41 吸血鬼ドラギド➁
赤い液体は一塊となり、人の姿に変わろうとしていた。
「フハハッ! フハハハハッ!」
男はシャツに蝶ネクタイ。紳士のような出で立ち。
黒いマントを翻して、鋭い眼光を私に向けた。
「……」
黙ったままの睨み合いが続く。
私は剣を抜き、ゆっくりと後ろにさがった。
忘れてはいけない。
まずはレオナの安全が最優先だ。
「あれがヴァンパイアなんでしょうか」
「うん。どうやら、そうみたい」
しかし、奇妙な男だ。
それは登場の仕方だけではない。
彼はグリーンの感知をすり抜けているのだ。
それは男が上位の魔物であることを示している。
「……ふん」
男は力むと、マントをバサッと広げた。
何をする気だ。
「キィキィ!」
中から、コウモリの群れが飛び出した。
男の視線から、後ろを狙ってることが分かる。
「ブラック。お願い」
「……ん……」
すぐに『挑発』を発動する。
コウモリたちは、ブラックの盾に群がった。
「……ん……」
一匹ずつ、はたき落としていく。
「勇者様!」
モンスターを見たせいで、急に怖くなったのだろう。
レオナが、私の腕に掴みかかった。
「……うう」
「大丈夫だよ、レオナ」
「……」
「勇者の私がついてる」
「……はい」
抱きかかえて、なだめる。
すると、男がそれを見て――。
「……フ……フフフ……ハーッハッハッハ」
腹を抱えて笑い出した。
「何がおかしいの?」
レオナが怖がってるのが、そんなに面白いか!
「……勘違いしないでもらおう。かよわい少女を笑ったわけではない。私が笑ったのは、そこの……」
「ステラ・レイラント」
「そうだ、ステラ。おまえを笑ったのだ。自分が勇者だ、などと、愚にもつかない嘘をつくから」
「……は?」
この男は、何を言っているんだ。
「私は勇者だよ」
「まだ言うか……いや、そういうことか。おまえ程度の小娘が、勇者を名乗れる。そういう時代になっただけか」
よく分からないが、失礼なことを言われている。
「『勇者』という言葉も、格が落ちたものだ。まったく、嘆かわしいな」
「あなた、なに? 何者なの?」
「我が名は、ドラギド。長い時を生きる吸血鬼だ」
ドラギドは再びマントを翻すと、私に笑いかけた。
「ステラよ。勇者を名乗るなら、ここには私を討伐するために来たのかな?」
「当然! ドラギド。あなたは私に倒されるんだ」
それを聞くと、男は鼻で笑った。
「ならば、やってみるがいい。できるものならな」
「言われなくても!」
私は剣を構えて、スキルを発動。
「……神速!」
地面を蹴って、高速移動。
敵の胸元へ剣を突き込む。
バサッ! マントが広がる。
ドラギドが右手を突き出した。
キィン!
「……くっ」
固い。なんだ、この腕は。
切り込もうと力を入れるが、ピクリとも動かない。
「これが勇者の剣か。軽いな」
「むうううっ!」
私が力一杯に押し込むと、ドラギドは身をよじって躱した。
それによって、私の態勢が崩れる。
「……おっ……と」
背後を取られた。
まずい。敵の攻撃が来る。
彼の鉛のように重い腕が、私に振り下ろされた。
後頭部に、一直線である。
「いや……」
まだだ!
ここから、体を捻って……。
キィン!
「ほう。その態勢からガードするか」
ドラギドが感心する。
きちんと鍛え上げたおかげだ。足腰の強さが違う。
普通の人なら、とっくに転んでいることだろう。
だが、彼の攻撃はここで終わりじゃなかった。
「……フハハッ! 残念だったな」
彼の腕が赤くなり、ぐにゃりと曲がった。
まるで熱したチーズのように、トロトロに溶け出す。
「……な、な、な」
腕が三つに裂け、形が変わっていき……。
私の顔の上で、なにか凄まじい光景が繰り広げられている。
うん。驚くしかない。
それに対して、ドラギドがスキルの名を叫んだ。
「……ブラッドスキン!」
≪ブラッドスキン≫
難度 ★×8
属性 闇
使用回数 ∞
成功率 100%
説明 身体が血液状に変化する。物理攻撃無効。
常時発動型のスキルか。しかも、物理も効かないとは。
ぐにゃっと曲がった腕は槍に変化し、私のガードをすり抜けた。
顔にまっすぐ飛んでくる。
「……神速!」
地面を蹴って、なんとか回避。
ドラギドはゆっくりと歩き、追いかけてくる。
その途中で両腕を武器に変化させる。
右手は大剣。左手は矛。パワーで押してくるようだ。
「はああっ!」
来た。右手と左手。交互に迫ってくる。
さっきから思っていたが、身のこなしも良い。
とても魔物とは思えない洗練された動きで、無駄なく私を攻めてくる。
私はなんとか剣で捌く。しかし、力が強いな。
反撃に転じるのは、難そうだ。
「防戦一方ではないか。最初の威勢はどうした」
「……」
「なんとか言ったらどうなんだ」
「……そうだね。あなたは強いよ」
以前の私なら、ギリギリの戦いを強いられていたことだろう。
でも、今は……。
「私には仲間がいるんだ」
スッと、私の後ろから誰かが現れた。
「……ん……」
ブラックだ。
彼女は盾を前に出しながら、突進をしかけた。
「はん! 何をするかと思えば」
ドラギドは避けようともしない。
盾が体にぶつかると、その部分がぐにゃりと曲がった。
「私の≪ブラッドスキン≫の前では、あらゆる物理攻撃が無効化される」
溶けていく体によって、ブラックの突進は素通りしていく。
「……ふっ。馬鹿なヤツだ……」
バチバチッ! バチバチッ!
