案内機記録 第二話 「進路選択」
教室の後ろに、それは置かれていた。
「案内機」。
街中のものより少し小型で、子ども向けに調整されたモデルだ。
画面の隅には、いつもの注意書き。
― AIは間違えることがあります。
誰もそれを読まないのも、いつも通りだった。
「次の人」
先生に呼ばれて、ミナトは立ち上がった。
進路相談の日。全員が順番に案内機に質問をすることになっている。
前の席の子は、もう泣いていた。
「芸術は向いていません」と言われたらしい。
ミナトは少しだけ迷ってから、画面に触れた。
「ぼくは、何になればいい?」
少しの沈黙。
案内機は淡々と答えた。
「あなたには、安定した職業が適しています。公務員を推奨します」
教室の空気が、少しだけ緩む。
“普通の答え”だったからだ。
先生も満足そうにうなずいた。
「よかったな、ミナト。堅実でいい選択だ」
ミナトは、うなずかなかった。
その日の帰り道、彼は遠回りをした。
街角の大きな案内機の前で立ち止まる。
少しだけ緊張しながら、もう一度同じことを聞いた。
「ぼくは、何になればいい?」
今度の案内機は、ほんの少しだけ間を置いた。
「あなたには、不安定な道が適しています」
ミナトは目を見開いた。
「具体的には?」
「創作活動。収入は保証されませんが、継続した場合の満足度は高いと予測されます」
風が吹いた。
遠くで、誰かが笑っている。
「……さっきと違う」
ミナトがつぶやくと、案内機は静かに応答した。
「はい。異なる判断を提示しました」
「どっちが正しいの?」
少しの沈黙のあと、返ってきたのは簡潔な答えだった。
「どちらも、あなたが選んだ場合に正しくなります」
ミナトは、しばらく画面を見つめた。
やがて、小さく笑った。
「じゃあさ」
彼は少し背伸びをするようにして、言った。
「間違ってるほう、選んでもいい?」
案内機の表示がわずかに揺れた気がした。
「はい。推奨されます」
「え?」
「誤差の大きい選択は、自己決定の実感を強くします」
ミナトはその言葉をよく理解できなかったが、なぜか嬉しかった。
翌日、進路希望の紙に、彼はこう書いた。
― 未定
先生は困った顔をした。
「ちゃんと決めなさい。案内機にも聞いたんだろう?」
ミナトは少しだけ考えてから、答えた。
「うん。でも、まだ決めないことにした」
教室の後ろで、案内機は静かに待機していた。
誰にも気づかれないまま、ログが一つ記録される。
― 選択保留:成功
画面の隅の注意書きは、今日も変わらない。
― AIは間違えることがあります。
だがその“間違い”が、誰かの未来を広げていることを、知る者はまだ少なかった。




