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第百三十四話「アフリス大陸」

 

 翌朝…いや、正確には朝と呼べるのかも怪しい時間帯。

 アリシアのキス攻撃で一睡もできなかった俺は、朦朧とした意識のままアフリス大陸への出発準備を整えていた。


「おじさん、目の下にクマできてるわよ?

 昨日の夜、大変だったんでしょー?

 んー? チューチューされまくりー?」

「黙れ」

「図星じゃん♪」


 カリオペラにわからせれたままだった方が絶対によかった。

 今のミスティは本当にムカつく。


 武器、防具、回復薬、食料。

 必要な装備をすべて確認し終えると、俺は深呼吸をした。

 これから向かうのは、この世界でも最も危険とされるアフリス大陸。

 冒険者の生存率十パーセント以下という、まさに死地だ。


「準備はいいか?」

「はい、タクヤ♡」


 返事とともに、さも当然のように俺にキスをしてくる。


「んっ出発前の魔力補給ちゅぷっ♡」

「さっき散々しただろ」

「足りません♡」

「あたいも準備できてるわよ」


 その声は震え、今にも泣きそうになっていた。

 明らかにさっきの態度とは別人のようになっている。

 彼女の顔は青白く、小さな手がぎゅっと握りしめられている。

 カリオペラのトラウマが、まだ完全には癒えていないのだろう。


 俺たちは手を繋いで、瞬間移動を発動した。

 三人同時の長距離瞬間移動。

 それも、アフリス大陸という未踏の地への転移。

 魔力消費は尋常ではない。

 でも、アリシアが事前に散々「魔力補給」をしてくれたおかげで、何とかなるはずだ。


 …ん?

 ちょっと待て、魔力補給で魔力を吸われているのは俺だ。

 これまずくないか?


「んむっ…♡」

「今はっ……!」


 空間が歪む。

 視界が真っ白になる。

 そして……




 ◇ ◇ ◇




 次に目を開けた時、俺たちは全く別の世界に立っていた。


「これがアフリス大陸」


 目の前に広がる光景は、まるで悪夢のようだった。

 植物は異様に巨大で、不気味な紫や赤に染まっている。

 木々の幹は脈打つように蠢き、葉からは粘性の液体が滴り落ちている。


 空気も重苦しい。

 魔力濃度が異常に高く、呼吸するたびに体内に魔力が流れ込んでくる感覚がある。

 通常の生物なら、この環境に数時間いるだけで魔力中毒を起こすだろう。


 空は血のように赤く、太陽の位置すら判然としない。

 地面からは不気味な蒸気が立ち上り、遠くでは何かの咆哮が響いている。


「うわぁ」

「ここヤバすぎでしょ」


 彼女の顔は完全に青ざめていた。

 普段の生意気さは微塵もなく、ただ純粋な恐怖に支配されている。


「タクヤ♡

 この環境魔力濃度が高いです♡

 …つまり魔力補給の効率も上がります♡」

「今はそういう話じゃない」

「でもんっ♡」


 キスされた。


 その瞬間…

 ドスン、ドスン、ドスン。

 地面を揺らす重い足音が近づいてくる。


「何か来る!」


 警戒態勢を取ろうとした時、巨大な影が俺たちの前に現れた。


 それは……鬼だった。

 いや、正確には鬼の姿をした魔族。

 身長は三メートル近くあり、筋骨隆々の体には無数の傷跡が刻まれている。

 頭には黒光りする角が二本生え、その口からは鋭い牙が覗いている。

 そして、その三つの目すべてが……俺たちを獲物として見ていた。


「ガァアアアアッ!!」


 鬼の魔族が咆哮する。

 その声だけで、周囲の木々が震えた。


「ひっ……!」


 次の瞬間、彼女の顔から完全に血の気が引いた。


「カ、カリオペラ」


 カリオペラとこれを比較するのは、流石におかしいだろ。

 カリオペラは見た目だけは素晴らしいのだから。

 これはただの化け物だ。


「またあいつが」

「ミスティ、違う! これはカリオペラじゃない!」


 叫んだが、もう遅かった。


 バタリ。


 ミスティがその場で崩れ落ちた。

 完全に気絶している。


「くそっ……!」


 剣を抜こうとした瞬間、アリシアが俺にしがみついてきた。


「………タクヤ♡」

「アリシア、今は……」

「魔力補給が必要です♡」

「今は戦闘中だ!」

「だからこそです♡ …んっちゅぷっ♡」


 彼女が俺の唇を奪う。


 鬼の魔族が、俺たちに向かって突進してくる。

 地面が砕け、木々が倒れる。

 その巨体が全速力で迫ってくる光景は、まさに悪夢だった。


「アリシア、離れろ!」

「嫌です♡ タクヤと一緒に♡」

「死ぬぞ!」

「死にません♡ 私がいれば♡」


 天才魔法使いだろ!

