日焼けを甘く見るといけません
ウサギのお医者さん、ニナさんのお手伝いです。
日焼けは火傷ですからね。
舐めてかかると大変だ。
書籍12巻の特典情報を活動報告に書いてます。
ルークスを伴ってぶらぶらと気ままに散歩をしていた悠利は、ふと思いついて診療所の方へと足を向けた。病気でないと顔を合わせることのない、医者のニナ先生の様子が気になったのだ。
別に、彼女が医者の不養生をしているとかではない。
むしろ、その辺はしっかりしている素敵なお姉さんだ。悠利が彼女に会いに行こうと思ったのは、先日、時間があるときにまた仕事を手伝って欲しいと言われていたからだ。その日程の相談でもしようかと思い立ったのである。
悠利がニナの仕事を手伝うのは、鑑定能力の高さと人当たりの良さを見込まれてである。どれだけ言っても健康診断に来るのを渋る人々に予約を取り付けるときに、悠利がニナの隣で相手の症状を鑑定して健康診断を受けるように促すのだ。
悠利は幼い子供に見られがちで、その子供に諭すように言われると殆どの人が観念して予約をしてくれるのだ。ニナ一人ではなかなか予約を取り付けられないので、そういう意味で重宝されていた。
「ニナさーん、こんにちはー」
来訪者がいないのを確認して、悠利は挨拶をして診療所の中に入る。ニナが赴任してきた当初こそ、美人な彼女を目当てに人がたむろしていたが、今はそんなことはない。
勿論、毎日誰かしらがやってくるのは事実だ。けれど、診療所というのは本来そこまで賑わっていなくても良いので、ニナに手隙の時間が出来る程度で丁度良い。
「あら、ユーリくん?いらっしゃい」
「こんにちは。お手伝いの日程の相談に来たんですけど、往診ですか?」
「ううん。往診じゃないんだけど……」
「……?」
悠利の質問に、ニナは困ったような顔をした。何を困っているんだろうと首を傾げる悠利に、ニナは事情を説明する。
「往診じゃないんだけど、ちょっと気になる子達がいるから様子を見に行こうと思うの」
「そうなんですね。それじゃあ、またの機会にします」
「あ、待って」
「はい?」
お仕事の邪魔をしてはいけないと、悠利もルークスもぺこりと頭を下げて立ち去ろうとする。しかし、ニナが待ったをかけた。
きょとんとする悠利に、ニナは顔の前で手を合わせて懇願するような姿勢を取った。頭の上の真っ白なウサギ耳も、釣られるように揺れる。
「ニナさん?」
「もし良かったら、一緒に来てくれないかしら?」
「え?何でですか?」
ニナのお願いに、悠利は呆気にとられた。別に、彼女を手伝うのが嫌なわけではない。ただ、何で自分が呼ばれるのかがさっぱり解らないだけだ。
そんな悠利に、ニナは言葉を続けた。
「これから行くのは、子供達のところなの。ユーリくんの意見も聞きたいから、一緒に来てくれると嬉しいんだけど」
「僕の意見、ですか?」
「えぇ。実際に見て、感想を聞かせて欲しいの」
「えーっと、とりあえず、解りました。特に用事も無いのでご一緒します」
「ありがとう」
こんな風にお願いされるということは、それだけニナが事態を重く見ているのだろうと察した悠利は、彼女に協力することを約束した。特に予定がないのは事実だったので。その足下で、ルークスがキリッとした顔で頷いているのが妙に可愛い。
真面目な医者のニナ先生がこんな風に困っているということは、随分と厄介な状態なんだろうなぁと悠利は思う。家事が得意なだけの普通の少年である悠利に何が出来るかは解らない。とりあえず、鑑定技能が必要になるなら頑張ろうと思っていた。
そして、ニナが悠利とルークスを誘ったのは、住宅街だった。ごく普通の住宅街で、子供達が楽しそうに遊んでいる。平和な光景だ。
はたして、ここにどんな用事があるのだろうか。そんな悠利の疑問に答えるように、ニナは楽しそうに遊んでいる子供達の一団へと近付いていった。悠利とルークスも大人しく従う。
「皆、こんにちは。ちょっとお話良いかしら?」
「アレー?ニナ先生、また来たのー?」
「先生、どうかしたのー?」
ニナに声をかけられた子供達は、不思議そうな顔で彼女を見ている。いずれも健康的に日に焼けた、十歳前後の少年少女だ。仲良く遊んでいたらしい。
子供達とニナが世間話をしている中で、悠利はふと気付いた。子供達の何人かが、赤みを帯びたオレンジ色で示されているのだ。……今日も、悠利用にアップデートされている【神の瞳】さんは絶好調だった。オートで色々判定しすぎである。
