竜人種さん達が本気になりました
こういのアレでしょ?
人外魔境って言うんでしょ?←
わー、過剰戦力ーと悠利は目の前の光景を見て思った。いや、過剰戦力なのは前々から把握していたのだ。していたけれど、だからってこれはかなりアレなのでは……?と思ったのである。
少なくとも、先ほどまでは全員それなりに大人しかったんだな、と理解する。まだまだ竜人種という種族の凄まじさを知らなかった悠利である。
まず第一に、武器がいらない。
武器がいらないって何の冗談だと言われそうだが、目の前の光景から言える事実なのだから仕方がない。一応ブルック達は武器を握ったまま罠を潰してはいるが、大半が素手や素足である。武器が半分以下しか使われていない。
素手で飛んできた槍をむんずと掴み、へし折り、何なら矢を掌で弾き返す。掌で!?と衝撃を受ける悠利の隣でアリーが普通の顔をしていたので、竜人種の身体能力ならばその程度普通なのかもしれないが。それでも衝撃は消えない。
ロザリアは素早い動きで足を振り上げ、そのまま空中から降り注ぐ槍を踏み潰す。実に見事な踵落とし。流れるようなその動作は美しく、まるで型稽古でも見ているようだ。
でも実際はうっかり気を抜いたら大怪我か死んじゃうような罠を相手の大立ち回りなので、とても物騒である。ただし、その罠が最前線で戦う竜人種達には別に脅威でも何でもないというのが現実なのである。
攻撃に当たらないとかそういう次元ではない。喰らっても別に痛くも痒くもないという意味で、脅威ではないのだ。頑丈だ頑丈だとは聞かされていたが、これはもう別次元なのでは……?と思う悠利だった。
とはいえ、そんなとても強い竜人種さん達のおかげで助かっているのは事実である。守られる立場の悠利としては、安心できる。
でもやっぱり、この人達規格外だなぁと思うのは止められなかった。
「ウォルナデット、また何か部屋と通路がぐっちゃぐちゃになってねぇか?」
「なってますねー。今現在も色々と動かしてる真っ最中ー」
「……ったく、面倒だな」
「ルート分析しますんで、ちょっとお待ちを」
アリーに言われて、ウォルナデットはキョロキョロと周囲を見渡して考えている。ちなみに彼は今、悠利達には見えない映像を見ている。このダンジョンの構造を複数のディスプレイを眼前に展開して調べているような感じらしい。
そう説明された悠利は、「それ、SFとかでやってるめっちゃ恰好良いやつ……!」と思った。思ったけれど、大人しく空気を読んで黙っていた。今回は頑張りました。
ウォルナデットがルート分析にかかりきりになるので、アリーと悠利で罠を判断する。不用意に先に進むことはせず、とりあえず手の届く範囲の罠を壊すことに集中している。
「ロゼさん、右上の燭台を動かすと、床が抜けて毒矢が飛び出してきます」
「あいよ」
悠利の説明を受けたロザリアが燭台を動かせば、説明通りに矢が飛んでくる。それもかなりの数だ。毒矢と聞かされていたロザリアは、槍の一薙ぎでそれらを一掃した。見事である。
「毒矢はやっぱり警戒しますか?」
「毒にもよるな。ある程度なら無効だ」
「……ツノフグの麻痺毒が効かなかった感じで……?」
「…………待て、少年。毒化したツノフグを食べたのか、あのバカは」
「らしいって話です」
「……あのアホめ……」
以前の会話を思い出して悠利が言えば、ロザリアが低い声で呻いた。そこで悠利は気付いた。いくら毒が効かないからって、毒化した状態のツノフグを食べるのは、竜人種でも普通のことではないのだ、と。
ちらりと悠利が視線を向ければ、ブルックはいつも通りの表情で答えた。淡々と。
「毒化はしていたが、美味そうに調理してあったからな。どうせあの程度の毒なら効かないのは解っていたし」
「だからってわざわざ毒化したのを食うな。アホ」
「舌にピリピリと刺激があって、あれはあれで面白かったぞ」
「止めろ。あたし達までゲテモノ食いだと思われる」