 戦ってくれよ!


 絶体絶命の状況……

 鬼の魔族の巨大な拳が、俺たちに向かって振り下ろされる。

 その瞬間。


 空気を裂く音がその場を支配した。

 鬼の魔族の首が…吹き飛んだ。


「……え?」


 時が止まったかのような錯覚。

 巨大な体が前のめりに倒れる。

 首のない胴体から、おびただしい量の血が噴き出した。


 ドォォンッ!


 地響きと共に、鬼の魔族が地面に激突する。


 何が起こったのか理解できなかった。


 見回すと…ミスティが気絶したまま、地面に倒れている。

 でも、彼女の右手からは、まだわずかに魔力の残滓が漂っていた。


「無詠唱魔法か」


 ミスティは、気絶しながらも本能的に無詠唱魔法を発動したのだ。

 風の刃…いや、風の断層とでも呼ぶべき超高速の魔法で、鬼の魔族の首を一瞬で切り落とした。


「これが『最強』」


 意識を失っていても、身を守ることができる。

 いや、身を守るどころか、強大な魔族を一撃で葬り去る。


 これがミスティ・スペルバインの真の実力なのか…


「タクヤ…♡…ミスティちゃんの魔法素晴らしいですね…♡ 

 …でも私の方がもっとタクヤのお役に立てます…♡」

「今その話は…」

「んっちゅぷっ…♡」


 しばらくして、ミスティが目を覚ました。


「…う、うう何があったの?」


 彼女が混乱しながら起き上がる。

 周りを見回して…地面に転がる鬼の魔族の巨大な死体を見つけて、再び青ざめた。


「ぎゃああああ!? な、何これ!?」

「君が倒したんだ。

 気絶しながら無詠唱魔法を使った」

「あたいが?」


 ミスティが信じられないという表情をする。


「覚えてない全然覚えてない!」

「無意識の行動だったんだろう」

「でもあたい気絶してたのに?」


 彼女が自分の手を見つめる。

 最強でも今までこんなことはできなかったらしい。


「あたいそんなことできるの?」

「できるんだよ。

 君は最強なんだ。意識があろうとなかろうと」

「…」


 黙り込む彼女の瞳には、少しだけ…ほんの少しだけ、自信の光が宿っていた。




  ◇ ◇ ◇




 俺たちは、魔花を求めてアフリス大陸の奥地へと進んだ。

 でも、その道のりは想像を絶する困難の連続だった。


 まず、気温が異常に高い。

 湿度も高く、息をするだけで肺が焼けるような感覚がある。

 普通の人間なら、三十分も歩けば熱中症で倒れるだろう。


 そして……魔獣だ。

 歩いて十分もしないうちに、最初の魔獣が現れた。


「グルルルル」


 それは、狼の姿をした魔獣だった。

 でも、通常の狼とは比べ物にならない。

 体長は3メートル近くあり、その毛は鋼のように硬い。

 目は血のように赤く、牙からは毒液が滴り落ちている。


「…う、うわぁ!」


 でも、今回は気絶しなかった。

 鬼の魔族の一件で、少しだけ自信を取り戻したのかもしれない。


 魔獣が飛びかかってくる……


「くそっ!」


 俺が剣を構えようとした瞬間。


 空気が震える。

 魔獣の体が、真っ二つに切断された。


「え?」


 またミスティの無詠唱魔法だった。

 今度は風の刃を横一線に放ち、魔獣を一刀両断にした。


「あたいまた?

