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第26話:ドタバタ引越しで、海辺の街は大賑わい!〜ツンデレさんには、岩が消えちゃうマジックショーをプレゼント〜


この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。

 

零戦様HP https://mypage.syosetu.com/26122/ 

戦国日本軍リメイク https://ncode.syosetu.com/n7441hl/

戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/

 相馬盛胤の誇りであった小高城が、天から降った理不尽な暴力によって灰塵に帰してから、常磐じょうばんの地を包む空気は一変した。


 それは単なる敗北の静寂ではない。自分たちが拠って立つ戦国の誉や名誉といった価値観が、理解不能な昭和の軍隊という名の怪物によって、あっけなく食い破られた後の、真空のような空白期間であった。岩城いわきの領民も武士たちも、北の空から漂ってくる焦げた肉と木の入り混じった死の臭いに怯え、ただ息を潜めて海を見つめることしかできなかった。


 だが、相良の者たちは、中世の人間が感傷に浸る時間など一秒たりとも与えはしなかった。



 それからの数週間、小名浜の港は、まるで呼吸を繰り返す巨大な生命体の肺胞のような熱気と喧騒に包み込まれた。


 特設運貨船「観洋丸」と「第三天祐丸」は、相良と常磐の間、数百キロの海路を片道丸一日掛けて休むことなく往復し続ける、文字通りの「生命線」と化していた。相良から吐き出されてくるのは、基地と炭鉱施設建設のための膨大なコンクリートブロック、敷鉄板、武器弾薬、食料、需品各種、そして何よりも文明の担い手である無数の技術者と、続々と増員される国民軍の兵士たちである。  


 第三天祐丸は、これまでの酷使により、修復された船体のどこからか、常に漏水が発生している状態であったが、機関員たちが手動ポンプで海水を汲み出し続けながら、工作機材と人員のピストン輸送を意地で支え続けていた。

 そして小名浜の即席の桟橋から、船の吃水線が沈み込むまで積み込まれるのは、掘り出されたばかりの湿った黒い石、常磐炭の山であった。




「おい、そこ! 手を休めるな! トロッコの車輪が脱線してるぞ、すぐにジャッキを持て!」


 怒号が飛び交う小名浜から内陸へ数キロ入った丘陵地帯。そこには、相良の資源調査班が「宝の山」と呼んで憚らない炭脈の露頭ろとうが点在していた。


 かつては「燃えが遅く、すすばかり出る奇妙な石」として、村の厄介者扱いすらされていた黒い岩肌が、今は数千人の人夫が蠢く巨大なアリの巣のようになっている。岩城重隆から「供出」された地元の農民たちは、相良の工兵隊員に急かされながら、生まれて初めて見る「近代の道具」に振り回されていた。

 貴重な自軍の歩兵を過酷な労働で消耗させないため、現地の農民や侍を採掘労働力として徴用し、システムに組み込むのは、相良司令部の基本方針であった。



「ひぃっ、こ、このツルハシ、岩が豆腐みてぇに割れちまうぞ……!」


 地元の農民である平作へいさくは、相良から支給された鋼鉄のツルハシを振るいながら、信じられないものを見るような声を上げた。彼がこれまで使っていた、村の鍛冶屋が打ったナマクラなくわとは、重さも、重心も、何より刃先の硬度がまるで違う。相良の兵器補給廠が、昭和のスクラップ鋼材を溶かして大量生産したツルハシは、中世の硬い土と石炭の層を面白いように抉り取っていった。


「当たり前だろ、おっさん。相良の工廠で作られた本物の『鉄』だ。……ほら、さっさとその黒い石を手押しトロッコに積め。ノルマが終わらねぇと、夕飯の白飯が減らされるぞ」


 平作を顎でしゃくって急かしたのは、国民軍の上等兵・留吉とめきちだった。留吉自身、つい数ヶ月前までは三河の泥水をすする農民に過ぎなかったが、今や真新しい黒い軍服を着込み、肩には十八年式村田銃を背負い、岩城の農民たちを「監督」する立場にある。


 留吉たち国民軍の兵士は、相良の将校や陸戦隊のプロたちからは素人の案山子と見下されていることを知っている。だが、こうして現地の人間をアゴで使い、文明の圧倒的な優位性を背中に感じている時だけは、自分も強大な「相良」の歯車なのだと、奇妙な全能感に酔うことができた。




