港町を満喫しました。
無事にお家に戻って参りましたー。
これにて海水浴編はおしまいです。
10巻の特典情報を活動報告に記載しました。
「ただいま戻りましたー!」
《真紅の山猫》のアジトに、悠利の元気の良い声が響いた。港町ロカから、行きと同じようにブルックの知人のワイバーンに運んでもらってすぐに、うきうきとアジトに戻ってきたのだ。
たった一日でそこそこ日焼けをしている悠利を見て、出迎えた面々は驚いたように目を見張った。それでも、悠利が休暇を満喫してきたのだと解る満面の笑みを浮かべているので、すぐに皆も笑顔になった。
「お帰り、ユーリ。海は楽しかったか?」
「はい、とっても。久しぶりに泳げて楽しかったです」
「そうか。楽しかったなら良かったな」
楽しそうな悠利を見下ろして、リヒトは優しく笑う。自分が留守番だったことに特に不満はないリヒトなので、悠利が楽しんできたのが解って嬉しいのだろう。リヒトお兄さんは、後輩思いの常識人の優しいお兄さんです。
「あ、そうだ、リヒトさん」
「ん?どうした?」
「美味しそうなたらこを買ってきました。おにぎりとパスタのどっちが良いですか?」
「おっ、それはどっちも美味そうだな」
「じゃあ、いっぱいあるので両方作りますね」
「ありがとう」
にこにこ笑顔で悠利が告げた言葉に、リヒトは嬉しそうに破顔した。以前悠利が作った生たらこのパスタや、たらこを混ぜ込んだおにぎりをリヒトは地味に気に入っていたのだ。それを知っていた悠利は、ロカの街でたらこを見つけていそいそと買い込んだのだった。まぁ、悠利自身も好きなのだが。
そんな二人のやりとりを、楽しげに見つめているのはヤクモだ。基本的に落ち着いた大人であるヤクモなので、それと解る派手な出迎えはない。
ヤクモの姿に気付いた悠利は、魔法鞄になっている学生鞄をぽんぽんと叩きながら声を上げた。中にどれだけ詰めこんでもバッグの見た目は変わらないので何が入っているのか解らないが、悠利の満面の笑みからそこに食材が入っているのは誰の目にも明らかだった。
「ヤクモさん、お刺身いっぱい仕入れてきました!」
「お、おぉ、それはありがたい。……が、先日も大量に購入していなかったか?」
「違う種類があったので」
「お主、相変わらず食材に関しては感情のタガが外れやすいな」
「まぁ、ユーリだからな」
「うむ」
「へ?」
大真面目な顔で頷き合うヤクモとリヒトに、悠利はきょとんとした。こんなに美味しそうな魚があったんですよと説明していたのに、何故か色々と諦められた感じになっているのはどうしてだろうと思ったのだ。なお、割と通常運転な悠利である。
そんな風に会話をしている悠利の背中に、呆れたような声が届いた。
「また何か買い込んできたわけ?飽きないよね、君も」
「アロール。ただいまー!」
「お帰り。随分楽しかったみたいだね。ルークスも」
「キュピ!」
アロールの姿を見つけた瞬間、ルークスは悠利の足下から即座に移動した。なお、ルークスの目当てはアロールではない。アロールの首に今日も陣取っている、白蛇のナージャがお目当てだ。
アロールの足下まで移動すると、ルークスは自分を見下ろしてくるナージャに向けてぺこりと頭を下げた。先輩、ただいま戻りました!みたいな感じだろうか。そんなルークスに、ナージャは鷹揚に頷いた。完全に先輩後輩の上下関係が構築されている。
「アロールも一緒に行ければ良かったのにねー。そうしたら、ルーちゃんもナージャさんと海で遊べて楽しかっただろうし」
「僕は仕事が入ってたし、海に興味はないよ。ナージャもね」
「それに、アロールがいてくれたらルーちゃんの言いたいこともすぐ解っただろうし。あの魔物さんとも簡単に話が出来たと思うんだよね」
「……え、ナニソレ。今度は何をやらかしてきたのさ」
「やらかしたって、ひどい」
「ひどくない。何やらかしたんだよ」
