御者の練習とピクニック
ここから少し続き物です。
お楽しみいただけたら幸いです。
「相変わらずここは綺麗な湖だねぇ」
ダンジョンなのに、と心の中で付け加える悠利。
王都ドラヘルンから馬車で一時間ほどの距離にあるこの湖は、ウルム湖と呼ばれている。テリトリーに入らなければ魔物が襲ってくることもないので、一般人もピクニックに訪れるような場所である。悠利も仲間達と一緒に何度かピクニックに来ている。
湖面は穏やかに凪いでおり、ダンジョンの中枢に繋がるらしい中央部の建造物の周辺以外は魔物達も泳いでおらず、人によってはボートを浮かべて遊んだりもするらしい。普通の魚も生息しているので、釣りを楽しむ人々もいる。
悠利達はもっぱらのどかな景色を楽しみながらピクニックと洒落込むことがほとんどで、今日もそうだった。放っておくとアジトと市場への買い物だけで日々を終えてしまう悠利を、気分転換という口実で外に連れ出してくれているのだ。
なお、単純にピクニックとしてきているのは悠利だけだ。仲間達は全員、一応きちんと訓練としてここに来ている。まず、王都ドラヘルンからウルム湖までの移動は馬車だ。一時間ほどのんびりと走らせて移動してきたのだが、その御者を見習い組や訓練生が担当していたのだ。
馬車を一日借りて、指導係の監督の元に見習い組や訓練生が交代で手綱を握って道中の御者をつとめるという訓練である。馬は利口だが、それでもやはり定期ルートでもない限りは御者による制御が必要になる。その操作方法を学ぶという必要があったのだ。
《真紅の山猫》の面々は、トレジャーハンターを目指して教育を受けている。そしてクランを創った初代リーダーの方針で、「冒険者として必要なことは一通り覚える」ということが徹底されている。職業やポジションに関係なく、あらゆる状況に対応できる能力をたたき込まれるのだ。
ちなみに本日の引率役は、指導係のフラウだ。その他は、見習い組の四人にアロール、ヘルミーネ、イレイシアというメンツである。いささか前衛が足りないように思えるが、いざというときはアロールの従魔であるナージャがいるので問題はないだろう。後、悠利の護衛としてルークスも同行しているので。従魔コンビだけでも随分と過剰戦力と言えた。
「ところで、交代で御者作業をやってたみたいだけど、やっぱり大変なの?」
「「大変」」
「わー、息ぴったりー」
悠利の呑気な質問に答えたのは、見習い組の四人だった。それはもう見事に異口同音であった。普段こんなに息ぴったりな姿は見ないので、それだけ大変だったんだなぁと思う悠利であった。
訓練生の三人は見習い組ほど疲れたそぶりを見せていないので、やはりそのあたりに経験とか今までの訓練の違いとかがあるのだろう。どちらかというと後方支援組と呼ぶべき訓練生達だが、彼女達も立派に日々の訓練を受けている《真紅の山猫》の一員なのだと再認識出来る。
「ちなみに、どういうところが大変なの?ここまでの道って、迷うほど複雑じゃないし、整備もされてるから比較的走りやすいと思うんだけど」
素朴な疑問を口にする悠利。確かにその通りではあった。伊達に王都から続く街道ではないというべきか、道の凸凹は比較的少なく、荷台に座っている悠利にしても負担は少なかった。
そんな悠利に、見習い組の面々は自分達が何に苦労し、何に疲れているのかを説明し始める。
「確かに道は平坦だし、解りやすいけど、前方を気にしながら移動するってのは結構大変なんだよ」
「それに、同じ速さを維持するのも大変だ」
「貸し馬車の馬はしっかりしつけられてるけど、それでも不測の事態はあるからさ」
「油断、禁物」
「あ、はい……」
思っていたより大真面目に色々と言われて、そういうものか、と悠利は思った。思うと同時に、彼らの口ぶりがどこかで聞いたアレコレに似てるなあと記憶を探る。少しして、何に既視感を覚えていたのかを理解した。
(つまり御者って、車の運転をするみたいなものなんだ……)
悠利の脳裏に浮かんでいたのは、家族や親類が語る自動車の運転に関するアレコレだった。それも、教習所に通い始めた頃の初心者が口にするアレコレである。色々と覚えなければいけないこともあるが、何より恐ろしいのは不測の事態であり、周囲への注意を怠ってはいけないというのはよく聞いたので。
