月白のガルテンにて sideウゲツ
月白島へ入ると、そこはアオイが丹精込めて育てる作物たちの楽園だ。ずっと向こうの「ケーキ山」近くまで続く、のどかな田園風景。けれど実っている作物に季節感がないのは、もう見慣れた光景だった。
ルカとレティはもう移動魔法を許可されてるので「総合司令室」へ直接来るけど、僕らはまだ中等学舎だからね。普通に猫の庭のキャリアーホールを経由して三つの島を行き来している。
最初にレティが建てた臨時の集会所はもう存在しない。
小さな川沿いに建てたんだけど、段々と島の環境バランスが整って行くにつれて、川幅が広くなってきちゃったからさ。
今は島の中央、全方位を見渡せる位置に高い尖塔が一つ。そしてその下には巻貝の構造を参考にして作った螺旋状の宿舎がある。あ、通路や部屋が丸いわけじゃないよ、ちゃんと部屋は四角いけどさ。この施設はクレアが設計してレティが作り上げたもので、三島全部にある。外見は瀟洒な大理石の白い巻貝と塔だけど、機能はぶっ飛んでると思うよ。
尖塔へ巻きつくように作られた宿舎は、塔の補強プラス万が一外患が侵入した場合の目くらましでもある。実際はその巻貝の内側、尖塔の根本部分の広い空間が「総合司令室」であり、その地下には「レビオリジナル巨大サーバー」が鎮座しているんだ。
もちろんレビのあのすっごい接続型複合方陣は、その辺で手に入れられる魔石へ入るサイズではない。いくらレビがシエテやオーチョに機能を纏められると言っても、ヘルゲ先生とヨアキムに「これ、マザーが形無しだろう」と絶句させたアレは入りきらないからだ。
ではどうしたのかと言うと、ガヴィへ「一年間アオイのお野菜無料お届け」という対価を支払って、広大な地下室三か所へ「流動魔石」をたっぷりと敷き詰めてもらったんだ。そこへレビは楽しげに、一つずつ丁寧に方陣を入れた魔石をぽこぽこと投げ込み、最後は流動魔石へマギ言語をごっそりと書き込んだ。
それらをおよそ半日で済ませ、あとは宝珠の二人に「ここへ目いっぱいマナを充填して~!」とおねだり。あっさりと満タンになった流動魔石はうねるように動き出し、投げ込まれた魔石へと勝手に接続した。更に海底や地中を走らせた「マナの極太ライン」で三島のサーバーは三角形に繋がっている。
その三台(?)のサーバーはそれぞれ島の名前そのままで呼ばれているんだけど、疑似人格を持っている。クレアの思考増殖を参考にしたらしくて、一応「月白」がメインサーバー(リーダー)なんだけど、よく三台でぺちゃくちゃしゃべってるんだよ。
白い巻貝を見ながら、のんびりと畑の中を歩いて行った。
――そうしないと、ギルベルトへの怒りでどうにもならないからだ。
なんとかのどかな風景で気持ちを落ち着かせて宿舎の出入り口へ着いた。入り口は頑丈な金属製のドアがあって、そこへ埋め込まれた魔石に向かって「ウゲツだよ」と声をかけた。すると即座に『おかえり、ウゲツ。どっちへ行く?』と月白が聞いてくる。
「クレアとレビはどこ?」
『いつものところだよ。じゃあ「ガルテン」へ繋ぐね』
ガコン!とドアが開いたけれど、現れたのはまっすぐ続く筈の宿舎への通路ではない。左側が円形の小部屋になっていて、僕が中へ入ると総合司令室――通称「ガルテン」へのケージが生成された。
ひゅうん……と音がすると、ケージは滑らかに調整された風魔法で動き出す。慣れないとこの速度が速いと言って、ガヴィは怖がってた。でもホラ、僕たちってちっちゃい頃からガードや守護に乗ってるもんだから、平気なんだよね。
ケージがふっと消えると、もうそこはガルテンの中だ。
アオイが好き放題に植物を入れ、壁面なんてアイビーだらけ。巨大なプランターからはワイヤープラントがこぼれるように床へ進出してたりして、なかなかワイルドな状態だったりする。
それでも白とミルクブラウンのマーブル模様の大理石と、鮮やかなグリーンの対比は、とってもきれいだ。本当に邪魔になるほどモサッとならないのは、アオイの能力ゆえの調整だと思う。