「い、痛ぇッ!」


 突然、平作の隣で作業していた若い農民が、崩れてきた石炭の塊に足を挟まれて悲鳴を上げた。わらじ履きの足の甲から、どす黒い血が滲み出ている。中世の土木作業であれば、足手まといは隅で寝ていろと蹴り飛ばされるか、不衛生な泥を塗られて化膿し、最悪の場合は破傷風で足を切り落とすか死ぬのを待つしかない怪我だ。


「おいおい、なんだ? 骨は折れてねぇな。……衛生兵殿! こっちです!」


 留吉が声を上げると、赤十字の腕章を巻いた相良の衛生兵が、小走りで駆け寄ってきた。彼は泥にまみれた農民の足を無造作に掴むと、水筒の真水で傷口を洗い流し、ガラス瓶から取り出した茶色い液体、ヨードチンキをたっぷりと塗りつけた。静岡陸軍病院相良分院が合成した医薬品を用いた先進医療の提供は、現地民をシステムに組み込むための強力な「アメ」であった。


「ぎゃあああっ! し、沁みる! 毒か、毒を塗ったのか!」


「馬鹿野郎、動くな。こいつは化膿止めの魔法の薬だ。これを塗っときゃ、お前の足は腐らずに済む。ほら、包帯を巻いてやるから、今日はあっちの天幕で休んでろ」


 衛生兵は真っ白な清潔な包帯をあっという間に巻き終えると、痛みに泣き喚く農民の手に、コロリと小さな茶色い塊を握らせた。


「ほら、薬の代わりの飴玉だ。舐めて大人しくしてな」


 農民が恐る恐るその塊を口に含んだ瞬間、彼の顔から痛みの表情が消え去り、雷に打たれたような驚愕が見開かれた目に浮かんだ。氷砂糖である。中世の庶民が一生に一度口にできるかどうかの圧倒的な「甘味」。それが口の中で溶けていく感覚は、怪我の痛みなど一瞬で吹き飛ばすほどの麻薬的な快楽だった。


「……お、俺も! 俺も怪我をしておりまする! どうかその甘い薬を……!」


 周囲の農民たちが、ツルハシを放り出して群がろうとする。留吉が慌てて村田銃の銃床で地面を叩き、威嚇した。


「馬鹿野郎ども、仕事に戻れ! 真面目に掘った奴には、夕飯の時に同じものが配られるんだ! 白い飯に、甘い菓子だ! さっさとトロッコを押せ!」


 その声を聞いた農民たちは、かつて領主の鞭で叩かれていた時とは比べ物にならない、異様な熱気と目の色で、再び黒い炭脈へと群がっていった。


 労働には、安全と、医療と、圧倒的な報酬カロリーで報いる。恐怖で縛るのではなく、胃袋と脳の快楽物質を直接支配する。それが、相良が持ち込んだ「近代の労働管理」であった。彼らはすでに、岩城の殿様への忠誠など忘れ、相良の配給する飯と砂糖のためにツルハシを振るう労働者へと変貌しつつあった。




 そんな狂騒の工事現場の片隅で、資源調査班の瀬戸技術中尉は、防暑帽の紐をきつく締め直し、積み上げられた石炭の山を軍靴で蹴飛ばしながら、厳しい表情でフィールドノートに万年筆を走らせていた。

 彼の眼鏡の奥の目には、石炭は単なる黒い燃料などには映っていない。それは、複雑な化学式を解くための「鍵」であった。


「……不純物は確かに多い。灰分も、硫黄分も、昭和の八幡製鉄所なら即座に返品されるレベルの二級品ですよ、こいつは」


 瀬戸は、薬品と重油の匂いが染み付いた白衣のポケットからルーペを取り出し、助手の兵卒が差し出した採掘したての真っ黒な炭塊を検分しながら呟いた。


「でもね、今の相良にとってこいつは、純金よりも価値がある。単なるボイラーの火にくべるためだけに、これだけの船と人間を動かしているわけじゃない。これを相良に持ち帰って、コークス炉で蒸し焼き(乾留)にすれば、副産物として莫大な化学物質が手に入る。……硫酸にタール。それこそが、我々の命綱そのもの」


 瀬戸の独り言は、相良という巨大な軍産複合体の「内臓」が何を求めているかを、最も冷徹に射抜いていた。石炭をコークスにする過程で発生するコールタールとガスは、近代化学工業の母乳である。タールを蒸留すれば、爆薬の原料となるフェノールやトルエンが得られ、ガスからは肥料や爆薬の基礎となる硝酸が精製できる。


