保護者に報告して今後の方針です
やはり報連相は大切。
いつもと違うことが起きたのならば、保護者であるリーダー殿に報告する。それは別に、悠利だけが言い聞かされていることではない。誰でも同じである。
「何でお前はピクニック一つ普通に終わらせられないんだ!」
「待ってくださいアリーさん、濡れ衣です!誤解です!僕は本当に何もしていません!!」
イレギュラーなことが起こったので報告したいという旨を本日のピクニックの引率役であるフラウから聞かされたアリーは、開口一番そんなことを言った。ジト目で悠利を見るおまけつきである。
勿論、悠利は全力で否定した。そして、そんな悠利を本当に今回は悠利のせいじゃないと居合わせたフラウとイレイシアが必死にかばってくれた。
なお、詳しい説明を聞く前にアリーがお前のせいかと言いたげな反応をしたのには理由がある。今までが今までだからである。そう言われると、悠利も否定は出来ない。悪気はなかろうが、何か知らないけれど普通ではない状況をホイホイと引き寄せてしまうところが、悠利にはあった。
幸いなことに運∞という能力値のおかげで危ないことには巻き込まれない、もしくは巻き込まれても無事で終わるのだが、それはそれ、これはこれだ。ただでさえ規格外の能力を持つ悠利が、穏便に、平和に、偉い人や妙な組織に目をつけられることなく普通に生活できるようにと日々気を配っているアリーである。少しは自覚を持っておとなしくしろと言いたいのかもしれない。
だが繰り返すが、今回に関しては悠利は無実である。今回に関しては。
「アリー言いたいことは解るが、詳しい説明を聞いてくれ。今回に関しては、引き金はイレイスの方だ」
「あん?イレイシアが?何でだ」
「何でと言われても事実はそうなのだ。勿論あそこは曲がりなりにもダンジョンだから、ユーリがきっかけかもしれないと思う気持ちは解るが」
「フラウさん、それ全然フォローになってないんですけど!」
かばってくれていると思ったのに割と普通に掌返しをされて、悠利は思わず叫んだ。そんな悠利をまあまあとなだめているのがイレイシアである。
今回は何もしてませんと必死に主張する悠利。必死になって主張する姿が余計に怪しいとアリーに思われるのかもしれない。あるいはいつも、「僕、何もやってないです!」と叫びながらなんやかんやと引き金になってきた過去があるからかもしれない。
なお、悠利は基本的にいつも何もしていないししていないつもりである。実際は何かをやらかしていたり、とっかかりになっていたりはするのだが、本人に自覚がないので悠利の主張としては毎回「僕は何もしてません!」になるのであった。
閑話休題。
「では、端的に状況を説明する。ウルム湖のダンジョンマスターかダンジョンコアかは解らんが、それがイレイスに接触してきた。いや、接触というか……、イレイス、説明できるか?」
「はい、呼び声が聞こえたのですわ。帰ろうとしたときに、まるで待ってくれと、助けてくれというような呼び声が聞こえたのです」
「詳しく説明しろ」
イレイシアの言葉にアリーは真剣な顔になった。
端的に説明された内容が、実にアレすぎるのだ。ダンジョンの異変は冒険者である彼らにとって他人事ではない。ましてや呼び声という表現をされると、アリーとしてもクランメンバーの身の安全を考えて放置できない。
なのでイレイシアは、自分に解る範囲で状況を説明した。
ピクニックから帰ろうとしたらまるで呼び止められるようになったこと。何を言っているかは解らなかったが、それが助けを求めるような思念であったこと。呼び声が本当にダンジョンからなのかを確かめるため、湖の中枢であるダンジョンコアへと続く祠の入り口付近まで行ってみたこと。本来ならその辺りを守護し、近づく者を追い払うはずの魔物達が、むしろイレイシアを誘導するような反応を見せたこと。流石に一人でダンジョンに入るのは危険すぎると判断し、一旦戻ってきたこと。
その説明を受けたアリーはしばし沈黙した後、盛大にため息をついた。何でまたそんなややこしい状況に、とでも言いたげである。しかも普段そういった騒動に巻き込まれそうにもないイレイシアがというのが引っかかるのだろう。何がきっかけで彼女が認識されたのか、そしてダンジョンもしくはダンジョンコアは何を思って彼女に接触してきたのか、解らないことだらけだ。
解らないのならば調べなければならない。少なくとも、何らかの異変がウルム湖のダンジョンに起こっているというのは確かなのだから。
