僕らの島 sideルカ
翌日になり、僕らは平静を装って学舎へ行った。
孤島生成ミッションは放課後に僕らが猫の庭へ帰ってからスタートの予定だ。
中枢のオーダーによる作戦スケジュールだと明日十時が開始時刻なんだけど、その前に「地殻変動による海底火山の噴火」を起こさないとね。そしてハンナ先生に勘ぐられてまたヘルゲ先生が学舎で生贄にならないためにも、僕ら留学組がいきなり体調不良だので授業をサボるわけにもいかない。
なので昨日に引き続き「中央からバルタザール大佐とエレオノーラ中佐が来ていて、放課後は会いに行くから帰るね」と苦しい言い訳をしたのです。でも二人は有名人だから、そうするとほんとに村へ来てもらって各セクトへ顔を出してもらわないと説得力がない。そこで活躍するのがニコル先生、ユッテ先生、アルマ先生だ。
「おねがーい!お爺ちゃんとお婆ちゃんが来てくれるのが、一番助かるのっ」
三人のおねだりが通用しなかったことなど、過去一度もない。
僕らの「怪獣」っぷりを聞くのは無理!と言っているバル爺とエレ婆ちゃんだけど、「それくらいどうってことないさね」と上機嫌で村へ来てくれたらしい。
そんなわけで淡々と授業を受け、僕らは午後三時半に猫の庭へ帰ってきた。
「えーと、まあ…がんばってとしか言えないけど。もちろん全力でフォローはするから、まあ気楽にね」
アロイス先生は複雑そうな顔で僕らを見た。
まだちょっと心配気な感じだったけど、昨日の時点で極大魔法が実際に撃ててしまった宝珠への不安感は少なくなったと思う。
ちなみに僕らが学舎で勉強している間にアルとユリウスが一芝居打って、地殻変動に対する信憑性を上げてくれている。魔法部の中には気象観測や天体観測を目的とした部署があるんだけど、昨日の海底地震のことを聞いたアルがその部署へ「その地震ってなんかヤバい感じがしない?」と一言。歴代最高と言われるマナ同調者の予感を無碍にするような阿呆は魔法部に存在しないので、すぐさま中枢へ連絡が入ったわけだ。
そして紫紺の長からユリウスへ「アルノルトへ確認しろ。それと各部族長へ連絡をとって、この地震に何か感じた者がいるかも確認してくれ」と仕事が依頼された。その結果、金糸雀の長であるインナ先生と、白縹の村で休暇を過ごしている「数人のヴァイス」から、「何かが起こる予感がする」という返答があったというわけで。
完全なるマッチポンプなわけだけど、蘇芳のクルト長官からはアルカンシエル南岸へ展開するために移動中の部隊へ「自然災害に対しての警戒も怠るな」という通達が入った。
「ん~、なんか俺たちがやりたいことって、国家プロジェクト並のことだったんだね」
レビが今さらのように乾いた笑いを漏らせば、アロイス先生は「今頃気付いたの、レビ」と脱力する。クレアはコロコロと笑いながら、そんなレビを見た。
「ふふ、でもレビの言いたいことはわかりますよ。そういう実感のなさは、まだ私たちがきちんと社会に出ていない若輩者だからなんです。でもそんなこと、数年後には解消してますよ」
「クレアは謙虚なんだか豪胆なんだかわからないね。まあ君に限っては『無謀』とは思わないけども」
「お褒めに与り光栄です」
クレアがどこかの貴婦人ばりの所作でアロイス先生へそんなことを言うと、見ていた父ちゃんが「クレアのオホメニは誰かさんと違って優雅だな!」と笑った。直後にヘルゲ先生がマナを練って父ちゃんを威嚇したので、「誰かさん」がヘルゲ先生のことだというのを自白したようなものだった。
*****
「よっし、行こっかー!」
『ヤー!』