理解が及んで、そして、御者の方が大変かもしれないな、と悠利は思った。何せ、御者が相手にするのは馬だ。生き物である。自動車のように操作一つでこちらの思った通りに動かせるものとは違う。生きて感情のある馬の機嫌を損ねず、きちんと走ってもらえるようにするのは大変だと思ったのだ。
それと同時に、御者役を担っていた一同の中で、アロールが一人どこか余裕の雰囲気だった理由が解った。彼女は魔物使いで大型の魔物の騎乗経験がある。それだけでなく、所持する異言語理解という技能によって、人間以外の種族とも意思の疎通が図れるのだ。時折馬に話しかけていたのは、そういうことなのだろう。
思わぬところで思わぬ特技が役立っていることに気づいて、悠利はちょっとわくわくした。仲間達の新しい一面や、自分が知らない訓練のことなどを知るのが楽しいのだ。自分が混ざってやりたいとは思わないが、話を聞いて色々と知るのは面白いのである。
「ふむ。気をつける点や自分達が努力すべき点を理解しているようで何よりだ」
「あ、フラウさん、お帰りなさい。ピクニックの準備をしても大丈夫そうですか?」
「あぁ。今日もこのあたりの魔物は大人しいな。特に問題はなさそうだから、昼食の準備をしてくれて大丈夫だぞ」
「解りました。じゃあ、準備しますね」
あーだこーだと本日の振り返りを行っている見習い組に、満足そうに声かけて現れたのはフラウだった。彼女は周囲の安全確認を行ってくれていたのだ。引率としてのお仕事をしっかりと果たしてくれているお姉様である。
まぁ、ここウルム湖はダンジョンと言いつつも名ばかりのような扱いなので、フラウの見回りも念のためというものでしかない。ダンジョンマスターが温厚なのか、周囲に人が増えても特に反応がないのだ。
ただ、以前はそれを不思議に思っていた悠利だが、今は何となくそうなる理由も解っていた。これは、ダンジョンマスターの知り合いが二人になって、色々と話を聞くことが増えたからである。
そもそもダンジョンとは、己の敷地内に入ってきた人々からエネルギーを回収しているのだ。これは別にダンジョンに入ったからといって体調不良を起こすようなことではない。来訪者の持つ生命エネルギーを少しずつ吸収することで、ダンジョンコアは力をためてダンジョンを維持することが出来るのだ。
凶暴な性質のダンジョンともなると、ドロップ品で人々をおびき寄せ、えげつない罠や強力な魔物で襲撃して文字通り根こそぎ生命力を奪うようになる。だが、そんなダンジョンは人が近寄らなくなるか、討伐依頼でボコボコにされてしまうかが末路である。つかず離れず、お互いにある程度の旨みがある状態での共生が一番望ましいのだろう。
……まぁ、悠利が知っているダンジョンマスターは二人とも大変友好的で、「いっぱい遊びに来てくれると嬉しい!」みたいなスタンスなので、アレを基準に物事を考えてはいけないのだが。しかし、悠利には他に比較対象がないので、テリトリーに入らなければ魔物が襲ってこないこのウルム湖も、「きっとダンジョンマスターさんが人間が好きなんだろうなー」ぐらいのゆっるい認識になっているのであった。
閑話休題。
「ユーリ、あっちに綺麗な花が咲いてる場所があったから、後で一緒に見に行かない?」
「アレ?ヘルミーネ、どこか行ってたの?」
「ふふん。上空から周囲の状況を把握するのは私の専売特許よ」
「なるほど。適材適所だね」
「そうね」
楽しげな表情で声をかけてきたかと思ったら、次の瞬間には胸を張ってドヤ顔になるヘルミーネ。けれどそれもすぐにごく普通の満面の笑みに変わる。コロコロと表情が変わるのが彼女の魅力の一つだ。感情表現が素直なので、見ていて解りやすいとも言えるが。
ヘルミーネは羽根人なので空を飛べる。普段は邪魔になるのでしまっていることが多いため、空を飛べるという利点を生かして何かをやっている印象が悠利にはあまりなかったのだ。なので、改めて話を聞いてなるほどなぁと思ったわけである。
適材適所と言うならば、他の二人はどうなのだろうかとイレイシアとアロールに視線を向ける。彼女達もそういえば、到着してから側を離れていた時間があったな、と思い出したので。
