狼と虎とそれぞれの一族のお話
バルロイさんとラジの一族についてのお話です。
バルロイさんはバルロイさんでした。
「それにしてもバルロイさん、お仕事は大丈夫なんですか?」
「んー?大丈夫だぞー。今日は休みの日だからなー」
「それなら良いですけど……」
満面の笑みを浮かべる大柄な狼獣人の青年を見て、悠利はちょっとだけ困ったような顔をした。理由は、半眼でバルロイを見据えているアルシェットの存在だ。今は同じパーティーで行動を共にしている卒業生コンビは、今日も二人一緒に《真紅の山猫》のアジトにやってきていた。
今日も今日とて、手土産に美味しそうな肉や野菜を持ってきたバルロイだ。これで美味しいご飯を作ってくれ!と屈託のない笑みを浮かべて告げる青年と、悠利に手間をかけさせて申し訳ないと頭を下げる女性(外見はハーフリング族なので人間の子供のようだが)という光景まで、いつも通りだった。
「ウチらは休みやけど、この子らは休みちゃうんやで。突然押しかけたら迷惑やて、何遍言うたら解るんや、アンタは」
「でもアル、そんなこと言ったら、全然遊びに来られないじゃないか」
「そもそも遊びに来る先ちゃうねん、ここは!他の卒業生はそんな行動取ってへんわ!」
「でも俺は、皆に会いたいし、ユーリのご飯が食べたい!」
「後半が本音の八割やろうがぁああああ!!」
ブレない本音を躊躇うことなく口にしたバルロイの後頭部を、アルシェットが手にした槌がぶん殴った。しかし、小柄なハーフリングのアルシェットの力は弱く、遠心力を利用していたところで頑丈な狼獣人のバルロイにはあまりダメージは入らない。
今も、痛いなぁとぼやきながら後頭部を撫でている。全然ダメージが入ったようには見えない。唇を尖らせて文句を言っている姿に、負傷した様子は見られなかった。
「アルはすぐ怒る」
「怒らせてんのは誰や思てんねん、お前」
「俺は別に、アルを怒らせようと思ってるわけじゃないのに」
「少しは頭を使え!」
「頭を使うのは苦手だなぁ……」
アルシェットのツッコミの数々に、バルロイはのほほんと答える。彼は完璧なる本能型、脳筋の青年だった。本人がそれを自覚しているというオマケ付きだ。難しいことを考えるのは向いてないんだと朗らかに笑うような男、それがバルロイである。
悪気はない。一切ない。しかし、やはり、アホと言われてしまうような困ったところが、バルロイにはある。むしろ悪気がないだけに始末に負えないというか。
いつも通りの二人のやりとりに、悠利はまぁまぁと仲裁に入る。聞きたいこともあったし、少しはアルシェットを休ませてあげたいという気持ちもあった。ツッコミは疲れるのだ。悠利はそれを知っている。
「あの、お二人、普段は余所でお仕事されてますよね?今回は王都でお仕事なんですか?」
「普段は余所で仕事してて、たまに王都でも仕事するぞ。今回は実家経由の仕事だけど」
「実家経由?」
「そう、俺の実家から仕事が回ってきた」
悠利の疑問に、バルロイはけろりと答える。答えは端的だったが、説明は全然足りていなかった。どういう意味かよく解らなかった悠利は、ちらりとアルシェットへ視線を向けた。勿論彼女は、悠利の視線の意味を読み間違えたりはしない。
相棒の説明不足を補うように、アルシェットは口を開く。種族特性で成人していても子供にしか見えない彼女だが、表情や仕草、物腰はきちんと大人だ。こういうときは特にそれを感じる悠利だった。
……まぁ、隣の狼獣人が、永遠の小学生みたいなノリなので余計になのだろうが。
「普段のウチらは、ギルドで仕事を受けてあちこちを移動しとる。一カ所に腰を据えるのも悪ないけど、ウチのパーティーはあちこち回って色々見聞きする方が楽しい連中の集まりでな。そんで、たまに王都にも戻ってくる感じやねん」
ざっくりとしたアルシェットの説明に、悠利はなるほどと頷いた。それなら、彼らが時々王都に姿を現し、ついでのように《真紅の山猫》のアジトに顔を出すのも納得は出来る。一応。