「そして何より、この常磐炭の厄介な硫黄分だけど、こいつから精製される硫酸こそが、今の相良の心臓を動かす触媒なんだよねえ」


 瀬戸は炭塊を投げ捨て、空を睨んだ。

 硫酸がなければ、鉛蓄電池の電解液が作れず、無線機やトラックの稼働が止まる。さらには、綿火薬ニトロセルロースの製造にも濃硫酸は不可欠だ。九九式小銃や機関砲を動かしている無煙火薬が作れなくなれば、相良の誇るアウトレンジの武力は、一瞬にして弾の出ない鉄の棒へと成り下がる。常磐の石炭は、文明を維持するための万能の触媒であり、同時に火薬の母だったのである。





午後。

小名浜の港に、新たな往復船が到着した。

 相良の工廠から第七大黒丸の船腹に詰め込まれて届いたのは、分解された「小型コークス炉」と、厳重に梱包された大量の耐火煉瓦の束であった。

 それらは、小名浜に据え付けるためのものではない。瀬戸中尉は、揚陸されていく煉瓦の山を見つめながら、北の空――その先にある最終目標、釜石かまいしへと視線を向けた。


「釜石の鉄山が手に入れば、この小型炉をあちらへ運び込ます。……いいですか、鉄鉱石というのはただの重い石です。あんなものをそのまま船に積んで相良まで運ぶなんてのは、輸送艦艇の積載能力が不足している現状では非効率の極みです。現地でこの常磐の石炭を焼き、コークスを作る。そのコークスを使って小型キューポラで鉄を溶かし、不純物を取り除いた銑鉄せんてつのブロックにしてから船に乗せる。容積を減らし、純度を上げる。それが、櫻井大佐殿の掲げる最短の補給線の形ですよ」


 そこには、中世の武将たちが考えるような「略奪」や「名誉」、あるいは「土地の支配」という概念は存在しない。あるのは、資源を最小のコストで加工し、最大の効率で心臓部へ送り届けるという、工業化社会の冷徹な回路設計だけであった。


 そして、その「圧倒的な合理性」の中には、相良の盾として急造された「国民軍」の実戦訓練までもが組み込まれていた。



 小高城を追われた相馬の残党や、混乱に乗じて湧き出した野盗の群れが、物資や食糧の集積する小名浜の採掘拠点を奪おうと、何度か散発的な陸上戦闘を仕掛けてきていた。

 これに対する防衛戦闘は、基本的に国民軍の兵士たちが対処した。彼らは泥にまみれながらも分隊長の下で陣地を死守し、密集陣形での十八年式村田銃の斉射で敵を打ち払う。稀に敵の数が多い場合や状況が切迫した際には、陣地の内側に控える海軍陸戦隊の九九式軽機関銃が火を噴き、あるいは工兵隊が発破用のダイナマイトを投擲して、文字通り敵を粉砕した。


 当然ながら、相良側は連戦連勝である。この凄惨な「実戦」という名の防衛任務を経験することで、かつては震えながら鍬を握っていただけの農民兵たちは、急速に硝煙の匂いと流血に慣れ、本物の「軍隊」としての練度を確実に上げていった。


 とはいえ、弾丸が飛び交い白刃が閃く以上、完全な無傷というわけにはいかない。国民軍の損耗率は二~三パーセント程度。足軽が最前線で簡単に使い捨てにされていた中世のいくさの基準からすれば、異常なまでに低い数字である。それでも、死ぬ者は確実に死ぬ。だが、相良の司令部にとって、その血の代償すらも、予測された許容範囲内の消耗として、帳簿の上で冷徹に計算されていた。


 そんな相良の嵐に翻弄されながら、現地協力者として臣従したばかりの岩城家の人々は、自分たちの領地が異形の工場と要塞へと変貌していく様に、ただ茫然と立ち尽くしていた。




 岩城家当主・岩城重隆は、大館城の薄暗い広間で、毎日届けられる相良からの「活動報告書」を震えながら読んでいた。

 そこに記されているのは、武士の出陣や名誉ある武勲の記録ではない。「本日の石炭採掘量」「トロッコ軌道敷設進捗」と並んで、「相馬残党との交戦結果」「敵遺棄死体数」「国民軍損耗数、消費弾薬数」といった、血の通わない、しかしいかなる軍記物よりも恐ろしい「数字の羅列」である。


