第40話 新しい魔術を覚えよう
「王女たちの装備を強化しよう」
第五迷宮《岩窟》からの帰還してすぐ、フォードはオルダスの街でそう切り出した。
リリカ王女が真っ先に喜色を浮かべて瞳を輝かす。
「えっ、良いのですかフォード!?」
「ああ。グレスから金貨三百枚を得たし、俺も中級ランクの魔石をいくつか手に入れた。いくらか余裕が出たから良いだろう」
まだ王女には全部は見せてはいないが、五十階層までにフォードは大量の魔石を得ていた。
中にはランク四や五といった中級ランクの魔石もある。
これを売れば相当な金額になる。それを元に、装備を整える事も可能である。
「でも良いのかしらフォードさん。今は目標の金貨千枚のために稼ぐのが優先では?」
ルルカ王女が当然の疑問をぶつける。
「それでもいいが、やはり要所要所で装備も固めない。王女たちも成果を全てお金にするのは味気ないだろう? 今日くらい贅沢しても構わない」
「でも、悪いわ……わたしたちは今回、大した働きもしていないのに」
「いや。二十階層までの戦い、見事だった。ルルカ王女も『くノ一』でカーバンクルを仕留めた事、忘れていない」
「それはもう忘れて! 記憶から、全て余すことなく!」
フォードが微笑し相好を崩し、ルルカが頬を赤らめた。
フォードが冗談だと呟いてみせると、ルルカも複雑そうな顔からやんわりと笑みを浮かべてくれた。
一堂は大通りを抜けて、ギルド支部へ向かう。
踊り子の旋律や喝采飛び交う広場を抜け、恰幅の良い菓子商人の呼び込みを尻目に、目的の大きな建物に着く。
大剣背負う若者やローブ着た女性、様々な探索者で溢れるギルド支部の受付に行くと、フォードは大量の魔石や素材を職員に渡した。
受付の女性職員が、目を丸くする。
「こ、これは凄まじい成果ですね……フォード様、つい四時間前に出たばかりですよね?」
職員が驚くのも無理はない。それほど名があるわけでもないパーティ一行が、短時間でこれだけの成果を持って来る――まるで幻でも見たかのような顔だった。
「ええ。うまく陣形がはまりましてね。思いもよらぬ快進撃でした」
驚く職員にフォードは微笑してみせる。職員は呆気に取られつつも、己の職務を全うすべく、成果物を数えていく。
「ええと、ダースラットの羽が三十九枚、ストーンリザードの鱗が三十二枚、コボルトの牙が九個……あ、すごい、トロールとカーバンクルの魔石っ。ストーンマンとラミアの魔石まで!? ――あ、し、失礼致しました。素晴らしい成果ですね」
破顔して女性職員が褒める。
ギルドの受付付近には静音という、盗み聞き防止の魔術が掛かっているのだが、思わず声をひそませたくなるほどの大成果だった。
中でも特筆すべきは『階層主』の魔石と素材だろう。ストーンマンの腕の破片、ラミラの蛇尾、トロールの棍棒、カーバンクルの宝石など、希少かつ利便性に長けた物も多い。
傍で見ているルルカやリリカの表情もどんどん晴れやかになる。自分たちの護衛が褒められているようで嬉しいのだ。
カルキノスだけはむっつり顔でフォードを睨んでいたが。
各々の反応を横に、女性職員が、フォードに語りかける。
「倒し方が上手いですね。特にカーバンクルの宝石などは綺麗です。私が欲しいくらい……あ、いえ、何でもないです。では集計させて頂きますね。少々お待ち下さい。――全て換金でよろしいでしょうか?」
「はい、素材は全てお願いします。魔石に関しては、カーバンクルの魔石とラミアの魔石だけは保持で」
「承りました。……ふふ、自分の受付にこれほど収穫が持ち込まれますと、集計も楽しくなります」
笑顔で女性職員が語る。やはり収穫が多いと誰しも嬉しいものなのだろう。こういう光景が何度も続けばいいと、フォードは切に思う。
誰一人欠ける事なく、誰一人不幸にならず、多くの成果を得る。
ルルカやリリカの微笑ましい笑顔を見ていると、そう思わずにはいられなかった。
やがて集計も終わり、換金作業は滞りなく終える。
「素晴らしい成果でした。次回もフォード様一行には期待しています!」
今回、換金で得た硬貨は金貨六十九枚、銀貨三十六枚、銅貨八枚である。
前回が金貨五枚と少しだったので、段違いの成果。やはり『階層主』を四体倒したのは大きい。
重くなった財布にルルカやリリカは喜色満面。そのまま今度は、武器職人の所に行こうという話になる。ルルカやリリカの装備を強化するためだ。
