お土産はやはり鮭のようです
ほんの少しのトラブルはあったものの、何だかんだで楽しくお泊まりは終了した。知らなかった世界を知り交流出来たことは、悠利達《真紅の山猫》側だけでなく、ワーキャットの里の子供達にとっても良いことだった。
今も、別れを惜しむように沢山の子供達が《真紅の山猫》の面々と言葉を交わしている。この数日の交流で仲良くなったのだろう皆の姿は、実に微笑ましかった。
ロイリスの周りには少女達が集まって、土産として様々な細工品を渡していた。ワーキャットの里の細工品は王都で売られているものとはデザインが違うので、ロイリスの今後の参考になるのではないかということだ。
「こんなに沢山貰っても、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ」
「そうそう。それに、貴方が作ってくれたものがあるから」
「そうだよー。おにいちゃん、ありがとう」
そう言って笑う少女達の手には、細工品があった。それは別に、アクセサリーだとか雑貨だとかになるほどのものでもない。金属の板に、ロイリスが文様を彫っただけの飾りだ。アクセサリーにするならそこからさらに加工が必要になるだろう。
けれど、ロイリスが自分が得意な繊細な文様を刻んで、色々な話を聞かせてくれた少女達にお礼として渡したものである。この交流の証しのようなものだ。だから彼女達は満面の笑みを見せている。
似たような現象が起きているのが、ミルレインと少年達だった。こちらは物品の交換はしていないが、鍛冶士の仕事を目の前で見るという得難い経験をした。そのときの話を面白そうにしているのだ。
「姉ちゃん、すっげー上手に鋼打つよなー」
「っていうか、何であの重いハンマー持てたの?」
「アタイは山の民だからな。力はあるんだ。それに、日々鍛えてる」
「やっぱり鍛えなきゃダメかなー」
「筋肉は大事だぞ」
大真面目な顔で告げるミルレインに、少年達は確かにと頷いていた。別にそこにいるのは鍛冶士の子ばかりではないのだが、やはりやりたいと思う仕事に腕力や体力、筋力が必要だと思うらしい。鍛えたら鍛えた分だけ強くなれるのは、解りやすくて良いのかもしれない。
ラジやリヒトには幾分か年かさの男の子が別れの挨拶をしている。当初こそ幼い子供達にもみくちゃにされていた虎獣人のラジだが、気付けばリヒトと共に冒険者に興味を持つ男の子達に懐かれていたのだ。
それは多分、二人が見るからに前衛と解るからだろう。ワーキャット達は身体能力が高いが、戦闘に長けているかと言われるとそこは個人差がある。猫は大型獣に比べて戦闘本能は薄く、仲間を守るためなら戦いに身を投じるが、基本的にはまったり生活するのが性に合っているのだろう。何せ、猫なので。
別に戦いが男の仕事などと言うつもりはない。ただ、女子に比べれば肉体的に優れているのは事実だった。種族が異なればまた違うだろうが、同族内で考えればやはり体力も腕力も男の方が上だ。だからこそ彼等は、戦うことを生業にする二人に興味を持つのだろう。
例えば、里を襲う外敵と戦うため。例えば、行商に出掛ける仲間を道中守るため。生きるため、食料を求めて魔物と戦うこともあるだろう。この世界で生きるとはそういうことで、いつか自分達が戦う側としての役目を担うかもしれないと彼等は思っているのだ。
とはいえ、何も交流はそんな深刻な背景を背負ったものばかりではない。イレイシアの傍らに集まる子供達は、彼女が教えてくれた異国の歌を楽しんでくれた。……歌うのは音痴なのでご遠慮したイレイシアだが、彼女の楽器の演奏の腕前は見事なもの。
ちなみに、子供だけでなく大人にもファンを作ってしまい、気付けば隙間時間には広場でプチコンサートみたいな状態になっていたのはご愛敬だ。その代わりにイレイシアはワーキャット達の歌や曲を沢山教わったので、吟遊詩人として少し成長できたと思っている。
そんな風に穏やかに別れを惜しんでいる中で、何やら騒々しい一角がある。見習い組と、彼等と里を舞台に鬼ごっこやかくれんぼを遊びまくった子供達の集団である。
「絶対、絶対また来て!」
「次も勝負しよう!」
「今度はちゃんと見つけるから!」
「………………諾?」
「「どういう意味!?」」
子供達に熱烈に誘われているのは、マグだった。いつも通りの何も考えていないような、無表情と面倒くさいの間みたいな顔でぼそりと呟いたマグに、子供達は思わず叫んだ。何が何やらさっぱり解らなかったからだ。
