とろとろ美味しいバイソンキングのタンシチュー
本日は外食の悠利!
タンシチューはじっくり煮込んだやつが好きです。
お肉がほろほろするやつ。
大衆食堂である《木漏れ日亭》は、安くて美味くてボリュームのある料理が特徴のお店だ。悠利の行きつけの外食先でもある。庶民派ご飯が多いので、毎日食べても飽きないのだ。ご近所さん御用達の食堂と言えた。
そう、あくまでもご近所さん御用達。冒険者愛用。庶民の味方で、庶民のご飯が安くて手軽に食べられる店。それが《木漏れ日亭》だ。
なので、今悠利の目の前にある料理は、普通に考えればこの店では出てこない。
「……あのー、このお肉、どうしたんですか?」
「え?どうかした、ユーリくん」
「いえあの、シーラさん、このお肉って……」
「あぁ、今日の特別メニューなの。美味しいわよ」
困惑しながら問いかける悠利に、看板娘のシーラは満面の笑みで答えてくれる。素敵なウエイトレスさんの、掛け値なしに本気の笑顔だ。周囲の客の何人かは見惚れている。
しかし、今の悠利にはあまり効果がなかった。そういう話じゃないんですけど、とぼそりと呟いてしまう。目の前の料理は確かに美味しそうなのだが、そういう問題ではないのだ。悠利が聞きたいのは別の話である。
悠利の目の前にある料理は、タンシチューだ。茶色いソースにゴロゴロと入った野菜と肉が実に美味しそうだ。ふわりと鼻腔をくすぐる濃厚な匂いに、ぐぅとお腹がなったのも事実。
ただ、うっかり興味本位で「どんなお肉なんだろう~」と鑑定してしまったのが運の尽き。【神の瞳】さんが示してくれた情報に、悠利は思わず固まってしまったのだ。
ちなみに、その【神の瞳】さんの鑑定結果はこちらである。
――バイソンキングのタンシチュー。
強力な魔物であるバイソンキングのタンをふんだんに使った、とても贅沢なタンシチューです。
じっくり時間をかけてタンを煮込み、野菜の旨味との相乗効果でとても美味しく仕上がっています。
なお、バイソンキングは強力な上に見つけにくく、市場で出回る肉の中ではかなりの高級品です。
バイソンキングの肉はどの部位でも、基本的に高級料理店や貴族などに提供される高級食材になります。
滅多に食べられるものではないので、味わって食べることをオススメします。
【神の瞳】さんは今日もフランクで愉快だった。どう考えても友達相手のコメントみたいになっている。悠利の技能は今日もへんてこりんだ。
とはいえ、【神の瞳】さんの鑑定結果がフランクだろうが、使用者が悠利であるために変な方向にアップグレードされていようが、そんなことは悠利にはどうでも良いのだ。比較対象がないので、これが異質で規格外だということが解っていないのも理由である。
悠利にとっては、【神の瞳】さんのぶっ壊れ性能などよりも、目の前にあるのが高級食材の料理だということの方が重要だった。何でそんなものが、庶民の味方な《木漏れ日亭》で出てくるのかがさっぱり解らないのだ。
それと同時に、ちょっと心配になったのもある。
「……あの、シーラさん、ダレイオスさんは、お元気ですか?」
「お父さん?物凄く元気よ。元気すぎて困るぐらい。まっ、お店をやってるんだから、元気でいて貰わないと困るんだけどねー」
「そうですか。それなら良いんです」
シーラの返答で、自分の心配が杞憂だったことが解って、悠利はほっと胸をなで下ろした。ゆっくり食べてねと微笑んで仕事に戻るシーラを見送り、目の前のタンシチューと向き合う。
ちなみに、悠利の心配は、この店ならではの事情に起因する。
「……良かった。ダレイオスさんが強力な魔物と戦って怪我をしてなくて」
小さく呟いた悠利の言葉に、悠利の足元でルークスが不思議そうにキュイ?と鳴いた。そんな可愛い従魔に、何でもないよと笑って悠利は頭を撫でてやる。ルークスは悠利に頭を撫でられて嬉しそうだ。
悠利の心配とは、元冒険者であるダレイオスがバイソンキングと戦って怪我をしていないかというものだ。
ダレイオスは《木漏れ日亭》の店主であり、料理を担当している。元冒険者でもあるこのおやっさんは、肉を求めて武器を握って出掛けてしまうタイプなのだ。勿論毎日ではないのだが、気が向いたら肉を狩りに出掛けるのだ。
……肉を狩る、すなわち、魔物を狩る、だ。
大衆食堂の主になっても、冒険者の頃の癖が抜けないのか。それとも、美味しい肉は自分で手に入れてくる方が安くて早いと思っているのか。悠利には定かではないが、とりあえず、肉を狩りに行っちゃう店主殿が無傷で良かったと思った。
