サブカル知識と魔法武器
悠利と物作りコンビのお話。
雑談って楽しいよね。
その光景は、遠くから見つめる分には実に微笑ましいものだった。
アジトのリビングの一角で、悠利とミルレインとロイリスの三人が額を突き合わせて雑談をしている。童顔でほわほわした悠利と、山の民なので体型が小柄なミルレイン、ハーフリング族の特徴ゆえに年齢よりも遙かに幼く見えるロイリスという取り合わせは、どう見ても子供が三人である。
ただし、会話内容はあまり微笑ましくなかった。
「なるほどなぁ。ユーリの故郷には色んな武器があるんだな」
「様々な属性の、様々な武器が存在するなんて、本当に凄いですね」
真剣な顔で呟いたミルレインに、ロイリスが同意する。そんな二人に、悠利は慌てて二人の勘違いを訂正した。
「待って。今話したのは、書物で読んだだけで、実在してない武器だよ」
「実在してないって、どういうことだよ。何でそんなのが書物にあるんだ?」
「えーっとだから、物語の中の武器のお話だよ。神話とかに出てくるやつ」
だから、実物があるわけじゃないよ、と悠利は困ったように告げる。ミルレインとロイリスはしばらく考え込んで、なるほどと頷いた。悠利があまりにも明確に語るので実物があるのかと思ったが、それらが書物の中の代物だと解れば、考えは変わる。
いや、変わらない。彼らが受けた感銘は、刺激は、何一つ嘘ではないのだから。
「でも、そういう武器が作れたら滅茶苦茶楽しいよな!」
「そうですね。こう、ロマンがありますね」
「ミリーは何となく解るけど、ロイリスも結構そういうの好きだよね」
何で?と悠利は幼く見える細工師見習いに問いかける。ロイリスは細工師で、特に彫金を得意としている。手先の器用なハーフリングらしく、細やかな作業が得意だ。
対してミルレインは鍛冶士見習い。普通の武器を作るために鋼を打つことも大好きだが、やはり魔剣などの特殊な武器と呼ばれるものへの興味や憧れがあるのか、いつか自分の手で人工魔剣を作るのだと燃えている。
なので、ミルレインがこの手の話題に食いつくのは理解できる。けれど、おっとり穏やかなロイリスが武器に興味を示すのは少し意外だ。
確かに、先日この手の話をしたときに、ロイリスも混ざっていたけれど。どちらかというとミルレインの方が乗り気だった気がする悠利だ。
「正直、殺傷能力や特殊効果に関してはあまり興味はないです」
「言い切ったな、アンタ」
「すみません。……ただ、状況に応じて形を変える武器というのは、興味がそそられるんですよね」
「そっち?」
「そっちです」
穏やかに笑うロイリスに、悠利とミルレインは顔を見合わせた。魔剣などの魔法武器という認識をして良いだろう武器は、どちらかというとその特殊な能力に注目されることが多い。風の刃が出るとか、雷が迸るとか、所有者以外が持つと呪われるとか。……いや、最後のはただの呪われたアイテムかもしれないが。
とにかく、注目されるのはそういった効能だ。なのに、ロイリスは違うところに目を付けていた。
「ヘルミーネさんの弓、使用しないときは小さくなりますよね?矢筒に入る大きさになるなんて、持ち運びが便利だと思います」
「アレは確かに。後、凄く軽いって言ってたなぁ」
「羽根人の筋力で使えるようにってことだもんなぁ。普通の武器で作ってる人もいたけど、素材選びが大変だって言ってた」
「マジで?」
「マジで」
大真面目に頷くミルレインに、うわぁと遠い目になる悠利。確かに、羽根人は筋肉が付きにくいらしいので、その彼らでも難なく使える普通の武器というのは大変そうだ。弓はそもそも腕や背中の筋力が必要な武器なので。
ヘルミーネの場合は筋力を鍛えるのではなく、その筋力を補ってくれる魔法道具の一種である弓、悠利の認識では魔法武器とか魔法弓とか言いたくなる武器を使っている。
色々あるんだなぁと思う悠利。どんな業界も奥が深い。
「てか、何でそういうのに興味持ったんだ、ロイリス?」
「細工物には組み替えることで形を変える道具が色々とあるので、そういう意味で武器でも出来るなら楽しそうだなぁと思ったんですよね」
「あぁ、仕掛け箱みたいなやつか」
「そうです」
ミルレインとロイリスは二人で解り合っていた。しかし、悠利にはイマイチ解らないので、ちょんちょんと二人を突いて説明を求めた。
「仕掛け箱ってどんなの?」