成り行きを見守っていたカミールとヤックは、ぽんぽんと両サイドからウルグスの背中を叩いた。諦めて仕事してくれ、という意思表示。ウルグスは今日もマグの通訳から解放されることはなかった。
「あー、来るのは別にそこまで嫌じゃないが、その判断を下すのは自分じゃないから来られるかどうかは知らない、だと」
「今のそういう意味だったの!?」
「何で解るんだよ!」
「なぁ、あってんの?」
「諾」
「その通りだって言ってる」
ギャーギャー騒ぐ子供達に、平然としているマグとその言葉を律儀に通訳するウルグス。とても見慣れた光景に、カミールとヤックは相変わらずだよなぁという風に肩を竦めた。
ちなみに、子供達がここまでマグに食いついているのは、鬼ごっこで逃げられまくり、かくれんぼでは時間切れまで隠れきったマグと再戦がしたいからだ。そう、マグはワーキャットの子供達との鬼ごっこで、とりあえずは逃げ切ったのだ。
鬼ごっこは、捕まらなければ良い。姿は見えてもかまわない。腕が届かなければ良いのだ。十分に里の下見を済ませたマグは、追ってくるワーキャットの相手をしながら適切なルートを逃げまくり、時間切れまで逃走しきった。身体能力で劣ろうと、ルート取りと適宜隠れつつで逃げ切ったのだ。
その後のかくれんぼでは、流石に嗅覚を使われると不公平すぎると言うことで鼻を封じられたワーキャット達は、隠密の技能持ちでもあるマグを見つけることが出来ずに悔しがっていた。ウルグスやカミール、ヤックは見付かるのだが、マグだけが何故か見付からない。そこにいるはずなのに気配が感じられないのだ。
ちなみに、マグの隠れ場所に関しては、何度か繰り返す内にウルグスは予測がつくようになったらしく、彼だけはマグを発見していたが。……そして発見されたマグが不機嫌そうにふてくされていたが。それを見ていたので、子供達は次こそ自分達が探し出す!と燃えているのだ。
「皆、仲良くなったみたいで良かった」
「キュイキュイ」
「ルーちゃんもお手伝い頑張って皆と仲良くなったんだよね?」
「キュピ」
暇な時間はお屋敷の掃除を頑張ったルークスは、悠利の言葉にえっへんと胸を張るような仕草をした。愛らしいスライムがせっせとお掃除を頑張ってくれる姿は微笑ましく受け取られ、ルークスは大人気だった。
あまりにも大人気で、お家の強固な汚れに悩む奥様達に頼まれて出張サービス的なこともしていたが。頼られて褒められて、なおかつお土産にお菓子を貰ったルークスはご満悦だった。
ちなみにそのお菓子は、悠利達のお腹に消えている。ルークスもちょっとは食べたが、それより何より美味しそうなお菓子を貰ったので皆にお裾分けを、という方向になったらしい。……普通のスライムはそんな発想にならないらしいが、ルークスなので今更です。
そんな風に微笑ましい会話をしつつ、悠利は足元をゆさゆさと揺さぶった。正確には、がっちりと自分の足にしがみついている小さな物体を揺さぶっている。
「あのね、リディ。僕達は帰らないとダメなんだよ?」
「……やだ」
「やだじゃないんだよね……。お泊まりは終わりで、家に帰るんだってば……」
「ここにすめばいい」
「良くないんだよ」
ぷぅと頬を膨らませたまま、若様は不機嫌そうに呟いている。悠利の足にしがみついているのは、何で帰るんだという意思表示だった。……つまるところ、若様はまだまだ友達と遊び足りないのである。
連絡を寄越したときは、来てくれるだけで十分嬉しかったのだ。しかし、実際こうして顔を合わせて数日を一緒に過ごすと、もうこのままずっといてくれたら良いじゃないかということになったらしい。悠利達のいる楽しい時間を、続けたくなったのだ。
その気持ちは解らなくもない。確かにワーキャットの里は楽しいし、お友達であるリディと過ごす時間は悠利にとっても楽しい。だがしかし、ここは悠利達の家ではない。戻る場所は別にあるのだ。
「リディがまたうちに遊びに来てくれるとか、僕らが遊びに来るとかするから、ね?」
「ゆーりたちがいっしょのほうが、べんきょうもあそびもたのしい」
「それはそうかもしれないけど……」
「ずっと、それがいい」
ぼくとあそんでくれるから、とリディはぼそりと呟いた。その言葉は、その場に居合わせた者達の胸に刺さった。リディの両親である里長夫妻と、フィーアとクレスト、エトルに、アリーとジェイク。《真紅の山猫》の面々にまとわりついている沢山の子供達は、リディにとって遊び相手ではないのだ。