幼馴染みの奇行にツッコミを入れるロザリア。それに対して平然としているブルック。軽口を叩いている彼らは、その状態で、見もせずに飛来する矢や槍を粉砕し、落ちてくる壁を片手で受け止めて押し返し、釣り天井は片方が受け止めた状態でもう片方が突起部分を粉砕してから押し返していた。
目の前の光景は、もはや規格外によるトンデモビックリ展覧会みたいなものだった。何だろうコレ、と悠利は思った。
そんな悠利の足下で、時々飛んでくる破片から悠利を守っているルークスが、ちょっとだけうずうずした感じで身体を揺らしていた。容赦なく罠を粉砕していく姿が、楽しそうに見えているのかもしれない。ルークスは一応魔物なので。
なお、そんな風に軽口を叩くブルックとロザリアと違って、ランドールはずっと無言だった。何やら冷えた圧のようなものが常に漂っている。お怒りは全然収まっていなかった。
一応弓を握っているが、殆ど使っていない。足で罠のスイッチを押し、素手で罠を粉砕している。鍛えられた武人という印象のブルックやロザリアと違ってほっそりして見えるランドールだけに、肉体一つで頑丈そうな罠を粉砕していく姿は、ちょっとこう、ギャップが凄かった。
顔から表情が抜け落ちているのも、怖いと悠利が感じる理由かもしれない。どれほど柔和な面差しをしていても、真顔は誰でも怖いんだなと思った悠利であった。
「ブルック、そこの右手の色の違う石を踏むと罠が出るが、」
「これか?」
「待て、その罠、狙撃が後ろから……!」
「あ」
アリーの言葉を最後まで聞かずに、ブルックは色の違う石を踏んだ。そこに重なるアリーの説明。ダメなやつだったかとブルックが後ろを振り返る。
「わー!!」
「キュー!」
突然現れた弓矢の嵐に悠利が声を上げるのと、ダメー!と言いたげにルークスが飛び上がって矢を叩き落とすのがほぼ同時。出来るスライムは、ちゃんと仕事をしてくれた。
「ルーちゃん、ありがとう!」
「キュイキュイ」
ちゃんと主を守れたことにご機嫌のルークス。僕の従魔、本当に頼りになる……!みたいな悠利。悠利が無傷だったので、安心したように胸をなで下ろした後、ブルックの後頭部を殴るアリー。……なお、ブルックは痛みは感じていないので普通だが、すまんと謝ってはいた。
さらに、ルークスとほぼ同時に踏み込んできたランドールが、素手で矢を叩き落とし、掴んでへし折ってくれていた。ありがとうございますと頭を下げる悠利には静かに頷くだけだったが、狙撃地点を見据える横顔は冷えている。
「性根が腐ってやがるな」
「ぇ……」
ぼそりと呟かれた言葉に、悠利は聞き間違いかな?とランドールを見た。でもアリーでもブルックでもない男性の声だったし、距離的にどう考えてもランドールの声だった。だから今の荒っぽい言葉は、ランドールのものであるはずだった。
何で?と思いながら視線を向けた悠利に対して、ロザリアとブルックはひょいと肩をすくめた。幼馴染みズは、実に落ち着いていた。
「ランがあそこまで本格的にキレるのは久しぶりだな、ロゼ」
「あぁ。近年まれに見るキレっぷりだ。……ラン、少年が怯えているぞ」
「煩い」
「ユーリ、安心しろ。こいつはダンジョンコアの性格の悪さにキレているだけだからな」
「あ、はい……」
普段温厚な人がキレたら怖いの見本みたいなものかなぁ、と悠利は思った。とりあえず、自分に対しての圧ではないにせよ、今までと全然違う態度を取られると落ち着かないんだなと思った。
なので悠利は、とりあえず、現在進行形でキレているだろうランドールに、自分に出来る言葉をかけることにした。
「あの、全部終わったらお土産に昨日のパウンドケーキをお渡ししますね」
「……パウンドケーキ?」
「はい。予備が残っているので。お口に合ったみたいなので、ランディさんのお土産に」
にっこり笑う悠利に、ランドールは動きを止めた。その一瞬、それまでの殺伐とした雰囲気が消えた。しゅうっと風船がしぼむように消えた。
「それはとても嬉しいお土産だね、ありがとう」
