薄かったら言ってね」
「了解」
肉にしっかりと味が染みこんでいるのか、染みこんでいるとして、それで問題はないのか。味見はそれらを確認する大事な仕事である。……断じて、一足先に美味しいものを食べたいわけではない。
口の中へビッグフロッグの肉を入れて、二人はしっかりと肉を噛む。ちゃんと火が通っている証拠のように簡単にかみ切れて、口の中にじゅわりと肉汁が広がる。
すりおろしたガーリックと塩を揉み込んだことにより、肉全体にその味がしっかりと染みこんでいる。火を入れたことによってガーリックの食欲をそそる香りが際立ち、塩との相乗効果で肉の旨味を引き出している。
またそれだけでなく、ごま油の風味が何とも言えずに美味しかった。肉とごま油の相性は良いが、ガーリックと塩との相性も良いことが証明されている。ビッグフロッグの肉の美味しさを余すところなく引き出していた。
「うん、良い感じかな。ウルグスはどう?」
「想像通り美味かった」
「それは良かった」
「とりあえず、ライスを多めに用意する」
「……本当に美味しかったんだね」
大真面目な顔で追加の米の準備を始めるウルグスの背中を見て、悠利は困ったように笑った。ご飯が進む系のおかずの場合、こうやってウルグスはご飯を多めに用意しようとするのだ。そしてその勘は割りと当たる。
その反応を見て、これはお肉大好き組も満足してくれそうだなぁと思いながら、せっせと肉を焼く悠利であった。
そして夕飯の時間、悠利とウルグスの予感は的中していた。ガーリックと塩とごま油でシンプルに仕上げたビッグフロッグの肉は大人気で、そしてご飯が進むと言うことで白米のお代わりが続出していた。
「うーん、ウルグスの予想が当たりすぎてて怖い」
「俺は自分が食いたいと思ったから……」
「ウルグスがそう思うときって、他の人もそうなるからねぇ」
そう言いながら、悠利もまたお肉と白米を口へと運んだ。お肉だけ食べても美味しいが、白いご飯と一緒に食べると格別である。肉の旨味をご飯がしっかりと受け止めてくれるのだ。
そもそも、ガーリックは食欲をそそるし、ガーリックライスなるものも存在する。白いご飯と合わないわけがなかった。噛めば噛むほど美味しさが口の中に広がり、何とも幸せな気持ちになれる。
その上、味付けそのものはシンプルなので、小食組にも受け入れられている。量はそれほど食べられないかもしれないが、ガーリックもごま油も全員が嫌がらずに食べる味付けなので、美味しいという感想があちらこちらから聞こえてくる。
「ビッグフロッグの肉はこう、肉汁がじゅわーって出るのが美味いよなぁ」
「解るー。オイラ、バイパーの肉も好きだけど、ビッグフロッグの肉の噛んだら肉汁が出るのも好き」
「味が濃い感じがするよなー」
「ねー」
仲良く会話をしているウルグスとヤック。話ながらも肉を食べる手は止まらない。食べ盛りの少年としては、美味しくてついつい箸が伸びるのだろう。
なお、そんな風に会話をしている二人の横では、カミールとマグもしっかりと自分が食べる分の肉を確保していた。マグは出汁が絡まないときはほどほどだが、食べないというわけではない。食べられるときに食べるという考えらしく、大皿争奪戦にはちゃんと参加する。
隣のテーブルでわいわいしながらも美味しそうに食べている見習い組を見て、悠利も自然と笑顔になる。喜んでくれて良かったなぁ、という気持ちだった。
その視線は、他のテーブルにも向けられる。小食組や女子組なども、美味しいと言いながら食べている姿が見える。ご飯と一緒に食べている姿だけでなく、サラダのレタスと一緒に食べる姿もあった。葉っぱとお肉の相性もなかなか良いのである。
シャキシャキとしたレタスと、肉汁たっぷりのお肉のバランスが良いのだろう。いそいそとサラダのお代わりをする姿も見受けられる。お肉とご飯以外にもお代わりが発生しているのを見て、悠利はますますにこにこ笑顔になった。
仲間達が沢山食べてくれるのは嬉しい。自分が作った料理を喜んで食べてくれるのが嬉しい。それに何より、肉も野菜も満遍なく食べてくれるのが嬉しいのだ。冒険者は身体が資本なので、食事でしっかり栄養を取ってほしいのだ。
そんな風にニコニコしながら、悠利も食事を進める。皆と一緒に食べるご飯、皆が喜んで食べてくれるご飯、実に幸せな時間である。
なお、ガーリック塩ごま油のビッグフロッグの肉は好評で、また作ってと言われるのでした。皆が気に入る味付けがまた増えました。
割りとお肉はシンプルに焼いたやつが好きですね。
飽きないというか……。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





