食品サンプルで小物を作ろう
サルヴィさん、再び!
相変わらずマイペースな兄さんです。
コミカライズ30話、発売中です。
詳しくは活動報告まで。
「すまん、ユーリ。何か良い案があったら助けてくれ」
「……ハイ?」
目の前で自分を拝むようにしているブライトを見て、悠利は瞬きを繰り返した。相談があると言われてやってきたら、いきなりこれである。何で自分が拝まれているのかさっぱり解らないので、悠利は首を傾げるだけだ。
アイデアと言われても、アクセサリー職人のブライト相手に悠利が出せるアイデアなんて、たかが知れている。そもそも、ブライトは悠利にアイデアなんて求めたことはない。一体何が起きたんだと思ってしまう。
しかし、その疑問はすぐに解けた。解けてしまった。
「……もしかして、その良い案ってサルヴィさん絡みですか?」
「…………その通りだ」
悠利が口にした質問に、ブライトは苦虫を噛み潰したような顔で呻いた。ギリギリと歯を噛みしめている。おのれあのアホと口にされた本心を、悠利は慎ましく聞かなかったフリをした。
しかし、そんな悠利とブライトのやり取りなど意に介さず、話題の主であるサルヴィは手にした模型をルークスに見せて自慢していた。
「どうだ、ルークス。とても美味しそうに出来ているだろう?」
「キュキュー?」
「む?見たことはないか?これはな、パティシエのルシアという女性が作ったかき氷だ」
「キュ!?」
「ふふん。良い出来映えなんだぞー」
自信満々にサルヴィがルークスに見せているのは、彼が口にした通りルシア作のゴージャス仕様なかき氷だ。ただし、模型。悠利の感覚で言うと、食品サンプルだ。
このサルヴィ、ブライトの幼馴染みで職人でもある。彼の本職は、樹型の魔物から取れる特殊な樹脂を器などの小物に加工する職人だ。しかし、本業そっちのけで食品サンプルと言うべき模型を大量生産する困った男でもあった。
しかも、作るのは「食べて美味しいと思った料理だけ」という謎の拘りがある。
悠利の中でサルヴィは、マイペースな芸術家気質という認識だった。悪人ではないし、一応言葉も通じる筈なのだが、時々会話が通じなくなるのだ。ただし、それを差し引いても彼が作る模型は本物と遜色の無い出来映えなので、腕は物凄く良い。
「サルヴィさん、何かあったんですか?」
「何もないから困るというか……。開き直ったから困るというか……」
「はい?」
要領を得ないブライトの発言に、悠利は首を傾げた。もう少し解りやすくお願いしますという気分だった。
ブライトも、アイデアを頼むからには事情を説明するつもりはあったのだろう。とりあえず座ってくれと悠利に椅子を勧めて、話をする体勢に入る。
「君が話を通してくれたおかげで、こいつの道楽が仕事になっただろう?」
「えぇ、はい。《木漏れ日亭》のダレイオスさんと契約を結んで、宣伝に使う模型を作るって話ですよね?サルヴィさんが足繁くお店に通って、美味しいものをいっぱい食べてるって聞きましたけど」
「それはそれで良かったんだ。良かったんだけどな」
「……はい?」
テーブルについたブライトの手がぷるぷると震えている。何やら色々と思うところがあるらしい。相変わらず振り回されてるんだなぁと思う悠利だった。幼馴染みは大変だ。
ブライトの言葉を待つ悠利。そんな悠利に、ブライトは絞り出すように口を開いた。
「道楽が加速した」
「……え」
「そっちが仕事になると解ったら色々と開き直ったのか、寝ても覚めても食い物の模型ばかりで……!しかも、別にその全てが買い取って貰えるわけでもないっていうな……!」
「……わぁ」
ブライトの発言に、悠利は遠い目をした。まさかの、予想外の展開だ。
美味しいものを食べるのが好きで、美味しいと思った気に入った料理は模型にしないと気がすまないという謎の拘りを持つサルヴィ。その彼が、店の宣伝に使うという名目で《木漏れ日亭》に模型を買い取って貰えるようになったのは、良いことだ。道楽が仕事になったのだから。
しかし、それが悪い方向に加速したらしい。
サルヴィはそもそも芸術家気質だ。地道にコツコツ、堅実に仕事をするというのは向いていない。自分が作りたいと思ったら作るのだ。親も匙を投げる筋金入りらしく、ブライトのツッコミもほぼほぼ通じていない。当人に悪気はないので尚更だ。