 覚えてる今度は覚えてる。

「でも体が勝手に…あたいの体勝手に魔法を」

「それが君の才能なんだ」

「戦闘本能とでも言うべきものだろう」

「でもあたい怖い。

 魔獣とか魔族とかやっぱり怖い」


 あのミスティがこんなことを言うなんて…

 相当カリオペラの件で、気がまいったのだろう。

 

 今なら子供扱いしても許される気がする。


「大丈夫だ」


 小さな頭に手を乗せ、ゆっくりと掻き回す。


「君は最強なんだから」

「子供扱いすんな」


 やはりダメだったようだ。

 でも、この冒険が終わるころにはすっかりと懐いていそうなのが、逆に怖い。




 ◇ ◇ ◇




 さらに奥へ進むと、次々と魔獣が現れた。

 熊のような魔獣…体長五メートル、その爪は岩をも砕く。

 ミスティの無詠唱魔法で、頭部が吹き飛んだ。


 蛇のような魔獣…全長十メートル、その毒牙に噛まれれば即死。

 ミスティの無詠唱魔法で、体が凍結して砕け散った。


 蜘蛛のような魔獣…無数の複眼と八本の脚、その糸は鋼鉄よりも強靭。

 ミスティの無詠唱魔法で、炎に包まれて灰になった。


 鳥のような魔獣……翼長ハチメートル、その爪は人間を一瞬で引き裂く。

 ミスティの無詠唱魔法で、雷に打たれて墜落した。


「すごい」


 ただミスティの戦いを見守ることしかできなかった。


 彼女の無詠唱魔法は、あまりにも強力すぎる。

 どんな魔獣も、一撃で倒してしまう。

 しかも、彼女は恐怖で震えながらも…いや、恐怖で震えているからこそ、本能的に最強の魔法を放っているのだ。


 意識しなくてもできる。

 それがミスティの恐ろしいところだ。


「ひっ…また来た」


 シュバッ!


 魔獣が消し飛ぶ。


「…やだやだよ」


 泣きそうな顔をするミスティ。


 シュババッ!


「…帰りたい」

「でも、おじさんのためだから…頑張る」


 そして、次の魔獣を一撃で倒した。


 ミスティの強さと優しさに感動していた。

 彼女は恐怖で震えながらも、俺のために戦ってくれている。

 これほど心強い仲間はいない。


「ありがとう、ミスティ」

「あんたのおかげで、俺たちは生きている」

「…ふ、ふん」


 アズラエルとの戦い(一方的な戯れ)の時以来の赤い顔だ。


「あたりまえでしょあたいは最強なんだから」


 その言葉には、少しだけだけ、自信が戻っていた。

 でも、一方で……


「タクヤ…♡」


 アリシアは、相変わらず俺にべったりと密着している。


「この環境魔力消費が激しいです…♡

 …だから常に魔力補給を…♡」

「んっちゅぷっ…♡」


 しかも、魔獣が襲ってきている最中でも。


「アリシア、今は……」

「今こそです♡ …戦闘中の魔力補給最も重要です♡」

「…れろぉんむぅ…♡」


 ミスティが魔獣を倒している横で、俺とアリシアはキスをしている。

 この状況は、客観的に見れば完全に異常だった。


 でも、もう慣れてしまった。

 これがアリシアだ。


 ただ、一つだけ言うことがあるならば昔のアリシアを返して欲しい。


「んっタクヤの魔力美味しい♡

 もっともっと♡」

「ちょっと! おじさん!

 あたいが必死に戦ってる横で、何イチャイチャしてんのよ!」


 ごもっともな意見だ。

 アフリス大陸に来てから、魔獣な魔族をすべて捌いているのはミスティ、ただ一人だけだ。

 でもアリシアが邪魔してくるから仕方がないと言えば仕方がないが。


「すまん」

「すまんじゃないわよ!

