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最強の鑑定士って誰のこと?~満腹ごはんで異世界生活~  作者: 港瀬つかさ
書籍23巻部分

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商品不具合の確認お手伝いになりました

ちょっぴりお仕事?頑張る悠利です。

 人が集まればトラブルも存在する。そして、何事にも確実とか万全というものは存在しない。どれほど念入りに準備したとしても、予定外は起こるのだ。そんなことを悠利(ゆうり)は思った。


「何か揉め事でもあったのでしょうか?」

「うーん……。聞こえてくる会話からすると商品の不具合って感じだね。」


 心配そうな顔をするイレイシアに、耳をすまして会話に耳を傾けていた悠利はそう答えた。とある店舗の前でざわざわと騒ぎになっているのだ。

 商品を見ていたらしい客と、商品の説明をしていたらしい作り手がどちらも困ったような顔で、商品をひっくり返して様子を窺っている。本来動くはずのものが動かないといった状態のようだった。

 今日という日のために丹精込めて新作を作ってきたのだろう。だというのに、いざ客にお披露目をしようとした瞬間に、何やら不具合が発生したようだ。実に運がない。

 問題は、どうやら彼らは、どこでどう不具合が起きているのかを把握できていないということだ。一度時計を解体し、内部を確認して組み立てなおしても不具合が直らないようだ。

 焦っている作り手は、不具合の箇所を探すことが出来ずに、困っているように見える。客の方も怒っているのではなく、困っている作り手に心配そうな顔をしている。もしかしたら、悠利達のように知り合いの店を訪ねてきたという状況なのかもしれない。

 よく聞けば、作り手に声をかけている人々は皆心配そうだ。咎める声よりも、どうしたんだ、大丈夫か、何があったんだと言わんばかりだが、逆にその優しさに作り手は焦ってしまうのだろう。応援してくれる皆のためにも、ちゃんとしたものを見せたいと思ってしまうのかもしれない。

 そんな状況を見ていたイレイシアが、小声で悠利に問いかけた。


「ユーリ、不具合を確認することは出来ませんか?」

「え、僕?」

「あの、皆様が困っていらっしゃるので、何かお助けできればと思ったのですけれど……。勿論、ユーリの負担になるようでしたら無理にとは申しませんわ」


 そう言って、困ったように眉を下げるイレイシア。優しい彼女は目の前で困っている人を見捨てられない。そして同時に、悠利の鑑定能力の高さを知っている。だから、悠利にならなんとか出来るのではないかと思ったのだろう。

 それと同時に、そんな風に目立つようなことをしては悠利が困るのではないかという気持ちもある。だから自分の希望を伝えはしたが、判断を悠利に委ねるように申し訳なさそうな顔をするのだ。

 そんなイレイシアの優しさを理解して、悠利はにこりと笑った。

 

「多分出来ると思う。それに、困っている人の役に立つのは僕も好きだよ。多分、この程度ならアリーさんにも怒られないと思うし」

「もしも怒られるようでしたら、わたくしも一緒に怒られますわ」

「それじゃあ、そのときはよろしく」

 

 顔を見合わせて笑い合うと、二人は一歩足を踏み出した。困りきった顔で商品をひっくり返している作り手と、それを心配そうに見守る客達の合間を縫ってひょいっと顔を覗かせる。

 

「あの少しよろしいですか?」

「何でしょうか?その、今ちょっと立て込んでいまして……」

「はい。立て込んでるのを解った上でお声掛けをしました」

 

 そう告げた悠利に、作り手らしい青年は不思議そうな顔をした。そうやってキョトンとした顔をすると、年齢は悠利とそう変わらないように見えた。

 もっとも、悠利はこの世界基準で言うと実年齢よりも幼く見えるので、あくまでも悠利から見て同年代に見えるという認識なだけである。早い話が、目の前の青年は十代の後半頃に見えた。まだ若い、恐らくは駆け出しの職人か何かなのだろう。

