035.日常
僕は病院の中庭に置かれたベンチに腰を下ろしていた。
隣には三上が座っている。
僕は大した事ないが、三上は見事なまでに包帯でぐるぐる巻きである。患者衣を着ていなければ、ハロウィンのコスプレに見えなくも無い。
「昨日の件は、ガス爆発ってことで処理されたわ」
「いやいや無理があるって。どこをどう見たらあれがガス爆発に見えるんだよ。陰謀論とか言われるぞ」
「大丈夫でしょ、本当にガス爆発起こしたみたいだし」
「はあああ!?」
なんてことだ、イカれてる。
まるで漫画の世界だ。
もしや今までにも世の中で起きた爆発のいくつかは、今回のような件に絡んでいるのだろうか。
フィクションの世界だと思わされていただけで、実際の出来事だったのか。陰謀論ではなく、陰謀そのものだった。
「ニュース見てないの?」
「ここに来て何もかも取り上げられたんだよ。今どきテレビも無いしどうなってるんだよ」
「説明いる?」
「いらない。察してはいるよ。お前ら怖いよ」
三上は微かに笑ったようだ。
顔にもガーゼやら包帯があるので、いつにも増して表情は読み取り辛い。
「佐倉はこれからどうなるんだ?」
「さあ?私はそっちは専門外だし、施設に行ったこともない」
「死刑とかは?」
「意外にフランクに踏み込むのね‥‥しばらくは研究対象じゃないかしらね?殺されはしないでしょ」
「研究?」
「そう。オーバーについてわかっている事なんてほとんどないし、その中でも佐倉さんは飛び抜けて異質だったもの。あの人達が放っておくわけがない。心配なの?そこまで非人道的な事はしないと思うわよ」
「大学を爆破する奴らは信用できないってぇ」
「ふっ、確かにね。でも本当よ。場合によってはオーバーの存在が公になる日も来るかも知れないじゃない。その時に不利になるような事はしないはずだわ。あくまで『治療』って面目が立つようにやってるって話よ」
なるほど、さすがに色々と考えられている。
昨夜の様子を見るに、三上やレイのような戦闘要員だけでなく、現場の処理等でかなりの人数が関わっているようだった。
それもあの対応の早さ、僕が知らなかっただけで、僕の日常の周りにはすでに体制ができあがっていたのだろう。
「ん?そんな大きな組織なら随分と昔からあるんじゃないのか?」
「そうね。いくつかの組織が合併して、100年以上前にはすでに今と同規模くらいにはなっていたらしいわよ」
「なのにオーバーの研究が進んでいない?」
「まぁね、オーバーはかなり最近現れた問題だもの」
「ん?」
「え?」
待て待て、それでは僕の中のアイギスって組織の前提がおかしいということになるじゃないか。
オーバーが最近?アイギスは100年かそれよりもっと前?
「アイギスってオーバー専門の機関じゃ‥‥ない?」
「今更?そうよ。Anti Extinction.Guardian.Intervention Squad.日本語にすれば絶滅に抗う守護介入部隊だったかな。さっき言った組織が一つになって、無理矢理にその頭文字を取ってA.E.G.I.Sなの」
なんとういうことだ。オーバーと関わるようになり、それまでの常識が覆ってばかりだった。驚かされてばかりだった。だがこれは、その中でも群を抜いて衝撃だ。
「人類の脅威はオーバーだけじゃないって事ですよね?」
「だからそう言ったじゃない。いや、言ってないっけ」
「言ってないよ!つい最近まで組織の名前すら教えてくれなかったじゃないか!」
「ちょ、声が大きい。いくら組織下の病院だからってちょっと抑えなさい」
「ちなみにオーバーの他にはどんなやつがいるんだ?」
「言えるわけないでしょ。かなり深く関わってしまったとはいえ、あなたはあくまで部外者なのだから。できるだけ早く日常に帰りなさい」
「さ、最悪だ‥‥いや、最悪なんて言葉じゃ済まされないな。極悪だぁ‥‥」
「最悪も極悪も――‥‥」
僕はベンチの背もたれに遠慮なく体重をかけて寄りかかり、澄んだ青空を仰ぎ見た。
横にいる彼女は最後にとんでもないオチを隠し持っていたものだが、本人は全く悪びれた様子もない。
だけど不思議と悪い気分ではなかった。
久しぶりに綺麗な空の下で日の光を浴びているからだろうか。
三上は日常に帰れとは言うが、僕には予感があった。
遅かれ早かれ、きっと非日常がまた始まるのだ。
実際に、このわずか一月後、佐倉つむぎが施設を脱走したという話を聞くことになる。
僕はさらにアイギスと、非日常にそれはそれは深く関わるようになっていく。
どうやらまだまだ夜は続くらしい。