「……殿。領内の百姓どもが、年貢の取り立てに応じませぬ。皆、鍬を捨て、相良の堀場で黒い石を掘るために並んでおります。相良の配る砂糖とやらと、白い米に目が眩み、もはや地侍の命令など聞こうともいたしませぬ」

 重臣の剣持が、床に額を擦り付けながら悲痛な声で訴えた。


「その上、手だれの相馬の残党どもが、相良の黒き兵たちに赤子の手をひねるように討ち取られていく様を見て、民はますます相良を畏怖しております。このままでは、岩城の家臣たちは食うや食わずとなり、武士の面目が立ちませぬ。いっそ、夜陰に乗じて相良の陣に夜討ちを……!」


「馬鹿者ッ!! 黙れ!!」


重隆は、剣持を怒声で制し、その場にへたり込んだ。


「夜討ちだと? 相馬の小高城がどうなったか、その目で見てきたのはお主であろうが! あの天から降る雷と、海から放たれる見えない矢を前に、刀や槍で何ができるというのだ!我らは 敵を次々と撃ち殺していくあの化物どもに黒い石を貢ぐだけの、下働きに成り下がったのだ……!」


 重隆の目からは、屈辱と絶望の涙が零れ落ちていた。彼がこれまで大切にしてきた「格式」や「家柄」「武功」といったものは、相良の技術者が求める「労働力の提供能力」と「冷徹な戦果計算」の前では、何の意味も持たなかったのである。


 実際、相良本部、とりわけ櫻井大佐の胸中には、岩城氏に対して永遠の支配権や特権を与えるつもりなど、微塵もなかった。





 司令室で小名浜から届いた最新の採掘表を確認していた私は、冷めたコーヒーを啜りながら思考を巡らせていた。

 岩城家は、現時点では極めて使い勝手の良い「現地協力者」になってくれた。これは重畳だ。彼らが農民を集め、労働力として提供してくれるうちは、生かしておく価値がある。  

 だが、相良が目指す「新しい国」の形において、土地を世襲し、生産手段を持たずに農民から米を吸い上げることで成り立つ「武士」という特権階級は、もはや非効率な不純物でしかない。時が進む中で、彼らがこの加速する時代の歯車に適応し、自ら刀を捨てて「近代的な工場の管理者」あるいは「物流の元締め」へと脱皮できるならば、生存の道もあるだろう。


 しかし、もし彼らが古い名誉や特権、封建的な意地に固執し、我々の工場の煙を妨げるようなことがあれば、その時は物理的に消え去ってもらうだけだ。相馬の城を更地にしたのと同じ、冷徹な物理法則の行使によって。我々の目的は中世の平定や天下布武などではなく、昭和という文明を存続させ、その力を以って未来の地獄を防ぐことなのだから。





 小名浜の砂浜では、国民軍の兵士たちが、相良から運ばれてきた鉄筋とコンクリートで、分厚い壁を持つトーチカ(特火点)を築き始めていた。元・足軽の分隊長、辰三たつぞうが、固まりつつあるコンクリートの銃眼から、外の景色を確認する。


「よし、銃の射角は良好だ。……だが分隊長殿、これ、海じゃなくて『陸』の方を向いてますぜ?」  

部下の留吉が、不思議そうに首を傾げた。相模湾や海からの敵を防ぐための砦だと思っていたのだ。


「馬鹿野郎、少しは頭を使え」

辰三は、銃眼の向こうに見える、岩城の領地や街道を指差した。


「俺たちは、海から来る敵から岩城の連中を守ってやってるんじゃない。……岩城の連中が、あるいは北の伊達や田村といった大名どもが、血迷ってこの石炭の山を奪いに来た時に、ハチの巣にするためにここを作ってるんだよ」


 岩城の武士たちは、自分たちを「守ってくれる」はずの相良の兵器が、同時に自分たちの喉元を四六時中狙い続ける刃でもあることに、まだ気づいていなかった。





 小名浜の陸上が狂騒とシステムの構築に沸く一方で、はるか沖合の太平洋上にも、相良の作戦を根底から支える重要な神経の結節点が存在していた。


 特設監視艇「第二永徳丸」

総トン数一一二トン。神奈川県三崎港で建造された、分厚いヒノキとマツ材からなる木造の元遠洋マグロ延縄漁船である。二四〇馬力のディーゼルエンジンを心臓部に持ち、二五トンという大量の燃料搭載量のおかげで、九ノットの巡航速度ならば四千カイリ以上を無給油で走り続けることができる、驚異的な航続力を持っていた。