「手順通りに動かしたり組み替えることで、別の形になる箱のことです。主に表面に細工を施して、飾りとして使われます」
「小物入れとかな。たまに大きなのもあるけど」
「ありますねぇ。調度品として飾るらしいですけど、組み替えるのも一苦労だと思います」
説明を受けても悠利にはイマイチよく解らなかった。仕掛けを動かすことで箱が開けられるようになるカラクリ箱は知っているが、形そのものが変更されるものは知らない。色んなものがあるんだなぁと思う悠利だった。
とにかく、ロイリスは細工師見習いとしてそれらに触れることもあったので、悠利が話した中にあった変形する武器に興味を持ったのだ。細工師の知識や技術を生かすことが出来るのではないかと言う意味で。
「柄の長さが変わる槍とかは便利そうだよな」
「槍は狭い場所では使いにくいと言いますけど、柄の長さを変更できれば間合いも変わりますもんね」
「スイッチ一つでとか、簡単に分解して変更できるとかだと便利だろうねー」
ミルレインの発言に、ロイリスと悠利がうんうんと頷く。ぶっちゃけ、ミルレイン以外はマトモに武器を握ることもないのだが、そこは言わぬが花だ。想像の翼をはためかせるのは自由なのだから。
ちなみに、悠利がミルレインとロイリスに話して聞かせていたのは、漫画やゲームなどのサブカルチャーに登場していた武器の話だ。多種多様で不思議な武器がたくさんあって、悠利はそれをあくまでも雑談のネタとして口にしただけだ。
そこから、職人二人が色々と楽しそうに話題を広げるので、付き合っているのだ。実際に作り上げることは難しいだろうが、どうやれば作れるかを考えるのは本当に楽しいので。
「あれも面白かったですよね。小剣2本が合わさって長柄の武器になるというの」
「あぁ、アレな!発想が面白いよなあ」
「二刀流にもなり、敵との間合いがあるときは槍のように長柄になるなんて、戦略が広がりますよね。小剣の持ち手の端を、組み合うように作っておけばいけそうなんですけど」
ロイリスが小さく呟く。細工師の技術には二つの物体を組み合わせるために凸凹を作るものもある。それを応用すれば、出来るのではないかと考えたのだ。
しかし、それに対するミルレインの返事はあまり芳しくなかった。鍛冶士見習いの少女は真剣に考え込みながら口を開く。
「うーん、どうだろう。合体させたときに、そのまま振り回すことを思うと、耐久力も必要になるしなぁ」
「あぁ、そうですね。持ち手にかかる負荷が変わりますもんね」
「そこをどうするかだなぁ」
小剣として使うときと、合体させて両刃の槍のように振り回して使うのとでは、かかる負荷が異なる。その負荷に耐えられるようにしつつ、なおかつ結合部はしっかりしていなければならない。それなりに技術が要求されるのは明らかだ。
あーでもない、こーでもないと職人二人が言葉を交わすのを、悠利はにこにこ笑いながら見ている。専門職的なことはさっぱり解らないが、二人が一生懸命なのはよく解る。楽しそうだなぁと思っているのだ。
そんな悠利に、ミルレインが声をかける。
「なぁ、ユーリ」
「ん?何、ミリー」
「もしも実際に作れるとしたら、ユーリはどんなのが作れたら良いと思う?」
「実際に作れたら?」
「そう。ユーリが話してくれたようなのだったら、何が作れたら楽しい?」
わくわくした様子で問われて、悠利はちょっと困った。
何しろ、悠利は武器に興味はない。ゲームや漫画で見ていたから特殊な能力を付与された武器についての知識があるだけで、当人は武器にそこまで興味はないのだ。そもそも非戦闘員だし。
けれど、目をキラキラと輝かせるミルレインと、その隣で同じように興味深そうにしているロイリスを見ると、そうも言えなかった。ちゃんと考えて答えないと駄目なやつだと悟った悠利は、しばらく考える。
戦うための武器、すなわち、他者を傷つけるだけの武器に興味はない。勿論、武器は使い手によって善にも悪にもなることも解っている。それでも、ただ攻撃するためだけの武器に興味が持てないのは事実だった。
ゲームや漫画の世界の不思議な武器は、本当に色々な能力を持っていた。明らかに武器だというのに、そうではない使われ方をすることもあった。中には、殺傷能力を持たない武器もあった。
そこまで考えて、悠利は口を開いた。その顔は、どこか悪戯を思いついた子供みたいだった。