 彼が手にしているのは小さな箱だった。真四角の箱に文字盤がある。どうやら時計のようだ。彼の手の中の時計の針は、規則正しく動いている。

 では、彼らは一体何をそんなに困っているのか。見ても解らなかったので、悠利は率直に問いかけることにした。


「その、何かお困りのようなので、もしかしたら僕がお役に立てるのではないかと思ったんです」

「君が?」

「あの、僕、鑑定持ちなんです。なので、内部で何か不具合があるとかなら、どこに不具合があるかを見抜いたりとか出来るかな、と」

「そんなことが出来るのかい!?」

 

 驚いたように声を上げる青年に、悠利は多分と呟いた。あくまで濁すように答えたのは、実際出来るかどうかが解らなかったからではなく、一般的な鑑定で何をどの程度まで出来るかが解らなかったからである。

 悠利は己の技能(スキル)を信じている。この世に見抜けぬものなど存在しないとまで言われる、鑑定系最強のチート技能(スキル)【神の瞳】。【神の瞳】さんに解らないものはないので、多分不具合はどこかなと思って確認すれば見つかるという自信はあった。

 問題は、ぽやぽやとしたどこからどう見ても子供の悠利がそれを告げて、相手が信じてくれるかどうかである。ここが割と重要で、悠利の能力の高さを知っている身内は割とあっさり話を聞いてくれる。しかし、初対面であったり、特に面識もない人たちだったりすると、何を言っているんだ、お前みたいな顔をされるのだ。現実が色々と世知辛い。

 しかし、目の前の青年は藁にもすがる思いだったのだろう。突如現れた謎の少年のよく解らない言い分に、割とあっさりと食いついてくれた。


「もし解るんだったら教えてほしい。本当に困ってて……」

「それでは、ちょっと見せていただきますね」

「これなんだが……」

「これはどういう仕組みですか?」

「時計なんだけれど、からくり仕掛けで、時間になったら上に人形が出てきて踊るように作ったんだ。けれど……」

「人形が出てこない、と」

「そうなんだ」


 よくあるからくり仕掛けの時計らしい。時間になると人形が動き出したり、音が鳴ったりする時計というのは、別にこの世界でも珍しいものではない。しいて言うなら、ユーリが手にした時計は大分小型で、両手で簡単に持てる。大きさとしても両手ですっぽり包める程度の小さな時計で、その小ささにからくりを仕込んだというのなら、かなりがんばったと言えよう。

 そして、その内部で何かの不具合が起きているのだろう。悠利は不具合を確認するように、じーっと時計を眺めた。

 そして【神の瞳】さんの鑑定結果はというと――。


――丁寧に作られたからくり時計。

  小ぶりですが、一つ一つ丁寧に作られたからくり時計です。

  時間になれば人形が頭上から出てきて踊るように作られています。

  ただし、今は人形とからくりをつなぐ部分の歯車がほんの少し欠けており、うまく力が伝わらず作動しなくなっているようです。

  詰め物などで歯車の不具合を調整すれば正しく動くと思います。小さい部品なのでお気をつけください。


 今日も【神の瞳】さんは絶好調である。どこのどんな部分が、どんな風に不具合を起こしているかを、一発で見抜いてくれる。悠利は思った。うちの【神の瞳】さんすごい、みたいな気持ちである。

 なお、相手は別に自我を持った何かではなく、ただの技能(スキル)である。ちょっと伝説級の技能(スキル)なことと、持ち主である悠利に合わせて色々とアップデートされているだけで。鑑定結果の文言も悠利仕様のとても解りやすいフランクな何かになっている。

 ただし、重ねて言うが、一般的な鑑定はこのような表現にはならない。あと、こういう使い方をする人は少ない。まぁ、今回に関しては困っている人を助けているので、アリーに怒られることもないだろう。

 【神の瞳】さんのおかげでどういう不具合が出ているのかは理解できた。なので悠利は、時計を持ち主に返すとにこやかに微笑んで告げた。

 

「人形とからくりをつなぐ歯車が少し欠けているみたいです。ほんの少しだけみたいなんですが、そのせいで力がうまく伝わらなくて動かないのではないかと思います」

「人形の歯車……?」

「はい。なので、そこを修正されれば直るんじゃないかなと思うんですが」

「ありがとう。確かめてみるよ」


 そう言って、青年は工具を取り出して時計を分解し始める。ただし、闇雲に分解するのではなく、悠利が告げた箇所を確認するだけなので、最低限の解体で済んでいるようだ。

 そして、人形の根元の歯車を確認した青年は、あっと小さくつぶやいた。よく見なければ解らないほどの小さな欠けがあったのだ。歯車自体が小さいのでその欠けもとても小さい。なので、目視では確認しきれなかったのだろう。


