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世の中には、得手不得手があるのです。

残念人魚、イレイシアちゃんのお話です。


忍丸先生のおもてなしご飯とのクロスオーバーも、更新してます。


 のどかな昼下がり。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトには、綺麗なハープの音が響いていた。新米冒険者を中心にトレジャーハンターを育成するクランには不似合いとも言えたが、それでも、その音は綺麗なだけではなくて癒やし効果もあるようだった。聞いている面々の表情が実に穏やかだ。

 ぽろん、と最後の音を奏で終えて、ハープを手にしていた人魚の少女、イレイシアが皆に向けて一礼した。人形めいた美少女だが、はにかんだように微笑む姿は実に愛らしい。パチパチと聞き惚れていた一同からは拍手が返された。


「相変わらず、イレイスのハープは綺麗だねー。あたし、音楽はよく解らないけど、イレイスのハープは好きだよ」

「ありがとうございます、レレイさん」

「うんうん。心に染み入るって感じだものねー。それに、イレイスはハープ以外の楽器も得意なんでしょう?器用よね」

「わたくし達人魚にとっては、これぐらい当たり前のことですのよ、ヘルミーネさん」


 にこにこ笑顔のレレイにイレイシアは照れたように微笑んでいる。それに続くヘルミーネの言葉にも、彼女は自分が特別なわけではないと続けていた。とはいえ、他に人魚はいないので、イレイシアの言葉がどこまで本当かは誰にも解らない。だがしかし、そんなことはどうでも良かった。彼らにとって重要なのは、彼女の演奏がとても心地良かったということなのだ。

 飲み物片手にハープの演奏を聴くというのも、たまには良い気分転換だ。芸術をきっちり理解するのは難しいが、個人の好き嫌いレベルで接するのは決して難しくない。なので、皆はイレイシアの演奏を聴くのは好きだった。職業(ジョブ)が吟遊詩人の彼女の演奏は、それはそれは見事なのである。


「イレイスってさ」

「わたくしが、どうかしました?」

「楽器は上手で、音感もきっちりあって、声も綺麗で声量もあるのに、何であんなに致命的なまでに音痴なの?」

「「アロールぅううう!」」


 それ禁句!と皆が思わず叫んだが、ソファの上に膝を抱えるようにして座っていた十歳児は容赦が無かった。ざっくり傷口を抉られたイレイシアは、その場にハープを抱え込んだまま丸まってしまう。びったんびったんと、それまで人間の足だった下半身が水色の魚の尾びれになって、サンドレスの下で揺れていた。感情が乱れて、人間形態を維持できなくなったらしい。

 そう、イレイシアは音痴だった。人魚は音楽が得意で、歌も楽器も得意な種族の筈なのに、彼女はどうしようもない程に音痴だった。なまじ、声が透き通って美しいだけに、その美しい声で音痴を披露されると、ダメージが大きい。当人も、自分の歌が狂っている自覚はあるものの、何故か改善されないという哀れな状況だった。音感があるのに音痴という、謎すぎる人魚なのである。


「アロール、それが事実でも、本人が気にしてることをざっくり言っちゃダメだよ」

「……ユーリ」

「何?」

「多分だけど、トドメ刺したのは、僕じゃなくてユーリ」

「……え?」


 宥めるような悠利(ゆうり)の発言に、アロールは薄目でぼやいた。きょとんとしている悠利だったが、ちらりと視線を向けた先ではイレイシアが撃沈していた。皆が必死に慰めている真っ最中のようである。げに恐ろしきは、悪意の無い純粋な一撃。事実なのは確かだが、音痴を念押ししてしまった悠利であった。

 なお、悠利に悪気は全然無かったし、アロールの発言をフォローしようとしただけだった。しかし、無邪気にざっくりぶっ刺してしまったようだ。時々、わざとざっくり抉って切り捨てることもある悠利だが(主にその相手はジェイクだったりするので、誰も助けない)、今回は本当に無意識だった。なので、思わずイレイシアにごめんと謝ってしまうのだった。