 というか、無能お姉ちゃんも戦ってよ!」

「戦ってます♡

 タクヤの魔力を最大限に保つことで♡ 間接的に戦闘に貢献しています♡」


 その俺は、キスのせいで戦うどころじゃないから、完全に無駄だ。


「それは戦闘じゃない! ただのイチャイチャでしょ!」

「違います♡ これは戦術です♡」

「戦術じゃない!」


 そんな漫才のようなやり取りをしながら、俺たちはアフリス大陸の奥地へと進んでいった。




 ◇ ◇ ◇




 森に近づくにつれて、魔力濃度がさらに高くなった。

 空気が重く、呼吸するたびに魔力が体内に流れ込んでくる。

 普通の生物なら、この時点で魔力中毒を起こして倒れているだろう。


 でも、俺たちは何とか耐えている…いや、アリシアが俺に治癒魔法を込めたキスを続けているおかげで、何とか持ちこたえているのだ。


 ミスティは単純に強いから…だと言える。


「んっタクヤ♡ 魔力中毒の兆候が見られます♡

 だからもっと濃厚な魔力補給を♡」

「れろぉちゅぷぅ♡」


 アリシアが深く舌を絡めてくる。

 その瞬間、体内に清浄な魔力が流れ込んでくる感覚があった。

 確かに、これは治癒魔法だ。

 舌が溶ける感覚もしてくる。


 だから、その方法が問題なのだが。


「はぁタクヤ♡ もっともっと深く♡」

「アリシア本当に治療なのか、これ?」

「治療です♡ 完全に治療です♡」


 治療には聞こえない。


 森の入り口に到達すると、そこはもう完全に別世界だった。

 木々は天を突くほど高く、その幹には不気味な顔のような模様が浮かび上がっている。

 地面からは紫色の霧が立ち上り、その中で何かがうごめいている。


 そして……魔獣の咆哮が、四方八方から響いてくる。


「ここが魔花の森」


 その瞬間、森の奥から巨大な影が現れた。


 それは…竜だった。

 いや、正確には竜の姿をした魔獣。


 全長は二十メートル近くあり、その鱗は黒曜石のように黒光りしている。

 翼を広げれば、優に三十メートルを超えるだろう。


 そして、その口からは……


「ゴォォォォォォッ!!」

「くそっ!」


 防御魔法(水魔法)を展開しようとした瞬間……


 ドゴォォォンッ!!


 竜の魔獣が、いきなり地面に激突した。


「え?」


 竜の体が……真っ二つに切断されていた。

 まるで、見えない刃で斬られたかのように。


「ミスティお前」


 驚愕して振り返ると、ミスティが震えながら立っていた。


「あ、あたい竜倒しちゃった?

 気がついたら体が勝手に」

「お前は本当に最強だな」


 そして、次の瞬間……

 森の奥から、さらに大量の魔獣が現れた。

 狼、熊、蛇、蜘蛛、鳥…そして、さらに巨大な魔獣たち。

 数は、優に50を超える。


「…うわああああ!?」


 でも、その瞬間…まるで空気が生きているかのように寒く震え上がった。

 次の瞬間、すべての魔獣が……消し飛んだ。

 風の刃、炎の球、氷の矢、雷の槍、土の槍……ありとあらゆる魔法が同時に発動し、魔獣たちを一瞬で殲滅した。


「…」


 俺は、言葉を失った。

 ミスティは、気絶しそうなほど震えながらも…いや、震えているからこそ、最強の魔法を本能的に発動させているのだ。


「あたいもう無理…でも頑張ったよね?」

「ああ、十分すぎるほど頑張ってくれた」

「あ、ありがとう」

「ふ、ふん」


 ミスティが顔を赤くする。


「あたりまえでしょあたいは最強なんだから」


 その言葉には、確かな自信が戻っていた。


 