「ここか……。となると、何か詰め物で調整をすれば……」

 

 ブツブツとつぶやきながら、青年は修正作業に入る。それを見て悠利はほっと胸をなで下ろした。どうやらちゃんとお役に立てたらしい。


「これでいいかな、イレイス?」

「お疲れ様ですわ、ユーリ」


 あとは青年がどうにか不具合を直してくれればからくり時計はちゃんと動くだろう。よかったよかった、と胸をなで下ろし、その場を立ち去ろうとした瞬間、青年の知り合いだろうその場にいた面々に、悠利は腕をつかまれた。


「待って待って。君のおかげで直りそうだから、あいつが作った作品をちゃんと見ていってやってくれよ」

「え、あ、はい」


 そうだそうだと周囲に口々に言われ、悠利は大人しく頷いた。悠利としては不具合の箇所を伝えたから自分の役目は終わりのつもりだったのだが、周りで見ていた者達にしてみれば、きちんと直ったかを確認してから行ってくれということらしい。やっぱりこの人たちは彼の友人なんだなあ、と悠利は思った。

 そうしてしばらく待っていると、応急処置を終えたらしい青年が再び時計を組み立て、そっとその場に置いた。


「多分、これで大丈夫だと思う」


 そう告げて、青年は時計の針を十二時に合わせた。規定の時間になったらカラクリが動く仕組みなので、時計の針をそこへ合わせればいいのだろう。時計が十二時を指したその瞬間、カチリと音がして天板が開くように時計の上部の一部が開いた。そして、愛らしい少女の人形が出てくる。

 真っ白なドレスをまとったそれはお姫様というよりは、ちょっとお洒落をした女の子という風情だった。真っ白なワンピースに真っ白な鍔の広い帽子という、爽やかな夏の空気をまとっているように見える。

 そして、不具合が正しく修正されたのか、人形はその場でくるくると回り出す。まるで少女が楽しげにはしゃいでいるようなその動きに、おおっとその場で歓声が上がった。先ほどまでうんともすんとも言わなかったからくり時計が、ちゃんと作動した瞬間である。


「可愛いね、イレイス」

「ええ、とてもかわいらしいですわ。人形の動きもですけれど、人形のお顔が可愛らしいです」

「うん、そうだよね。小さな女の子が楽しそうにはしゃいでる感じがする」


 そう告げて、悠利とイレイシアはにこにこと笑う。可愛いものが好きな二人にとって、このからくり時計は見ていて楽しいものだった。作り手の青年も、不具合を修正してきちんと動いたことにほっと胸をなで下ろしている。

 そして、悠利に向かって深々と頭を下げた。


「ありがとう。君のおかげでちゃんと直せたよ。欠けてる部分がすごく小さくて、自分で確認しても解らなかったんだ。君の鑑定能力は本当にすごいんだね」

「お役に立ててよかったです。これ、とっても可愛らしいですね」

「ありがとう」

「それでは失礼します」

「あ、待ってくれ。何かお礼を……」

「素敵な時計を見せてもらえたので、それで十分です」


 そう告げて、悠利はイレイシアと共にその場を離れた。別な何かお礼を貰おうと思ったわけではない。困っている人を見て見ぬふりが出来なかっただけなのだから。

 それに、告げた言葉に嘘もなかった。楽しいお祭りの中で人形の踊る姿からくり時計というのは幾つもあったが、あの人形がデザイン的に悠利は一番可愛いなと思ったのだ。だから、好みの可愛らしいからくり時計が見られて満足なのである。

 からくり時計のトラブルを解決して、悠利とイレイシアは他の品々も確認しようと会場を二人でゆっくりと歩き出した。どこもかしこも楽しげで、やっぱりお祭りというのはいいなぁとそんな風に思う。そこに、またしても騒動の声が聞こえた。