 この船の任務は、相良から常磐、そして三陸へと延びる海上補給線の「眼」となり「耳」となることだ。船上では、民間から船ごと徴用された予備海軍少尉の艇長の下、元漁師たちと正規の海軍兵という、全く毛色の異なる男たちが同居していた。


「おい、右舷前方、雲の切れ間に怪しい帆影があるぞ。……あれは里見の小早じゃねぇか」


 マストの上に立つ甲板長が、潮風に目を細めながら甲板に向かって怒鳴る。彼は正規の海軍見張員ではない。だが、長年赤道直下のマグロ漁で鍛え上げられた彼の視力は、水平線の彼方にある小さなウキを見つけるための、異常な視力を持っていた。双眼鏡を持たせれば、いかなるレーダーの存在しないこの時代において、最高の早期警戒システムとして機能する。


「通信室! 本部へ打電! 里見の水軍らしき船影ありとな!」

艇長が艦橋から指示を飛ばす。


 狭い通信室の中では、正規の海軍通信兵がヘッドホンを耳に押し当て、長大なアンテナ線から拾い上げるノイズの中からかすかな音を聞き分け、手元の電鍵キーを高速で叩いていた。


 彼らが打ち出すモールス信号は、見えない電波となって相良の司令部へ、あるいは城ヶ島の中継局へと瞬時に伝達される。レーダーも気象衛星もない一六世紀の海において、この第二永徳丸が沖合から送ってくる「気象通報」と「敵影報告」こそが、脆弱な九八直協の飛行を支え、輸送船団を嵐の危機から救う唯一の命綱であった。


 船首には、陸軍の九九式軽機関銃と共に、相良で換装された二五ミリ機関銃が鈍く光っている。機銃座には正規の海軍下士官が座り、波に揺れる甲板で不器用な敬礼をする元漁師たちに、最低限の軍律を教え込んでいた。


「だらしねぇぞ、お前ら! 弾倉の交換は五秒でやれと言っただろうが!」


「へいへい、波の動きも読めねぇ本職の軍人様に、陸の理屈で怒鳴られちゃあ敵わねぇな」


 そんな悪態をつきながらも、ひとたび海が荒れれば、漁師たちの圧倒的な操船技術と、機関長たちの魔術のようなエンジン整備能力が、この小さな木造船を転覆の危機から何度も救っていた。軍人と民間人。相容れないはずの二つの気質は、太平洋の荒波と孤独な哨戒任務の中で、次第に「第二永徳丸という一つの家族」として強固に結びつきつつあった。


 彼らが見守る海域の安全が担保されているからこそ、相良の補給線は途切れることなく維持されているのだ。





 小名浜での石炭採掘・管理体制が軌道に乗り始めたのを確認し、五月八日、海堂司令率いる派遣艦隊の主力は、国民軍二個小隊と技術班、それともしもに備えて陸戦隊一個小隊を残し、次なる目的地へと抜錨した。


 突貫工事で小名浜港に作られた桟橋で、油槽船「目白丸」から燃料を満タンにした、特設駆潜艇「第一海東丸」、特設運貨船「第七大黒丸」と「観洋丸」を伴った旗艦・第二十三号艇は、常磐の沿岸をさらに北上し、奥州・牡鹿半島の南端に浮かぶ「網地島あみじしま」の沖合に投錨した。


 今回の「東方資源回廊」計画において、この網地島が果たす役割は極めて重要なものである。相良から四百五十キロ以上離れたこの地は、常磐エリアを越えて三陸海岸へ入る手前の最重要拠点となる。


 ここから北は、複雑に入り組んだリアス式海岸が続く海の難所だ。最終目標である釜石の鉄山に手を伸ばし、その手前にある気仙沼大島を「洋上燃料ハブ」として機能させるためには、波風を避け、後続の船団や航空機に安全な停泊・補給地点を提供する確固たる中継所が不可欠であった。伊達氏などの強力な在地大名からの奇襲を物理的に遮断できる島嶼部は、防衛面でも理想的である。




 島の住民は、独自の海民の血を引く人々であった。彼らは小規模な在地領主に従いながら、高度な操船術で三陸の海を駆け回って生計を立てている。彼らにとっての脅威とは、せいぜい沖合を荒らす海賊か、隣接する半島を根城にする水軍程度のものであった。