これで、心置きなくタンシチューを食べられる。……まぁ、どこでどうやって手に入れたのかは謎なのだけれど。そこは後でまた話を聞いてみようと思う悠利だった。せっかくのタンシチューが冷めてしまっては大変なので。
「いただきます」
ぱんっと悠利は手を合わせて食前の挨拶を呟き、目の前のタンシチューに向き直る。バイソンキングというのは大きな魔物なのか、器の中のタンはごろごろしていた。ジャガイモや人参も同じくごろごろしている。実に食べ応えのありそうな一品だ。
ふわっと鼻腔をくすぐるブラウンシチューの匂いは、悠利のお腹の虫を刺激する。美味しいに決まってるじゃないかと思いながら、悠利はスプーンを器に差し込んだ。
とろりとしたタンシチューは、匂いと見た目だけでも十分に存在感を主張する。大きな具材がスプーンにずっしりと重さを伝えてきた。食べやすい量だけを掬って、悠利はぱくんと口へと運ぶ。
瞬間、ソースの濃厚な旨味が口の中に広がった。じっくり時間をかけて煮込まれたのか、甘さと旨味を孕んだ味がとても美味しい。ほくほくのジャガイモがソースと絡み合って、なんとも言えず優しい味わいだった。
「んー、美味しいなー。ジャガイモも人参もスプーンで切れるぐらいに柔らかくて、ソースと絡んで食べやすいし」
にこにこ笑顔で悠利はパクパクとタンシチューを食べる。ごろごろとしたジャガイモと人参に舌鼓を打った後は、お待ちかねのタンである。こちらもごろんとしていて、スプーンに載せると存在感が増した。
見た目はごろごろとしているので固いのだろうかと心配した悠利だが、口に含んだ瞬間にそれが杞憂だと解った。歯で少し力を加えただけで、タンはほろほろと崩れたのだ。よく煮込まれているのか、簡単に崩れる。
また、それだけではなく食感も味も実に良い。ぎゅぎゅっと肉の旨味を凝縮し、シチューとの相性も抜群。よく味わって食べようと思うのに、美味しいのと食べやすいのとで一瞬で飲み込んでしまった。
シチューにもタンの旨味が染みこんでいて、具材無しでソース部分だけを食べてもとても美味しい。付け合わせのパンに染みこませて食べても絶品だった。
「バイソンキングって本当に美味しいんだ……」
【神の瞳】さんの鑑定結果を疑うわけではなかったが、想像以上の美味しさに悠利は思わず相好を崩す。タンもたっぷり入っていて、満足感が凄い。
こういう言い方をしてはなんだが、まさか大衆食堂である《木漏れ日亭》でこんな豪勢な料理が食べられるとは思わなかったのだ。
勿論、悠利はダレイオスの料理が美味しいことを知っている。元冒険者だが、彼の料理の腕前は確かだ。ただし、安くて美味しい庶民ご飯がメインであるのは間違いない。こんな高級食材が出てくることなんて、普段はないのだ。
だからだろうか。今日はいつも以上に賑わっている気がしたし、皆がわいわい騒ぎながらタンシチューを食べている。いつもならばバラバラの料理を食べている筈なのに、今日は殆どの人がタンシチューを食べているのだ。
多分、看板娘であるシーラがオススメしているのだろう。悠利も彼女に勧められてタンシチューにした口だ。そして、そのオススメに従った結果、とても美味しいタンシチューを食べることが出来ている。ありがたい。
「確かに、これだけ美味しかったらオススメしちゃうよね……」
ダレイオスの腕云々以前の問題だ。普段ならば絶対に食べることが出来ない稀少な肉を堪能できる料理ならば、看板娘のシーラが常連客達にオススメしまくっても仕方ない。そして、そうやってオススメを食べた面々が顔馴染みに口コミで広げているのだろう。同じメニューを頼む人が多いのは、きっとそういうことだ。
かくいう悠利も、今この場で知り合いに会ったらなら、「タンシチューがとっても美味しいから是非食べて!」と宣伝してしまうだろう。美味しい料理は皆で分かち合いたい。
また、食欲旺盛な人々などは、お代わりをしている。別の料理を頼むのではなくお代わりというのは、ちょっと珍しいなと思う悠利だ。やはり、それだけバイソンキングのタンシチューは美味しいのだろう。
「ルーちゃんもちょっと食べる?」
「キュ?」
「はい、どうぞ」
「キュピー」
悠利の言葉に、ルークスは「良いの?」と言いたげに身体を傾けた。小首を傾げるような仕草だ。そんなルークスに微笑んで、悠利は小皿にタンシチューを入れる。勿論、具材も込みで。
ルークスはよじよじと椅子の上に登ると、うにょーんと身体を伸ばして小皿を取り込んだ。中身を吸収し、小皿をぴかぴかにして机の上に戻す。
「どう?」
「キュキュ!」
「そっか。良かった」
