氷で冷たい風が出る扇風機が出来ました
発想の勝利的な……?
やらかしたけど、見逃してほしいやつ。
物作りのお祭りが終わってから数日後、悠利にとある贈り物が届けられていた。
「今度は何をやらかした」
「何でやらかすの前提なんですか、アリーさん!」
「今までを思い出してから文句を言え」
荷物を受け取った悠利に対して、アリーは冷めた眼差しでそんなことを告げた。いつもと違うことが起きるイコール何かをやらかしてきたと思っているらしい。悠利は不服そうだが、周囲にいた仲間達は皆一様にそっと視線をそらした。否定できないんだよなという気持ちである。
ただし、今回は別に何かをそんなにやらかしたわけではないと思っている悠利は、唇を尖らせながらこう告げた。
「お祭りのときにちょっと困ってる人がいたのでアイデアを口にしたら、それを採用して改良を加えてみるって言われたんです。で、その改良型が届いただけです」
「やらかしてるだろうが!」
打てば響くようなツッコミであった。「大丈夫ですよー。危ないものとかじゃないですから」などと言いながら、悠利は届いた荷物を開封する。箱の中から現れたのは、小型の四角い箱であった。サイズ的には悠利が両手で抱えられる程度というものだろうか。箱の前面には網のようなものがついている。
「それはなんだ?」
「これは冷送風機です」
「冷送風機?送風機ってのはあれだろう。風の魔石を使うことで風を出す魔道具だな?」
「そうです。それの冷たい風が出るやつです」
その言葉に誰より早く反応したのはレレイだった。しゅぱっと悠利の側までやってきて、まじまじと見慣れない真四角の道具を見ている。
「これから冷たい風が出てくるの、ユーリ?」
ワクワクと言いだげな様子だった。レレイは猫獣人の父親から体質その他を受け継いでいるので、暑いのはあまり得意ではないのだ。体力はあるのでそれでどうにかなっているが、本人に言わせれば暑いよりは涼しい方がいいとのこと。確かに猫は涼しい場所を探し求めて移動するような性質があるので、それを思えば暑がりなのかもしれない。
先ほどアリーが口にしたように、この世界には送風機と呼ばれる魔道具がある。いわば現代日本における扇風機のようなものだ。電源の代わりに風の魔石をセットすることで起動し、スイッチを入れると風が出てくる。
ただしこの風、外気温に影響されるものであって、クーラーのように冷たい風や暖かい風などの調節が出来るわけではない。もちろん暑い季節にはそれだけでも十分涼しいが、日によっては焼け石に水のような状態になることもある。
それもあって、冷送風機と呼ばれる冷たい風が出てくる道具を作ろうという動きはあるのだ。ただ、冷たい風を出そうとすると、風の魔石の他に氷の魔石を使用する必要が出てくる。二つの魔石を用いることで魔道具そのものの回路も複雑になるし、何より魔石は使い捨てだ。電池のようなものなので、適宜買い替えて追加しなければならない。そういう意味でも少々割高になる。そのためか、庶民の間ではまだあまりその存在は知られていない。
また、回路が複雑ということは魔道具そのものが大型になるということでもある。大型になるとその分お値段も上がるので、その辺の兼ね合いもあってなかなか実用までいっていないらしい。
そんな冷送風機を出来る限り小型で、使いやすいサイズで作ろうと頑張っていた人たちがいたのである。
「で、お前は何に口を挟んだんだ」
「えーっとですね……。要は、氷の魔石も使うから回路も複雑になって割高になるわけじゃないですか?なので、氷の魔石じゃなくて、ただの氷をセットしたらいいんじゃないかっていう意見を出したんです」
「は?」
思わず呆気に取られたようなアリーに、悠利は氷ですともう一度答えた。そう、冷蔵庫はどこの家にもあって、氷は簡単に作れるのだ。ならば、わざわざ金を払って氷の魔石を買うのではなく、家にある氷を使えばいいのではと思ったのだ。
イメージ的には、扇風機に保冷剤をつけて涼しい風を出すようにするライフハックが近い。なので、構造を最初からそういう風にしてみればどうかと言ってみたのだ。
悠利の発言に、仲間達はポカンとしていた。彼らにとって、魔道具は魔道具なのだ。魔石を用いて使う道具という認識でしかないのだろう。なので、まさかそこに氷で代用すれば良いなんていう、わけの解らない発想が出てくると思わなかったのだろう。
とはいえ、結果として悠利のその発想が職人を救ったのだ。氷の魔石を使わなくていいということは、その分回路が簡略化されるということだ。それは作り手の手間を減らし、本体を小型化することが出来るということだ。