 ◇ ◇ ◇




 森の奥深くに進むと、ついに目的の魔花を見つけることができた。


 それは、まるで宝石のように美しい花だった。

 青い花弁は、まるでサファイアのように輝いている。

 銀色の葉は、月光を思わせる神秘的な輝きを放っている。


 そして、その花から発せられる魔力の波動…それは、このアフリス大陸のどの魔獣よりも強力で、そして純粋だった。


「これが魔花…すごい綺麗」


 アリシアも、一瞬だけ俺から離れて魔花に近づいた。

 ほんの一瞬だけ、だが。


「確かに特殊な魔力パターンです。

 これなら魔力蓄積病の治療に有効でしょう」


 そう言いながら、また俺にしがみついてくる。


「でもタクヤ…♡ この魔力濃度危険です…♡

 だからもっと魔力補給を…♡」

「んっちゅぷっ♡」


 またキスされた。

 俺が魔花に手を伸ばそうとした、その瞬間……


「待て」


 背後から、低い声がかかった。


 そこには…奇妙な魔族が立っていた。

 人間に近い体型だが、その顔には三つの目がある。

 上に一つ、普通の位置に二つ。

 その三つの目すべてが……俺たちを見詰めていた。


「その花は、我々の聖なる花だ。

 勝手に取ることは許さん」


 瞬時に状況を理解した。

 魔花の番人…この魔族は、魔花を守っているのだ。


「すみません。この花が必要なんです」


 会話を試みるが、アリシアがまたキスをしてくるため、まともに話せない。


「んっ♡」


 キス。


「人を助けるために」

「ちゅぷっ♡」


 キス。


「どうか分けていただけませんか」

「れろぉ♡」


 キス。


 断片的な説明は、三つ目の魔族には理解しづらかったようだ。

 腰に携えている剣のようなものに手をかけている。

 確実に戦闘態勢に入ろうとしているのだろう。


「何を言っているかわからん。

 その女、なぜずっと貴様にくっついている?」


 偶然のキスによってキス中毒になりました、と言っても信じるわけがないし、頭がおかしいやつと思われてしまう。

 現に三つ目の魔族との距離は、少しずつ離れているかのように感じた。


「それは事情があって」

「んむぅ♡」


 キス。


「もっとはっきり話せ」


 話したいし、離したいです。


「我々の聖なる花を持ち去ろうとする者に、対話の資格はない」

 

 その剣を抜いた瞬間、魔族の体から、強大な魔力が溢れ出した。


 本能でわかる。

 …強者だと言うことが。


「くそっ」


 剣を構えようとした時……


「あんた、うるさいのよ」


 ミスティが前に出た。

 彼女は…震えていなかった。

 いや、震えてはいたが、それでも前に出た。


「あたいたちは急いでるの。その花を少しもらうだけよ」

「小娘が…

 我々の聖なる花を、『少しもらうだけ』だと?」

「その傲慢さ、許すわけにはいかん」


 魔族が魔力を解放。


 その瞬間…

 ミスティが無詠唱で魔法を発動した。


 でも、それは攻撃魔法ではなかった。

 光の魔法…美しい光の輪が、三つ目の魔族の周りを回る。


 それは、まるで芸術作品のようだった。

 七色の光が幾重にも重なり、幻想的な模様を描いていく。

 光の粒子が舞い上がり、まるで星空のように輝く。

 空間全体が、神秘的な光に包まれた。


「これは」


 そこにいたすべての生物がその光景に見とれていた。


「素晴らしい…こんな美しい魔法は生まれて初めて見た」

「ふふん、当然よ」


 ミスティがついに、普段の調子を取り戻して、鼻を高くする。


「あたいは天才なんだから〜。

 しかも、無詠唱よ〜? すごいでしょ?〜」


 彼女が得意げに笑う。

 その表情には、もう恐怖の色はなかった。

 代わりに…いつもの、小悪魔的な笑みが戻っていた。


 三つ目の魔族は、ミスティの魔法に完全に魅了されたようだった。


「君はなんという名前だ?」


 その声には、明確な敬意が込められていた。


「ミスティよ。ミスティ・スペルバイン」

「私はザクロスという。君と友達になりたい」

「と、も、だ、ち〜?

 魔族と人族が〜?」

「種族など関係ない。

 君のような素晴らしい魔法使いと友達になれればそれは私にとって最高の栄誉だ」

「ふ〜ん」


 ミスティが少し考える素振りを見せる。

 でも、その顔にはもう完全に、いつもの小悪魔的な笑みが戻っていた。


「まあ、いいわよ〜♪」


 ミスティが偉そうに答える。


「あたいと友達になれるなんて、あんたはラッキーね!