説明で何となく解ったものの、ちょっと気になることがあったので悠利は質問を口にした。気になったときにちゃんと聞けるのは彼の美点である。
「拠点はないんですか?」
「幾つかの街で、常宿にしてる宿屋はあるで。ただ、ここみたいなアジトとか家っちゅーのはあらへんな。その方が身軽に動けるやろってことでな」
「なるほど。確かに、家があると留守番とか維持の問題とかありますもんね。人が住まない家はすぐにダメになっちゃうし、ちょっと長く空けると空気がよどみますし」
「……アンタの頭の中、ホンマに家事で埋まってるんやな……」
「へ?」
真剣な顔で家の維持について考え始めた悠利に、アルシェットは呆れた顔をした。悠利としては普通のつもりだったが、溜まった埃の掃除の方法や、効率的な換気の方法、長期間家を空けるなら備蓄をどうするかなどと呟いていたので、アルシェットのツッコミは多分間違っていない。
まぁ、実際問題そういう理由もあってアルシェット達も拠点を持ってはいないのだが。
空っぽにするならば、食料その他の生活必需品の備蓄も考えなければならない。長期保存が可能なものならともかく、そうでないならば毎回毎回精算しなければならないのだから。
それらを前提としての、彼らが普段は王都にいないというのと、今回の仕事がバルロイの実家経由ということに話は繋がっていく。
「そんなわけで、本来やったら今回みたいな仕事はウチらには回ってこうへん。王都に常在しとる冒険者に回るはずや」
「そこで、バルロイさんのご実家、ですか」
「せや。バルロイの実家は狼獣人の身体能力を生かした人材派遣みたいなんをしとってな。色んな依頼に、向いてる奴を向かわせてるらしいんや」
「今回は護衛の仕事だったから、丁度王都の土地勘もあるからお前がやれって親父から連絡が来たんだ」
「そうだったんですね」
アルシェットの説明に、バルロイが事の顛末を追加する。普段は家の仕事はしてないんだけどなーと豪快に笑うバルロイ。そんな彼に仕事を回してきた父親も、なかなかに豪快な人なんだろうなと思う悠利だった。
それと同時に、護衛の仕事をバルロイが自分に向いていると判断している事実に、ちょっとだけ首を傾げた。悠利の知る限り、バルロイは愛すべき脳筋である。誰かの護衛が向いているようには見えなかった。
そんな悠利の疑問を理解したのだろう。アルシェットがポンポンと悠利の肩を叩いた。
「アルシェットさん?」
「疑問は尤もやけど、こいつ、戦闘時はめちゃくちゃ仕事出来るんや。で、その延長線上で、誰かの護衛が物凄く得意やねん」
「そうなんですか?」
「対象の捕捉も得意やし、そもそもこいつの身体能力相手にして、護衛対象が逃げ切れると思うか?」
「思いません」
アルシェットの質問に、悠利はきっぱりはっきり言いきった。
獣人というのはそもそも身体能力が優れた種族だ。そして、その中でも犬科というのは嗅覚も優れており、対象を追うのが得意だという。バルロイは狼獣人なので、その辺はお察しだ。
ただ、にこにこ笑っている大型犬みたいなバルロイしか知らない悠利としては、戦闘のときは仕事が出来ると言われても全然想像が付かなかった。ただ、その件については他の仲間達にもそうだと聞いているので、そうなんだなと思うだけだ。
「でも、護衛だったらこんな風にうちでのんびりしてられないのでは?」
「問題あらへん。仕事をパーティーで受けたんや。で、交代制でやってるんよ」
「あ、なるほど。それなら大丈夫ですね」
仕事が忙しいのではと心配した悠利だが、アルシェットの説明を聞いて一安心だった。まぁ、バルロイが悠利のご飯が食べたいという欲望で突っ走って仕事を放置しようとしたとしても、アルシェットがそれを許さないだろうが。
そんな風に三人で雑談を楽しんでいると、仲間達が鍛錬から戻ってきた。戻ってきたのは所謂武闘派メンバーで、リヒト、ラジ、マリア、レレイ、そしてウルグスだ。身体を動かしてきたのか、若干名は疲れた顔をしている。
「あ、バルロイさんとアルシェットさんだー!こんにちはー!」