実際、今悠利が見ているものも、会場で見たものよりも一回りは小さくなっている。これなら机の上に置いても邪魔にはならないだろう。使いやすそうだ。
氷が必要なのだということを理解したらしいレレイが、見習い組を連れて台所へと駆けていく。恐らく、早く使ってほしいから氷を取りに行ったのだろう。彼らが戻ってくるまで手持ちぶさたになるので、悠利はアリーに事情を説明した。
「ただの雑談だったんですよ。その人たちは冷送風機をもっと使いやすくしたいと思ってたんです。でも、二種類の魔石を使うと回路が複雑化して本体は大きくなるし、値段も上がります。使うときにも二つの魔石を使うので、継続的にお金もかかります。庶民が気楽に使えるように、という彼らの趣旨にはまだ届かなかったんです」
「言いたいことは解る」
「で、氷を使ってみたらって言ったら、それできちんと調整して改良型を完成させたってことらしいです。しかも、出来上がったからって、わざわざこうやって完成品も送ってくれたんですよ」
優しいですよねとニコニコ笑顔の悠利に、アリーは頭を抱えた。それは、場合によっては開発者として名を連ねることになるやつである。しかし、悠利本人はよく解っていないらしい。
「何か手紙は入ってなかったか?」
「お手紙……?ちょっと待ってください。あ、お手紙ありました。えっと……」
手紙の内容をざっと読んだ悠利は、はて?と言いだけに首をかしげた。
「あの、アリーさん」
「なんだ」
「何か、売り上げの一部を僕にとか言ってるんですけど、何でですかね?」
「それが解らないから、お前なんだろうな」
「はい?」
アイデア料ということなのだろう。送られてきた手紙には、商品の売り上げの一部を悠利に渡したいというようなことが書いてある。
なお悠利は、自分はただ雑談をしただけだし、作ったのは彼らなので自分は無関係だと思っている。だから、何でそんなことを言われているのか解らないという顔であった。安定の悠利。
ため息をついたアリーは、そのあたりのことをユーリに噛み砕いて説明した。説明されて一応理解はしたが、納得はしない悠利はこう告げた。
「お断りのお手紙書いたら終わりますかね?」
「お前は本当に……」
「え、だって僕、そういうの面倒くさいですし……。というか、完成品をもらえただけで十分嬉しいんですけど」
「……手紙を書いたら言え。俺も一筆添える」
「はーい」
悠利本人だけの手紙では、向こうも子供相手なので話が通じていないのではと思う可能性がある。なので、自分も一言添えた方がよかろう、という判断だった。保護者は今日も大変である。
そうこうしていると、レレイ達が戻ってきた。
「ユーリ、氷持ってきたよ!これでいい?」
「ありがとう、レレイ」
ボウルに山盛り氷を入れた状態で駆け寄ってきたレレイに、悠利は思わず笑った。わくわくが隠しきれていないのだ。彼女に獣耳や尻尾が付いてたら、解りやすく動いていたことだろう。
「氷どこに入れるの?」
「えっとね、この後ろのところが開くようになってて……」
そう言いながら、悠利は冷送風機の後ろ側の部分をパカリと開ける。そうすると、斜めになったポケットのようなものが現れる。
「ここに氷を入れて、閉めてからスイッチを入れたら冷たい風が出るみたい。氷を入れなかったら普通にただ風が出るだけの魔道具なんだって」
「そうなんだ。よし、氷入れるよ。いっぱい入れていい?」
「待って。いっぱいじゃなくて、ここの印のついてるとこまでって書いてあるから!それ以上入れると、上手にしまらなかったりするみたいだから」
「解った。気をつける」
何でも「たくさんある方がいいよね!」みたいな感じの思考になるので、氷を山盛り詰めそうだったレレイに、悠利は思わずツッコミを入れる。悪気はないのだろうが、子供のように思ったまま突っ走ってしまうところがレレイにはあるのだ。
とにかく、悠利のツッコミを踏まえて、見習い組とあーだこーだ言いながらも氷を詰めて準備は出来たらしい。
「氷入ったよ。閉めたらいい?」
「うん閉めて」
「よぉーし!閉めたよー!」
しっかりと閉まったのを確認すると、悠利は本体の上部にあるスイッチをポチリと押した。風の強弱設定はなく、電源のオンオフしか存在しないらしい。ただスイッチを入れた瞬間、ふわっと風が出てくる。
その風は中に入れた氷のおかげか、随分とひんやりしている。風の出てくる前面のフィルター部分に手を当てていた悠利は、思わず声をあげた。
「あー、冷たい風だね。気持ちいいー」
その声に、仲間達が悠利の手元を覗き込んだ。確かに風が出ているのが確認できる。
「冷たいの?あたしも触っていい?」
「えっと、フィルターには直接触らないで前に手を置く感じでよろしく」