赤は危険色だと解っている悠利は、目を細めてその子供達を見た。なお、この赤は害意を加えてくる場合の赤ではなく、病気や怪我などの症状が重い場合の赤だ。
具体的に言うと、高熱が出てるのに普通に動き回るときのマグと同じ感じだ。危ないから休ませろ、適切な治療をしろ、という感じのやつである。
「……んー?怪我でも病気でもなさそうだけど、何で赤に近いオレンジなんだろう……?」
「キュ?」
「あー、ルーちゃん、何でもないよ」
「キュゥー」
「そんな目で見ないでよ、ルーちゃん」
悠利が誤魔化そうとしたが、ルークスはジト目で主を見上げる。ご主人、それ絶対に嘘でしょと言いたげな瞳だった。何か心配事があるならちゃんと言わないとダメだよと促してくる感じだ。出来る従魔は今日も賢い。
そして、ルークスはちょろんと伸ばした身体の一部で、ニナを示した。ここには医者のニナ先生がいるんだから、聞けば良いじゃないか、と。……実に的確な判断をするスライムである。流石は超レア種の変異種で更に能力が強化されている名前持ちだ。
ルークスの言い分はもっともだったので、悠利は子供達と話しているニナに声をかけた。きっと、彼女なら答えを知っているだろうと思って。
「ニナさん、ちょっと良いですか?」
「ユーリくん?どうかしたの?」
「あの子とあの子、それにあの子もですね。怪我か病気だったりしません?」
「……やっぱり、ユーリくんは凄いわね」
「え?」
のほほんとした口調で問いかけた悠利に、ニナは感心したように呟いた。何のことだろう?と首を傾げる悠利。その足元で、ルークスが主の真似をして同じような仕草をしていた。
そのルークスを見て、子供達がはしゃぐ。ルークスはサッカーボールサイズのスライムなので怖さはちっともないし、その上こんな風に変わった反応をするので面白がられるのだ。なお、当人は大真面目なので、興味津々の子供達を不思議そうに見ている。
ルークスが子供達の意識を集めているのを見て、ニナは悠利に状況を説明した。彼の質問に答える形で。
「その子達は、日焼けなの」
「日焼け」
「えぇ。元々肌が白い子達だから、他の子より日焼けがひどいのよ。治療をしようとしたんだけど、ただの日焼けだって聞いてくれなくて」
「親御さんは?」
「ご両親も、日焼けぐらいで大騒ぎしすぎだって言うのよね……。日焼け、あんまり軽く見ないで欲しいんだけど……」
はぁ、とニナは大きな大きなため息をつく。なるほど、今回の困りごとはこれかと、悠利は理解した。街の人思いの優しいニナ先生は、今日も一生懸命だ。
確かに、軽い日焼けならば普通の人は特にダメージも受けずに終わるだろう。しかし、日焼けは理屈で言うならば火傷の仲間だ。皮膚が太陽光に焼かれて損傷しているのである。程度が過ぎれば適切な処置が必要になる。
そして、同じ時間をかけて作った日焼けだとしても、症状は個人差が出る。肌の色、体質などによって、症状は様々だ。放置して自然治癒力に任せれば大丈夫な人もいれば、きちんと治療しなければ後々大変なことになる人もいる。
「日焼けって、甘く見る人いますもんねぇ」
「そうなのよねぇ……。ヴァンパイアの皆さんとかだと、きちんと理解してくださるんだけど」
「あぁ、ヴァンパイアは色白で皮膚が弱いんでしたっけ」
「えぇ。彼らは日焼けが重症化しやすいの。だから、予防も治療もきっちりしてくれるわ」
ニナ先生の発言には実感がこもっていた。どうやら、日々、日焼けの危険性を説いても理解して貰えていないのだろう。大変だ。
まぁ、たいていの人は日焼けでどうにかならないのだから、実感が湧かないのだろう。《真紅の山猫》の仲間達だって、日焼けをそんなに重く見ていない。女子が色々気にしているだけで、その彼女達だって日焼けが火傷の仲間だなんて思っていないだろうし。
そんな状況では、子供達が自分の日焼けを軽く見てしまうのも仕方ない。親が気にしていないのだ。子供がそれを気にするのは難しいだろう。
けれど、そこで放置できないからニナ先生のニナ先生たる所以なのだ。せめて出来る手当をしてあげたいと思って、頼まれてもいないのに子供達の元へ足を運んだのだろう。とても優しいお医者様だった。
なので、悠利も出来る限りの援護射撃をしようと決意した。
「ねーねー、ちょっとお話聞いても良いかなー?」
「お兄ちゃん、だーれー?」
「僕?僕はねぇ、ユーリって言うんだよ。時々ニナ先生のお手伝いをしてるんだ」
「先生のお手伝いしてるのー?」
「そうだよー」