「はい」
悠利に優しく微笑むと、ランドールは再び罠を破壊する作業に戻っていく。あぁ良かった、喜んでくれた、と悠利はホッと胸をなで下ろす。
そんな悠利とランドールの会話を聞いていたブルックとロザリアは、前線に戻ってきた幼馴染みに対して口を開いた。
「ラン、お前それは、いくら何でも現金すぎるだろ」
「貴様なぁ……。食い物に釣られて動くのはこいつ一人にしてくれ」
甘味で動くと判断されている男ブルックは、特に反論はしなかった。自分にそういう部分があるのはよく解っている。なお、ロザリアの言い分には続きがあった。
「貴様は、酒で動くだけにしておいてくれ。酒の絡んだ食い物でまで動くようになるとか、手に負えん……」
である。
そう、ブルックが甘味で動くように、ランドールは酒で動く。何なら、依頼料の代わりに貴重なお酒とかでも普通に仕事をする。そういう男なのは知っているが、頼むから酒を使った料理にまで反応しないでくれということなのだろう。
ちなみにロザリアは食べ物では動かない。彼女は適正な賃金で動くだけである。多分、男二人に比べたら理性が仕事をしている。
「煩い。さっさとやれ」
「そしてさっきの一瞬落ち着いただけ、と」
「予想通りだが、ラン、貴様な……」
「働け」
「働いてるだろ」
「まったくだ」
雑談をする間も、彼らは罠を壊している。そういう意味ではちゃんと働いている。ただ、幼馴染みにツッコミを入れるのを忘れていないだけで。
ちょっと異様な光景だが、当人達は普通の顔で会話をしているので、彼らにとってはいつものことなのだろう。竜人種の普通って怖いなぁと思う悠利だった。
「アリーさん」
「何だ、ユーリ」
「僕、前からブルックさんが強いとは思ってたんですけど」
「あぁ」
「……竜人種って、デタラメすぎません……?」
「デタラメだな」
一歩間違えたら暴言みたいな悠利の台詞を、アリーは咎めなかった。むしろ肯定してくれた。ブルックの規格外の強さは、彼と共に旅をしていたアリーが誰より知っているのだ。
そして、そのブルックと同等の実力者だと言われるロザリアとランドールがいる。一人でも過剰戦力と言われそうな竜人種が、三人。しかも何だかんだで連携は完璧である。実力以上の強さを発揮できると言っても過言ではない。
そもそも、悠利とアリーという強力な鑑定持ちの仕事が、ほぼないのである。一応は罠の位置を教えてはいるが、無遠慮に罠を発動させても自分達で全部壊すので、説明無しでも問題ない。ブルック達にしてみれば、以前と同じ行動をしているだけだろうが。
「アリーさん、ついでに調査します?」
「構造が変わってんなら、調査にならねぇだろ。落ち着いてからだな」
「デスヨネー」
通路やら部屋やらが無意味に入れ替わり、壁が出現し、彼らの行く手を阻んでいる。罠の追加は出来ないようだが、ブルック達が壊せば壊すほど、無事な罠の部分を送りつけてくる感じである。ダンジョンコアも必死そうだった。
ウォルナデットがルートを分析している間も、罠の破壊は続く。そして罠が破壊されると、また部屋や通路が入れ替えられる。何ともイタチごっこのような状況だった。
……そう、それは、ルート分析をしているウォルナデットにとってもだったらしい。
「あのー!ちょっと罠壊すの待ってもらえませんかね!?全部壊したらまた入れ替えられちゃうんですけど!」
物凄く切実な叫びが届いた。お疲れ様である。
ぐちゃぐちゃに入れ替え、つなぎ合わされたダンジョンの情報を把握しつつ、どこをどう通ればダンジョンコアの元へ行けるのか考えていたウォルナデット。しかし、彼がルートを見つけたと思ったら、またあちらもこちらも入れ替わってぐっちゃぐちゃになるのである。不憫だった。
ダンジョンマスター殿の悲痛な叫びに、竜人種三人は動きを止めた。出来ることをやっていただけなのに?みたいな顔をしている。何だかんだで全部壊せば終わるみたいな思考回路になるのは、戦闘特化種族の性なのだろうか……?