 今度は何だろうと思いながら視線を向ければ、何やらちょっとよろしくない雰囲気が漂っていた。ありていに言えば、殺伐としている。楽しいお祭りのはずなのにどうしてあんな風になっているのか、とそんなことを思っていた悠利の肩を、ポンと叩く手があった。


「こんなところで何してんだ?」

「カミール」


 現れたのは、見習い組の一人で商人の息子のカミールだった。彼は今日、実家の手伝いになるような相手を探すという名目の元、様々な出品者を見て回っていたらしい。単純にお祭りを楽しむわけではないあたりが、実にカミールらしい。


「で、カミールは何してるの?」

「いやー、知り合いが揉め事に巻き込まれてる感じでさ」

「知り合い?」

「あっちの怒られてる方が知り合いなんだよ」

「商人さん?」


 悠利の問いかけに、カミールは首を左右に振った。カミールの知り合いなら商人かと思っていた悠利は、違うんだと小さく呟いた。そんな悠利にカミールは答えた。

 

「職人さんだよ。編み細工って言えば良いのか……?植物を編んで模様を作って細工物にしてる人なんだ」

「あー、あるよね。籠や鞄を作ったり、敷物にしたりとかするやつ」

「うん、あの人は壁掛けにするのを作ってんだけどな」

「それがどうかしたの?」

「何か、自分とこの商品の真似をしたみたいに言われてるらしくって、絶賛大揉め中」

「カミールが知る限りその人は、そういうことやりそう?」

「やらないやらない。そんなことやる暇があったら、自分で考えついた図案を編み込む方が好きっていう人だよ」

「なるほど」


 説明を聞いた悠利とイレイシアは、騒動の中心へと視線を向ける。カミールの知り合いであろう職人は、感情を荒げているようには見えない。ただ、困ったような顔をして対応していた。

 そんな彼に怒っているのは、彼が並べている商品とよく似た壁掛け細工を手にしている人物だった。


「何であんなに怒っているのかな?」


 悠利の素朴な疑問に、カミールはひょいと肩をすくめて答えた。


「どうにも、あの人が他のとこで買った商品と同じ商品に見えてるみたいで、怒られてるんだよ」

「何で怒られてるの?」

「自分が注文したのは一点物のはずなのに、何でお前がそれを作っているんだ、みたいな?」

「でも真似っこしたわけじゃないんでしょ?」

「違うって言ってるんだけどなぁ……。ぜんぜん収まらないし、このままだと衛兵呼ぶような騒ぎになりそうで困ってる」

「それはせっかくのお祭りなのに嫌だね」


 悠利の言葉に、カミールはパッと表情を変えた。先ほどまでの困ったようなそれから、どこか味方を得たような喜びのそれになっている。


「ユーリもそう思うよな?」

「え?」

「せっかくのお祭りなのに、あんな風に水を差されるのはやっぱり嫌だと思うよな?」

「……カミールは僕に何をさせたいのかな?」


 満面の笑みでぐいぐいくるカミールに、悠利はジト目になりながら問いかけた。目の前の少年は抜け目がないので、こういう態度のときは何か頼みごとを持ってくるのだと悠利は知っている。


「何をさせたいって、人聞きが悪い。俺はただ、ユーリが嘘を見抜いて騒動を治められないかなと思っただけだよ」

「まぁ、嘘は見抜けるよ。でもね、カミール」

「ん?」

「一つ言っておくと、僕に解るのは嘘をついているかどうかだけだよ」


 念押しをするような悠利の言葉に、カミールは首を傾げた。嘘が解るならそれで良いじゃないかと言いたげだ。 

 

「それがどうしたんだ?」

「あの文句をつけている人は、一点物のオーダーメイドで購入したって言ってるんだよね?で、あの人が自分が知っていることを正直に言っているだけだった場合、それは嘘じゃないと思う」

「……お、おう」

「嘘を吐いたのがあの人じゃなかった場合、僕には解らないんだよね。解るのは、目の前の人が嘘を吐いてるかどうかだから」

「ぐっ。それは、まあ確かに……」

「言いたいこと、解ってくれた?」

「解った。あの二人の発言から嘘かどうかを見抜いたところで、無実を証明できるわけじゃないってことだな」

「そういうこと」


 悠利の説明をきちんと理解したらしいカミールは、がっくりと肩を落とした。簡単に片付くだろうと思っていたのだが、現実はそんなに甘くはなかったからだ。

 