子供達と目線を合わせるようにして、悠利はいつも通りのほわほわした口調で会話を続ける。おっとりのほほんとした雰囲気と相まって、子供達は悠利に対する警戒を解いた。
その中の一人が、あっと声を上げる。
「どうかした?」
「僕、お兄ちゃん知ってる。アレでしょ、いつも市場で鑑定で商品を選んでいく人!」
「……え?」
「すっごい目利きだってお母さんが言ってた!」
「……えーっと、それは、どうも」
満面の笑みで告げられた言葉に、悠利はぺこりと頭を下げた。そんな風に有名になっていたのかと、ちょっと困ってしまう。……まぁ、何も間違っていないのだが。日々のお買い物に、鑑定系最強のチート技能【神の瞳】さんを使いまくっている悠利である。技能の使い方が間違っているというツッコミは、届かない。
とはいえ、その少年の一言で、子供達はわらわらと悠利の周りに集まった。興味を引いたらしい。皆に質問されて、少年は自信満々に悠利についての解説を始める。
曰く、市場で鑑定技能を駆使し、素晴らしい目利きで商品を選んでいく。
曰く、手にした魔法鞄に大量の食材を買い込んでいく。
曰く、未知の食材でも鑑定技能で美味しい食べ方を見抜いて伝えていく。
……まぁ、別にどれも間違っていなかった。何故か一躍子供達の注目の的になってしまった悠利は、どう切り出そうかなぁと困っていた。話をいきなり変えると子供達の機嫌を損ねそうだったので。
しかし、ありがたいことに話は向こうから転がってきた。
「お兄ちゃん、鑑定上手なんでしょ?何でも解るの?」
「え?」
「鑑定の技能を持ってる人は、色んなことが解るってお母さんが言ってた!」
キラキラと顔を輝かせる子供達に、悠利はハッとした。これはとても良い流れだった。この流れで話を持っていこうと決意する。
キュ?と悠利の足元でルークスが不思議そうに鳴いた。何だかご主人様が張り切っているなぁという感じだ。けれど出来る従魔は賢いので、その場で大人しくしている。
そしてニナは、そんな悠利と子供達のやりとりをそっと見守っていた。今は自分が口を挟むタイミングではないと思ったのだろう。
「うん。何でも解るわけじゃないけど、色んなことが解るよ」
「すげー!」
「お兄ちゃんすごーい!」
「だからね、鑑定持ちのお兄ちゃんには、君達の中に日焼けのヒドい子がいて、ちゃんと治療しないとダメだってことも解るんだよ」
「「え?」」
悠利の言葉に、子供達はきょとんとした。何を言われているのか解らなかったのだろう。日焼け?と不思議そうに呟く子供達に、悠利は優しい笑顔のままで言葉を続けた。
日焼けを甘く見ている、それが怪我の一つだと認識していない子供達に、ちゃんと解って貰うために。
「日焼けは太陽の光で身体を攻撃されて出来てるみたいなものでね、人によってはちゃんと手当してもらわないとダメなときがあるんだよ」
「日焼けなのにー?」
「お母さんもお父さんもそんなこと言わなかったよー?」
「それはきっと、君たちのお父さんやお母さんは、日焼けがヒドくならない人だったんだね。でも色んな人がいるから、日焼けがヒドくなっちゃう人もいるんだよ」
悠利の説明に、子供達は神妙な顔になった。医者のニナ先生の言葉は話半分で聞き流しているのに、何故か悠利の言葉はちゃんと聞いている。
それはきっと、最初に悠利を知っていると言った少年が告げた「鑑定上手」という言葉が原因だろう。鑑定がどういう技能かを、彼らは知っているのだ。色んなことが解る凄い技能だと認識している。
だから、その技能を持っている悠利が口にする説明を、疑えない。それに何より、悠利は頭ごなしに彼らの言い分を否定しない。聞き入れて、その上で説明をしてくれる。温和な雰囲気も相まって、子供達は悠利の話を聞く体勢になっていた。
「たとえばだけどね、そこの君、日焼けしたところがヒリヒリ痛かったりしないかな?」
「……い、痛い……」
「水はともかく、お湯が当たったら痛いとかじゃない?」
「……うん、痛いよ。お風呂、ちょっと嫌だなって思っちゃう」
悠利の言葉に、指名された少女はぼそぼそと答えた。シャツの袖から覗く腕は、真っ赤になっている。他の子供達の健康的な茶色とは違う。赤いのだ。
触れるだけでヒリヒリと痛むだろうに、彼女はそれを平気なフリをしていた。ちょっと痛いだけ、日焼けなんだから大丈夫、みたいな気持ちだったのだろう。悠利の言葉に、涙目になっている。
そんな少女の頭を優しく撫でながら、悠利は言葉を続けた。
「そっか。やっぱりそうだったんだね。それはね、日焼けがヒドくて火傷みたいになっちゃってるからだよ」