身体を揺すってご機嫌のルークスに、悠利も笑顔になる。しかし、この場合ルークスはバイソンキングのタンシチューの美味しさを理解したのではなく、大好きな主人である悠利がご飯を分けてくれて、同じものを食べられたことが嬉しいのだ。その辺が悠利にはイマイチ伝わっていなかった。
まぁ、通じていなくとも双方が幸せそうなのでそれで良いのだろう。実に平和な光景だった。
そんなこんなで食事を終えた悠利とルークスは、客が少なくなった《木漏れ日亭》に残っていた。正確には、デザートも堪能してゆっくり食事をしていたら、ピークを過ぎたという感じだ。
周囲の客も食事を終えて食後のデザートや飲み物を堪能している感じだった。ピーク時は回転が速いが、それを過ぎれば幾ばくか落ち着くのが常になる。常連達が気楽にくつろいでいる感じだった。
「ユーリくん、味はどうだったかしら?」
「あ、シーラさん。とても美味しかったです。具材がごろごろしてて、なのにどれもとても食べやすくて」
「それなら良かったわ。タンシチューは、好みが分かれちゃうから」
にっこり笑顔の看板ウエイトレスさんに、悠利はちょっと考えてから確かにと頷いた。タンシチューがというよりは、タンがという方が正しいだろう。タンは独特の食感があるので、それを苦手とする者もいるのだ。
それでも、今日食べたタンシチューは文句なしに美味しかったので、悠利は素直にその感想を伝えた。ついでに、気になっていたことも聞いてみる。
「シーラさん、タンシチュー凄く美味しかったんですけど、あのタンってバイソンキングであってますか……?」
「えぇ、あってるわよ。鑑定したの?」
「はい。ちょっと気になったので。……で、バイソンキングってかなり高級な食材じゃないですか」
「そうね。市場で仕入れると大変なことになっちゃうと思うわ」
「その割に、このタンシチューの値段がいつものメニューと変わらないんですけど……」
何でですか?と問いかける悠利に、シーラはぱちくりと瞬きをした。料理にどんな値段を付けるかは、料理人が決めることだ。客側としては、リーズナブルなお値段で高級食材の美味しい料理が食べられて美味しいのは事実。事実だが、原価とかを考えると大丈夫なのか心配になるのだ。
そんな悠利の心配に気付いたのか、シーラは大丈夫よと笑った。何一つ気負っていない笑顔だった。
「シーラさん?」
「ユーリくんがうちのお店を心配してくれたのはよく解ったわ。でも本当に大丈夫なの。このお肉、貰い物なのよ」
「貰い物……?」
「そう。お父さんの昔の仲間が、届けてくれたのよ」
ぱちんとウインクをするシーラに、悠利はぽかんとした。店主の元仲間による差し入れと理解して、けれどそれでも思わず問いかけてしまった。
「ダレイオスさんの昔の仲間ってことは、それなりの年齢の方々なんじゃないんですか……?バイソンキングって強い魔物ですよね……?」
「大丈夫、大丈夫。お父さんの昔の仲間って、全員が長命種なのよ」
「へ……?」
「山の民とか羽根人とかの、私たちよりずーっと長生きする種族の人ばっかりなの。だから、現役を引いたお父さんはともかく、皆さんまだまだとっても元気なのよ」
「……なるほど」
シーラの説明に、悠利は納得した。ダレイオスの年齢が年齢なので、その仲間ならばそこそこの年齢だと思っていたら、まさかの長命種オンリーというオチである。流石は異世界と思った悠利だった。
なお、悠利が気にしていたのは年齢部分だけだが、そこを差し引いてもそもそもバイソンキングを倒せる段階でかなりの高レベルパーティーになる。まぁ、未だに一人で肉を求めて狩りに行くダレイオスの仲間なので、気にしてはいけない。
「タンって一匹からそんなに取れないと思うんですけど、そんなに大量だったんですか?」
「他の部位に比べたら少ないけど、バイソンキングが物凄く大きいから、タンもとっても大きいのよ」
「へー」
「もう全部調理しちゃったから、見せてあげられないんだけどね」
「それは残念です」
シーラの言葉に、悠利は割と真剣に答えた。大人数分のタンシチューを賄えるだけの大きさのタンとはどんなものか、とても気になったのだ。次の機会があったら是非とも見せて欲しいなと思う程度には興味を引かれている。
「高級肉を差し入れしてくれるなんて、優しいお仲間さんなんですね」
「……うーん、優しいのは優しいけど、ちょっと理由が違うのよね」
「え?どういうことですか?」
てっきり食堂を経営している元仲間への差し入れだと思っていた悠利は、シーラの反応にきょとんとした。高級食材を惜しみなく分けてくれる優しい仲間だと思っていたのに、違うんだろうかと思ってしまう。