「武器を強化できる職人で、良い所はありますか?」
ギルド職員に武器職人の居場所を尋ねると、女性はいくつか候補を挙げた。
「武器の製造するのでしたら西大通りの『アトリエ・緑の大鷲』が良いかと思われます。戦士、魔術師、治療師、どのクラスの武器も製造できます。ベテランの優秀な職人が揃っていますよ。
――魔石を埋め込む類の強化ならば、北東のポエダス通りの『アトリエ・銀麗荘』でしょうか。そちらでしたらギルドの割引も適応されますし、腕も折り紙つきです。他にも、東通りの『ゲルバスとロニのアトリエ』、『翔錬商会』、南東の広場脇の『ポルドール武具店』など。――いくつか資料をお渡ししますね」
ギルド職員が渡す羊皮紙の資料を、一通り見てみる。
魔術による念写の映像付きだ。まるで本物を映し出したような繊細な店の見本図を見て、ルルカやリリカがはしゃぐ。
「あっ、『ゲルバスとロニのアトリエ』、とっても綺麗なお店なのです!」
「『翔錬商会』も良さそうだわ。見て、ランク黄金の探索者ラルハールの推薦も」
和気あいあいと、親衛隊も交えて楽しそうに語り合う王女姉妹たち。
しかし値段を見るとどれも高い。ふと、フォードは安い店の検討も考える。
「あの、安めの値段の職人のいる場所――の把握もしていますか?」
「低額の職人店ですか? ……一応は。ただギルド認定の場所ですと、腕は良くとも、値段はそれ相応。……特に、魔石関連の装備は高額です。裏通りやギルド非認定の店ならば、その限りではありませんが……」
「……やはりギルド認定の店と、非認定の店では格差が……」
女性職員は別の資料を取り出しながら頷いた。
「はい。第一に、取引の誠実性です。ギルド認定の店は職人が誠実かつ、値段相応の仕事を致します。王女様の機密も守ります。――ですが非認定の店ですと、質の割に高額な要求をされたり、中には報酬だけ貰って、仕事は一ヶ月後――などという事例もあります。……稀にですが、金品全て寄越せと脅してくる店も……」
リリカ王女が「り、略奪、怖いのです……」と青ざめる。
フォードが不安を和らげるように肩に手を添えながら、
「それなら……やはりギルド認定の店の方が確実ですね」
「はい。もちろん誠実な店や職人も非認定の中にはありますが、フォード様一行のように、機密を重要視されるパーティや、探索者として日が浅い方々は認定店の方が宜しいですね。一見さんお断りの場所も多いですし、確実にいくならば認定店かと」
もちろん、一概にどちらが良いとは言えないだろう。
フォードの父が言っていたが、職人にはギルドに認定される(しがらみができる)のを嫌い、腕があっても非認定のままでいる者もいる。
いわゆる職人堅気の部類だ。
そういう職人は一流の腕を持っており、事実、実家の家宝であった雷紋剣も、非認定の職人がこしらえた業物と聞いた。
しかし、今はまだ石橋を叩くくらいで良いだろう。ルルカ達の事を吹聴されるのは防ぎたい。
「――認定の方に行ってみます。『アトリエ・銀麗荘』に向かおうかと」
「それがいいと思います。ギルドカードを見せれば割引の対象となりますので」
「判りました。ありがとうございます」
フォードたちは礼を言って、ギルド支部を後にした。
ルルカやリリカも楽しそうについてくる。いよいよ自分たちの武器の強化なのだ。心躍らないはずないだろう。
やがて着いたのは、植物系の色どりがされたお洒落な建物である。
「いらっしゃいませ! 武具強化店『アトリエ・銀麗荘』へようこそ!」
広々とした店の中で、女性店員の明るい声が響き渡る。
いくつもの鎧、盾、刀剣類が並んでいる店だ。
樫の木でできたテーブルや床が優しい空気を演出する。二階への階段や奥への扉。そちらから響く剣戟音があるところを思うに、試し斬りなどもできる大型店のようだった。
「初の来店ですね? ご用件は何でしょうか?」
「武器の強化です。魔石のはめ込みをお願いします」
朗らかな笑顔の店員に、フォードは件の魔石を取り出した。ラミアとカーバンクルの魔石を見せると、女性店員が笑顔を見せる。
「おおっ、階層主の魔石でございますね? これでしたら加工方により武器の効果が変わりますよ! こちらからお選びください」
言って、彼女はエプロンのポケットから羊皮紙を取り出した。ランク五の魔石の効果が書いてある。
【カーバンクルの魔石(迷宮主) ランク五】
効果候補