若様という立場は、気楽に言葉を交わして一緒に走り回って遊ぶ相手さえ、選べない。別に嫌われているわけではない。ただ、若様に何かあってはいけないという理由で、同世代の子供達がやるようなちょっとやんちゃな遊びは許されないのだ。
勉強だって、他の子達と一緒に教会で学ぶとかではない。若様はお屋敷で、家庭教師の先生から勉強を教わる。隣に、学友のエトルを置いて。皆と一緒ではない。皆と一緒にはいられない。幼いながら立場を理解しているリディは、だからこそ悠利達と一緒がいいと言いだしたのだ。
その辺りのことを理解しつつ、悠利はぽんぽんとリディの頭を撫でた。そして、優しく告げる。
「でもねぇ、リディ。そうやって僕達がずっとここにいたら、それが普通になって、慣れちゃって、何にも楽しくなくなるかもしれないよ」
「……え?」
「普段と違うわくわくも、特別なことをしているという楽しさも、感じられなくなっちゃうと思うんだよね」
「……むぅ」
「だから、特別は残しておいた方が良いと思うよ?」
にっこり笑顔の悠利に、リディは小さく唸った。悠利の言葉には謎の説得力があった。確かに、この数日はリディにとって特別な時間だった。普段と違う人たちがいて、普段と違う行動をして、普段と違うように過ごした。紛れもなく特別で、楽しい時間だった。
その特別が、なくなってしまうのは嫌だった。もっともっと、いっぱい楽しい思いをしたかった。そのためには、悠利達もリディも日常に戻らなければならないのだ。
「わかった。……あきらめる」
「あはは、諦めるなんだ」
「そのかわり、また、あそぼう」
「うん。遊ぼうね。今度はリディがこっちに来てよ。マギサも会いたいだろうから」
「わかった。まぎさともあそぶ」
数少ないお友達、収穫の箱庭のダンジョンマスターの名前を出されて、リディは大真面目な顔で頷いた。悠利と違ってマギサはダンジョンから出られないので、遊びに来て貰うわけにはいかない。あの子と遊ぶには、リディが赴く必要があるのだ。
ひとまず若様が納得したのを理解して、周囲はホッと息を吐いた。ここで延々とごねられると困ると思ったのだ。何せ無駄に行動力のある若様だ。残留を認められないならついていく、とかをやりかねなかったので。
「若様、納得したなら、ユーリさんにお土産を渡さないと」
「はっ!そうだった、おみやげ!」
「お土産?そんなのいいんだよ、リディ。僕達はもう十分楽しませてもらったか、」
悠利の言葉が変なところで途切れた。途切れたのには、理由がある。リディの合図に従って、使用人達が何かを持ってやってきた。抱えるようにされているそれは、悠利にも見覚えのあるピンク色の物体。
どうぞと差し出す使用人の隣で、リディがドヤ顔で言いきった。
「しゃけ、いっぱい!」
「美味しそうだね!ありがとう!」
「お前は即座に前言撤回するんじゃねぇ!」
「イタッ……」
流れるように見事な掌返しに、アリーの拳骨が落ちた。勿論手加減された一撃ではあるが、非戦闘員の悠利には十分痛かった。痛いですぅと涙目になりながら文句を言うが、アリーは大きなため息をつくだけだった。
ワーキャットの里の特産品である立派な鮭の、三枚下ろしが多数。以前お土産に貰ったのは一匹分だけだったが、今日は数匹分用意されているらしい。何とも大盤振る舞いであった。
若様は、これなら悠利が喜ぶだろうと言いたげに、むふーと鼻息も荒くドヤ顔のままである。隣のエトルは呆れたように嘆息しているが、リディは気にしない。悠利が自分達の里の鮭を気に入っていることを、彼はちゃんと知っているのだ。
目の前の素晴らしいお土産にテンションが上がっていた悠利だが、ハッとしたように里長に向けて問いかけた。
「あの、いただけるのは嬉しいんですけど、こんなに大量に貰っても良いんですか?」
「むしろ、この程度では足りないだろう。だが、息子が言うには君が喜ぶのはこういうお礼だからと」
「……はい?」
お礼って何のことだろう?と悠利は首を傾げた。それはもう、盛大に傾げた。何かありましたっけ?とでも言いたげな態度。そんな悠利に、若様を除くワーキャット組は驚いたように目を見張っていた。