「まあ、勿論困っている人を助けるのはやぶさかではないし、僕に出来る範囲で協力はするけどね」

「ありがとう。ユーリなら嘘が見抜けるからすぐ終わると思ったんだけどなぁ」

「世の中そう単純じゃないよ」

 

 どうしようかなぁと必死に考えているカミールに対して、悠利は少し考えてから口を開いた。目の前の二人がどちらも嘘を吐いていないとして、真実に近づける方法が思いついたからだ。

 

「本人が嘘をついてなかったらそこから見抜くのは無理だけど、もしもあの人が商品を持っているなら、二つの商品を並べることで確認は出来るかもしれない」

「どういうことだ?」

「商品を鑑定するんだよ。そうすれば、どっちがオリジナルかとかが解るかもしれない」

「マジで?」

「まあ、偽物を見抜くみたいな感じになるんじゃないかなって。確証はないけど」

「解った。それで話を通してくる」


 そう告げて、カミールは人混みをひょいひょいとかき分けて店主の元へと移動する。行動が早いなー、とつぶやく悠利に、イレイシアは心配そうな顔をした。大丈夫?と伺うような視線は足元からも飛んできている。悠利がそちらに視線を向ければ、ルークスもイレイシア同様、心配そうな顔をしていた。


「心配してくれてありがとう。相手がどこまで僕の言うことを信じてくれるかは解らないけど、少なくとも話が動くきっかけにはなるかなと思っただけだよ」

「それでユーリに危険は迫りませんか?」

「少なくとも衆人環視のお祭りの中、危害を加えてくることはないと思う。お付きの人もいるみたいだけど、ここで暴力沙汰を起こしたら即座に衛兵が飛んでくるのは解ってると思うしね」

「それならいいのですけれど……」


 心配げにイレイシアが言うのには理由がある。何せ、ユーリもイレイシアもか弱く非力だ。戦闘には全然向いていない。カミールも、頭と口はよく回るが戦闘力という意味ではあまり頼りにならない。こちらの戦力はルークスのみなのだ。

 勿論ルークスは頼りになるが、この状況で従魔であるルークスが暴れると、それはそれで大きな騒動になってしまいかねない。後々悠利達が不利になるような状況を巻き起こす可能性もある。

 そういうイレイシアの懸念も理解した上で、それでも悠利はカミールの知り合いを手助けする道を選んだ。やはり困っている人は見捨てられないのだ。もうこれは性分なので仕方あるまい。

 そんな風に話していると、説明を終えたらしいカミールが戻ってくる。


「ユーリ、品物を持ってきてるって言うから見てもらえるか?」

「うん。説明はしてくれた?」

「しておいた。あまり、こういうときに出すのもあれかとは思ったけど、一応俺らの所属が《真紅の山猫スカーレット・リンクス》だっていうのもちゃんと言っといたから」

「さすが、カミール。ありがとう」

「礼を言うのはこっちだよ。このままじゃ埒があかないからさ」

「うん」


 カミールに腕を引かれ、悠利は人ごみを縫うようにして騒動の中心へと移動する。イレイシアとルークスも勿論続く。このような状況だ。離れ離れになるよりも固まっていた方がいいだろう。

 商品を販売しているらしい職人は、二十代頃の青年に見えた。純朴そうな、こう、どちらかというと仕事にのめり込むタイプに見える。早い話が、余計なことなど考えず、自分のやるべきことをやるというタイプだ。面差しは柔和だが、眼差しは芯が強く、自分はやっていないという確固たる意志を持っていた。

 対して物言いをつけていたのは、四十代ぐらいの男性だった。口ひげをたたえたナイスミドルで、別段性根の悪そうな相手には見えない。少なくとも、この段階で【神の瞳】が何も反応しないということは、悪辣な人物ではないのだろう。

 机の上に並べられた二つの壁掛け細工、植物を編んで作ったそれらは非常によく似ていた。少なくとも、デザインという面では全く同じに見える。形状が似通っているというだけではない。使う植物の配分で色の濃淡を決めてあるのだが、そういった細かな面ですら相似性がある。