港町ロカで起きたとある騒動を思い出しながら悠利が呟けば、アロールは顔を引きつらせながら問い詰めてくる。何でそんな風に問い詰められなければならないんだと、悠利は不服そうだ。
しかし、二人のやりとりを見ていたリヒトとヤクモは、アロールに同調するように力一杯頷いていた。彼らの脳裏には、温泉都市イエルガへ行ったときに悠利が起こした騒動が浮かんでいた。当人に悪気がなかろうが、気付けば何か騒動を起こす悠利という認識は間違っていない。
そんな三人に促されるままに、悠利は今回の騒動を語った。端的に。
「海水浴をしてたら、迷子になった子供を探してサードアイシャークがやって来て、僕らが遊んでいた近くに探していた子供がいたので助け出して、返してあげました」
「本当に、何でそういうのにばっかり遭遇するんだよ!?」
「怪我はなかったのか?いや、アリーがいるから大丈夫だとは思うんだが」
「よくその親を止められたものよな……?」
バカじゃないの!?と叫ぶアロール。ぺたぺたと悠利の身体を触って怪我がないかを確かめているリヒト。子供とはぐれた親である魔物がどうして言うことを聞いたんだと、率直な疑問を口にしたヤクモ。三者三様の反応だが、共通しているのは「やっぱり、やらかしてきたんじゃないか」という感想だった。口にはしていないが。
三人の疑問に答えるように、ルークスがえっへんと胸(?)を張っている。愛らしいスライムが褒めてくれと言わんばかりの自信満々な態度を取るのは微笑ましい。思わず和んだ三人だが、ナージャは違ったらしく、調子に乗るなと言いたげに尾でルークスの頭をぺしりと叩いた。即座にアロールに咎められるが、どこ吹く風である。
そんなルークスの代わりに、悠利が皆にルークスの活躍を説明した。可愛い従魔を自慢したいのだ。
「魔物さんを止めたのも、理由に気付いたのも、説得をしてくれたのも、全部ルーちゃんです!ルーちゃん頑張ったんだもんねー」
「キュピー」
「ほぉ。己より大きな魔物を相手に凌いだと。流石よな、ルークス」
「キュ!」
「相変わらず色々と規格外だなぁ、お前も」
ヤクモとリヒトに頭を撫でて褒められて、ルークスは嬉しそうに鳴く。その瞬間、再びナージャの尾がルークスの頭を叩いた。ツッコミみたいなもので、それほど痛みはないらしくルークスはけろりとしている。勿論アロールからツッコミが入るのだが、基本的に彼女に甘くとも彼女に全面服従ではないナージャはまったく気にしていなかった。
可愛い従魔が褒められているのを見ていた悠利だが、ふと何かに気付いたようにリヒトを見上げた。
「どうした、ユーリ」
「いえ、今、お前もって聞こえたなぁ、と」
「あぁ、そう言った。つまり」
「つまり?」
「主人に良く似て、規格外だなぁ、と」
「僕は別に規格外じゃないんですけど!?」
「「無理がある」」
「三人揃って言うなんてひどいですよ……」
リヒトの言い分に心外だと言いたげに叫んだ悠利だが、三人に揃って却下されてしまった。しかし、この場合正しいのは彼らの方だ。どう考えても悠利に勝ち目はない。この場に他の仲間達がいたとしても、悠利の意見は聞き入れられないだろう。自明の理である。
悠利の規格外は、この場合、周囲に何か害があるわけじゃないのが問題なのだ。往々にして、やらかす騒動も悪事ではない。むしろ人助けに分類される。ただし、側にいる面々の度肝を抜くし、後から話を聞いたアリーが雷を落とすハメになるのだ。ヘタに目立つなという言いつけに、何故かどうしても従えない悠利だった。
なお、当人は普通に生きているつもりである。マイペースにのんびりと生きているつもりだ。それなのに何だかんだと騒動を引き起こしてしまうのは、彼が持って生まれた星回りなのだろうか。
……おかしい。日本にいたときには、別にそんな騒動が起きるわけもなく平凡に生活していたというのに。異世界転移補正で貰ったチート能力の影響か、本人の性格や価値観と、こちらの世界の相性の問題だろうか。……恐らく後者だろう。