「色んな属性が使いこなせる武器があったら楽しいなって思うよ」
「色んな属性が」
「使いこなせる」
「「武器?」」
悠利の答えに、ミルレインとロイリスは顔を見合わせて、そして首を傾げた。今一つ、悠利の言いたいことがよく解らなかったのだ。
二人に伝わっていないことを理解した悠利は、あのね、と説明を始める。自分が考えた、こういうのがあったら良いなと思う武器を。
「僕は魔物のことはよく知らないけど、彼らって属性があるんだよね?で、その属性に合わせて武器とか攻撃方法を変えるって聞いたことがあるんだけど」
「うん、あるな。火の属性の奴らに火の攻撃は効きにくいとかある」
「それでね、色んな属性が一つの武器で使い分けることが出来たら、とっても便利だろうなぁって思ったんだ」
「……あぁ、そういう意味か」
「なるほど。それは確かに便利そうですね」
説明を聞いて、ミルレインもロイリスも納得した。それは確かにちょっと便利かもしれない、と彼らは思った。特殊効果の付いた武器を持っていても、相手によってそれをいちいち持ち替えなければいけないとなると、荷物が増えるし、手間だ。戦闘中に即座に武器を持ち替えるのは、手練れでなければ難しいだろう。
確かに良いかもしれないと大真面目な顔で頷くミルレインと、どんな属性を組み込むのが有効なのかを考えているロイリス。そんな二人と裏腹に、悠利はのほほんとしていた。
素晴らしい着眼点だと言いたげな二人には悪いが、悠利の頭にあったのは三色ボールペンである。一本で色んな色が使える三色ボールペンはとても便利だ。なので、そんな感じで属性を使い分けることの出来る武器があれば便利じゃないかな、と思っただけなのだ。
「刃の部分に各属性の効果を流し込む感じか?」
「そうなると、手元の操作で切り替えることが出来るようにする必要がありますよね」
「そうだな。複数の魔石を埋め込んで、互いを阻害しないようにしつつ、手元で簡単に切り替えることが出来るようにする、か」
「回路の仕組みを考えるのも大変ですけど、複数の魔石を埋め込んでも大丈夫な構造にしないといけませんよね」
「あぁ。それに、刃の素材も考えないといけない。鋼との相性も属性ごとに違うからなぁ」
「それもあるんですね」
真剣な顔で話し合うミルレインとロイリス。そんな2人を、何か白熱してるなーと悠利はのんびりと眺めていた。
魔石には色々な種類が有り、それぞれに相性の良い素材が異なる。それもあって、複数の魔石を使う場合には、どんな素材で作るかが重要視される。
なお、これは何も武器だけの話ではない。魔導具や魔法道具でも同じことだ。どの魔石がどの素材と相性が良いかを知ることは、鍛冶士やアイテム士にとっては基本中の基本でもある。
なので、お互い物作りに関わる立場として、ミルレインもロイリスもその手の知識はある。勿論、知識は日進月歩。素材は多種多様だし、加工によって変化もするので、全てを理解するのは難しい。だからこそ、2人で額を付き合わせて相談しているのだが。
一人では難しくても、2人で知識を出し合えば新しいアイデアが出るかもしれない、と。
「2人とも、本当に物作りが好きなんだなぁ」
白熱している2人を見つめながら、悠利は小さく呟いた。好きなことに全力投球している人を見るのは、嫌いではない。真っ直ぐと頑張ろうとしている姿は、好感が持てる。
悠利だって、大好きな料理や裁縫、掃除の改善案を考えるときは、全力投球だ。周りにそれ楽しい?と聞かれたとしても、気にならない。当人にはとても楽しいことなのだから。
だから、ミルレインとロイリスもそうなのだろうと思っている。何かに一生懸命になれる人を、応援したくなるのは人間の性だろう。
「素材の確認とかするときは、手伝えると思うよ」
「へ?」
「え?」
「どの素材と相性が良いとか、鑑定で解ると思うんだよね。だから、呼んでくれたら手伝うよ」
にこにこ笑顔で悠利が告げた言葉に、ミルレインとロイリスは一瞬固まった。そして、そういえばそうだったと言いたげに、顔を見合わせて頷いた。……そう、彼らは悠利の能力をうっかり忘れていたのだ。
悠利の能力、それは、鑑定系最強のチート技能である【神の瞳】の保持者ということだ。保持しているのが【神の瞳】だということは伏せていても、規格外の鑑定能力の保持者であることは周知の事実。