「解った!」
うっかり力加減を忘れて壊されてはたまらないのでそう告げた悠利に、レレイは気を悪くした風はなかった。素直に頷いて、ウキウキとした様子で風に手を当てている。冷送風機の名のごとく、出てくるのは冷たい風だ。指先をかすめるひんやりとした風に、ぱぁっと彼女は表情を輝かせた。
「凄い、凄いよ、ユーリ!これ、冷たい風出てくる!普通の風が出てくるやつも涼しいけど、冷たい風が出てくるの凄いね!」
暑さに弱い猫の性質を持ったレレイは、冷たい風が出てくるというその一点で、この冷送風機がお気に召したらしい。凄い凄いと大はしゃぎだ。
他の仲間達も順番に冷たい風を堪能して、便利そうだなぁと言っている。そうやってわいわいがやがやと賑やかな皆の姿を見つつ、アリーは悠利に声をかけた。
「それは部屋に置いとくのか?」
「しばらくはリビングにでも……、あ、いえ、台所に置くのが一番いいかもしれませんね」
「何故台所?」
「何故って……。料理するときにこの冷たい風があれば、涼しくていいじゃないですか」
悠利は大真面目にそう言い切った。は?と言いたげな顔をするアリーだが、悠利の言葉に話が聞こえていたらしい見習い組から「賛成!」と歓声が上がった。
そう、台所は暑いのだ。季節問わず、火を使って料理をするのだから暑くて当然だ。窓を開けて風通しを良くしたところで、暑いものは暑い。
この小型の冷送風機ならば、カウンターの上にでも置いて台所へと冷たい風を送ることが出来る。直接風が当たらなくとも、涼しい風が台所を循環していれば、それだけで十二分に環境は変わるだろう。悠利も名案だと言いたげな顔をしている。
「ユーリ、台所に置いてくれるの?」
「台所に置いたら涼しくて作業が楽だと思うんだよね」
「解る。オイラ、そうなったらめっちゃ嬉しい」
「むしろ小遣い出し合って買える値段だったら、もう一個買って台所に二つ置くとかどう?」
「カミール、賢い!」
「そうだよな。自分の部屋よりまず先に台所だよな」
うんうんと意気投合する悠利と見習い組達。普段はあまりそういった話題に入らないはずのマグまで、真剣な顔でうなずいている。どうやら平気な顔をしていても暑いものは暑いらしい。
まだこの小型冷送風機は正式に販売はされていない。ひとまず完成品を悠利に送ってくれただけなのである。なので、販売されたら皆で買おう!みたいなテンションになっていた。
そんな悠利達の様子を窺っていたアリーは、待て待てと口を挟んだ。
「何ですか、アリーさん?」
「そういうことなら、備品で買うからお前らが金を出す必要はない」
「へ?」
「「良いんですか!?」」
「個人で所有するならまだしも、台所で使うとなるなら明らかに備品だろうが」
アリーの言葉に、見習い組はやったーと喜びの声を上げる。幾ら庶民でも使いやすいようにお値段がお勉強されていたとしても、まだまだ見習いの彼らが自由に出来るお金は少ないのだ。皆で協力し合うと言っても、負担にはなる。それが消えたので、はしゃいでしまうのも無理はない。
盛り上がる悠利達を見て、やれやれと言いたげにアリーは息を吐いた。悠利があちこちでうっかり発言で色々とやらかすのはいつものことだが、何だかんだで誰かの役に立ってしまうのだから怒りきれない。騒動に繋がることもあるので、あまり余計なことは言うなと言う小言は常に口にしているが。
「ユーリ、これ、販売されたら教えてね!あたし、買いに行くから!」
「うん、解った」
「あ、ユーリ、そのときは俺も連れてって。顔合わせしたい」
「……カミールは何を企んでるのかな?」
「企むなんて人聞きの悪い」
思わずツッコミを入れた悠利に、カミールはにっと笑った。それはトレジャーハンターを目指す見習いの顔ではなく、抜け目のなさを発揮する商人の息子の顔だった。
「良い商品だから、繋ぎを作って実家に知らせようと思ってるだけだよ」
「……カミール、本当にこう、生き様が商人……」
「商人の息子なので」
悪びれもしないカミールに、悠利はやれやれと肩をすくめた。まぁ、紹介するだけなら悠利にも負担はない。素敵な商品を仲間達に布教して、そのついでにカミールがお仕事の話を勝手にするだけだ。それはそっちでやってね案件である。
何はともあれ、便利グッズがアジトに増えそうだ。備品として購入して貰えるなら、暑い日の料理も楽になるなぁと思う悠利なのでした。
なお、正式販売された冷送風機は悠利達の周辺で大人気となり、生産が追いつかない!という嬉しい悲鳴を職人さん達が上げるようになるのでした。大人気商品になりそうです。
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