気づいたらダンジョンの中でした。
異世界転移したらダンジョンの中だった。
きょろきょろと少年は周囲を見渡した。だがしかし、見慣れた風景は一つも無い。おかしい、何故だろう、どうしてこうなった。そんな心の声が聞こえてきそうな表情で、釘宮悠利は呆然と立ち尽くしている。
彼が今いるのは、ゲームやアニメでよく見る、石造りのダンジョンだった。そういえば、中学時代の同級生がハマっていたゲームに、ダンジョンRPGがあった。悠利の乙男な性質を笑いもせずに、「好きなモノを好きと言って何が悪い!」と周囲に怒鳴ってくれた、数少ない友人(女子)である。その彼女から勧められて、悠利もプレイしたゲームである。理由は、「キャラデザが可愛いから、釘宮君でも楽しめると思うよ!」というものだった。
なお、そのゲームの名前は『突撃☆ダンジョン学園』というシリーズだった。
余談である。
「…うん、現実逃避してる場合じゃないよねぇ…?」
着慣れた学生服に、飾りっ気のないシンプルな学生鞄。…表面的には飾りは無いが、内側にはお気に入りのマスコットを入れたり、身の回りの品をそれとなく男子でも使えるデザインの綺麗&可愛いもので揃えているのだが。とりあえず、自分は帰宅途中でこの場所に飛ばされてきたらしい。伊達にラノベやゲームのサブカルに慣れ親しんでいる現役男子高校生(ただし乙男)ではない。自分が不可思議な状況に巻き込まれているのを理解するのは早かった。
早かったのだが、しかし。
「…ダンジョンって、魔物出るんじゃないのかなぁ…?流石に僕、戦えないけど…」
まさに、それである。
ギャッギャというよくわからない鳴き声が、遠くから聞こえる。それでもこの場所に居続けても仕方ないので、悠利はゆっくりと歩き出した。ふと、興味を引かれて壁に視線を向けた瞬間、ぶぉんと眼前に現れた妙な画面に、思わず瞬きを繰り返した。
それは、まるでオンラインゲームなどでよく見かける、ステータスメニューのようだった。半透明のそれは、まるでそこにあるのが当然と言いたげに、悠利の眼前にある。手を伸ばして触れてみても、触ることは出来なかった。その代わり、視線を向けた先が、まるでクリックされたかのように反応して、情報が開示されていく。
――迷宮名:異邦人の抜け殻
ランク:D+
材質:石
環境状態:良好
ダンジョンマスター:健在
・・・
・・・
以下略、様々な情報が現れたのだが、悠利はざっと流し読みをする。これが何を意味するのか、何なのか。そんなことはわからない。ただ、乙男とはいえ、彼もまた、ゲームやアニメを愛するオタクである。よって、この情報が頼りになるかも知れない、と判断したのだ。
…普通、いきなり異世界に飛ばされて、いきなりよくわからない能力に目覚めたら混乱するのだろうが、悠利は平然としていた。彼はどこか天然っぽい部分があって、色々とズレているのだ。乙男ゆえにおっとりしており、他人の敵意に対してものほほんと対応する。そんな彼の、のれんに腕押し、糠に釘、ただの豆腐、などと友人達に揶揄される性格が、功を奏した瞬間であった。
ざっとスクロールした情報の中に、気になる項目があった。それをピックアップしてみると、こうなる。
――現在探索中:クラン《真紅の山猫》
クラン、というのはおそらく、パーティーなどのチームのことだろう。悠利はあまりやらないが、オンライン系のゲームではよく聞くらしい。そして、この情報が示すのは、現在このダンジョンに、人間がいるということだ。いや、人間ではないかもしれない。ここは異世界なのだ。だがしかし、とりあえず、誰かに会える。そうすれば情報が貰える。悠利の中での重要度は、そこで決定した。
どこに行けば会えるのかは不明だったが、とりあえず歩き出す。学生鞄を片手に、学生服の男子高校生がぽてぽてと歩く。…なお、小柄で細身の悠利は、制服が学生服というのもあって、割と中学生に間違われる。おかしい、この間17歳の誕生日を迎えた筈なのに、と本人が思うこともあるが、周囲には「いや、普通。お前は中坊っぽい」と言われるだけなので、細かいことは気にしないようにした。
そうして、物音がする方へと歩き続けて、しばらく。こそりと通路から室内を覗き込んだ悠利が見つけたのは、5人ほどの人間の集団だった。一団のリーダーなのか、声を出して指示を下しているのは、スキンヘッドの青年。その指示の通りに魔物に斬りかかっている剣士っぽい青年、格闘家っぽい少女、援護射撃をしている弓兵っぽい女性、そうして最後に、大量の鞄を腰に下げた何かよくわからない少年。彼らがクラン《真紅の山猫》だろうか?と悠利は思った。
思ってとりあえず、決めた。
「戦闘が終了したら声をかけさせて頂きます」
ぺこりとお辞儀をして、魔物に見つからないように壁に張り付く。一団は結構強そうである。戦闘になれているというべきだろう。これなら魔物もさっさと退治されるよね~、と暢気に思いながら、悠利は彼らを見つめていた。
それにしても、異世界に突然吹っ飛ばされて、気づいたらダンジョンの中。オマケに自分はよくわからない能力を有しているらしい。その状態でも悠利は、暢気だった。むしろ、割と運が良いと思っている。何故ならば、右も左も解らない場所で、とりあえず人間を発見できたからだ。ココが異世界ならば、会話の通じない種族もいるかもしれない。それを思えば、普通に自分と変わらないっぽい人間を発見できたのは良いことだと思っている。
……なお、基本的に悠利は暢気で楽観的な人種である。