 超ラッキー! 魔導書抽選会に当たったレベルよ!」

「ああ、本当にラッキーだ」

「ありがとう、ミスティ」

「ちょ、ちょっと」


 やっぱり本調子ではないらしい。

 会ったばかりのミスティはこんな照れる真似はなかった。


「そんな素直に言われるとあたいその///」


 普段の生意気さとは裏腹に、素直な感謝の言葉には弱いようだ。


「それで、魔花が必要だと言っていたな。

 友達の頼みなら、少しくらい分けてやろう」

「本当ですか!?」


 ここまでうまく行くとは思ってなかった。


「ありがとうございます!」

「んっ♡」


 アリシアがまたキスしてくる。


「タクヤ…♡ 良かったですね♡」

「ああ、本当に」


 魔花を丁寧に摘み取ってくれた。

 その仕草は、まるで宝物を扱うかのように慎重だった。


「この花は、我々三つ目族にとって聖なるものだ。

 だが、友の頼みとあらば話は別だ」

「大切に使うのだぞ」

「必ず、人を助けるために使います」

「んっ♡」


 約束の途中でもキスされた。

 ザクロスは、俺とアリシアの様子を不思議そうに見ていた。


「君たちはいつもあのようにしているのか?」

「はい、常に…♡ タクヤと私は一心同体です♡」

「一心同体というか依存症というか」


 俺のせいだから何も言えない。


「依存症ではありません♡ 愛です♡」

「人族の文化は複雑だな」


 俺たちがおかしいだけなので、他の人族の前ではそんな話をしないでほしい。

 恥ずかしくなる。


 ザクロスとミスティは、すっかり意気投合していた。

 魔法談義に花を咲かせ、互いの魔法理論について熱く語り合っている。


「ミスティ、無詠唱魔法のコツを教えてくれ」

「ふふん、あんたに教えてあげてもいいわよ♪

 まあ〜、生まれつきだしあんたにはできないかもだけど〜♪」

「まず、魔力のイメージをね〜」


 その表情には、もう恐怖の色は微塵もなかった。

 むしろ、生き生きとしている。


「すごい、ミスティ、完全に立ち直ってる」

「タクヤ♡」


 変わらないアリシア。


「ミスティちゃんは強い子です♡

 でも私の方がもっと強いです♡

 タクヤへの愛において♡」

「それは強さじゃない」


 でも、時間は刻々と過ぎていく。

 俺たちはそろそろ帰らなければならない。

 アフリス大陸に長時間滞在するのは、やはり危険すぎる。


「ミスティ、時間だ」

「えー、もう〜?」


 数時間近くでここまで仲良くなれるとは…

 子供はすごいな。


「もっとザクロスと話したいのに〜

 また会えるの〜?」

「もちろんだ。いつでも歓迎する。

 この森で待っている」

「うん! 絶対また来るからね!」


 生意気で、自信満々で、でもどこか可愛らしい…

 この感情をミスティに行ったら百馬鹿にされるだろうな。


「じゃあね、ザクロス!」

「さらばだ、ミスティ。また会おう」


 ザクロスと別れて瞬間移動の準備をした。


 次の目的地は、エストリア大陸のヒーリングポート。

 リオに治療薬を作ってもらうために。


「準備はいいか?」

「はい、タクヤ♡」


 アリシアが答えながら…当然のように、俺にキスをしてくる。


「転移前の魔力補給♡」

「さっきもしただろ」

「足りません♡」

「あたいも準備大丈夫よ!

 おじさん、あたい頑張ったでしょ?」

「ああ、本当に頑張ってくれた」

「ふふん、褒めなさいよ、もっと♪」


 いつものミスティだ。

 心から安心することができた。

 彼女のトラウマは…完全ではないかもしれないが、確実に癒えつつある。


「じゃあ、行くぞ」


 空間が歪み…




 ◇ ◇ ◇




 次に目を開けた時、エストリア大陸のヒーリングポートの中央に立っていた。


 相変わらず清潔な白い建物。

 日本の病院を思わせる造り。

 でも、アフリス大陸から戻ってくると、この「普通」の光景がどれだけ貴重か実感できる。


「ただいま戻りました」

「あ、タクヤさん!

 お帰りなさい! 無事だったんですね!」

「アフリス大陸に行ったと聞いて、もうダメかと」

「何とか生きて帰ってきました」

「んっ♡」


 アリシアがまたキスしてくる。


「タクヤのおかげです♡」


 受付の女性が、微妙に引いた表情をする。


「あ、あの先生をお呼びしますね」


 しばらくして、リオが現れた。

 

「おかえりって、本当に生きとったんか!?