「……な、なんだと」
ドラギドの体に電撃が走ると、その場に膝を付いた。
「これは……まさか!」
「気づいたようね。それはスキル」
≪シールドバッシュ≫
難度 ★★★★
属性 無
使用回数 15/15
成功率 100%
説明 盾を前に出し、突進をしかける。相手は50%の確率で、スタンする。
「そして、あなたがかかっているのは『スタン』よ」
たしかに、≪シールドバッシュ≫のスキルは物理攻撃。
ドラギドには効かない。
だが、付属効果の状態異常までは無効化できない。
ゆえに、スタンにはかかるのだ。
「……く」
私は後ろに指示を出した。
「ブルー!」
「はい! ≪シーバスター≫!」
ブルーが呪文を唱えると、地面がせり上がってくる。
そこから、サメをかたどった砲台が姿を現した。
「チャージ!」
チュイイイイイン!
先端に光が溜まっていき、同時にまわりの空間が歪んでいく。
当たり前だが、これは魔法だ。
ドラギドには、確実に効く。
「……くおっ」
バチバチ!
「……立てん。体が動かん」
無駄だ。もう、秒読みが始まっている。
「終わりだよ、ドラギド」
「おのれ! おのれえええ!」
ブルーは手を上げた。
「発射!」
大砲から、青白い光線が放たれた。
それは一直線に、ドラギドの頭を狙う。
ドラギドは……避けられない。
頭に直撃する。
「……が……が……」
気づくと、鼻より上がなくなっていた。
頭部が吹き飛んでしまったのだ。
当然、意識もない。
「……が……」
バタンと倒れた。
「やりましたね」
「……うん」
私は死体を見下ろした。
こうなってしまっては、哀れなものである。
「行こうか」
目を背けて、みんなのところへ――。
「待ってください!」
ブルーが声を張り上げた。
彼女の顔は、真っ青にになっている。
「ブルー?」
「……あ、あれを……」
もう一度、後ろを見た。
「……え?」
すると、死体が立ち上がっているのだ。
なに? これはどうなって……。
「フハハッ! フハハハハッ!」
死んでいるのに、高笑いを上げている。
「勇者よ! まだ終わりではないぞ」
ぐにゃりと顔が曲がると、吹き飛んだ頭部が元に戻って行く。
「……うそ」
どういうことだ。死体が息を吹き返し、さらに再生を。
≪ブラッドスキン≫には、そこまでの効果はないはずだ。
「勇者様」
「レオナ! さがってて」
仕方ない。ここは全力だ。
一度しか使えない、私の奥義――。
「……流星!」
私はスキルを発動し、連続攻撃をしかけた。
……十……二十……三十……。
「ぐおおおおっ!」
……四十……五十……腕が切れ、足が切れ、頭が切れる。まだ続く……六十……七十……体が細切れに。
「……ん?」
あれ? 変だな。
……いや、攻撃だ……八十……九十……体を粉々に。
最後には、砂になった死体だけが残った。
「よし。ここまでやれば」
私は剣を収めた。
すると――。
「フハハッ! フハハハハッ!」
「……なっ」
砂にまでしたはずだ。
なのに、体がどんどん再生していく。あっという間に、元の姿に。
「……そんな」
流星は、私の奥義なのだ。
それがあっさりと破られるなんて。
「フハハハハ! ステラと言ったか」
ドラギドはマントを翻し、私を見下ろした。
「断言しよう! おまえでは、この私は倒せん!」