僕らとニコル先生は、全員で守護に乗って外洋へと出た。
ほんと、この日のために僕らは全員マナの錬成量を上げる訓練をしていたと言っても過言ではない。父ちゃんにグローブで接続して透明化しているニコル先生を除き、十一人全員を不可視にするのはいくら僕でも相当な集中力を必要とする。
陸地からどんな人物が僕らを目撃するとも限らないので、確実に見えなくなるまでは維持しなければ。
『ルカ、結構厳しそうだね。だいじょうぶー?』
のんびりとニコル先生が気遣ってくれるので、僕は「ヘーキ!」と少しだけやせ我慢して答えた。全員不可視にしたまま「島も消せ」と言われたら困るけど、現状はなんとかなりますよ。
そして今回は陽の光に煌めくイルカたちのジャンプを見つけ、全員何とも言えない高揚感に胸を躍らせた。
ここに、僕らの島を作るんだ。
そんなワクワクした気分を、繋がっている司令塔のクレアが「浮かれないで冷静沈着に行きましょうね」と諌める声が抑えてくれる。
ミッション、スタートだ。
守護が昨日のガードのように、マナの気配を遮断する結界になる。宝珠の二人はお互いにマナを錬成できる限界量に挑戦していて、僕らはごくりと唾を飲みながら見つめた。
昨日モノクルで見たレンズはどこだと思っていると、僕はとんでもない思い違いをしていたことに気付く。あの海底地震は、スザクの魔法を数倍にした混成魔法だ。でもいま彼らが行使しようとしているのは…
アオイの精霊が踊る。
混成魔法をこの二人で出すのは無理があるとヘルゲ先生が言っていたけど、「この魔法」はそんなの関係がない。
大地へ、海へ、空へ。
まるでカナリアの大合唱のような「マナの歌」を響かせる精霊たち。
やっぱりそうなんだ。
僕ら白縹と金糸雀は、突き詰めればこんなにも似ている。
まるで白縹がタラニスへの祈りを捧げているかのような歌を、アオイの精霊が紡いでる。
彼ら二人の眼前には、透明なレンズ。
でも虹色のレンズが見当たらないと思って、僕は少しだけ焦った。
もしかしてリンクとうまく繋がれなかったのか?彼らはどこに?と。
『うっは、こりゃすげぇ!』
『きゃっほーう!きっもちいいねスザク~!』
二人がそれぞれの方法で放った膨大な精霊と、太陽みたいに凝縮されたマナのボール。それらはすでにダイヤのレンズで増幅されきった後で、天へ向かって打ち上げられた。
――いやあ、クレアに繋がってる僕らは、全員腰を抜かすかと思ったね。
どこに向かって撃ってるんだ!と焦って上を向いた瞬間に見えたんだよ。まるで空を覆い尽くすかのように展開している、虹のレンズが。
『で、でけえ……』
ライノとレイノが思わず呟いた言葉は、全員の気持ちそのままだった。
空高く舞い上がったマナの太陽と精霊は、放物線を描いて虹の中へと身を投げ出す。そして徐々に反射増幅しながらレンズを光で埋め尽くした。
『『 いっけぇぇぇ! 』』
宝珠兄妹が上機嫌で叫んだ瞬間、可聴域ギリギリって感じの音が鼓膜を震わせ、虹のレンズから恐ろしいほどの光線が海へと降り注ぐ。
普段僕らが撃つ魔法はドン!と放って属性つきのマナが破裂する感じなんだけどさ。そうじゃないんだよ、コレ。こんな魔法見たことない。
世界から音が消えたみたいに静かで、見えている景色は夢の中のようで。
スゥーッと、海の中から何かが盛り上がってくる。
海底火山が噴火したかのような津波も起こさず、耳をつんざくような音もせず。
その座標に存在していた海水を、島の土台と入れ替えますねっていう感じの信じられない丁寧さで「存在を変換」させていく、光の束。
