問題解決を祝って、おやつの時間です
「それでは、おやつにしましょう!」
「「…………」」
満面の笑みを浮かべて宣言する悠利を、一同は何とも言えない顔で見ていた。《真紅の山猫》の仲間達はまた始まったと言いたげな表情だが、ニコレットは何が起きているのか解らないという顔をしていた。無理もない。
しかし、悠利には悠利なりの理由があるのだ。えっへんと言いたげに胸を張り、悠利はこう告げた。
「無事に問題の解決が出来たんですから、お祝いもかねておやつにするのはアリだと思うんです。あと、普通に小腹が空く時間なので」
「……お前な」
呆れたような顔をするアリーを見て、悠利は心配しないでくださいと言いたげに魔法鞄と化している学生鞄をポンポンと叩いた。妙に自信満々であった。
「大丈夫です、アリーさん。ちゃんとニコレットさんの分もあります」
「そうじゃねぇ。……というか、何でだ」
「今までの例を考えると、ダンジョンマスターさんも普通に飲食できるなと思って。お近づきの印に?」
「……そうか」
もうツッコミを入れるのも馬鹿らしくなったのか、アリーは色々と諦めたような口調でそう呟いた。リーダーが諦めた、とクーレッシュが小さく呟く。それに何も言わない程度には、アリーは色々と疲れているのかもしれない。まぁ、色々あったのでお疲れなのは事実だろう。考えなければいけないことが多いので。
とりあえずそれでおやつタイムの許可は貰ったと理解した悠利が、テーブルの上にせっせと本日のおやつを並べ始める。それはバスケットに詰め込まれた沢山のフルーツサンドだった。中に入っている果物の種類も豊富だが、何よりクリームが生クリームとカスタードクリームの二種類である。選ぶ楽しみがそこにあった。
座って座ってと皆を促して、悠利はついでにピッチャーとグラスを取り出して紅茶を注ぐ。完全にティータイムという感じの状況に、ニコレットはまだ目を白黒させていた。ダンジョンマスターを困惑させるとは、流石悠利である。
「あ、コレットさんも座ってくださいね。ちゃんとコレットさんの分も用意してありますから」
「え、あの……」
「甘い物って平気ですか?生クリームとカスタードクリームと果物なんですけどー」
「いえ、ですから……」
どこから突っ込めば良いのか解らないのか、ニコレットの言葉は歯切れが悪い。可哀想に、と一同は思った。久方ぶりの他者との触れ合いだろうに、こんな超弩級の天然マイペースの相手をしなければならないのだ。どう考えても難易度が高すぎる。
誰が助け船を出すかという風に目線で会話をする一同。そこで動いたのは、イレイシアだった。やはりここは、共に演奏もした仲で、恐らくはニコレットが一番気を許しているだろうイレイシアが適任だろうということになった。
「コレットさん、困惑されるのは解りますが、一先ず席についてくださいませ。話はそれからに」
「……解りました」
そうしないと何も始まらないとか、自分が一人戸惑っていても話は進んでいくとか思ったのだろう。ニコレットは素直に席に着いた。そんな彼女に向けて、イレイシアは大真面目な顔で告げる。
「ユーリがおやつと言い出したら、全員おやつにするまで終わりませんので、ご参加くださいな」
「……何故おやつとか、何故私の分まであるのかとか、聞いても良いのですか?」
「全てユーリだからで終わりますわ」
「……そうですか」
身も蓋もない返答であったが、イレイシアも他に言いようがなかったのだ。仕方ない。アリー達も力一杯頷いているし、何なら、皆の足下でルークスも訳知り顔で身体を上下に揺さぶっている。その通りだと言いたげに。
元人魚のダンジョンマスターさんの常識とはかけ離れた状況だが、受け入れるが吉と思ったのだろう。ニコレットは溜息を一つついてから悠利の方を見た。
「食事は出来ますし、甘い物も嫌いではありません。ですが、私はダンジョンマスターなので飲食は必要ありませんよ」