「レレイー、久しぶりだなー!」
「相変わらず元気そうやな」
「はーい、元気でーす!」
駆け寄ってきたレレイとバルロイがハイタッチをしている。彼らは性格がよく似ているので、とても仲が良いのだ。悪気のない脳筋コンビというところだろうか。楽しそうに笑っている姿は、実に微笑ましい。
その実、破壊力が恐ろしいコンビなので、笑顔で壁を粉砕するとか止めてくれよというツッコミが入るのだが。破壊しても良いダンジョンとかだった場合、「この方が早い」とか言い出して壁を破壊して道なき道を突き進むタイプの二人だ。
他の面々とも仲良く挨拶をして、何故ここにいるのかの説明も手早く済ませる(アルシェットが)。そして話題は、彼らの今の仕事とバルロイの実家の話になった。
「お家の仕事の関係で護衛が得意って、ラジと似てるね」
「確かに、境遇は似てるのかな」
「んー?俺とラジは似てないぞー。どっちかというと、正反対だろ?」
「「え?」」
レレイとラジの言葉に、バルロイは異論を挟んだ。違うと思うとのんびりと告げる表情は、あくまでも素だった。彼が本気でそう思っているということだろう。
何を言われたのかよく解らず首を傾げる周囲に、バルロイはけろりと言い放った。彼の中の理由を。
「だってラジは、攻撃型だし」
「「はい?」」
端的に告げられた言葉に、今度は全員が疑問の声を上げた。何を言っているのかよく解らなかった。それはアルシェットも同じだったらしく、大柄な相棒を見上げて「どういうことやねん」と説明を求める台詞を発していた。
皆もアルシェットと同意見だったので、頷いたり目線で訴えたりして説明を求める。皆のその反応がよく解らなかったらしいバルロイは、不思議そうな顔で告げた。
「え?同じ前衛でも、俺は守備型でラジは攻撃型ってだけの話だろ?ブルックとかレレイとかマリアと同じっていう」
「え?あたし達とラジって一緒だったの?」
「あら~、お仲間だったのねぇ~」
「一緒にされたくない……」
「でも、分類するならそっちだろ、お前」
純粋に疑問の声を上げるレレイと、からかうつもり満々で楽しそうなマリア。その二人に挟まれているラジは、苦虫を噛み潰したような顔で呻いていた。彼の気持ちが大変よく解る一同だった。しかし、バルロイは一切譲ってくれなかった。
どう考えても、彼と彼女達が同じ分類には思えなかった一同は、やっぱり首を傾げている。おずおずと口を挟んだのはリヒトだった。
「バルロイ、レレイやマリアとブルックが同じ系統なのは何となく解るんだが、ラジもなのか?ラジはどちらかというと、俺に近いような気がするんだが」
「違う。リヒトは俺と同じ守備型。ウルグスもこっちかな?」
「よし……ッ!」
「ウルグス、そこまで全力で喜ばないの」
リヒトの言葉にもバルロイはブレなかった。きっぱりはっきり言いきる。
その中で、自分は違う組だと理解したウルグスがガッツポーズをしていた。バルロイが一緒というのは脳筋枠も引っかかる可能性はあるが、暴走するレレイやマリアと同じ組より、リヒトと一緒と言われた方が嬉しかったらしい。
そんなウルグスと対照的に、重ねてお前は暴走組だと言われたラジがしょげていた。僕は違うと思うとぼやく彼の背中は、哀愁が漂っている。とても不憫だった。
あまりにもその背中が不憫だったので、アルシェットは相棒の腕を引っ張ってその名を呼んだ。
「バルロイ」
「何だ、アル?」
「アンタのそういう判断が間違ってへんのは知っとるけど、今回はちょっと違うんちゃうか?ウチらの目から見て、あの子は他人の護衛の出来る理性的な子やろ」
「アル、俺が言ってるのは護衛が出来るか出来ないかの話じゃないぞ。本質の話だ」
「本質?」
アルシェットの言葉に、バルロイは大真面目な顔で告げる。そこで彼は、会話が噛み合っていなかった理由を何となく理解した。彼が言いたいのは別に、護衛の仕事が出来る出来ない、戦場ですっ飛んでいくすっ飛んでいかないの話では、なかったのである。