「それでは、失礼します。確かによく似ていますね。貴方がこれを作られたんですね」

「そうです。今回出展するための新作として作りました」

「新作として出すために時間をかけて考えられた?」

「そうです。何度も試行錯誤を繰り返して、やっとこの形に仕上げたんです」


 悠利の問いかけに、職人の青年は静かに答えた。落ち着いた受け答えだった。突然クレームを付けられたというのに、感情を乱しているそぶりはない。自分にはやましいことは一つもないと言いたげだった。

 続いて悠利は、もう一つの壁掛け細工を見る。


「これが貴方が買い求められたものということですね?」

「その通りだ。私はこれをオーダーメイドで注文したのだ。だから、この世に一つしかないはずなのだ」

「それはお知り合いの職人さんにお願いされましたか?それとも、今回初めてお願いする職人さんですか?」

「以前から何度か商品を購入している。ただ、工房自体は同じだが、職人は新しく入った者もいると聞いているが」

「解りました。オーダーメイドで注文されて、これを受け取られたのはいつですか?」

「今日だ。この祭りに合わせて王都へ来るので、そのときに受け取る手はずとなっていた」


 男性の説明もよどみない。ただ、先ほどまでは感情を荒らげていたが、間に第三者である悠利が入ったことで多少は落ち着いたのだろう。表情も声音も、怒りというよりは困惑が勝っているようだった。

  

「では、今からこの二つを鑑定させていただきます」


 そう告げて、悠利は二人にぺこりと頭を下げた。周囲の視線が大変突き刺さる。もはや完全に見せ物と化しているが、構ってはいられない。

 その上で、悠利は大切なことを告げた。


「あくまでも僕の見立てです。そして、確たる証拠になる保証はありません。ですが、こうして二つ並んでいれば、どちらかが贋作であった場合それを知ることは出来ると思います」

「やってみせてくれ。私としても真実が解らぬままなのは困る」

「こちらもです。信用に関わるので」

「はい」


 二人の了承を得て、悠利は並べられた二種類の壁掛け細工をじっと見た。【神の瞳】に見抜けぬものはなく、並んだ二つの商品の違いも容易く、見抜いてくれる。作り手が見ても解らないわずかな差異。【神の瞳】はそれを見逃さない。


「解りました。大変申し上げにくいのですが、こちらのオーダーメイドで作っていただいたという商品の方が、扱いとしては贋作になるのではないかと」

「何……?」

「正しくは、こちらの商品の試作品の図面を用いて作られたものだと思います」

「試作品?」


 悠利の言葉に、周囲からもいぶかしげな反応が返る。どういうことだと言いたげな視線にさらされて、悠利は困ったような顔をしつつも意を決して詳細を告げる。

 

「この二つはとてもよく似ています。ですが、一箇所違う点があるんです。この真ん中の複数の結び目が交差する位置ですね。ここの形が違います。編み方が違っているんですが、見て解りますか?」


 悠利の指摘に従って皆が同じ箇所を見ていた中、職人の青年が小さく声を上げた。説明を求めるように視線を向けられた彼は、周りの視線を受けながらも臆せずに口を開いた。


「ここの部分はこの編み方をしておくと、長時間壁にかけているとほどけてきたんです。ですから、編み方を別に考えて崩れにくくするために、試行錯誤をしました。そうして出来上がったのがこちらの私が作ったものです」

「何と……」


 その説明に男性は顔を青くした。それは目の前の青年の言い分を正しく信じた、ということである。信じざるを得なかった。なぜなら、青年がその結び目の部分を軽く抑えると、彼自身が作った方は特に何もなかったが、男性が買い求めたものは結び目が少し緩んだのだ。彼の言っていることが本当だという証明だった。


「何ということだ……」

「詳しいことは解りませんが、可能性としてはこちらの方の試作品の設計図をどなたかが持ち出して、これを作られたという可能性があります。欠点まで同じだというのなら可能性はあるかと」