・常時発動スキル:『属性魔術・耐性上昇』(五つまで)
・常時発動スキル:『属性反射』(一つのみ)
・常時発動スキル:『俊敏性一・四倍』(自身のみ)
・特技:『クイックムーブ』(味方の俊敏性一・二倍)の取得
【ラミアの魔石(迷宮主) ランク五】
加工候補
・常時発動スキル:『状態異常の耐性上昇』(毒・麻痺・眠り・魅了等)
・特技:『ベノムウインド』(対象に毒状態を促す風を放つ)
・特技:『チャームヴェーゼ』(対象を魅了する風を放つ)
・特技:『スタンミスト』(対象を麻痺させる霧を放つ)】
「たくさんあって目移りしてしまうのです!」
「そうね、どれも捨てがたいわ」
ルルカとリリカが嬉しさ半分、困った顔半分といった様子で笑った。
総評としてはカーバンクルとラミアの魔石、どちらも良い候補がある。
特に『クイックムーブ』は味方の俊敏性を上げること、『スタンミスト』等は敵を無力化させる技が優秀だ。ルルカ、リリカ双方に有用である。
しかし困ったのはルルカもリリカも、同じ魔石を欲しがった事だった。
「リリカはカーバンクルの魔石がいいのです」
「わたしも、カーバンクルの方を選びたいわ。これは譲れない」
どうやらその理由をフォードが聴くと、『綺麗だから』という返答が返ってきた。
確かにカーバンクルの魔石はルビーのように美麗でもある。対して、ラミラの魔石は濁った血のようで禍々しい。見目麗しい乙女なら、当然前者を選ぶだろう。
効力も同じくらい有用なのだから、見た目重視なのはよく判る。
しかしだ。ルルカもリリカも互いに譲らない。姉妹ならではの張り合いというのか、はじめはどちらも「そっちが遠慮してほしいな」と柔らかく言っていたのだが、次第にルルカもリリカも口調が強くなり、そのうち口調も強くなってきた。
「だからリリカがカーバンクル使うのです! クイックムーブで皆を助けるのです!」
「いいえわたしこそカーバンクルが相応しいと思うわ。魔術師として後衛で支援して活かす――それはリリカにはできないのではないかしら」
「そんなことないのです! むしろルルカでは使いこなせないのです! いつもへっぴり腰で後ろで魔術撃つだけだったのです」
「へ、へっぴり!? 聞き捨てならないわ」
雲行きが怪しくなる。だんだん姉妹喧嘩の様相を呈してきた。
親衛隊の三人も誰も止められない。これはマズい、非常にマズい、早急に収めねばと皆が思いかけた時――。
「こうなったらフォード、選ぶのです!」
「フォードさん、あなたに選んでほしいわ」
「え」
王女二人が、フォードの胸元へ詰めかける。
「……あー」
これにはさすがのフォードも参った。
これは言わば「どちらが宝石似合う? ねえ? ねえ?」と言う問答に等しく、容易に返答できるわけがない。
というよりも双子の姉妹なのだから行動も似通っていて、リリカは切実そうな瞳で上目遣いに見上げ、ルルカも楚々としながらも懇願めいた眼を向けてくる。
さらに迷宮帰りで二人ともほのかに汗の香りが――ああ、また汗かよ! とフォードは脳内で焦るしかない。
詰め寄られ、懊悩し、困惑したフォードが、やがて出した結論は――。
「……日中はルルカ王女が持ち、夜はリリカ王女がつける――というのは?」
「(日和った)」とロブ。
「(日和ったわ)」とネイラ。
「(馬鹿め日和ったな!)」と喜ぶカルキノス。
エリゼーラまでもが笑っていた。
〈やれやれ我が主は以外と小心者だな。王女には弱いとみえる〉
「(やかましいわ、じゃあお前が決めろ!)」
フォードがそう思うとエリゼーラがくすりと笑った。
もうどうすれば良いのか、正解なきこの難題にフォードは肩をすくめるするしかない。
「……ではロブ、お前が決めろ」
「え!? あ、いやあ、俺ごときの浅慮な判断で良いものか……」
「ではカルキノスが」
「なっ!? い、いや俺も姫様の下僕、尊きその未来を決めるなどおこがましい……」
「ではネイラ――っていない!」
寡黙な女レンジャーはなぜか忽然と姿を消していた。難事は放棄とばかりに紙で「後は任せる」との文字が床に。
「フォード! 決めてほしいのです!」
「どうかお願い、わたしを選んでフォードさん!」
右腕にリリカの温もり、左側にリリカの切実な瞳。
フォードは困りに困った顔のまま、二人の王女に言い寄られていった。
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