生贄ご苦労様です sideルカ
週明けに学舎へ行くと、朝の修練が終わった時にハンナ先生が「ルカ~、ちょっと来て?」と言った。その笑顔が引き攣っていて、こめかみがピクピクしているのが見えるので、僕は思わず自分を不可視にして全力ダッシュで逃げたくなった。
回れ右したくなる足を「がんばれ、ハンナ先生に逆らったらヤバい!」なんて励ましながら「なんでしょう、かぁ~」と僕も引き攣った笑顔で近づいた。
「ねえ~え?昨日の朝、封鎖されてる緩斜面の先ですんごい火柱が上がったじゃなぁい?昨日は境界警備隊から危険生物を排除する作戦があるから、警報解除されるまで誰も外に出るなっていう通達があったわよね」
冷や汗がつぅ~っと背中を流れるけど、僕は猫の庭で鍛えられてますからね!ここでボロなんて出しませんよ!
「え~、そんなにすごい火柱だったんですか。やっぱり学舎からだとよく見えたんですね、いいなあ。僕は村の中心部のアパルトメントにいたからちょっとしか見えなかったんですよー」
そこでニコーッと笑ったハンナ先生は、なぜかズイッと顔を近寄らせて、地獄の扉が開いたかのようなドスの効いた声をお出しになられました。
「……あらあ。学舎の屋上から緩斜面の一部が見える場所があるんだけど、ルカとレティとクレアそっくりの子が立ち入り禁止区域を駆け抜けてるのが見えたのよね…?他にも何人も子供がいたけど。それにフィーネとニコルの姿もあったわぁ…帰省してるなんて聞いてないけど、どうしたのかしらねェ?」
どぅっはぁぁぁぁぁ!
学舎のそばを通る時は見つからないようにルート厳選したのに!
「えー?僕にそっくりな子がやんちゃしたんですかね?あはは…」
ハンナ先生はじとーっと僕を見てから「ま、あのメンツの子供たちは普通じゃないってことね。大人の引率があったなら仕方ないか…」と言って解放してくれた。
こわぁぁい!ハンナ先生こわぁい!
その後必死に平静を装いつつ応用修練場へ行き、周囲の子に合わせて懸命に威力を押さえた中規模魔法を撃ちながらも「まるっとバレてる恐怖」と戦いましたよ。
このことをトイレでこっそりアロイス先生へ通信で伝えると、「あー…ハンナ先生はなあ…そこまで言われたならもうわかってるからしょうがない。わざとらしくてもいいからすっとぼけててくれる?どうせ矛先は僕かマリーに来るから大丈夫だよ」と言ってた。ここまでアロイス先生を諦めの境地へ叩き込める人ってエレ婆ちゃんくらいしか知らないよ、僕。
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お昼時の生徒用食堂でも、みんなあの火柱の話題で大盛り上がりだった。漁港での火柱が上がった瞬間には、たぶんこの村の全員があの魔法の収束を察知して驚いてしまうだろうというのはクレアも予測していた。
そして案の定、学舎では何とかヴァイスの猛者を見たいと思う子が宿舎で脱走しかけたりして、ナニーのエルマーさんは大忙しだったみたいだ。
かく言う僕も、興奮したイザークとルッツに「誰が作戦に出たのか、お前は知ってるんだろ?」と詰め寄られております、ハイ。
ハンナ先生にはバレてるけど、一応当初の予定通りの言い訳を生徒へはしますよ~。
「昨日紅玉が帰省がてら作戦に参加したって言ってた。アロイスさんが要請したらしいよ?」
「えー!だってグンターおじさんがケガしたのって一昨日じゃん。どうやって中央から一日で村へ来るのー?」
「緊急性のある作戦の時って、宝玉は中枢に打診して移動魔法を使わせてもらえることがあるんだ。今回のはそのパターンじゃないの?」
「うわー…紅玉が出張るほどの案件になったのかよ。とーさんのケガがとんだ大事になったな。でも統括長だって宝玉だろ?」
「さあ、どうなんだろうね。アロイスさんは水特化の宝玉だから、もしかしたら凍らせるだけじゃ作戦に支障があったんじゃない?僕らはさすがにそこまで教えてもらえないしさあ」
「そっかー、なるほどなー」
僕らの話は周囲の子も「聞かせて聞かせて!」なんて言いながら聞き耳を立てていたし、この内容が学舎で広まればなんとか鎮静化…し、してくれるといいなあ。
そしてみんながごはんを食べ終わってぺちゃくちゃしゃべっていると、食堂の入口付近から「えー!」とか「きゃー!」とか聞こえてきた。何だ?と思って振り返ると、そこには父ちゃんとオスカー先生と…苦虫を噛み潰したような顔をしたヘルゲ先生を連行しているハンナ先生がいた。
ハンナ先生は笑顔と言うにはあまりにも片方のほっぺたが引き攣ったままで、全員に向かって「みんな聞いて~」と声を張り上げた。
「この人は昨日の危険生物排除をするために来ていた紅玉よ。学舎の生徒に怖い思いをさせて申し訳ないって言ってわざわざ来てくれたの。しかも午後は紅玉とレア・ユニーク保持者とヴァイスの新兵指南役が特別講義をしてくれるわよー!」
わあぁぁぁ!と食堂が揺れるほどの歓声が上がった。
その中で僕とレティはポカーンとしていて、通信機からは微かにクレアの「――アロイス先生に生贄にされたんですね」という辛辣な一言が聞こえた。




