やはり乙男は異世界でも異質だったらしい。
ちょっと揉め事?でも乙男はマイペースです!
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これからもマイペース乙男をよろしくお願いします。
その日、悠利はいつものように王都ドラヘルンの街を歩いていた。いつもと違うのは、本日同行しているのはヤックではなく、クーレッシュだということだ。特に深い意味は無い。同年代の二人だからこそ、暇が被さって二人で散歩をしていただけだ。市場ではなく商店の方へと足を運んで、色々と買い物をしていた。
食材だけでなく、日々活用する備品の数々も、だ。主に買い出しを頼まれたのはクーレッシュなのだが、悠利を連れて行くことで、彼にもそれらの情報を知らせようということだった。魔導具を使うための魔石の購入や、壊れた備品の補充などである。勿論、今日も買い出し用の魔法鞄を所持している。
……悠利の学生鞄の方がより一層高性能で、色々桁違いの魔法鞄だというのは、公然の秘密である。
悠利の学生鞄は、デザインからしてこの世界では異質に映る。なので、普段の買い出しには持ってはいるが、使わないことにしているのだ。無限に入るとか知られたら、面倒である。…とはいえ、持ち歩いてろとアリーに言われたので、身に付けてはいる。
荷物持ちも財布持ちもクーレッシュで、悠利は同行者という感じであった。それでも、普段行かない店を巡るのは実に楽しくて、悠利は始終ご機嫌であった。
「あ、クーレ、あそこの雑貨屋さん寄っても良い?」
「あぁ、いいぜ。ユーリはあーゆー小物好きだよな」
「うん。見るのも好きだけど、作るのも好きだよ。材料があったら作りたいなぁ」
「作るのもかよ…。そりゃすげぇわ」
感心と呆れをない交ぜにしたようなクーレッシュに、悠利は不思議そうに首を捻った。けれど、クーレッシュが早く入れと促すと、素直に店内に足を踏み入れる。そこは確かに雑貨屋ではあったが、女子供が好むような愛らしい小物を取り扱っている店ではない。どちらかというと、実用品をよりお洒落に作っているという方が近しいだろう。
悠利の好みからは多少外れているのは事実だが、可愛いモノも綺麗なモノも格好良いモノも、悠利はおしなべて全部好きである。強いて言うなら、男が好む無骨なアレコレが苦手なだけだ。あと、ヘビーメタルとかパンクロックとかも苦手である。ゴシックはそこまで好きでも嫌いでもないが、必要以上に髑髏が渦巻いているのは御免被りたい感じである。
10代の少年二人連れという、店にあまりそぐわない客の登場に、店番をしていたらしい若い男が不思議そうな顔をした。けれど、悠利は真剣に、そして丁寧に品物を見ているし、クーレッシュはその隣で時々意見を言いながらも大人しくしているので、気にしないことにしたのだろう。時々二人の姿を見ながら、窓の外を眺めたりしている。
「ユーリ、何か探してるのか?」
「ううん。探してるわけじゃないけど、こういうの色々見るのは楽しいし」
「そういうもんかね。…お、これイイ感じ」
「何々?」
ひょいと肩を竦めたクーレッシュが、嬉しそうに手に取ったのはナイフをベルトに固定するための革袋だった。飾り気は少ない。その代わりのように、実に丁寧な仕上がりだった。ベルトに固定する金具部分も、無駄な装飾がない分シンプルに作られており、ぱっと見て目立たない。
「クーレ、ナイフケース欲しかったの?」
「いや?別に特別欲しいわけじゃないけど、そろそろ新しいの買うかと思っててさ。…まぁ、俺の稼ぎじゃこれは手が届かないけど」
「そういうもの?」
「半人前の稼ぎは少ないからな。それに、まだ壊れてないし大丈夫だ」
「ふうん」
冒険者ではない悠利には、装備品の善し悪しもその値段の基準も解らない。ただ、この店は丁寧な仕事ぶりがわかるように、お値段もそこそこだった。今すぐ必要な必需品でないため、無理な出費をクーレッシュが避けようとするのは当然だった。その代わり、いつかこういうのを買うのだと言いたげに、熱心に見ている。