とうとう海上へと姿を現したその島は、やはり丁寧にゾンビ魚の群れを一匹残らず乗せたまま上へと成長を始めた。
『ルカ!』
『掻き消せっ』
クレアのコールと同時に、不可視のマナを放出した。
島の生成がゆっくりで助かった。数メートルずつ上へと育っていくかのような島を、海上から順序良く消していく余裕ができたからだ。一瞬でとんでもない質量を消すのは難しいけど、これならどんなに陸地から見ようとしても一般人では目視できない。
そして海抜百メートルほどにもなった頃、上空に展開していた虹のレンズは徐々にその光線を細くしていき、消えていった。
『いっちょあがりぃ~!ゾンビ魚の捕獲も完了っ』
『作戦アルファ、スタート!』
『ヤー!』
僕は不可視を維持するのに集中し、でも全員がまるで一つの生き物のように動き出す。
作戦アルファは「ゾンビ魚捕獲成功」の場合のミッションルートだ。
レイノは一瞬で精神混合へ宝珠二人を加えて繋ぎ直し、レビが「マナごとに集まれ方陣」を展開した。ニーナとノーラは僕の「不可視のマナ」の感覚から得たゾンビ魚の座標へ向かってヴェノムとキュアを放出、レティが十五頭のサンプルを鋼鉄の棺へバガン!と一気に閉じ込めて引き上げる。
サンプルをニコル先生が草原へ運び入れると、そこには待機していたグラオの般若たちが手ぐすね引いて待っていた。『おーら、俺らの拷問に遭いたい馬鹿どものマナ固有紋よこせや~!』とか聞こえてきて、なんだよ父ちゃんたちも楽しそうじゃん、と思ったよ。
『うーっし、そんじゃ「火山の噴火」、いっくぜ~』
呑気なスザクの声が聞こえた瞬間、またしてもゾンビ魚と周辺の海水がごばっと「消滅」した感覚があった。
同時に海抜百メートルの空中から突然吹き上がった炎が天を焦がす。
さすがにこのバカみたいにでかい火柱なら、陸地でも視認できたことだろう。
『ウゲツ、強力なのをよろしくお願いしますね』
『ヤー』
素っ気ない返事をしているウゲツだけど、繋がってるから僕らには彼のめちゃくちゃ楽しんでる気持ちが手に取るようにわかった。
ウゲツはこの島周辺へ、強烈な「誤認」や「誘導型幻覚」(狂幻覚じゃないよ)を設置したんだ。もし漁師や蘇芳の部隊がこの地点の様子を見に来ても、彼らには「海底火山が噴火して、海中で隆起したらしい。ホットスポットになっているから、しばらく近寄らない方がいいぞ」としか思うことはできない。
それにしても守護はウゲツが心理魔法を使う時には倍くらいの分厚さで僕らを覆うから笑いたくなってしまう。ガッチガチに守ってくれる、頼もしい「ガーディアン」だね。
『ウゲツぅ、心理魔法の設置は終わったぁ?』
『できたよ、ニコル先生』
『おっけ~!そんじゃ私の出番かなっ』
心理魔法のマナが落ち着いた途端、守護は僕らを乗せただけの盾形状に戻った。
そして、ニコル先生は雰囲気を一変させる。…なのに口から出る言葉がほにゃーっとしてるのは宝珠二人にそっくりだ。あんなに「精霊の支配者」みたいなオッソロシイ気配を爆散させてるってのに。
『ママがんばって~!』
『にひひ、まっかせてぇ』
ドガッと莫大なマナを錬成したニコル先生は『テキの精霊はこの海域へ一歩も入れるな。全ての「命の道筋」を、掌握して』と精霊たちへ命令した。
ドゥッと飛び立った精霊たちは、女王のようなニコル先生の命令を遂行して放射線状にあらゆる地脈・水脈・風脈を支配しに行った。
光がおさまると、この海域にはただただ、何事もなかったかのように「もくもくと湯気のたっている海底火山噴火の痕跡」の幻覚が残るだけとなった。