そんな悠利の視線に気づいたのか、人魚の美少女イレイシアは柔らかく微笑んで声をかけてきた。
「何か気になることでもありましたか?」
「えーっとね、イレイス達もヘルミーネみたいに適材適所で何かしてたのかなーって思って」
悠利がこんなことを思ったのは、悠利にとってはただの楽しいピクニックでも、皆にとっては訓練の一環だと知っているからだ。現地に到着するまでの御者としての訓練だけでなく、現地に到着してからもアレコレとやることはあるので。
自分が《真紅の山猫》のメンバーとしてはかなり特殊な立ち位置であることを悠利は理解している。家事担当なんて、悠利が現れるまでは存在しなかったポジションなのだ。だから、修行中である皆の行動が時々気になるのである。
「私は、湖の状態を少し確認してきましたわ」
「湖の状態?落ち着いてる感じだけど」
「えぇ。今日も変わらず穏やかでしたわ」
「魔物とかいた?」
「中央付近でダンジョン中枢を守っているようには見えましたけど、魚を追い回すでもなく、こちら付近にも興味はなさそうでしたわね」
「そうなんだ」
イレイシアの返答に、悠利はふむふむと頷いた。人魚の彼女は水に強いので、そういう場所の調査となると本領発揮だろう。よく見ると少し濡れているように見えるので、実際に湖の中に入って色々と確認してきたのかもしれない。
普段は他愛ない雑談を楽しむ仲間達だが、こういう話を聞くとちゃんと冒険者をしているんだなぁと思う悠利だ。別に冒険者になりたいわけではないが、自分の知らない世界の話を聞くのは楽しいのである。
なお、悠利と女子二人の会話を聞いていたアロールは、何か言われる前に説明した方が早いという気持ちだったのか、ゆっくりと近寄ってきた。そして、自分達が何をしていたのかを説明してくれる。
「僕とナージャとルークスは、付近の見回りだよ。従魔の五感は僕らよりも上だからね。妙な奴らが潜んでいないかを確認してもらってた」
「え?ルーちゃんも一緒に見回りしてたの!?」
「キュ!」
アロールの説明に驚いた悠利は、足下でいつも通りぽよんぽよんと身体を揺らしているスライムのルークスに驚きつつ問いかけた。それに対してルークスは、その通りだと言いたげに元気よく返事をした。
ずっと自分の側にいたと思っていたのだが、一体いつの間に見回りに行っていたのか……。そんな気持ちになっている悠利に、ルークスはどうかしたのかと言いたげに不思議そうに身体を傾けていた。まるで小首を傾げるようなその仕草は、悠利の真似をすることでルークスが覚えた感情表現の一つである。
ちゃんと仕事をしてきたんだよ、と言いたげにキュイキュイと鳴くルークス。悠利の護衛を自認しているルークスだからこそ、周囲に危険がないかを確認する見回りをきっちりやってきたということなのだろう。キラキラとした目がその感情を物語っている。
……なお、アロールの首元という定位置にいる白蛇のナージャは、そんなルークスの姿を呆れたように見ていた。この従魔コンビには先輩後輩みたいな雰囲気があるのだが、そもそもアロールの保護者のような気持ちで側にいるナージャは成熟した個体であり、まだまだ子供のルークスとは精神年齢が違うのだ。
「ルーちゃんもお仕事頑張ってきたんだね。偉いよ。お疲れ様」
「キュピ!」
大好きな悠利に褒められて、ルークスは満足そうにぽよんと跳ねた。悠利が褒めてくれるなら、喜んでくれるなら、ルークスはそれが一番なのだ。
そんな微笑ましい悠利とルークスのやりとりを眺めていた仲間達は、思わず笑顔になる。アジトでも見慣れたいつもの光景だが、見ていて和む光景は何度見ても和むのだ。
……まぁ、こんな風にのほほんと微笑ましい姿を見せている悠利とルークスだが、その実怒らせたら物凄くヤバい過剰スペック主従なのだが。幸いなことに今日は平和なピクニックで、何か危ないことも起こる様子はない。一安心だ。
そんな風に雑談をしつつ、昼食の準備をする一同なのでありました。ピクニックは始まったばかりです!
楽しい楽しいピクニックですよ!(・∀・)
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