「解った。流石に今から行くのはあれだからな。明日、メンバーを再編してダンジョンの調査に行く。イレイシア、悪いが同行してもらうぞ」
「もちろんですわ。わたくしも、何が起こっているのかを確認したいと思っております」
「よろしく頼む」
アリーの言葉に、イレイシアはこくりとうなずいた。彼女は当事者だ。戦闘能力に乏しかろうが、彼女を置いていくという選択肢は存在しない。
それに、ウルム湖は水に縁のあるダンジョンである。人魚のイレイシアは、少なくとも水のある領域においては人間であるアリー達よりもよほど身軽に動ける。ダンジョン内部には水がないとはいえ、そこに至るまでは広い湖を進まなければならないのだ。それを思うと、仮に当事者でなかったとしてもイレイシアは探索メンバーに加えるべきだろう。
二人のやりとりを(イレイス、大変だなぁ。頑張ってほしいなぁ)という感じでのんびりとした顔で見ている悠利。完全に自分は部外者で無関係だと思っていたのだが、そんな悠利の耳にアリーの言葉が飛び込んできた。
「ユーリ、お前も行くんだぞ」
「何でですか!?」
「何が起こるか解らんから、とりあえず調査担当は多い方がいい」
「えっと、でも僕あの、非力ですよ。後、そんなに長く息が続きません」
真剣な顔で悠利はそう告げた。
そう、そこだった。自分に出来ることでお手伝いをするのはやぶさかではない。アリーに協力を求められたのなら、頑張ろうという気持ちだってある。身の安全に関しては、基本的にルークスが護衛をしてくれるので何とかなるが、呼吸が出来ないことだけは流石にどうにもならないのである。
切実な訴えを口にした悠利を見て、アリーはなんだそんなことかと言いたげな反応を見せた。
「ユーリ、心配しなくても俺も水の中で息は出来ん」
「あ、そうですね」
「だから、息が出来なくても水の中を歩ける魔法道具を持っていく」
「そんなのがあるんですか?」
「ある。まあそこそこ貴重だが、市販されているものだからな。そうでもなければ、あそこの調査は出来んぞ」
「あ、確かに……」
イレイシアは人魚だが、人魚族はそもそも冒険者になっているとしても、彼女のような吟遊詩人の者達が多い。早い話が戦闘には長けていない。そんな彼らはダンジョンの調査などには滅多に参加しないので、あのウルム湖のダンジョンの調査をしたのはそれ以外の種族ということになる。
となれば、陸上で呼吸をする種族の方々が湖の底を歩けるような、あるいは泳ぎながらも呼吸が出来るような何かがあるはずなのだ。そこに考えが至らなかったのは、やはり悠利が異世界人だからだろう。
この世界の人たちにとっては当たり前の、困ったときに色々と状況を改善する方法として認識されている魔法道具のことが、悠利にはまだ理解しにくいのだ。何せ、色々と常識をねじ曲げているようなものが多く、「え、そんな道具があるんですか?」みたいなことになるのであった。代表格は魔法鞄である。
まあ、とにかくこれで問題なく水の中でも呼吸が出来る、すなわち悠利も何も気にせずダンジョンの中枢へ向かえるということが判明した。
僕が行ってもお役に立てるものかなぁ、などと悠利は思っているのだが、少なくとも鑑定系最強技能と呼ばれる【神の瞳】があるのだから、調査という意味では役には立てるだろう。
悠利を連れて行ったことによって何らかの化学変化が起きて、より面倒くさい騒動になる可能性がないとは言い切れないところだが、それに関しては今回のキーパーソンがイレイシアであることで多少は緩和されるのだろう、とアリーは思っている。希望的観測かもしれない。
「しかしアリー、明日というのは急だな。恐らく、動ける者が限られてくるぞ」
「ああ、解ってる。少なくとも指導係や大人組は動けねえな。全員用事が入っていた」
「となると、訓練生から見繕うか……。まあ、アリーが動けたのが不幸中の幸いだな」
「そうだな」
大人二人はそんな会話をしていた。
そうか、自分達だけじゃ人手が足りないんだ、と悠利は二人の会話から理解する。そもそも、悠利もイレイシアも非戦闘員である。アリーは後衛である真贋士とはいえ、前衛もしっかりこなせる男だが、調査をしながら一人で二人を守るのは無理だろう。となれば、誰か同行者を募ることになる。
時間に余裕があったり、予定が調整できたならば、こういったときこそ指導係や大人組の頼れる皆さんにお願いするべきなのだ。
例えば、クラン最高戦力と名高いブルックを連れて行けば、戦闘方面に関しては丸投げで終わる。戦闘方面どころか、ちょっと危険な罠の数々ですら、彼が全部粉砕してくれるだろう。実際、無明の採掘場部分のえげつない(どう考えても殺傷レベルが高すぎる)大量の罠はほぼほぼ彼がどうにかしてくれた。