詳しい説明を求められて、バルロイは口を開いた。何で皆は解ってないんだろう?と言いたげな顔をして、ではあったが。
「俺が言いたいのは、最後の最後、本当にヤバいときに攻撃に出るか守備に徹するかって話だ」
「危ないときは先手必勝で相手を倒しちゃえば良くない?」
「そうよねぇ。攻撃は最大の防御だわ」
「物騒二人は黙ってなさい」
「「はーい」」
話が進まないからとリヒトに諭されたレレイとマリアは、素直にその言葉に従った。自分達が攻撃型、何かのときには攻撃に転じて状況を好転させようとする思考回路の持ち主であることを、彼女達は理解している。そして、別にそれが悪いことだと思ってもいない。いや、実際別に、悪いことではないのだが。
ただ、皆が気になるのは、バルロイが口にするその性質に、ラジが該当しない気がするからだ。優れた身体能力とそれに相応しい戦闘能力を持っているが、基本的には温厚で引っ込み思案なところのある青年だ。親しい相手以外の前では口数が減るような人物である。
その彼が、殲滅レッツゴーとか言いそうなレレイやマリアと同じ枠だと言われても、ちょっと理解できなかった。ブルックがその枠なのは、何となく理解出来るのだが。あの凄腕剣士殿は、どんな局面も「敵を倒せば全部終わる」みたいなノリで片付けそうなので。
……そして、実際それで片付けられるだろう実力があるので。
「バルロイさん」
「何だ、ユーリ?」
「お話を聞いても、やっぱりラジが彼女達と同じ属性だとは思えないんですけど……。何か、根拠でもあるんですか?」
「あるぞ。だってそいつ、白牙の一族だろ?」
「びゃくが……?」
ナニソレと言いたげに悠利は首を傾げた。悠利だけではない。皆が首を傾げた。
その中でただ一人、ラジだけが驚いたように目を見張っていた。何で、と呟いたラジに向けて、バルロイはからりと笑って告げる。
「仕事でかち合わせたり、組んだり、お前のところの一族とは何かと縁があるからなぁ。見れば解る」
「……だからって、そこまで確信を持ちますか?」
「お前の身体の使い方は、あの一族のそれだし、何回か一緒に戦ったときも、土壇場での判断が攻撃寄りだったから」
にぱっと満面の笑みを浮かべるバルロイに、ラジはがっくりと肩を落とした。当人は別に攻撃的なつもりはなかった。それなのに、バルロイはラジをそうだと判断する程度には、根っこに染みついた何かがあったのだろう。
そこでラジがぱっと顔を上げ、思わずと言いたげに呟いた。
「うちの一族と縁があるって、バルロイさんまさか、蒼盾の一族ですか?」
「そうだぞー。アレ?言ってなかったっけ?」
「聞いてませんし、明らかに突然変異レベルで性質が違いますよね、バルロイさん!」
「それはよく言われる」
ラジの悲鳴のような叫びに、バルロイは真面目くさった顔で頷いた。俺は普通のつもりなんだけどなぁと嘯くバルロイに、ラジは絶対嘘だとぼやいていた。どうやら、彼の知る一族の特徴とは全然違うらしい。
当事者二人はそこで解り合っているが、周囲は全然解らない。何のことかさっぱりだ。なので、皆を代表して悠利が、二人の背中をポンポンと叩いて説明を求めた。
「バルロイさん、ラジ、何のことか僕ら、全然解らないです」
「ん?あぁ、悪い」
「ごめん、説明が足りてないよな」
「出来ればラジが説明してくれると助かる」
「俺はダメなのか?」
「バルロイさんの説明は、多分どこかが足りなくなりそうなので」
「……そうか」
説明ぐらいするぞと言いたげだったバルロイは、悠利に一刀両断されてちょっとだけしょげた。俺だって説明できるのにとぼやく相棒の大きな背中を、アルシェットはぽんぽんと叩いた。慰めてはいるが、あの子の言い分は間違ってないというスタンスは崩さないアルシェットであった。
そんなバルロイとアルシェットを横目に、ラジはとりあえず説明を始めた。主に、彼ら二人の一族についてだ。
「うちの一族、白い虎獣人なんだけど白牙って呼ばれてるんだ。牙って付くところから解るように、攻撃を重視してるところがあってさ。敵の息の根を確実に止めれば、間違いなく味方を守れるっていう感じかな」