アリーは疲れたように息を吐きだし、ジェイクは楽しそうに声を出さずに笑っている。悠利と同じように解っていないのはルークスだけで、悠利の真似っこをするようにこてんと身体を傾けている。実に可愛い。
「君のおかげで、遺跡が見付かり、そのおかげで家宝が戻ってきた。それに、曖昧になっていた伝承も石碑を翻訳して繋げてくれた。そのお礼が鮭では到底足りないと思うのだがね」
「え!?いえ、アレはたまたま、リディと遊んでいたら見つけただけですし、本当に偶然の産物なので、お礼とか言われるようなものでは……?」
「君がそう思っていても、我々にとってはありがたいことなのだよ」
「……なるほど」
イマイチよく解っていない悠利だが、とりあえず物凄く感謝されているらしいということを理解して、それならありがたく鮭をいただこうと心に決めた。お留守番組にも色々と食べさせてあげたいし、何より、大量に食材をいただけたら食費が浮く。……《真紅の山猫》の仲間達はよく食べるので、食費が浮くのは大歓迎なのである。
わーい、この鮭で何作ろうかなーと一人でうきうきしている悠利をよそに、里長はアリーと会話をしていた。
「本来なら金銭をお支払いするべきだと思うのですがね」
「依頼でもないですし、あいつはそれを望まないでしょう。友達と遊んでいて、たまたま見つけただけだと思ってますので」
「見つけたのはそれでも、翻訳作業は十分に仕事であったと思いますが?」
「依頼であれば報酬は受け取りますが、今回の場合は一宿一飯のお礼ということで構いません。……あいつにとってはその方が良いだろうと思うので」
「何とも、お礼のし甲斐のない子だ」
困ったように笑う里長に、アリーは苦笑した。確かにその通りだった。遺跡を発見したことも、その遺跡の調査をしたことも、石碑の翻訳作業をしたことも、労働の対価として金を受け取るようなことだろう。しかし悠利はそれを望まないし、そんな風に大事にしたくないと言うだろう。
あくまでも、友達と遊んでいたらちょっとした探検に繋がった、みたいな感じにしか思っていない。翻訳作業は「お手伝いを頼まれたから頑張った」ぐらいの認識である。どこかに依頼が絡んでいるのなら、誰かの仕事に絡んでいるのなら、アリーももう少し対応を変えただろう。ただ、今回はそういうややこしい事情はないので、悠利の考え優先になったのだ。
それに、当人は鮭を沢山もらえて大喜びしている。その喜びようを見ていると、報酬として求めるものは人それぞれなのだろうと思わされるわけである。
ちなみに、石碑の翻訳作業及びその文章の内容整理を担当したジェイクの方は、労働の対価を求めるどころか「貴重な資料をタダで読ませていただいてありがとうございます」という実に学者先生らしいスタンスだった。当人が楽しそうなので良かったです。
「それでは、名残惜しいですがどうぞお気を付けてお帰りください」
「大勢で押しかけて、大変お世話になりました」
「こちらこそ、皆が良い経験をさせていただきました。是非、またお越しください」
「機会があれば、是非」
里長とアリーが大人の会話で挨拶を交わす。その会話が聞こえて、皆は「あぁ、そろそろ帰る時間なんだな」と理解した。あちらでもこちらでも、別れの挨拶を交わす声が聞こえてくる。
そして、それは悠利達も同じだ。
「それじゃあリディ、僕達は帰るね。楽しかったよ」
「ぼくもたのしかった。ぼうけんも」
「そうだね。今度、マギサに話してあげようね」
「うん。またあそびにいく。えとるもつれていくから」
「若様、それを決めるのは若様じゃないです」
「えとるもいっしょだから、たのしみにしてくれ」
「若様、聞いてますか?」
「きいてない」
お前ちょっと煩い、黙ってろ、みたいなノリで若様はご学友の発言を斬り捨てた。あのですねぇとツッコミを入れるエトルと、ツンとすまし顔でそれをスルーするリディ。何とも愛らしい子猫達のやりとりに、悠利は思わず笑ってしまった。
別れの寂しさなんて、感じさせない。そんなことよりも、また次も遊ぼうと全力で伝えてくる可愛いお友達に、嬉しくなる悠利なのでした。
そんなこんなで賑やかに楽しかったワーキャットの里での交流会は終わり、悠利達は仲良く皆で帰路につくのでした。ここから数日、馬車の旅です。
もはやお土産の定番と化している鮭です。
でも大きな鮭はありがたいと思うんだ。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