 そこへ、山のような鋼鉄の船体を持ち、黒煙を吐く異形の船団が、鈍いディーゼル機関の重低音を響かせながら現れたのだ。



 海堂は、小名浜の時と同じ手順で、一正を使者として島に送り込んだ。

一正は島の長老たちを砂浜に集め、相良の兵器補給廠で打たれた鋼鉄のもりと、純白の塩の山を提示した。


「我らは相良。敵対する意志はない。だが、この島を我らの航路の中継所としてしばし借用する。従う者にはこれらの富を与えよう」


しかし、網地の海民たちは、見慣れぬ富を前にしても首を縦には振らなかった。


「この島は、先祖代々、我らが海神わたつみより預かり守ってきた聖なる地。見ず知らずの異国の方に、ホイホイと渡すわけにはいかぬ」



 報告を受けた海堂は、第二十三号艇の艦橋の窓から島民たちの様子を冷めた目で眺め、短く息を吐いた。 殲滅も悪くはないが、理解不能で理不尽な破壊の恐怖こそが、最も効率的な支配のいしずえとなる。


「……やれやれ。一正殿の平和外交は、どうも歩留まりが悪い。……海東丸、一発だけ、あそこの突き出た岩礁に挨拶してやれ」


 特設駆潜艇「第一海東丸」の八糎高角砲が、島民たちが神聖なものとして崇めていた、沖合の「夫婦岩めおといわ」の片割れに照準を合わせた。


 耳をつんざく爆発音と共に、数百トンの岩塊が一瞬で粉砕され、白い水柱と共に海面へと消え去った。砂浜でその光景を目撃した網地の長老たちは、腰を抜かして平伏した。彼らにとって、それは人間の放つ矢や鉄砲とは次元の違う、純然たる自然災害に等しい暴力であった。

 これ以上の交渉は不要だった。網地島の接収は、実質的な抵抗を一切受けることなく、極めて事務的に完了した。



 上陸した工兵隊は、すぐさま観洋丸から降ろされた無線機の筐体と充電池、それと急速設営用の鉄製望楼の部材を島の高台へと運び上げた。島は比較的平坦な地形が残っており、九八直協の前線航空基地として滑走路と燃料集積所を設営する余地が十分にあった。

 並行して、観洋丸から降りた民政室の職員たちが、怯える島民たちを集め、相良式の丈夫な漁網の編み方や、獲れた魚を長期間保存するための「塩蔵」の技術を教え始めた。


 圧倒的な破壊力で抵抗の意志を根こそぎ奪い、直後に圧倒的な技術と物資を与えて依存させる。それは、相良がこの戦国の地で繰り返してきた、最も効率的な支配の手順(プロトコル)であった。



 数日後、網地島の高台には、相良本部の通信室へと直接電波を飛ばすための、高いアンテナが空に向かって突き立てられた。これにより、相良の通信網は、第二永徳丸の洋上哨戒を交えながら、城ヶ島の跳躍点、小名浜の採掘基地を経て、ここ網地島まで、数百キロにわたって安定的に繋がったのである。


海堂中尉は、完成したばかりの無線局の傍らに立ち、北の水平線を静かに見据えていた。


「……さて、通信線と補給の足場は確保した。残るは本丸の攻略だけだ」


 次の工程は、釜石の南に位置する気仙沼大島に大型油槽船「目白丸」を停泊させ、そこを「洋上燃料タンク兼、積替拠点」として運用する手筈となっている。運び込んだ浅喫水の焼玉機関の運貨船で釜石の浅瀬から銑鉄を運び出し、気仙沼大島で待機する大型の運貨船にピストン輸送で積み替える。それが、輸送艦艇の積載能力の不足を補うための、司令部の策定した資源輸送の最適解であった。


 霧の向こう、リアス式海岸のさらに奥深くに眠る、鉄の都・釜石。釜石から内陸へのルートを支配する阿曽沼氏をどう傀儡化し、葛西氏や南部氏の脅威をいかにして粉砕するか。


 戦国の武将たちにとっての覇権争いとは全く無縁の次元で、昭和の重工業を産み出し、そして支えるための冷徹な兵站線の構築は、いよいよその最終段階へと移行しようとしていた。




第26話 了




最後までお付き合いいただき感謝します。

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別シリーズの短編をアップしました。

「異聞 五稜郭」

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宜しければこちらもどうぞ

「南山共和国建国史シリーズ」

https://ncode.syosetu.com/s0124k/


ご興味がある方はご一読くださいませ。


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