「滅茶苦茶物騒なんだけど」
「勿論、それは最終手段としてだし、普段はそこまで血の気が多い奴ばかりじゃない。ただ、まぁ、力があるならそれで倒せば良いっていうのは、多分染みついてるかな」
「ラジ、そうは見えないのにねぇ」
「血の気が多いのとは別の話だと思う」
レレイやマリアに比べて、ラジは理性的だ。その彼が口にするには、どうにも違和感のある性質だった。ただ、当人はバルロイとの会話で何となくその辺りを自覚はしたのか、特に気負った風には見えない。
後、バルロイが口にした分類が、血の気が多いとか物騒とか暴走するとかではないと解ったのも大きい。
「それで、バルロイさんの一族は青い狼獣人で、蒼盾って呼ばれてる。盾の意味で呼ばれる通り、守護に特化してるんだ。どんな状況でも対象を守りぬく、自分の命も守りぬくって感じかな」
「どういう意味?」
「勝てなくても負けなければ良い、みたいな感じ。自分達が敵を倒せなくても、生還できれば問題ないって感じかな。必然的に、理性的で頭の良い人が多いよ」
「待って」
ラジの説明は解りやすかった。とても解りやすかった。それだけに、悠利は思わず口を挟んだ。声には出さなかったが、説明を聞いていた一同も同じ気持ちだったに違いない。
ラジは大人しく黙っていた。悠利達が受けた衝撃を、彼はきちんと理解している。自分もさっき味わったばかりなので。
「ラジ、あのさ、ラジ、あの……」
「解るぞ、ユーリ。言いたいことは解る。僕もさっきそう思った。でも、言わせてくれ」
「……うん」
「蒼盾の一族は、理知的で思慮分別に富んでいて、どんな状況でも冷静に判断して生還することを最大の目標にするような、とても頭の良い人々なんだ」
「「バルロイさんと全然違う!」」
重ねて言い聞かせるようなラジの言葉に、悠利は叫んだし、一緒にウルグスも叫んでいた。リヒトは変なものを見るような顔をしていたし、レレイは目をまん丸に見開いていた。マリアは訝しげな顔でバルロイを見ている。
……早い話が誰一人としてラジの説明を信じていなかった。むしろ、別の一族ですとか、性質の異なる分家筋ですとか言われた方が納得がいく。
しかし、そんな彼らの希望をアルシェットが打ち砕いた。無情にも。
「バルロイがその一族なんは間違いあらへんで。時々、こういうポンコツが突然変異で生まれるらしいわ」
何で生まれちゃうんだろう、と皆は思った。そんな何も、一族と正反対の性質を持ったような存在が生まれる必要性はない気がした。看板に偽りありになってしまう。
「アル、ポンコツは酷い」
「他の一族の人に比べたら明らかにポンコツやろ」
「そんなことはないぞ!俺は一族の中でも、上から三番に入るぐらいには強いんだ!」
「戦闘能力だけの話やないかい!」
自信満々に言いきったバルロイに、アルシェットのツッコミが炸裂した。とても派手などつき漫才みたいになっているが、ダメージは入っていないので問題ない。いつものことだ。
賑やかなやりとりを繰り広げる二人をいつものことと放置して、悠利はラジに向き直った。説明を聞くのはラジの方が良いと思ったのだ。間違ってない。
「バルロイさんの一族、本当にそんな感じで頼れる雰囲気なの?」
「あぁ。僕も実家の仕事の関係で顔を合わせたことはあるけど、理知的で落ち着いた物腰で、戦闘のときは多少荒っぽくなるけれど、全体的に賢そうだった」
「でもバルロイさんと同じ一族なんだ?」
「らしい」
「……見えない」
「同感だ」
とても失礼なことを大真面目に呟いた悠利に、ラジは否定せずに同意した。そこを否定できる要素は、彼にもなかったので。
人は見かけによらないというか、どこにでも例外はあるというか、そんな感じの話だった。勿論、血縁だから皆が皆同じような性格をしているわけではないだろう。それでも、拭いきれない本質みたいなのが、二つの一族にはある。