そんなクーレッシュと共に、悠利も熱心に革袋を見ていた。悠利は革細工を扱ったことは無い。ただ、修学旅行の時に、職人が作業をするのを見たことがある。物作りは好きな悠利なので、とても楽しく見ていた覚えがある。あんな風に作れたら良いな、と思ったのは事実だ。革に好きな模様の穴を開けて作ったパスケースなどは、実に魅力的だったので。
そんな風にのんびりと過ごしていた二人は、夕飯の支度が近づいた頃合いに、アジトへの帰路についた。今日の食事当番は、悠利とヤックだ。最近では、見習い組の誰かが、暇を持てあまして更に加わることもある。ヤック以外の面々も、悠利の手解きを受けるのが楽しくなってきたらしい。
「今日の夕飯は?」
「今日は奮発して、バイソンの肉だよ。朝からタレに漬け込んであるから、焼くだけにしてあるの」
「よっしゃ!バイソンの肉はめちゃくちゃ美味いからな!それをユーリが調理するなら、ますます美味いってことだろ?」
「クーレはお肉大好きだよねぇ。僕はどっちかというと、あっさりしたお肉の方が好きだから、バイソンよりはバイパーとかのが好きかなぁ…?」
「バイパーも美味いけど、ちょっと物足りなくねぇ?」
「そこは好みじゃないかなぁ?」
暢気な会話を交わしていた二人は、ふと足を止めた。自分たちの進行方向に影が差したからだ。すっと悠利を庇うようにクーレッシュが位置を変える。悠利より半歩前に出たクーレッシュが、片手で悠利にそれ以上進むのを制した。悠利は不思議そうにしているが、クーレッシュは眼前の影の主を見上げていた。
いや、睨んでいる、という方が近いのかも知れない。
「俺達、そっちに進みたいんだけど?」
「よぉ、久しぶりだな、クーレッシュ」
「どうも。通せんぼとか子供じゃないんだから、通してくださいよ」
「そいつが新入りか?戦力にもならない、女のなり損ないみたいなのを迎え入れるなんて、《真紅の山猫》も堕ちたもんだなぁ?」
「………あぁ゛?」
揶揄するような男の言葉に、クーレッシュが低い声で唸った。自分より上背のある相手を見上げている。否、睨み付けている。クーレッシュはまだ18歳。成人してすぐの小僧に過ぎない。だが、今、悠利を庇うように立っている彼から放たれるのは、紛う事なき殺気であった。トレジャーハンターとして死地をくぐり抜けたことのある人間の放つ、威圧感だった。
だが、男はそれを気にした風もなく、鼻で笑う。あと、クーレッシュに庇われている立場にある悠利も、不思議そうに首を捻っていた。…悠利は、常に無い低い声を出したクーレッシュに疑問符を浮かべているだけで、その威圧やら殺気やらには気づいていなかった。流石マイペース乙男。
「ウチの仲間のことを勝手に判断しないでくれますか?」
「相変わらず小生意気だな、クーレッシュ」
「俺は元々こういう性格です。…そっちこそ、そんな性格だから、相手にもされないんでしょう?」
「…てめぇ!」
鼻で笑うようなクーレッシュの発言に、男がカッとなる。その手がクーレッシュに伸びるより先に、すみません、と暢気な声が聞こえた。あまりにも脳天気すぎる声だったので、二人が毒気を抜かれたように動きを止めた。無論、声の主は悠利である。
「僕が戦えないのも、お荷物なのも事実なので、喧嘩はしないで欲しいです」
「ユーリ、何言って…!」
「ほぉ?お荷物だって認めるのかよ?」
「はい。僕はただ、ご飯を作って、お掃除して、お洗濯して、皆さんの帰りを待つだけなので」
にこにこと悠利は笑っている。クーレッシュが悔しそうに歯がみをしているが、男は楽しそうににやにやと笑っていた。そのにやにや笑いがまたクーレッシュを逆なでするのだが、悠利は気にしていない。否、気づいていない。
「お話がそれだけでしたら、通して貰っても良いですか?夕飯の支度があるので」
「はっ、とんだふぬけだな。さっさと通れ」
「はい。ありがとうございます。クーレ、帰ろう」
まだ男を睨み付けているクーレッシュの手を引いて、悠利はとことこと歩き出す。何一つ気にしていない顔だった。男は楽しそうに腹を抱えて笑っていた。実に腹の立つ、性格の悪い笑い声だったが、悠利は振り返りもしない。ギリギリと歯を噛みしめているクーレッシュの手を握って、笑う。