「……構いませんわ、ユーリ」

「イレイス」

「わたくしが、歌を苦手としているのは事実ですもの……。どうしてわたくしったら、こうなのかしら……」


 しょんぼりと肩を落とすイレイシア。線の細い儚げな美貌だけに、そんな悲しげな表情をしていると皆が慌てて慰めにかかる。同じ美少女でも、ヘルミーネと違ってイレイシアは儚げなのだ。無邪気な小悪魔めいたヘルミーネと、礼儀正しく繊細で儚げなイレイシア。美少女にも色々な種類があるのだ。


「で、でもさ、イレイスの歌、前よりは音が近づいてる気がするよ!」

「……本当ですか、レレイさん?」

「試しに歌ってみなよ!最初の頃より、ずっと上手になってるよ!」

「確かにそうよね。最初の頃より、上達してるのは本当よ?」


 レレイとヘルミーネが畳み掛けて元気づけている。それなら、とイレイシアは愛用のハープを手にして、ゆっくりとつま弾いていく。ぽろんぽろんとハープの軽やかな旋律が響く。しばらくそうして弾いていたイレイシアは、ゆっくりと口を開いて歌い始めた。その声は、透き通るように美しく、部屋の隅々まで響き渡る。決して力強い声ではないのに、不思議と耳に入ってきて、響いていく声だった。実に歌い手に相応しい声だ。

 名人級であろうハープの演奏に合わせて、イレイシアは歌う。綺麗な演奏と、綺麗な声のハーモニー。本来ならそれは、完璧なる調和をもたらすはずだった。音感のしっかりしているイレイシアならば、そうなるべきだ。

 だがしかし、何かが微妙につま弾いている音と違った。違和感がすごい。


「……何だろう、この微妙な違和感」

「ユーリ」

「イレイスの声が綺麗だから、余計にこう、違和感あるのかなぁ?」

「聞こえてないから良いけど、聞こえてたら凹むよ、イレイス」


 ぼそりと呟いた悠利にツッコミを入れるアロール。悠利もイレイシアを傷つけたくはないので、積極的に彼女に言おうとは思わない。けれど、何かこう、ものすごく違和感があるのだ。だがしかし、聞くに堪えないような音痴ではないのがミソだ。耳を塞いで、「止めろ!歌うんじゃない!」と叫びたくなるような音痴ではないのだ。ただただ、違和感がすごいのだ。

 しばらくして、イレイシアが演奏と歌を止める。レレイとヘルミーネが、前より上手になってると褒めるのに、それならとちょっと嬉しそうなイレイシア。女子三人がきゃっきゃうふふしてる姿は実に絵になるが、それをじーっと見つめている悠利の考えはそんなところには無かった。彼女達が可愛いことは解っていても、それ以上でもそれ以下でもない男、それが悠利である。


「あ、違和感の正体解ったかも」

「え?」

「イレイスー、イレイスの歌、器用に三音ズレてるよ」

「……はい?」

「ハープの旋律が主旋律なら、さっきの歌、三音ズレてハモってたんだと思う」

「まぁ……」


 ぽかんとしているイレイシアに、悠利は自分の感想を伝えた。イレイシアはしばらく考えて、そうして歌を口ずさんで、自分でも気づいたらしい。音痴だが音感は仕事をしているので、自分の歌が音を外しているのは理解できるのだ。そして、実際、彼女の歌声は、綺麗に三音ズレていた。それはハモる場合に使う音であって、主旋律ではない。だからこその違和感だったのだろう。

 困ったように頬に手を当てていたイレイスであるが、その隣でヘルミーネが顔を輝かせた。何故彼女が顔を輝かせたのか解らない悠利であるが、その疑問はすぐに解消された。ヘルミーネが思ったことを素直に口に出したからだ。


「イレイス、それってつまり、主旋律に近づいているってことよ!」

「どうしたの、ヘルミーネ」

「あのね、ユーリ。以前のイレイスは、もっと主旋律から遠い音程で歌ってたのよ。それを考えたら、三音まで近づいたってことでしょう?」

「なるほど」

「まぁ」


 進歩があるのだとお祝いモードに入るヘルミーネ。彼女の言い分にそれなら確かに進歩してるなと思った悠利。イレイシアもまた、自分が少しでも音痴を脱却しつつあるのだと気づいて、嬉しそうに笑った。音楽の素養が無いレレイは意味が解らずに首を捻っていたが、良いことなのだと解ると、おめでとうと元気にお祝いの言葉をかけていた。実に美しい友情である。