そんな悠利に、シーラは笑いながら続けた。
「届けてくれたのはタンとスジ肉だったの」
「……煮込まないと美味しくない部位ですね?」
「えぇ、そうね」
悠利の意見に、シーラはこっくりと頷いた。タンもスジ肉も確かに美味しいが、しっかり煮込むことによってその良さが引き出される部位であることに間違いはない。何でそこ限定なんだろうと思ってしまう悠利。
答えは、シーラではなく厨房から出てきたダレイオスの口から聞かされた。
「あいつらは時間をかけて煮込むとか手間暇かけるとかが苦手でな。美味くなるのは解ってるが自分達じゃ調理出来ないってんで、タンとスジ肉を置いていったんだ」
「……それ、厄介払いみたいになってません?」
「厄介払いというか、『お前が作ったら美味しくなるのは解ってる。しばらく王都にいるから、何か美味いものをこしらえてくれ。ちゃんと金は払うから』っていうのが理由だ」
「適材適所を物凄く理解されているお仲間さんですね」
ダレイオスのざっくりとした解説に、悠利は他に言う台詞が思い浮かばなかった。若干コメントに困ったともいう。
「まぁ、元々あいつらと旅をしてた頃も飯を作るのは俺だったからな。あの頃みたいに、美味い食材をあいつらが狩ってきて、俺が作って食わせるってのをやってるだけだろう」
「その貰った食材を他のお客さんに出すのは、オッケーなんですか?」
「あぁ。自分達が飲み食いする分があれば、店に出しても気にしないからな」
「なるほど」
納得する悠利と、肩をすくめているダレイオス。その背後で、シーラが笑いをかみ殺している。それに気付いた悠利が首を傾げると、彼女は楽しそうに笑いながら口を開いた。
「あのね、ユーリくん。それも確かに理由としてはあってるんだけど、あの人達は店を頑張ってるお父さんを応援したいだけなの」
「……はい?」
「でも、素直に応援したり、食材を差し入れたりするのが苦手だから、こんな風に理由を付けちゃってるのよ。お父さんも理由が無かったら受け取らないし」
「……大人は大変なんですねぇ」
元仲間を応援したいが素直に食材の差し入れが出来ない長命種達もだが、元仲間からの食材の差し入れを理由もなく受け取れないダレイオスも大概だ。大人って面倒くさいなぁと思う悠利だった。
何せ、悠利がダレイオスの立場だったら、どんなものでもありがたく貰う。素直に受け取る。受け取って、皆に美味しい料理を振る舞うまでがセットだ。簡単に想像できる。
シーラと悠利の視線を受けたダレイオスは、面倒くさそうに口を開く。それは、彼なりのけじめで、理由でもあった。
「あいつらは魔物を退治して食材を手に入れるのを生業にしてるんだよ。昔は俺もそうだったが」
「お仕事、ですか……?」
「そうだ。頼まれて食材を仕入れに行くような奴らだぞ。仕事として受け取るならともかく、無意味に食材を受け取れるわけがねぇだろ」
「お父さんは意地っ張りだし、仲間の皆さんも素直じゃないから、こうなってるのよ」
「やっぱり大人って大変なんですねぇ」
「俺の話を聞いてたか、お前ら……」
ダレイオスの説明をしっかり聞いた上で、シーラと悠利の感想は何も変わらなかった。ツッコミが入るが、二人はきちんと話を聞いている。聞いて、それでもやっぱりそう思ってしまったのだ。
応援したいなら素直に渡せば良いし、それが嬉しいなら普通に受け取れば良い。美味しい料理を作って食べさせてあげれば良いじゃないかというのが、悠利とシーラの感想だ。それが出来ないから大人は大変だなぁと思うだけで。
とりあえず、何で大衆食堂で高級食材が出てきたのかという謎は解けたので、悠利は満足だった。美味しいものを食べられたのは嬉しい。それがお手頃価格なのはもっと嬉しい。そして、別にそれを店側が無理をしているわけではないと解ったので、とても安心したのだ。
目の前で始まる父と娘の言い合いを、のんびりと笑って眺められる程度には、一安心している悠利だった。
それから数日、オススメ料理が物凄く美味しいということで賑わう《木漏れ日亭》なのでした。
大人には大人の事情がある、みたいなの。
何だかんだで元仲間と仲良しなダレイオスさんです。
全部お見通しなシーラちゃん、イイ女になる気配がしてる。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、お返事は遅くなっておりますが、地道にちまちま行いますので、お待ちください。