今までのサルヴィは、本職として器を作っていた。家族と一緒に食器とか小物とかを作るのが、彼の本業だったのだ。食べ物の模型作りはあくまで趣味である。
けれど、それでお金が稼げる、仕事になると解ってしまったら、趣味の世界にレッツゴーでのめり込んでしまったらしい。仕事先が今のところ《木漏れ日亭》しか存在しないので、そこまで金にはならない。そういう意味でもブライトが頭を抱えているのだ。
「つまり、開き直ったサルヴィさんが本業をやらなくなってしまって困っている、と」
「あぁ、そうなんだ。どれだけ言っても、食べ物の模型を作るのが楽しいらしくて、全然話を聞かなくてな……」
疲れたようにため息をつくブライト。腐れ縁の幼馴染みは大変そうだ。自由人な幼馴染みに振り回される常識人という立場を、彼はほしいままにしていた。当人は何も嬉しくないだろうが。
アイデアを求められて、悠利は考え込む。サルヴィの模型作製の腕前は見事で、本物そっくりに作り上げている。その技術は確かだ。問題は、サルヴィの性格である。
彼が作るのは、「食べて美味しかったもの」限定なのだ。美味しくなかったら作らないらしい。気に入った料理を模型にして、その感動を形にしたいタイプらしい。料理を写真に撮ってストックするのと似ているかもしれない。
とりあえず、彼はそんな風に感情優先だった。理屈ではない。仮に頼まれたとしても、興味の無いものは作らないだろう。そういう部分があった。
「頼んだら作ってくれるってわけでもないのが、サルヴィさんの困ったところなんですよねぇ」
「そうなんだ……。あいつは、食べて美味かったお気に入りの料理しか作らないからな」
「そういう意味では、サルヴィさんが模型にしてるのは美味しい料理だって言う指標にはなるんですけど」
「この場合、その拘りは仕事に関しては邪魔だ」
「ですねぇ」
幼馴染みの性質を、ブライトは一刀両断した。色々と実感がこもっているのは、長年溜め込んだ何かなのだろう。大変だなぁと悠利は思った。
依頼を受けた料理で作ってくれるというのなら、食品サンプル職人として売り出すことは可能なのだ。受注生産みたいな感じになるだろうか。しかし、サルヴィの性格的にそれは無理だろう。だから、悠利もブライトも頭を抱えているのだが。
そんな二人の真剣な悩みなどそっちのけで、サルヴィは相変わらずルークス相手に自分が作った模型を見せて楽しそうだった。
「これは新作のオレンジのタルトだぞー。この表面のジャムの部分の艶を出すのに苦労したんだ」
「キュイー」
「ん?実物を見たことがあるのか?そうかそうか。似てるだろう?」
「キュピキュピ!」
サルヴィはルークスと目線を合わせるためにしゃがんで模型を見せている。ルークスはそんなサルヴィが次から次へと取り出す模型を見て、目を輝かせていた。微笑ましいというよりは、変な光景である。
スライム相手にスイーツの模型を自慢している青年と、その模型をキラキラした目で見つめて相づちを打つスライム。何故か会話が成立しているのが実に不思議だった。
「……サルヴィさん、ルーちゃんの言葉が解るんでしょうか」
「アレは解ってるんじゃない」
「え?」
「アレは、自分に都合良く、相手が理解していると思い込んで会話をしてるだけだ」
「……ブライトさん、お疲れですか?」
「あいつがちゃんと仕事をしないせいでな……」
「……ご苦労様です」
サルヴィに対する台詞がいつも以上にトゲトゲしていたので問いかければ、案の定予想通りの答えが返った。嫌っているわけではないが、迷惑を被っているのでイライラしているのだろう。
そこでふと、悠利はサルヴィが手にしている模型を見た。先日は《木漏れ日亭》の親子丼だったが、今日はルシアのスイーツが沢山だ。見た目もお洒落で可愛らしい。
「サルヴィさん、甘い物もお好きなんですか?」
「ん?あぁ、スイーツも好きだぞ」
「じゃあ、ルシアさんのケーキも色々作れるんですか?」
「いっぱいあるぞ。君も見るか?」
悠利が興味を持ってくれたと思ったらしいサルヴィは、いそいそと魔法鞄の中から模型を取り出す。ずらっとテーブルの上に並ぶのは、本物顔負けの美味しそうなスイーツだった。
悠利が食べたこともあるルシアのスイーツが沢山だ。パティシエのルシアが丹精込めて作ったスイーツは、見た目もお洒落で可愛らしい。サルヴィの模型は、それを忠実に再現していた。
じぃっとそれを見つめた後に、悠利はサルヴィに問いかけた。心持ち真剣な声で。