「クーレ、本当のことなんだから、怒っても仕方ないよ」
「何でだよ!ユーリは足手まといでもお荷物でもねぇだろ?俺達はお前のお陰でめちゃくちゃ助かってんのに…ッ」
「でも普通に考えたら僕はお荷物の居候だしね。それにほら、早く帰らないと夕飯作れないし」
皆が待ってるよ、と悠利はへらりと笑う。その暢気な、どこか透明な笑顔に、クーレッシュは脱力した。お前なぁ、と小言めいたことを口に仕掛けて、無駄だと気づいた。これが悠利の性格なのだとクーレッシュは知っていた。この、幼く見える友人が、怒りという感情からどこまでも遠い場所に生きているのは、もうわかりきっていたのだ。
美味しい晩ご飯作るからね、と笑う悠利の顔は、故郷の母親の表情に似ている気がしたクーレッシュだった。叱られてしょげているときに、好物を作ってくれたときの、母親の顔。何故だかそんな風に思って、別に俺はしょげてねぇぞ、とぼやいたのも無理からぬことであった。
とはいえ、話がそれだけで終わるわけも無かった。
夕食の後、悠利が片付けを終えて自室へ引き上げた後、クーレッシュは食堂に全メンバーを集めた。見習いを除く面々はクーレッシュの呼びかけに応じて集まり、そして、帰路での出来事を聞いた後、がらりと空気を変えた。
平静を装っているアリーを除く全員が、その身から殺気を迸らせたのだ。不運な誰かが通りかかったら、涙を流して逃げそうなぐらいの形相であった。
「…クーレ、あんた、そんなこと言われてそいつ放置したわけ?」
「俺だって放置したくてしたわけじゃない。ただ、ユーリが」
「ユーリが何よ」
憮然としたレレイは、その瞳を獰猛に輝かせながらクーレッシュを見ている。はぁ、と一つため息をついた後、クーレッシュは口を開く。
「皆が待ってるから、早く帰って晩ご飯作ろうって」
「「……ッ」」
がくり、と全員がその場に崩れ落ちた。あの子は本当に…っ、と呻くように声を発したのは誰であったのか。何でそうなる、とぼやいたのは誰であっただろうか。彼らにとって大切な、大切な、もはや色んな意味でかけがえのない仲間になっている少年は、世界最強の朴念仁とも言えた。
不意に、フラウがゆるりと立ち上がった。その全身から立ち上る殺気は、隠すことも出来ていない。否、隠すつもりも無いのだろう。
「フラウさん?」
「面倒をかけたな、クーレ。その愚か者には私がしっかり始末をつけよう」
「いいえ、それは私の仕事ですよ、フラウ」
「ティファーナ?」
実は結構沸点の低いフラウを遮って微笑んだのは、ティファーナだった。今日も相変わらずの麗しい笑顔だが、魔物が真っ青で逃げていきそうな覇気が出ている。穏やかに微笑みながら愛用の短刀を手にする姿は、微妙に怖い。
「聞けばその御仁、私が先日勧誘を断った御方とのこと。ならば、落とし前を付けるのは私の役目ですね?」
「えー、ティファーナさん一人でやっちゃうの?ズルイ、ズルイ!」
「それでは、貴方も一緒に来ますか、レレイ?」
「勿論!」
「それなら喧嘩売られた当事者の俺も!」
ハイハイと手を上げるクーレッシュに、ティファーナはにこりと微笑んだ。では行きましょうか、と歩き出すティファーナ。その背中を追うのはレレイとクーレッシュ。…と、アリーを除いた全員が、結局その後をぞろぞろと追いかける。勿論、全員武器を装備した上で、殺気を隠そうともしていない。
「お前ら、とりあえず殺すんじゃねーぞー」
面倒そうにアリーが告げた言葉に返答は無かった。その代わりのように、了承を示すように全員が利き腕を伸ばしてひらひらと手を振った。やれやれと言いたげなアリーであるが、その彼の隻眼にしても、マグマのように沸々と煮立っているのであった。
何だかんだで、乙男は仲間達に愛されているのでありました。
何だかんだで悠利は皆に愛されております。
悠利を敵に回す=《真紅の山猫》を敵に回す、の構図ができあがりました。
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