「っていうか、ユーリって出掛ける度に何か騒動起こしてない?」
「そ、そんなこと、ない、よ……?」
「僕の知ってる限り、出掛けたら八割は騒動起こしてリーダーに怒られてるけど」
「……別にわざとじゃないもん」
「わざとじゃないから、怒られてるんじゃないの?」
「……う」
アロールの冷静なツッコミに、悠利は言葉に詰まった。確かにその可能性はある。当人に自覚が欠けているので、心配した保護者のお説教が長くなるのだ。一応危ないことはしないようにと心がけているし、平和主義なので荒事には首を突っ込むつもりはないのだが。何故か騒動を引き起こしてしまうのが悠利クオリティだった。
まったく、とツッコミを続けようとしたアロールは、てしっと足を軽く叩かれて言葉を飲み込んだ。足下を見下ろせば、ルークスがうるうるした瞳でアロールを見上げている。ご主人を苛めないで、という訴えだった。
基本的に悠利の敵や悠利に害成す相手には容赦しないルークスだが、伝えれば解ってくれる人相手にはお願いだけで終わらせる。これが見知らぬ他人だったり、口で言っても通じていない相手だった場合は、物理でお願いすることになるが。可愛い見た目を裏切って、割と攻撃的なスライムである。
そして、アロールはそんなルークスに弱かった。そもそも、魔物使いであるアロールは、敵意を向けてこない魔物に弱いのだ。その上、ルークスは強くて優しくて賢いと解っているし、懐いてくれているのも知っている。そのルークスにお願いされてしまっては、それ以上何も言えなくなるのだった。
なお、そんな主の甘さに、ナージャは呆れたようにシャーと息を吐き出している。それも含めてアロールだと思っているのか、それ以上の行動は起こさなかったが。
「賑やかだと思ったらユーリが戻っていたのか」
静かな低音が聞こえて悠利が振り返れば、口元に淡い微笑を浮かべたブルックが立っていた。お帰り、と告げられた言葉に、悠利は満面の笑みで答える。
「ブルックさん、ただいま戻りました!」
「海水浴を楽しんできたみたいだな。少し日に焼けたか?」
「あはははー。ちょっとヒリヒリしてます」
まだ赤みの残っている皮膚を示して問われ、悠利は眉を下げて笑った。悠利もあまり黒くなるタイプではないので、赤くなったままなのだ。まだ少し触ると痛かったりするけれど、日常生活に支障があるほどではない。海を楽しんだ結果だと思えば気にならない。
ブルックが手配してくれたワイバーン便がどれだけ助かったか、皆がどれだけはしゃいでいたかなどを話す悠利。その言葉を、ブルックはそうかと穏やかに聞いている。
そんな彼らの耳に、軽快な足音が響いた。タタタタタ!と軽やかな音をさせて走ってくる金髪美少女の姿が見える。
「ブルックさーん!戻りました!ご当地スイーツ買ってきましたよー!」
「でかした、ヘルミーネ」
「早く食べましょう!準備してあります!」
「解った」
こちらへ向かいながらヘルミーネが叫んだ言葉に、ブルックが動いた。そのまま素早くヘルミーネの前へと移動し、突撃してくる形になった彼女を難なく受け止めてくるりと方向転換させ、二人揃って食堂に向かって早足で移動していく。見事な手際だった。
「……ブルックさん、本当に甘味が好きなんですね」
「動きが速すぎる……」
「スイーツ好きっていう点だけでヘルミーネと分かり合ってるよね」
「あの御仁、甘味が絡んだときだけは若干ポンコツ気味であるな」
「「それ禁句」」
しみじみと感想を呟く悠利達。そして、ヤクモは万感を込めて誰もが思っているけれど黙っていた感想を告げた。気持ちは解るけど言わないで、という気分になった悠利達である。頼れるクール剣士様は、甘味が絡んだときだけは色々とポンコツだった。