「俺、言いましたよね!?ルート分析するから、ちょっとお待ちをって!全然待っててくれないじゃないですか!」
「待ってただろう」
「その通り。先には進んでいない」
「罠を壊しただけだ」
「それーーー!!それが一番ダメなやつです!!」
バカー!とでも言いたげな勢いでウォルナデットは叫んだ。俺がこんなに頑張ってるのに、何で邪魔するんですか!みたいなノリだった。いや、実際そういう感じだったのだろう。お疲れ様である。
「全員、俺が適正なルートを見つけるまで待ってくださいよ!」
「いや待て」
「何ですか、アリーさん」
「むしろ、こいつらに罠を全部破壊させた方が良いんじゃないか?」
「え?」
アリーの言葉に、ウォルナデットは動きを止めた。何で?とその顔が物語っている。しかし、一応アリーにも考えはあった。
「さっきから、罠が切れると入れ替えてるだろ?なら、全部壊してしまえばもう、入れ替える意味がなくなる」
「……」
「罠がなくなってしまえば、仮に入れ替えられたとしても、気にせずに先へ先へ進んでいける」
「……」
「違うか?」
アリーの説明を聞いて、ウォルナデットは少し考えた。悠利達には見えないダンジョンの状態を確認しているようだ。しばらくして、彼はこくんと頷いた。
「確かに、あともう少しで無明の採掘場部分の罠は全部壊せそうかな。……じゃあ、根こそぎ壊してもらう方針で」
「とりあえず全部壊せば良いんだな?」
「適当に壊すなよ。さっきみたいに後方が危なくなる罠もあるんだからな」
「そのときは誰かが反応する」
「ブルック……」
確かに竜人種の反射神経なら出来るだろうが、そんな大雑把にやろうとするなと呻くアリー。傍らにいるのが幼馴染み達だというのもあって、いつも以上に大雑把になっているブルックだった。そしてまぁ、それでどうにか出来るスペックが彼らである。
それじゃ壊すか、と罠の破壊に勤しむ竜人種三人。誰一人気負っていなかった。そして次から次へと罠を壊していた。えげつない。
「じゃあ、罠が壊れるまで俺は待機ということでー」
「ウォリーさん」
「ん、何?」
「ダンジョンコア、部屋の入れ替えにはエネルギー使わないんですか?」
「使うよ。使うから、……まぁ、そのうち弾切れになると思う」
往生際悪いよなーと楽しげに笑うウォルナデット。運命共同体とはいえ、方針が違いすぎるダンジョンコアには思うところがたっぷりあるらしい。根深いなぁと思う悠利だった。
なお、ウォルナデットに言わせれば、自分は時代に合わせた案を出しているのに向こうが理解しないだけだ、ということになるのだが。……いや、お前の案は時代に合わせているのではなく、どこぞのダンジョンマスターが一人でやってる異色案だ、というツッコミはなかった。今更なので。
「じゃあ、ブルックさん達が罠を壊し終わるのと、ダンジョンコアが弾切れになるのを待つ感じですか?」
「そうだな。これだけ派手にやってたら弾切れも近いだろうし、それで良いと思う」
「じゃあ、そのときは道案内、お願いしますね?」
「任された」
何せ俺はここのダンジョンマスターだからな、と笑うウォルナデット。何だかんだで、ダンジョンマスターとしての第二の生を楽しんではいるお兄さんだった。
そんなわけで、全ての罠を破壊し、ダンジョンコアのエネルギー切れを待って、悠利達は無明の採掘場の最奥、ダンジョンコアのある部屋へと向かうのでした。さぁ、オハナシの開始です。
ブルックさんが割とゆるくなってるのは、幼馴染みズがいるからです。
自分が頑張らなくても何とかなるよな、みたいな、
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