しかし、それをうっかり忘れてしまうほどに、普段の悠利はアジトのおさんどん担当だった。なので、ミルレインとロイリスの中の悠利が、ちょっと不思議なことを知っている遠い異国出身の少年、というレベルで落ち着いてしまっていたのだ。
まぁ、そもそも悠利は普段から鑑定能力の使い方が間違っているので、世間一般でイメージされるような鑑定士らしいことはしていないのだが。何せ、悠利の鑑定能力の主な使い道は食材の目利きであり、仲間達の体調管理なのだから。……色々と間違っている。
「そういえばそうだった。物凄く忘れてたけど」
「そうですね。普段のユーリくんを見てると、ついうっかり忘れちゃいますよね」
「そう?」
「だって、鑑定らしい使い方してないじゃん」
「そうですよ。ユーリくん、普段何に使ってるんでしたっけ?」
2人の言い分に首を傾げる悠利。肩をすくめるミルレインと、諭すような穏やかな表情で問いかけてくるロイリス。
ロイリスの質問に、悠利はきょとんとした顔で答えた。あっさりと。
「え?食材の目利き」
「そういうところだよ」
「そういうところです」
「えぇえええ……?何で……?」
力一杯頷く2人に、悠利は心底解らないと言いたげに首を傾げていた。彼にとっては普通の使い方をしているので、2人の言い分が理解できないのだ。相互理解は難しかった。
そんな風に雑談をしていると、小さな影が彼らの元へ歩み寄ってきた。そして、静かな声で言う。
「あのさ、想像して話してるだけなら良いんだけど、実行に移すなよ」
「「アロール?」」
「絶対に、実行するなよ」
突然現れた十歳児の僕っ娘は、半眼で彼ら3人を見ていた。自分達より年下の魔物使いの少女に威圧される3人は、思わず息を飲む。何故か反論が出来なかった。
いや、反論どころか、口を開くことが出来なかった。アロールから立ち上るオーラが怖い。
「さっきから聞いてたら、物騒なものの作り方考えてるからさ。一応忠告しておくけど」
「「……?」」
「ユーリのアイデアから生まれた何かを作るなんて、どう考えても規格外が規格外を助長するんだから、常識的に考えて却下だろ」
「「あ」」
「待って?何で2人ともそれで納得したの!?」
僕は変なことに巻き込まれるのは嫌だよ、と付け加えてアロールは去っていく。楽しい想像に水を差される結果になったミルレインとロイリスだが、彼女の発言で我に返ったように大人しくなった。
意味が解らないのは悠利だ。何故、アロールはあんなことを言ったのか、そして、2人がそこまでしょげるのか。理解の範疇外だった。
「そうか。ユーリを巻き込んでやるなって言われてたけど、それは発想の部分も含んでたのか……」
「うっかりしてました。あまりにも話が楽しくて……」
「それな」
「気を付けましょうね、ミリー」
「あぁ」
顔を見合わせ、同士とがっちり握手をするミルレインとロイリス。やっぱり悠利だけが一人取り残されている。
「ねー、待って?何で2人ともアレで納得したの?そして、何だか僕の扱いがヒドいんだけど?」
「ヒドくない。この間、リーダーに怒られたし」
「そうです、ヒドくないですよ。ユーリくんが絡むと大事になるって、皆が言いますから」
「だから、何で!?」
思わず叫ぶ悠利だが、ミルレインとロイリスは頭を振るだけだった。当人に自覚があろうがなかろうが、悠利が常に何かしらやらかしているのは事実だ。
そして、それらが彼の発想が原因であるのも。悪気も悪意もないが、色々と常識外れなところのある悠利なので、アロールの忠告も間違っていないのだ。ある意味、お約束とも言えた。
とはいえ、実行に移さなければ良い。考えて話すだけならば、自由だ。なので、実現不可能だと解っているものを考えようと2人は思った。それなら、試しに実行してみようとも思わないのだ。
そんなわけで、3人が雑談をしながら色々な特殊武器へと思いを馳せるのは、まだまだ続くのだった。……そんな彼らの姿はやはり、話題の物騒さとは裏腹に子供が3人微笑ましく雑談をしているようにしか、見えないのだった。
ちなみに、ナイスなツッコミを入れたアロールは、事情を聞いたアリーに思いっきり褒められるのだった。十歳児は色々とハイスペックでした。
悠利の扱いは安定の悠利。
今回のファインプレーはアロール。
いつもありがとう、アロール。
最年少なのにとてもお役立ち。
ご意見、ご感想お待ちしております。