その白と緑の空間では優雅にお茶を飲みながらデータ書籍を読むクレアと、方陣をいじって遊んでいるレビがいた。クレアは思考増殖を発動させて、三台のサーバーたちとがっつりディスカッションする一人、レビと方陣について相談する一人、そして難しそうな本を読む一人を出している。ちなみに本体のクレアも違うデータを読んでいるので、倍の速度で知識をため込んでいるってことだ。
僕が入ってきたのに気付いた本体のクレアは、にこりと笑って「おかえりなさいウゲツ」と声をかけてくれた。レビも気付いて方陣いじりをやめると、ぱたぱたと手を振ってくれる。
「ウゲツ、なんか難しい顔してるね。どしたのー?」
「えっと、クレアとレビに相談があるんだ」
「……ギルベルトですか?」
「あたり。あー、くっそ、ダメだ!やっぱりむかつくな、もー!」
「あー…もしかしてギルベルトに記憶処理かけるの、ダメって言われたの?」
「えっと、どうしても僕がむかついちゃってさ。こんな状態でもし心理魔法をかけたら、あいつのこと廃人にしかねない。二人と話して落ち着いてから戻るって言って、いまパパにあいつを眠らせてもらってる」
二人へラウードの自白内容も見せて、僕が蘇芳で見た「暴言を吐かれた直後のレティ」も映像記憶で見せた。ほんとならライノに経験会議をしてもらえば一瞬で理解できただろうけど、こんなグラグラと煮立ったような怒りを二人に共有させるのは気の毒だった。
それでも二人は、ほぼ正確に僕がどれだけ怒り狂っているかを理解した。
「レティ……っ かわいそうです、これは確かにウゲツが怒っても当然ですね。でもアロイス先生の言うことはもっともですか……」
「そりゃ、タイミングも悪かったし、カミルとルカが迂闊だったと反省してるって言ってたけどさ!ギルベルトとどっちが迂闊だったかって言ったら断然あいつだろ!?タンランのスパイが横行しやすいあの蘇芳要塞都市でさ!まんまとスパイの洗脳にあったのはあいつじゃないか……っ!」
「ウゲツ、落ち着けって~。俺だってレティ姉ちゃんに何するんだこんにゃろって思うよ。でもさあ、ギルベルトがどういう状況に陥ってたかはスクワイア一家の親分にはもちろん知らされるよね?ってことは、ギルベルトはそれなりに叱責されるでしょ。僕らがお仕置きしなくってもさ」
それはそうだろうと思う。あいつの父親はマザーの蘇芳分体の鍵を預かる重要人物として、ダミー情報を流されても納得されるほどの人だ。でもその人がラウードを引き止めたために起こった不祥事のツケを、今回レティが被ったってことなんだぞ!?
その親が……親が、あいつを叱るだろう。「迂闊すぎるぞ、もっとしっかりしていれば付け入る隙なんて与えなかっただろう、鍛え直しだ」と。そしてあいつは反省して立ち直るんだ、レティを置き去りにして……!
僕がどうしても悔しくてギリギリと歯を食いしばっていると、ふっとクレアが笑った。
「ウゲツ、ではこうしましょう。お仕置きをしてから記憶を操作するんですよ。私たちのレティの心を掻き乱してくれたのなら、彼の心も掻き乱しましょうよ。もちろんそれは『私刑』にあたりますし、私たちの自己満足でしかありません。ですが、それでいいではないですか。それでも彼は親許へ帰れば『健全に立ち直る』予定なのですから」
「いや、それは……」
「まずは彼の洗脳支配を解くのが先決です。そしてラウードの所業全てを知らせ、自分が何をしでかしたのか知っていただきましょう。その上で聞くんです、『レティに何をしたかわかっていますか』と」
「うわー……それ、もしギルベルトが多少はマトモなやつなら、罪悪感で死にたくなるね」
「そうですよ、レビ。罪悪感で死んで詫びなければとまで思い詰めてもらってから、私はどうしても言ってやりたいことがあるんです。私だってウゲツに負けないくらいギルベルトが憎たらしいです」
「え、何を言うの、クレア……」
「もちろん『あなたは今から洗脳被害者として救済されます。よかったですね、傷付けたレティのことは綺麗さっぱり忘れて、どうぞ素敵な親分になってください』と言うんですよ」
……僕とレビは、ざあぁぁっと血の気が引く音をはっきり聞いてしまった……