 だがしかし、その光景を眺めていた十歳児は、冷静に物事を判断して、口を開いた。盛り上がっているところに水を差すのは悪いと思ったが、言っておくべきだと思ったのである。


「つまりそれ、今後、二音とか一音とかの変なズレの状態で止まったら、どうしようもない音痴ってことじゃないの?」

「「アロール!」」

「……アロール……、僕が思っても言わなかったのに、何で言っちゃうの」

「盛り上がってるところ悪いけど、現実は見据えた方が良いかなって」

「アロールそういうところクールだよね……」


 衝撃の余り凍り付いているイレイシアの側で、ヘルミーネとレレイが怒ったように叫んでいる。せっかく元気になったのに、何でそんなこと言うの状態なのだろう。しかし、アロールだって悪気があるわけではないのだ。希望を持っているのは良いが、今後変なところで停滞したら泥沼だなと思っただけなのである。


「つまり、わたくしは、これ以上、上達を目指さない方が良い、と……?」

「そこまで言ってないよ。ただ、楽器メインで行くなら、あえてハモって歌うのも良いんじゃない?って思っただけ」

「わた、わたくし、は、吟遊詩人ですわ……」

「うん、知ってる。でもとりあえず、今より悪化する可能性があるのだけは、頭に入れておいた方が良いと思うよ?」

「……そう、ですわね。一音や半音ズレた状態で歌い続けるとかになると、目も当てられませんわ……」


 アロールの冷静なツッコミに、イレイシアはしょんぼりと肩を落としながらも、現実を理解したらしい。音楽をやっているだけに、延々と一音や半音ズレたまま歌い続けると、聞くに堪えない気持ち悪さになるのは解っていた。大幅に音を外していないだけに、耳に入ってくる瞬間はそこまで違和感を覚え無い。しかし、聞き続けていると気持ち悪くなるのだ。そういう、とてつもなく微妙な音痴になりそうな未来は、勘弁して欲しかった。


「イレイスの同族には、そういう人はいなかったの?」

「……おりませんわ」

「そっかー……」

「わたくし、史上初の音痴な人魚として一族以外の人魚にも有名ですの……」

「「……うわぁ……」」


 史上初だったんだ、と一同は絶句した。人魚で音痴は珍しいとは思っていたが、まさかの史上初とは。ちょっと珍しいだけだと思っていたら、超絶レアだったらしいイレイシア。変な見世物小屋の主人とかに捕まりませんように、とそっと祈る一同だった。音痴な人魚として見世物にされそうで困る。

 むしろ、それでも吟遊詩人を目指して頑張ろうとしているあたり、イレイシアの精神力は見た目の繊細さとは裏腹に芯が強いようだった。いや、しょっちゅう落ち込んでいるので、そこまで強くはないのだろうが。それでも、目指した夢を諦めずに、今も一生懸命に音痴を直そうと練習に励む程度には、彼女は強かったのだ。


「イレイスの声は綺麗だから、上手になると良いね」

「ありがとうございます、ユーリ」

「イレイスがハモり担当するなら、いっそのこと、一緒に主旋律歌ってくれる相方さん探すのも一つの手じゃないかな?」

「……もしもそんな奇特な方がいらっしゃったら、お話をしてみたいですわね」


 マイナーな職業(ジョブ)である吟遊詩人なので、そんな珍しい人物がいるのかどうかが謎だった。だがしかし、悪くはないアイデアだった。一人で歌うから変なのだ。いっそ、演奏とハモりをイレイシアが担当して、別に主旋律を歌う誰かがいれば、完璧なような気がした。それまで、一人で頑張らなければと思っていたイレイシアであるが、新しい可能性に、ちょっと嬉しそうに顔を輝かせるのであった。




 後日、イレイシアが相方を探していると聞いて押し寄せた下心ありまくりの男性陣が、保護者モードに入った指導係の皆さんに追い返される光景が繰り広げられるのであった。





なまじ声が美しいので、音がちょっと外れてると大変微妙という残念具合。

どこかのガキ大将みたいに救いようがなければ諦めがつくのに、みたいな?

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