「エネルギー補給的な意味では必要なくても、食を楽しむ娯楽としては問題ないですよね?」
「……何故そこまで自信満々に……」
「お友達のダンジョンマスター達はそんな感じだったので!」
「…………」
満面の笑みで答える悠利。ニコレットは沈黙した。お友達のダンジョンマスターって何だろうと思ったに違いない。しかし、彼女は何も言わなかった。これ以上藪を突きたくなかったのかもしれない。
なお、悠利はそんなにニコレットの思いになど気付いていないので、ニコニコ笑顔で持参したフルーツサンドについて説明を始めている。安定の悠利。
「今日のおやつはフルーツサンドです。クリームは生クリームのものとカスタードクリームのものがあるので、挟んである果物と合わせて自分の好みのものを食べてください」
仲間達はもう慣れたことなので、こくりと頷くだけだ。どれにしようかなーと選ぶモードに入っている。
そんな中、一人眉間に皺を寄せているのがラジだった。彼は甘い物が苦手である。時には匂いだけでしんどくなる程度には、彼はスイーツ系の甘い物が苦手だった。果物の甘さは平気なのだが。
そんなわけで、大量のフルーツサンドを前にラジは固まっている。本日のおやつはこれですと出されても、自分が食べられるものがあるだろうかという気持ちだった。
生クリームは砂糖控えめで牛乳の味を生かしてあり、カスタードクリームよりも甘さは控えめだ。間に挟まる果物を柑橘系などのものを選べば、まだ何とか食べられるかもしれない。
しかし、そんな風に考え込んでいたラジの前に、別のものが差し出された。それは、器に盛り付けられた薄焼きの煎餅である。色味から、塩味と醤油味の二種類が入ってるのだと解る。
「ユーリ?」
「ラジの分はこれだよ。流石にフルーツサンドを食べてとは言わないから、安心して」
「……ありがとう」
「あ、匂いは大丈夫?しんどかったらちょっと離すけど」
「これぐらいの分量なら大丈夫だ」
「それなら良かった」
安堵したようなラジに、悠利も安心したように笑った。せっかくの美味しいおやつなのだ。皆が一緒に楽しめなければ意味がない。そんな空気だった。
仲良しオーラを出している悠利とラジのやりとりに、ニコレットは不思議そうな顔をしていた。そこまで気を遣って、何故わざわざ出先でおやつを食べようと思っているのか、と思ったのだろう。小腹を満たすだけなら、こんな手の込んだものを用意する必要はない。
しかし、悠利には用意する必要があったのだ。小腹を満たす意味はあるが、おやつの時間はおやつを食べると決めているので。あと、最初に告げたように、問題解決のお祝いみたいな気持ちがあるので。
「コレットさんは嫌いなものとかあります?」
「いえ、特には」
「それじゃあ、好きなのを食べてくださいね」
「……えぇ、ありがとうございます」
深く考えるだけ無駄だと諦めたニコレットは、皆と同じようにフルーツサンドへと手を伸ばした。真っ白なパンにクリームと果物を挟んだシンプルなフルーツサンドだ。断面の美しさなどには特に拘っていない、普通に挟んだだけのものである。
だが、そんなシンプルなフルーツサンドですら、長くダンジョンマスターとして生活していたニコレットには珍しいものだった。そもそも、人間が食べるような食事を取るのはどれだけぶりだろうか。ダンジョンマスターになる前なので、もう随分と昔の話である。
そもそもダンジョンマスターには食事は必要ない。ダンジョンコアが回収したエネルギーを共有することで問題なく生活出来るのだ。わざわざ、食料を調達して料理を作って食事をするようなことはない。
強いて言うなら、ダンジョンのお約束としてセーフティーゾーンに設置される果物を時々食べるぐらいだろうか。元人魚なら魚に興味を示すと思われるかもしれないが、食事が必要ないなら無益な殺生を彼女は望まなかった。
だからこれは、本当に久方ぶりの、食事らしい食事だった。奇妙なことになったと思いながら、手にしたフルーツサンドを一口かじる。