ラジの一族は普段の血の気は多くないので、別にラジは例外枠ではない。血を見るのが苦手だという弱点こそ異質だが、性格的な意味では彼は別に突然変異でも何でもないのだ。
だからこそ、ラジが語った一族の性質と正反対の場所でからから笑っているバルロイが、へんてこりんだと思う悠利だった。勿論、バルロイを好きな気持ちが変わるわけではないのだけれど。
「蒼盾っていうと、俺も前に仕事で顔を合わせたことがあるなぁ」
「リヒトさん、会ったことあるんですか?」
「あぁ。大規模な護衛任務みたいなのがあって、そのときに。……頼りがいのある、冷静沈着な紳士だった。戦闘能力も高かったし」
「わぁ……」
遠い目をしたリヒトに、悠利は思わず同じような顔になった。全然バルロイさんと繋がらないやーと呟いた悠利に罪はない。
そんな中、レレイがポンと手を打って口を開いた。自然と、皆の視線が彼女に集中する。
「解った!戦闘のときの、落ち着いて頼りがいのあるバルロイさんだ!」
「「あ」」
「え?どういうこと?」
「あのね、バルロイさんは戦闘のときは凄く格好良いってのは前にも話したよね?あのバルロイさんが、普段とは打って変わって冷静で、周りがよく見えてて、すっごく頼りになるんだよ!」
「……バルロイさんが?」
「バルロイさんが」
誰それと言いたげな悠利だったが、周囲はレレイの発言でなるほどと声を上げている。どうやら、皆には納得の出来る説明だったらしい。そこはやはり、戦闘時限定の格好良いバルロイを知っているかいないかの差だった。
皆がわいわいと話しているのを見て、悠利はうーんと唸った。彼にはどう足掻いてもみることが出来ない、想像も出来ないバルロイの姿だ。大型犬モードで美味しいご飯を楽しみにしている暢気なお兄さんしか、悠利の中のバルロイ像は存在しないのである。
「皆がそんなに言うなら、僕もいつか見てみたいなぁ」
盛り上がっている仲間達の姿を見ながら、悠利はぼそりと呟く。その呟きは、誰の耳にも届かず消えた。
けれど、その思いはすぐに四散した。何故ならば。
「せやからお前は、自分のアホさ加減はちゃんと理解せぇて言うてるやろが……!」
「アル、アル、耳を引っ張るのは止めてほしい。首が痛い」
「やかましいわ……!」
何か余計なことを言ったのかアルシェットを怒らせたらしいバルロイが、耳を引っ張られてしょげている姿が目に飛び込んだからだ。小柄なアルシェットに耳を引っ張られ、首を傾けて痛い痛いと訴えているバルロイの姿は、いつもの愉快なお兄さんでしかない。
大きなバルロイと小さなアルシェットだが、手綱を握っているのは小さなアルシェットの方である。年齢的には同年代なので、当人達は特に気にしていない。ただ、絵面のインパクトがそこそこあるだけで。
とはいえ、悠利にとっては見慣れた姿である。あまりにも見慣れたいつも通りの姿だったので、バルロイの一族の本来の性質や、戦闘時の彼の格好良さというのが、全部吹っ飛んだ。
「まぁ、バルロイさんはバルロイさんだもんねぇ」
のんびりと呟いた悠利の一言が、ある意味何より的を射ていた。一族の性質が何であろうと、戦闘時の彼の姿が何であろうと、バルロイはバルロイだ。愉快なお兄さんの一面も、子供みたいに無邪気な一面も、皆が言う戦闘時の格好良い姿も、全部がバルロイなのだろう。
盛り上がっている皆を見つめながら悠利が思ったのは、晩ご飯はお肉増量かなぁということだった。バルロイの手土産もあるので、美味しいご飯を作ってあげようと思うのだった。
なお、いなかった面々に今日の話をしたところ、大抵のメンバーが驚いたので、驚いた自分は悪くなかったんだなと思う悠利でした。
どこにでも突然変異はいるので、バルロイさんはそんな扱いです。
能力は高いんですが、性格が明らかに異質。
でも時々そういう人が出てくるので、まぁそんなもんだろで流されてます。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、お返事は遅くなっておりますが、地道にちまちま行いますので、お待ちください。