「サルヴィさん、模型って、もっと小さいものも作れますか?」
「ん?小さいもの?」
「これは実物大で作ってありますよね?それを、半分の大きさとか、もっと小さくとかの、邪魔にならない大きさで作ることは出来ますか?」
「出来なくはないと思うが……?」
やったことはないから確証はないと言いたげに、サルヴィは首を傾げる。何故そんなことを聞かれたのかが解らないのだろう。そんなサルヴィに、悠利は自分の考えを告げた。
そう、アイデアを一つ、思いついたのだ。
「小さなスイーツを作って、置物として販売するのはどうでしょうか?」
「「……は?」」
悠利の発言に、男二人はぽかんとしている。ルークスは会話に加わるつもりはないのか、サルヴィが並べた沢山のスイーツ模型をつんつんと突っついていた。本物みたいなので興味が湧いたらしい。
「原寸大だと大きすぎますけど、小さく作れば手土産にも楽しいかなと思うんです」
「…………置物として食べ物を飾るのか?」
「ルシアさんのスイーツは見た目もお洒落で可愛いですから、小ぶりに作れば置物としても可愛いと思います。実際、僕の故郷ではそういう置物もありますから」
「お前の故郷は相変わらず、謎な文化が多いなぁ」
不思議そうなサルヴィと呆れているブライトだが、悠利は事実を言っているだけだ。流石に親子丼を飾る女子はいないだろうが、見た目も可愛いスイーツならば、小さく作れば置物として気に入られる可能性もある。
「サルヴィさんが小さく作ることが出来たら、ルシアさんに確認して貰おうと思うんですけど」
「確認?」
「そのスイーツを作ったのはルシアさんなので、造形の元もルシアさんかなって。勝手に商品にするのは問題がありそうなので」
「それは確かにな。サルヴィ、とりあえず幾つか作ってみて、出来上がったら声をかけろ。相談に行くぞ」
悠利に言われた言葉を噛みしめて、サルヴィは手元のスイーツ模型を見る。別に小さくするのは問題ないなと思っている彼の耳に、幼馴染みの言葉が滑り込んだ。
真顔で告げられた内容に、サルヴィは首を傾げて問いかける。割りと本気で。
「ブライトも来るのか?」
「お前とユーリだけで交渉に行かせるわけないだろ」
「…………ブライトさん、何か僕のことも含んでる気がするんですけど」
「気にするな。お前の話は色々と聞いている」
「うぅ……」
容赦のないブライトだった。そして、それを否定出来ない悠利なのだった。
そして、とりあえずはサルヴィが小さな模型を作れてからにしようということになり、その日はお開きになったのだった。
数日後。
悠利はブライトとサルヴィを伴って大食堂《食の楽園》へと足を運んでいた。ルシアに話を通したところ、休みの日なら問題ないと言われたのだ。
本当は、ルシアが工房へ赴こうかと言ってくれたのだが、それは丁重にお断りした悠利達だ。商談を持ちかけるのも迷惑をかけるのもこちら側なのに、足を運ばせるのはナンセンスである。少なくとも、悠利とブライトの考えではそうなった。サルヴィは何も考えていないので、二人の判断に委ねている。
「それで、私に見てもらいたいものというのは、なんでしょうか?」
「これです、ルシアさん」
「あら……、これは……」
ルシアの問いかけに、悠利はそっと小さな模型を差し出した。掌にすっぽり収まるぐらいのそれは、小さいのにきちんと細部まで拘って作られたタルトだった。艶々と輝くジャムの魅力まで再現されている。
驚きのまま、ルシアはその小さな模型を手に取って確認する。その唇から、言葉が零れ落ちた。
「もしかして、私のオレンジタルトですか……?」
「そうです。こちらのサルヴィさん、特殊な樹脂で美味しかった食べ物の模型を作るのが趣味なんです」
「そんなご趣味が……」
「その趣味が高じて、先日から《木漏れ日亭》に宣伝用として現物と同じ大きさの模型を納品されています」
ぱちくりと瞬きを繰り返すルシアに、悠利は淡々と説明をする。ブライトは話の成り行きを静かに見守り、サルヴィはそわそわとしていた。自分の作った模型の出来映えを、タルトの制作者であるルシアに確認して貰いたくて仕方ないのだろう。今すぐ口を開きそうだ。
しかし、それでは話が脱線する。そのことをしっかりと理解しているブライトは、何かを言い出しかける幼馴染みを視線一つで黙らせていた。……一応、合図をされたら汲み取れる程度の信頼と慣れはある二人だった。流石、幼馴染み。