「「火傷!?」」
ぎょっとした声を上げたのは、殆どの子供達だった。彼らも火傷ぐらいは知っている。熱いものに触れたりすると出来る、とても痛くて嫌な怪我だ。切り傷擦り傷みたいに血が出るわけではないけれど、じくじくといつまでも痛くてたまらない。
なので、それと同じだと言われた少女を、皆が心配そうに見る。真っ赤な腕が、彼らには初めて大変な怪我をしている状態に見えた。今までは特に何も気にしていなかったのだけれど。
おろおろしている子供達に、悠利は笑顔で告げた。大丈夫だよ、と。
「大丈夫、心配しなくても良いよ。だってここには、ニナ先生がいるからね」
「……えぇ、お薬を持ってきたわ。日焼けのヒドい子は、手当をさせてくれると嬉しいのだけれど」
「「ニナ先生、ありがとう!」」
具合を見ましょうねと微笑むニナに、子供達は大きな声でお礼を言った。悠利はやっと話が通じてくれたので、一安心だ。そっと一歩下がる。
ここから先は、ニナ先生のお仕事である。僕、良い仕事したなぁと悠利は自画自賛した。主の満足げな姿から何かを察したのか、ルークスが小さく鳴いてその足にすり寄った。褒めるように。
「ありがとう、ルーちゃん」
「キュイキュイ」
「でも本当、変な話だね」
「キュ?」
何が?と言いたげに身体を傾けるルークスに、悠利は何でもないよと笑った。医者のニナの言葉が聞いて貰えなくて、怪我や病気に関しては素人の悠利の言葉に説得力を感じるなんて不思議だなぁと思っただけだ。
ただ、そこはやはり、悠利が鑑定技能を保持していると皆が知っていたことが大きい。悠利が思う以上にこの世界で鑑定の存在感は大きい。当人はまったく解っていないけれど。
熟練の腕ならば嘘を見抜くことさえ可能と言われる鑑定系の技能は、戦闘にも日常生活にも活用出来るがゆえに、一般人の認知度も高い。また、技能の内容も解りやすいため、子供達でもどういうものか理解しているのだ。
ニナが悠利に同行を願ったのは、別に鑑定技能に期待してではない。
彼女は単純に、悠利の人当たりの良さで自分と一緒に子供達を諭してくれないかと思っただけだ。思った以上に悠利が大活躍して驚いていたニナ先生である。
とりあえず悠利としては、ニナの役に立てて良かったという感想だ。自分が誰かの役に立てるのはとても嬉しい。ましてや、それは子供達の為になることなのだから。
「日焼けは度を超すと火傷になっちゃうから、ちゃんと治療して貰えて良かったなぁ」
「キュー?」
「あー、スライムのルーちゃんにはよく解らないか。こういう感じで、肌が太陽を浴びて色が変わることだよ」
「キュピ」
ぷよんぷよんしたゼリー状の生命体であるスライムに、火傷の概念は存在しない。なので、悠利はルークスに解るようにぺろんとシャツの袖をまくって見せた。
基本的にアジトで生活している悠利なので、そこまで日焼けはしていない。けれど、それでもシャツの下になっていた部分は、外に出ていた部分よりも色が白かった。うっすらと線が入っていることに気付いたルークスは、腕と悠利の顔とを何度も交互に見て感心していた。
「これがね、ヒドくなると火傷、つまり熱いものに触れて皮膚が傷ついたのと同じ状態になるんだよ」
「キュイ」
「だからニナさんは、あの子達を治療しようとしてたんだ。優しいよね」
「キュイキュイ」
悠利の説明に、ルークスはこくこくと頷いた。賢いスライムは、悠利の言葉をちゃんと理解していた。安定の規格外なルークスだった。
そんな暢気な悠利とルークスの視線の先では、ニナが子供達の治療をしている姿がある。日焼けのヒドい子供達が数人、神妙な顔でニナの治療を受けている。そして、それを取り囲んで心配そうにしている子供達の姿も。
途中で、子供達の声に反応した親が姿を見せた。ニナの説明と子供達の発言を聞いた親たちは、今までニナの言葉を本気で取り合わなかったことを詫び、治療を進んで受け容れたのだった。良いことである。
なお、この経験から仲間達の日焼け状態をこっそり確認する悠利がいるのだが、幸いなことにヒドい日焼けの人はいなかった。何だかんだで仲間達は頑丈なのです。
子供達の中の悠利の認識が「お野菜の目利きが凄いお兄ちゃん」になってる罠。
まぁ、事実なんですけど。
奥様方にそういう認識されてるんですようね、この子。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、お返事は遅くなっておりますが、地道にちまちま行いますので、お待ちください。