ふわふわとした柔らかな食パンに、たっぷりと挟まれた生クリームが何とも言えず存在感を示す。そして、その二つに挟まれる形になった果物が、ニコレットが選んだものはイチゴだったので、仄かな酸味を持つ赤い果実の瑞々しい食感が伝わる。
噛めば噛むほどに食パンの甘味が口に広がり、それを包み込む生クリームの風味が何とも楽しい。イチゴは食べやすくスライスされたものが幾つも重なって入っており、歯を立てる度にたっぷりと詰まった果汁が口中を満たす。何とも言えず美味しい甘味であった。
言葉にはせぬままに、ニコレットは久方ぶりの食事を楽しんでいた。美味しいものは美味しいのだ。肉体の維持には必要ないと解っていても、それでも、人魚だった頃ぶりに味わう甘味は、確かに美味であった。
「お口に合いました……?」
何も言わずに静かに咀嚼しているニコレットに、悠利は伺うように問いかけた。自分達は美味しいと思っているけれど、ニコレットの好みの味付けは解らないので心配になったのだろう。どうせなら美味しく食べてほしいと考えるのが悠利なので。
そんな悠利に、ニコレットは困ったように笑った。本当にこの少年は料理が好きなのだな、と思ったのかもしれない。
「えぇ、とても美味しいです。ありがとうございます」
「そうですか。良かったです。いっぱいあるので、好きなだけ食べてくださいね!」
今日は大食いの人もいないので、と悠利はにこにこ笑った。大食いの人はいないの一言に、仲間達はそっと視線を逸らした。確かに事実だけれども、と。
なお、この場合の大食いの人とは、そもそもの食事量が多いレレイやウルグスのような大食漢組を指しているわけではない。いや、レレイは入っているかもしれないが、フルーツサンドに対する大食いの人とは、甘味同盟のブルックとヘルミーネの二人のことである。
ブルックはそもそも元から大食漢であるが、食事に関しては小食のヘルミーネはスイーツ限定で大食い組に入るのだ。甘い物は別腹と常々言っているが、別腹の方が大きいのでは?と仲間達は思っている。
つまりは、そんな風に甘味大好きで沢山食べる二人がいないので、遠慮なくお代わりしてくださいねという意味である。本日のメンバーはおやつの取り合いをするようなことはない。実に平和だ。
平和だと思いながらカスタードクリームのフルーツサンド(具材はオレンジ)を食べていたクーレッシュは、ハッとしたように悠利を見た。その顔がどこか引きつっている。
「な、なぁ、ユーリ」
「なぁに?」
「これ、このフルーツサンドって、残ってる皆の分って……」
「僕は作ってないよ」
「ぅえ!?」
悠利の言葉に、クーレッシュは変な声を上げた。うめき声に近い。手にしたフルーツサンドを見て、悠利を見て、この世の終わりみたいな顔になっている。そんなクーレッシュに、違う違うと悠利は慌てて説明を付け加えた。
「確かに僕は作ってないけど、材料は用意してあるし、見習い組が作ってるはずだよ」
「え?」
「あんまり早く作りすぎると、へにゃってなっちゃうから」
「……な、なるほど」
どうせなら美味しく食べて貰いたいということで、アジトに残っている仲間達の分は見習い組に適切な時間に作って貰うように頼んできたのだ。だから、先ほどの「僕は作ってないよ」という台詞になったわけである。
悠利の説明で自分が命拾いしたことを理解したクーレッシュは、深く深く息を吐き出した。ビビらせるなよ、とでも言いたげであった。そんなクーレッシュの肩を、ラジがポンポンと叩いていた。
クーレッシュがこんな風になっているのには、理由がある。自分だけがフルーツサンドを食べたと知られたら、レレイとヘルミーネの二人に思いっきり責められるからだ。ラジとイレイシアも同罪だとしても、彼女達はきっとクーレッシュに突撃するだろう。いつもの流れである。
