心理魔法使いの矜持 sideウゲツ
レビはひくひくと頬を引き攣らせながら「クレア姉ちゃん、ちょーっとソレ、倫理的にマズくないかなー?私刑ってわかっててそこまで追い詰めるなんてさあ、アロイス先生も許可しないんじゃないかなー…」とクレアに考え直してもらおうとしている。
ちなみに僕は微妙なとこだ。どちらかと言えばそれくらいのことはギルベルトへやっちゃいたい気持ちの方が強い。だけどそれをやってしまったら、僕は……
「クレア……僕もそうしたいけど、でもさ」
「ふふ、さすがに良心の呵責がありますか?」
「そこまで善良じゃないよ、僕は。ほんとはそうしたいし、気持ちを落ち着けるためにクレアやレビと話さないとダメだって思うくらいにはあいつに腹を立ててる。でも、それをやったら僕は心理魔法を使っちゃいけない人間に堕ちてしまうと思ったんだ……」
するとクレアはきれいに笑って「ふふ、合格ですよ、ウゲツ」と言った。
合格って何が?と思ってクレアを見ると、月白がブゥンと音を立てた。
『ミッタークと接続したよ』
「ありがとう月白。アロイス先生、聞いてましたか?」
『ああ、クレアの予測通りだったね』
「パパ!?」
苦笑いしたパパは、フォグ・ディスプレイの中でひらひらと手を振った。
「すみませんウゲツ。月白がすでにあなたやレティの状況をほぼリアルタイムで察知していまして。月白たちは『私たち』の心理状況が乱れた時は警報を出すって知ってるでしょう?」
「あー…、そりゃそうか。ライノのルーム崩壊を警戒するためのシステムだけど、こういうケースにも適用されるのか」
「御明察。ですので私が先ほど言った私刑は、少々誇張してお伝えしました。ウゲツがどのように答えを出すかで、対応パターンを十四種類ほど用意してあったんですが……無用の長物でした」
にこーっと笑うクレアの笑顔は年々凄味を増している。うああ、間違えなくってよかったぁぁ……
「ですがアロイス先生?彼が眠っているうちに洗脳解除と記憶封印をするというのは、私は反対です。ウゲツがギルベルトの洗脳解除をし、ラウードに関する記憶を封印するのは救済策として当然の処置です。しかしあくまで封印であって、記憶を本当に消すわけではないですよね?」
『そうだね、記憶緊縛の魔法であっても外的精神ショックは大きくて、精神崩壊の危険が伴う。ましてや消去なんて、可能であっても廃人になる可能性大だからね』
「ええ、その通りだと思います。そうすると、将来的にギルベルトの封印された記憶が何らかのきっかけで復活する可能性も十分あります。その場合、同時にレティを酷く傷つけた記憶も思い出される。するとギルベルトはどう思うでしょう。もう会えもしない友人へ謝ることもできず、償う方法もわからない。全ては終わってしまったこととして、彼を苦しめ続けることでしょう」
『……ウゲツの封印が、そんな簡単に解けるとは思えないよ?』
「だからこそです。思い出さずに一生を終えるならそれもいいでしょう。ですがもし何年も経ってから思い出してしまったら?その可能性が絶対ないとは言えません、私たちは記憶を封印した後でギルを監視し続けるほどヒマではないのですし。――これはギルへの二重の救済策なんです、アロイス先生。彼の意識がはっきりしている状態で、彼が何をしたかきちんと理解させた上で封印を。決して無闇に彼を責め立てたりはしませんし、ラウードに関する記憶を封印しないと『その記憶にもう一度洗脳される危険性がある』ということを納得させた上で魔法行使をします」
『なるほど。もし封印された記憶が甦っても、きちんと自分がその時反省したのだということも思い出せば……彼が罪悪感に潰される危険を回避できるっていうことだね?』
クレアはこくんと頷き、僕の方を見た。
「ウゲツ、これで納得していただけませんか?私も先ほど言ったようにギルベルトへの怒りはあります。ですが自制心をきちんと持ったあなたは、間違いなく白縹が誇る『心理魔法のスペシャリスト』です。あなたなら、もう納得して魔法行使できるのではないですか?」
僕はまるで、たった今きっちりと修練を終えて心の大掃除をしたような感覚だった。怒り狂っていた波が落ち着いて、今はまるで凪いだ海みたいだ。
( あはは、さっすがクレア。シスコンウゲツの操縦方法、よっくわかってるね~! )
うるさいよスイゲツっ!! シスコンって言うな!!
( 一瞬でウゲツの心を落ち着かせた手腕はさすがって言っただけでしょ~ )
……そんなのわかってるよ。
( じゃあ、クレアに感謝、だね? )
――ふう、と息を吐いた。スイゲツは相変わらずイラッとすることばかり言うけれど、それに本気で腹を立てても仕方ないんだ。だってスイゲツは僕に「耐え忍ぶ」っていう感覚を植え付けてくれる。
心理魔法特化の精霊魔法使い。
シャドウというレア・ユニーク保持者としての緻密な魔法制御。
そのどちらにも恐ろしいほどの忍耐力と根気強さを発揮しないと、僕はすぐにバランスを崩してしまうだろう。
ヨアキムと同様に、七百年の時を「月白の墳墓の守り人」として過ごした彼だから。世界と隔絶され、誰も生きた人間のいないあの蒼穹の墳墓を守り、魂が擦り切れそうになるまで空虚な時間を耐え忍んできた彼だから。
だから僕は、心理魔法を駆使することを、自分に許すことができるんだ。
「クレア、ありがとう。もう僕は大丈夫だよ」
「ふふ、ウゲツならそう言ってくれるだろうって、思ってました」
「もー、クレア姉ちゃんびっくりさせないでよ!一瞬本当にやっちゃうのかと思って血の気が引いた~!」
「これでも私は、お仕置きも時と場合を考えてますよ?」
クレアはまたきれいな笑顔になったけど、その時の僕とレビは「プチ三バカへのお仕置きは容赦ないから、絶対本気だと思ったのにな……」と、同じ感想を持っていた。