 静かに告げる悠利に、男性は身体の横で握った拳に力を込めた。その表情には怒りが浮かんでいるが、それは決して悠利達に向けられたものではなかった。

 苛立ちを押し殺すようにゆっくりと深呼吸をした後に、男性は職人の青年に向かって頭を下げた。


「申し訳ない。君の説明をちゃんと聞かず、頭ごなしに疑ってしまった」

「そんな……!こちらも事情がよく解らなかったので、きちんと説明できませんでしたし……」


 慌てたように青年は答える。それに、今の話が本当ならば男性は被害者である。オーダーメイドで商品を頼んだというのに、それを他人のデザインを流用して作られたのだ。裏切られたも同然である。

 男の傍らに控えていた付き人と思しき人物が、旦那様と静かに男を呼んだ。


「解っている。先に行き、ことの次第を確かめる準備を」

「承知しました」

 

 小さくうなずくと、付き人らしき人物はそのまま去っていった。男性はもう一度青年に深々と頭を下げると、今度は悠利に向き直る。


「君にもお礼を言わなければならないな。私は何も知らぬ恥知らずになるところであった」

「あ、いえ、たまたま通りがかってお手伝いが出来ただけなので……。せっかく素敵な商品を買われたと思ったのに、残念でしたね」


 そう告げた悠利に、男性は全くだと困ったように笑った。そして次に、職人の青年に向き直ってこう声をかける。


「良ければ君の品を買わせてもらえないだろうか?他にもあるなら、他のものも見せていただきたい。君の作るものが良いものだというのは、見ていれば解る」

「喜んで!」


 お客様になってくれるというのなら、それは願ってもないことなのだろう。青年は満面の笑みで答えて、自分が作った壁掛け細工をいそいそと取り出して男に説明をするのであった。

 何とか衛兵のお世話にならずにこの場を治めることは出来たらしい。一安心したというように胸をなで下ろす悠利。その肩をポンポンと叩くカミールがいた。


「助かった。ありがとうな、ユーリ」

「ううん、うまくいってよかったよ。ちなみに、これ、アリーさんに怒られたりはしないよね……?」

「人助けだし、大事にはなってないし、大丈夫だと俺は思う」

「わたくしもそう思いますわ」

「ああ、よかった」


 ほっと胸をなで下ろす悠利。人助けでもあまり目立ったり大事になったりすると、保護者から少しは考えて動けとお叱りを受けるのだ。心配症の保護者の心労を増やすのは本意ではないので、まあ大丈夫だろうという範囲に収まって一安心なのであった。


「それじゃ続き見て回ろうか、イレイス」

「そうですわね。カミールはどうしますの?」

「俺はまだ、知り合いのとこ顔出したりしなきゃいけないからここでお別れで」

「いい商品あったら教えてね」

「解った」

 

 そう言って、カミールは元気よく去っていく。悠利とイレイシアも、ルークスを伴ってその場を後にする。会場はまだまだにぎわいを見せている。まだ見ぬ商品に思いを馳せながら、悠利とイレイシアはお祭りを堪能するように歩き出すのであった。




 ちなみに、その後お祭りを巡っているときにもあちらこちらで小さなトラブルに遭遇し、なんやかんやと手助けをすることになったのでした。まあ、怒られるような大きな騒動には発展していないので、大丈夫でしょう。一応全部終わった後に、保護者に報告はしてあります。報連相は大切です。


ご意見、ご感想、お待ちしております。

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最強の鑑定士って誰のこと?小ネタ置き場
クロスオーバー始めました。「異世界満腹おもてなしご飯~最強の鑑定士サイド~
ヒトを勝手に参謀にするんじゃない、この覇王。~ゲーム世界に放り込まれたオタクの苦労~
こちらもよろしくお願いします。ゲーム世界に入り込んだゲーオタ腐女子が参謀やってる話です。
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最強の鑑定士って誰のこと?特設サイト
作品の特設サイトを作って頂きました。CM動画やレタス倶楽部さんのレシピなどもあります。

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― 新着の感想 ―
お祭りのあと保護者アリーさんの胃が痛くなってないといいね(≧∇≦)
これは……アリーさんも怒りはしないが、ユーリをすっごい目で見ていそう
怒られはしないけど、アリーさんの胃は痛くなりそうな…(;´∀`)
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