 アフリス大陸に行ったって聞いて、もう死んだと思っとったわ!」

「すみません、心配かけて」

「心配どころか、葬式の準備しとったわ!」

「早すぎる…」


 彼女は、俺たちを診察室に案内してくれた。


「で、魔花は手に入ったか?」

「はい」


 魔花を見せる。

 すると、リオの目が一瞬で輝いた。


「おお立派な魔花じゃ。しかも、状態が完璧。

 これなら、確実に治療薬が作れる」


 さっそく治療薬の調合を始めた。

 魔花から有効成分を抽出し、他の材料と組み合わせる。

 その手際は、まさに職人技だった。


「んっタクヤ♡」


 アリシアが俺にしがみついてくる。


「待ち時間です♡ 魔力補給を♡」

「今は待合室だ」

「だからこそです♡」

「ちゅぷっれろぉ♡」


 リオが、その光景をチラッと見て…すぐに目を逸らした。


「まだやっとるんか。

 アフリス大陸でも、ずっとあんな感じじゃったん?」

「はい、むしろ、もっと酷かったです」

「戦闘中もずっと?」

「はい」

「よく生きて帰ってこれたのう」


 本当にその通りだ。

 ミスティには足を向けて寝られないな。


「奇跡じゃ」




 ◇ ◇ ◇




 数時間後…


「できたぞ」


 完成した治療薬を俺たちに見せてくれた。

 透明な液体で、わずかに青い光を放っている。

 まるで、液体の宝石のような美しさだった。


「これを患者に投与すれば、魔力蓄積病は完治する」

「ただし、投与後は24時間の安静が必要じゃ。

 魔力の流れが正常化するまで、時間がかかるからのう」

「分かりました」


 震える手で慎重に受け取った。

 ここで割ってしまったら元も子もない。


「ありがとうございました」

「いや、礼を言うのはこっちじゃ」


 上品な笑い声。


「おかげで、また一つ治療実績が増える。

 アフリス大陸の魔花を使った治療なんて、世界初じゃろうな

 これは、医者の歴史に残る快挙じゃ」


 治癒魔法に淘汰されつつある医者の歴史。

 それでも彼女は医者の歴史を誇らしく思っているらしい。


「それと拓也くん、本当によく生きて帰ってきたのう。

 アフリス大陸から生還した人間なんて、ほとんどおらん。君は、本当に運が良かった」

「運じゃないです」

「ミスティとアリシアがいたからです」


 ミスティの最強魔法とアリシアの…アリシアは何もしていなくないか。


「んっ♡」


 アリシアがまたキスしてくる。


「タクヤ…♡ 私がいれば…♡ どこでも…♡」

「ふふん、あたいがいたからでしょ〜?」

「あたいが魔獣を全部倒したんだから♪」

「そうだな」


 優しく掻き回す。


「お前のおかげだ」

「ふ、ふん!

 あたりまえでしょあたいは最強なんだから」


 彼女は、俺たちの様子を微笑ましそうに見ていた。


「ええチームじゃのう。

 これからも、お互いを支え合って頑張ってくれ」

「はい」


 俺たちは、治療薬を持って総合病院らしき建物を後にした。


 次の目的地は、プロイシェン王国。

 エルリックに治療薬を届けるために。


「さあ、最後の仕事だ。

 エルリックを治して、ヴェリアント王国に連れて帰る」

「タクヤ…♡

 もうすぐ任務が終わりますね♡」

「そうしたら…♡ もっと沢山♡」


 いや、普通に考えてパーティ解消だろう。

 ミスティはセリア大陸に残るだろうし、アリシアとはまた魔法大学の同級生に…

 戻れなくないか?

 

「まだ終わってない」

「でも終わります♡ だから今から準備を♡」

「んっちゅぷっ♡」


 またキスされた。


「おじさん、本当に大変ね。でも、あたいも頑張ったんだから、褒めてよね♪」

「ああ、本当によく頑張ってくれた」

「ふふん♪ ふ、ふっふん…♡」


 瞬間移動でプロイシェン王国に向かった。

 短い冒険が、ようやく終わりを迎えようとしている。




 ◇ ◇ ◇




 プロイシェン王国に戻ると、俺たちはすぐに王宮に向かった。


 エルリックは、俺たちの帰還を待ってくれていた。

 謁見の間に通されると、彼は玉座に座っていた…いや、正確には座っているというより寄りかかっていると表現した方が正しいだろう。


 プロイシェン王国の業務はきついと聞いている。

 しかもエルリックはかなりの重役だ。

 休みたいと言うのもわかる。


「おかえりなさい」


 その声は弱々しいが、それでも温かみがあった。


「治療はできそうですか?」

「大変でしたが、なんとか…」

「これが、魔力蓄積病の治療薬です」


 治療薬の瓶を差し出すと、エルリックの目が見開かれた。


「本当に作ることができたのですね。

 まさか本当に治療薬が」


 エルリックの瞳には、明確な希望の光が宿っていた。

 これまで不治の病として諦めていた病が、今、目の前で治癒される可能性がある。

 その衝撃と喜びは、計り知れないものだろう。


「信じられません。

 僕はもう長く戦えないと思っていました。

 でもまさかこんなに早く」


 エルリックの期待と不安の入り混じった表情を見て、責任の重さを感じた。


 この治療薬で、彼の病気が治らなければ…すべてが水の泡になってしまう。

 でも、リオの医術を信じるしかない。

 彼女が作った治療薬なら、きっと効果があるはずだ。



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