「それで、この小さな模型はどういう意味があるのかしら、ユーリくん」
「これ、販売しても良いですか?」
「え?どうしてそれを私に聞くの?」
「だって、このケーキのデザインはルシアさんが考えたものじゃないですか。勝手に売るのはダメだなぁと思って」
「あら、わざわざありがとう」
「いえいえ。それで、どうですか?」
律儀ねぇと笑うルシアに、悠利は確認を促す。サルヴィの作った模型の出来映えは見事だ。どういう形で販売するかはまだ決めていないが、許可が貰えれば商品になると思っている。
少なくとも、《真紅の山猫》の女性陣とレオポルドの太鼓判は貰っている。試作品だということで見せたら、可愛いから飾りたいという意見が出た。流行に敏感な美貌のオネェのセンサーにも引っかかったので、勝算はあると思った悠利達である。
「もし良ければ、うちで販売しても良いかしら?」
「え?」
「本物そっくりでしょう?ケーキと一緒にお土産にってオススメするのはどうかなって」
「だ、そうです。どうですか、サルヴィさん?」
「ん?どうなんだ、ブライト?」
「お前の問題だろうが……!」
ルシアの提案を受けた悠利は、当然のように制作者のサルヴィに話を向ける。しかしそのサルヴィは、隣に座る幼馴染みに丸投げをした。細かいことを考えるのは苦手らしい。もとい、商売っ気というものが彼には存在しない。
はぁ、と大きなため息をついてから、ブライトはルシアに向き直る。隣のマイペースな幼馴染みのことは、無視することにしたらしい。どう考えてもブライトがサルヴィのマネージャーになっていた。
「そちらで販売してくれるというなら、こちらとしてもありがたい。このバカは気に入った料理の作品しか作らないんだが、それでも良いなら試しにまずは置いてみてくれると助かる」
「馴染みのないものなので、売れ行きに関しては保証できませんけど……。でも、本物そっくりでとても可愛いので、興味を持つお客さんはいると思います」
「なら、まずは少数を置いて貰うということで」
「はい。好評だった場合は、改めて生産をお願いして契約を結ぶという形でよろしいでしょうか?」
「よろしくお願いします」
ブライトとルシアの間で話がトントン拍子に進んでいる。当事者のサルヴィは我関せず。むしろ、お茶請けとして出されたクッキーを真剣に食べていた。
そして――。
「ブライト、このクッキーも作りたい」
「今そういう話はしてねぇよ!」
「一つ一つ焼き色が違う。面白い。それにとても美味しい。小さなカゴに詰めてあるのも良い感じだ」
「聞け!」
完全に芸術家モードに入ったサルヴィが、小ぶりなカゴに入ったクッキーを楽しそうに見ている。コレを作るならどの色で、どんな風な細工で、とぶつぶつ呟いている。もはや完全にこっちの話を聞いていない。
がっくりと肩を落とすブライトに、悠利とルシアは苦笑した。多分コレが彼らの日常なんだろうなと思って。
「それではサルヴィさん、こちらのタルトの模型で数を揃えて頂けますか?」
「幾つ必要だ?」
「え?とりあえず、お試しなので10個ほど……」
「解った。出す」
「「…………え?」」
ルシアの申し出に、サルヴィはあっさりと答えて魔法鞄を漁る。その姿を見て、ブライトはわなわなと震えた。彼には何が起きているのか解っていたのだ。
「お前!注文が来てもいないのに、幾つ作ったんだ!!」
「20個ぐらい?小さいのを作るのが面白くて」
「このアホー!材料費だっているんだぞ!」
「うわぁ……」
ブライトのツッコミが炸裂するが、サルヴィはどこ吹く風だった。怒鳴るブライトを無視して、ルシアにオレンジタルトのミニ模型を進呈している。ルシアがおろおろしているが、当人はケロッとしていた。
そんな二人のやりとりを、悠利は遠い目で見ていた。幼馴染みって大変だなぁと思いながら。
ちなみに、店頭販売されたスイーツのミニ模型は女性に好評で、サルヴィはめでたくルシアと契約を結ぶことになるのだった。ブライトの肩の荷がちょっとだけ下りました。
サルヴィさん、嫌いじゃ無いけどアレなヒトだなと思う作者です。
ブライトさんは大変だなぁ。
腐れ縁ってこういうことなんでしょうね。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、お返事は遅くなっておりますが、地道にちまちま行いますので、お待ちください。