ふと興味が湧いて、悠利は自分の手を見つめてみた。壁を見たら情報が出てきたので、同じように自分を見たら、ステータスが見えるのでは無いかと思ったのだ。そしてそれはアタリで、ぶぉんという音と共に、先ほどのような妙な画面が現れた。
――名前:ユーリ・クギミヤ
性別:男
種族:人間
年齢:17歳
職業:探求者
状態:健康
レベル:1
HP:20
力:10
速さ:10
技:10
守り:10
運:∞
技能:【神の瞳】レベル∞
【料理】レベル50
【裁縫】レベル50
【調合】レベル50
【鍛冶】レベル50
装備:学生服(神の加護付与∞)
「……うん、色々おかしい気がする」
いくら悠利が細かいことを気にしない性格だとしても、突っ込みたいステータスだった。能力値が低いのは、一般人の男子高校生だから構わない。この世界において、自分が色々最弱へっぽこだろうというのは予測済みだ。ただ、自分の職業と技能について、色々ツッコミを入れたいだけだ。あと、運の値が色々とオカシイ。
まず、職業だ。探求者って何のことだ。そこは普通に学生で良かったのではないか、と。それともこの世界には学生がいないのだろうか。或いは、この世界の学校組織に所属していないから、悠利の職業として認められないのか。そもそも、探求者とは何をする存在で、どんな能力を持っているのか。意味が解らなかった。
それに、技能も意味が解らない。まず、一番上にあった【神の瞳】だ。どんな技能かわからない上に、レベルが∞なのである。数字ですらなかった。レベルがMAXでカンストしているとかでもなかった。∞ってなんだ、と悠利は思う。
思って、じぃっと技能項目の【神の瞳】の部分を見つめた。上手くしたら、より詳細な情報が出るかと思ったのだ。そして、その予感は的中した。流石、サブカルに馴染みのある現代っ子。
――【神の瞳】
鑑定系最上級系技能。
ありとあらゆる真実を見通し、全ての事象を見抜く能力を持つ。神より授けられた技能であり、後天的に取得することは不可能。また、この技能を持つ者を、鑑定系職業の最上位である探求者と呼ぶ。
「…うん、普通にチートだった」
ぽつんと悠利は呟いた。鑑定という技能が、どれほどの効果を持っているのかを悠利は知らない。ゲームによって、その重要度は変わる。だが、探索系のゲームなどでは、鑑定の技能があるかないかによって、難易度は大いに変わることぐらいは、わかる。そして、この説明文を見る限り、おそらく、この世界において鑑定の技能はそれなりにランクの高いスキルであろうことが、察せられる。
あと、謎の職業も技能のせいだと判明した。ついでに探求者の項目も確認してみることにした。自分を知ることは大切である。それが世界を知る第一歩だ。多分。
――探求者
鑑定系の最上位の職業。
技能【神の瞳】の保持者であり、全ての事象を鑑定することが出来る。また、その真実を見抜く性質から、ありとあらゆる物の作成にも長じている。サブ職業として調合師、錬金術師などを身につける者も多い。
探求者の前には全ての偽りは意味が無く、古来は神の代行者として崇められていた。が、技能【神の瞳】を授かる者が少なく、現在は確認されていない。
「…あ、これ駄目なヤツ」
悠利は現実を理解した。
自分の職業とか技能を把握した瞬間に、絶対に偉いヒトに知られてはいけないタイプだと理解した。巷に良くあるラノベだと、職業がバレて偉いヒトに面倒くさいポジションを与えられる可能性がある。そういうのは必要ないと思う。
悠利が求めるのは、平穏と平和と乙男趣味を堪能出来る世界だ。出来るなら、異世界らしく、愛らしい妖精とか麗しいエルフとか癒やし系の獣人とかと触れあって生きて行きたい。…なお、年頃の男子であるが、彼にその手の邪な下心は存在しない。ハーレムというよりは、仲良くお友達になって、一緒に買い物に行きたいとかいう、女子のノリである。流石は乙男。
「うん、何か聞かれたら、鑑定士って答えておこう。駆け出しですって」
そこは素直に異世界から迷い込みました、でも良いのかも知れないが、面倒ごとに巻き込まれそうな予感がしたのだ。この世界において、召喚者とか迷い込みとかが一般的かどうかで、悠利の今後が決まる。とりあえず、《真紅の山猫》に接触するときには、鑑定士と名乗ることに決めた悠利である。
気を取り直して、他の技能に目を向ける。料理だの裁縫だのと、実に乙男らしい技能が並ぶ。あと、レベルが地味に高いのが気になった。個人レベルは1なのに、技能レベルが50というのはどういうことだろうか。色々と理解不能だ。
これは、いわゆる異世界転生のチートとか言うのだろうか。だがしかし、別に悠利はそんなことは望んでいない。異世界で英雄になりたい願望も、美少女を侍らせてハーレムを作りたい願望も、魔王を倒せるぐらい強くなりたい願望も、存在しない。しいていうなら、綺麗で可愛いものを堪能したい。それだけだ。
そんな悠利にとって、何か色々チートっぽい自分のステータスは、不必要な物体に思えた。
いや、一応、異世界に放り込んだ神様とかの優しさなのかもしれない。でも、それならそれで、もうちょっと目立たない感じに調節をして欲しかった悠利である。だって、明らかに現在一人もいないだろう、絶滅危惧種レベルの職業にされたって、何も嬉しくない。あと、何かを期待されても、何をするつもりも無いのに。
とりあえず、明らかに不審者の自分が彼らに声をかけて、受け入れて貰えるかどうかが重要だと悠利は思った。
一応主人公はチート持ちなんですが、多分ほぼ活用しないです。
そういう子です。
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