ポンコツというよりは、甘味への愛が暴走しているという方が正しいのだろうか。美味しいスイーツで買収されるとか、美味しいスイーツを作ってくれるパティシエさんを守ることに全力を尽くしたりとか、スイーツのためなら色々とねじ曲げても気にしないとか。食べ物の力って凄いなぁと思う悠利だった。
「そういえば、アロールって泳げるの?」
「泳げるよ」
「それなら何で、あんなに頑なに一緒に行くの嫌がってたの?別に、仕事は他の日に回しても大丈夫だって聞いたけど」
「……」
「アロール?」
悠利の素朴な疑問に、アロールは明後日の方向を見た。けれど、答えを求めるように問われて、諦めたように口を開いた。
「レオーネさんのあの情熱に付き合わされて水着を選ぶのが嫌だったんだよ」
「……あ」
「僕が行くってなったら、どう考えても女性陣全員で、こう、可愛らしさ全開っていう感じの水着を選ぶだろうし」
「選ぶだろうねぇ……」
その光景が目に浮かんだので、悠利はしみじみと呟いた。
アロールはクールな僕っ娘で、普段から性別が解らないというか、ユニセックスという感じの服装をしている。ヒラヒラふりふりした可愛らしい恰好が苦手なのだ。ただ、顔立ちは幼いながらも整っているので、女性陣はことあるごとに彼女を着飾ろうとしてくるのである。
それが普通の服ならば、まだ100歩譲って我慢できたらしい。けれど、水着となると話は別らしい。ただでさえ着飾るのが苦手で、可愛らしいのが苦手なアロールに、可愛らしさ全開の女児向け水着を取りそろえそうな面々しかいなかったので。
「ちなみに、アロールは水着持ってないの?」
「持ってるけど、こう、上下繋ぎのシャツとズボンみたいな形のやつだから」
「あぁ、遠泳とか素潜りとかに使われそうなやつだ……。見た目より実用性を重視した感じだよね」
「僕はそれで良いと思ってるけど、その水着で海に行くって言ったら煩そうだろう?」
「うん。物凄く大騒ぎして新しい水着を用意しようとするね」
「だから、予定があったのを理由に行くのを止めたんだよ」
「なるほど」
海水浴そのものは嫌いではないアロールなのだが、今回は条件が悪かった。何しろ、現地に向かうメンバーにティファーナやヘルミーネがいるのだ。にこにこ笑顔で可愛らしい水着を勧めてくる上に、アロールが頷くまで絶対に解放してくれない感じがある。
アロールがどうして一緒に参加しなかったのかが解った悠利は、しばらく考えてから口を開いた。
「それじゃ、今度は泳がないっていう条件で一緒に行こうよ」
「え?」
「浜辺で遊ぶとかなら、水着じゃなくても大丈夫だろうし」
「何で」
「え?だって、アロールやナージャさんとも遊びたいから」
満面の笑みで告げた悠利に、アロールは諦めたようにため息をついた。不思議そうに見ている悠利に、苦笑を浮かべながら言葉をかける。
「ユーリって、そういうところ正直だよね」
「うん?」
「まぁ、悪くない提案だから、機会があったら一緒に行くよ。水遊びそのものは嫌いじゃないしね」
「キュピー!」
「勿論、僕が行くならナージャも一緒だよ。思う存分遊んでもらえば良いんじゃない?」
「キュイ!」
「わぁ、良かったねぇ、ルーちゃん!」
悪戯を思いついたような笑顔でアロールが告げた言葉に、ルークスは嬉しそうに飛び跳ねた。大好きな先輩と一緒に遊べる!みたいな感じなのだろう。
楽しそうに盛り上がる二人と一匹を、大人二人は優しい眼差しで見守っていた。そして、勝手に同行を決定された上にルークスの遊び相手をさせられることになっているナージャは、面倒そうにシャーッと息を吐き出すのだった。
たまにはこうやって休暇として皆で出掛けるのも楽しくて良いなぁと思った悠利なのでした。遊ぶときは盛大に遊ぶのが嗜みです。
お留守番組は実に平和だったと思います。
そして、悠利が何かをしでかしてくるのは、予想通りかと。
何だかんだで仲良しです。
ご意見、ご感想お待ちしております。