しかし、今日の明日で突然動けるほど冒険者は暇ではない。そして、冒険者の仕事というのは相手の存在があるのだ。採取依頼などの期日に余裕があるものならともかく、直接依頼主と関わるような依頼の場合は、日程の変更が出来ない。
それもあって、アリーとフラウは誰が動けるのか、動けるとして連れて行くのに値するのか、そんな相談をしていた。
大人二人のやりとりを見ていた悠利は、ふと隣に立つイレイシアの表情が気になった。真剣なというよりは、申し訳なさそうな顔をしているのだ。
「イレイス、どうかした?」
「え?何がですのユーリ?」
「何がって……。何だか考え込んでる感じだったから」
「その、わたくしのせいで大事になっているような気がして、申し訳なく感じていますの」
「それはイレイスのせいじゃないでしょ」
思い詰めた様子で告げるイレイシアに、悠利はあっけらかんと答えた。驚いたようにパチクリと瞬きを繰り返すイレイシアに、悠利は言い聞かせるようにこう告げた。
「確かに何か不思議なことが起こってて、ダンジョン絡みでイレイスが話の鍵なのは理解してるよ。でもね、イレイス。イレイスが何かをしたわけじゃなくて、むしろ巻き込まれた側なんだから、自分のせいでって考えるようなことじゃないと思うよ」
「ユーリ……」
「っていうか、イレイスがいたからダンジョンの異変に気づけたってことかもしれないじゃない」
にこっと悠利は笑う。これは悠利の本心だった。
イレイシアは何も悪いことはしていないし、もしもダンジョンに何か危険が迫っているとかであれば、イレイシアがいたからこそ一早く異変に気づけたということになる。
それはつまり、ダンジョンの近隣の人々の生活を守ることにも繋がるのだ。大きな異変が起きてからでは遅い。先回りで対処が出来るのなら、それはもう大金星と言っていいだろう。
「そうでしょうか?」
「そうだよ。だからイレイスは、自分が悪いとか思わずに、何かおかしいことがあるのをしっかり調査するぞぐらいの気持ちでいればいいと思うんだ」
「解りました。ユーリがそう言ってくれるなら、わたくしもそう思うようにいたしますわ」
「うん、そうして」
真面目で優しいイレイシアが思い詰めているのは、悠利も見ていてつらい。なので、彼女が悠利の言葉で吹っ切れたように笑ってくれたのがとても嬉しかった。
二人のそんなやりとりが聞こえていたアリーとフラウは、特に何を言うわけでもなく顔を見合わせて口元に笑みを浮かべる。子供達が心も身体も健やかに仲良く過ごしている姿を見るのは、大人組にとっては嬉しいことなのだから。
「ユーリ、イレイシア。とりあえず動けるやつを選抜して、明日の昼過ぎにはダンジョンに到着するように時間を調整するからな」
「解りました」
「解りましたわ」
「ところでアリーさん、お昼ご飯はお弁当を持っていきますか?」
「「……は?」」
キリッとした顔で問いかける悠利。何より大切なことだと言わんばかりの反応である。そんな悠利に思わずあっけに取られる三人。
この状況で気にするとこはそれなのかと言いたげなアリーと、ユーリらしいなと言いたげなフラウ。そして、未知の状況に緊張していたのがバカバカしくなるほどに通常運転の悠利に、どこか気が抜けたように笑ってしまうイレイシア。何というか、安定の緊張クラッシャーな悠利である。
「……向こう行って弁当食ってる暇はねえから、移動中に何か食う形になるな」
「解りました。じゃあお弁当作りますね。移動中に食べるとなると、おにぎりかサンドイッチの方がいいかな。調査に行くんだから、やっぱり栄養もちゃんと取れるようにした方が……」
「そんなこだわったのは作らなくていいからな。ヲイ、聞いてるか?」
「聞いてます」
一応きちんと返事はするものの、既に心は明日のお弁当に飛んでいる悠利。そんな悠利を見て、まったくお前はと言いたげな顔をしつつ、どうしてもつい微笑を浮かべてしまうアリーであった。どんなときも変わらないあまりにもいつも通りすぎる悠利だが、逆に言えば、そんな悠利の姿にほっと癒やされる仲間達なのでありました。
そんなわけで、明日はダンジョン調査。自分に出来ることを頑張るぞ、と張り切る悠利なのでありました。なお、張り切りすぎなくていいと釘を刺されたのはお約束です。
無関係だと思ったら巻き込まれ確定してた悠利のシーンが一番好きです。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