そんな風にひとまず命拾いしたと理解したクーレッシュは、安心してフルーツサンドを頬張った。ふわふわの食パンも、濃厚なカスタードクリームも、ほどよく瑞々しいオレンジも、何もかもが見事な調和である。
カスタードだけでは濃厚すぎて重くなりがちだが、オレンジの酸味がほどよく仕事をしている。オレンジはそれほど酸味はないが、それでも柑橘系だけあって、口の中をさっぱりさせてくれる力は健在だった。そのおかげで、ついついテンポ良く食べてしまう。
美味しそうに食べているクーレッシュの姿を見て、悠利も満足そうに笑っていた。その手には、生クリームとパイナップルのフルーツサンドがあった。独特の繊維のある食感と、南国の果実らしい濃厚な甘味が何とも言えず美味しい逸品である。
「んー、やっぱりフルーツサンドは甘くて美味しい」
「美味いけど、何で今日のおやつこれなわけ?」
「出先でも食べやすいかなと思って」
「あー、なるほど」
クーレッシュの問いかけに、悠利は端的に答えた。本当に理由はそこにしかなかったので、物凄くあっさりしている。正直、こんな風にテーブルと椅子を出して貰えると思っていなかったので、どんな状況でも食べやすいようにフルーツサンドにしたのだ。
それならクッキーなどの乾き物でも良かったのではないかと言われそうだが、そこは小腹を満たすという目的もあったので別の何かにしたかったのだ。昼食は移動中に済ませ、現地に着いてからはダンジョンの調査に忙しいだろうと思っていたので。
まぁ、結果として、ニコレットもフルーツサンドがお気に召したようなので問題ない。イレイシアと二人、楽しげに話ながらフルーツサンドを摘まんでいる。美女と美少女が顔を合わせて談笑しながらフルーツサンドを食べる光景は、実に眼福であった。
そんな中、煎餅を黙々と食べているラジであった。塩味と醤油味の薄焼き煎餅はラジの口にも合うので、パリパリとした食感を楽しんでいる。クッキーやビスケット、クラッカーともまた違う煎餅の食感は、それはそれで美味しいと仲間達にも好評なのだ。
「ところで、リーダーはフルーツサンド平気なんですか?」
「あ?具材を選べば問題ない。俺はお前ほど甘い物が苦手じゃないからな」
「そうですか」
好き好んで大量に食べないだけで、別に甘味が食べられないわけではないアリーの返答は簡潔だった。そっちの方が生きやすそうで良いなぁみたいな雰囲気になるラジ。単なる好き嫌いというには、彼の甘い物が苦手な性質は筋金入り過ぎたので。
なお、アリーが食べているのは生クリームが挟まっているものばかりだ。カスタードクリームよりも甘さ控えめなので、まだ食べやすいのだろう。果物も、柑橘系のようにさっぱりしたものをチョイスしている。
悠利が、その辺りのことを考えて、甘い果物だけではなくさっぱりした果物も選んで作ってきたからだ。アリーへの配慮もあるし、自分を含めて皆が選ぶ楽しみがあれば良いと思ったのもある。色々あると楽しいよね、の気持ちだ。
そんな風にのどかに、おやつの時間はすぎていく。まったり食事を続ける皆の足下を、ルークスが張り切って掃除をしていた。勿論、ニコレットの許可は取ってある。
問題解決も出来て、おやつの時間で少し仲良くなって、今後の在り方についての話の方向も決まっている。大団円というところだろうか。
また今度ピクニックに来るときは、ニコレットの分も食べるものを持ってこようかなーとのんびり考える悠利だった。……色々と察したらしいアリーに、「聞いてからにしろ」とツッコミは受けました。
そんなわけで水棲ダンジョンの困りごとも無事解決し、ダンジョンマスターさんと仲良くなったのでありました。報告を受けた仲間達は、またか、という顔になりました。お約束です。
これにて続き物はおしまいです。
最後がおやつ食べるあたりが安定の悠利ですね。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





