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第37話  【憑依】と驚愕の幹部

「馬鹿な……!? 魔石、二百八十八個だと!?」


 制限時間の三時間を終え、二十階層に戻ったグレスが、驚愕していた。

 眼前に溢れるフォードの魔石、魔石、魔石の山。

 小さなものから大きな物まで、総数三百近く。一人の収穫にしては異常だろう。

 ランクも一から四の低級から、ランク四、五の中級も多数ある。


 対して、グレスたちの魔石は総数五十八個。

 かなり上々だが、それでもフォードには遠く及ばない。

 もはや計算をするまでもなく、フォードの圧勝だった。


「あり得ない……たった一時間で、これだけの魔石を……?」

「ああ。多少砕いてしまった魔石があっただが、完全体はそれだけだ」


 涼しい顔をしながらぬけぬけとフォードは語る。

 傍らにはルルカ、リリカ、親衛隊の三人が唖然としている。

 当然だろう。単騎ソロで迷宮二十一階層以降に潜り込み、三時間でこれだけ成したのだ。驚愕を超えて茫然である。


「さて。では約束だ、グレス。あなたたちに罰を与えるとしよう」


 冥王臓剣を翻すフォードに、グレスが焦った顔を浮かべる。


「待ちたまえ。フォードくん……本当にこれを一人でやった証拠はあるのかね?」

「当然だろう。ギルドカードには『倒した魔物を記録する』機能が備わっているだろう? 倒した数、倒した日時、倒した魔物の種類……それら履歴を見れば俺の成果は一目瞭然だ。子供だって判る理屈だが?」


 ことさら見せびらかすように、フォードはギルドカードを掲げてみせる。


『三時間以内に討伐した魔物――三百二十五。うち魔石の習得――二百八十八個。

 内訳:ストーンリザード23、ハーピー24、ダースラット28、ケルピー27、コボルト25、レイスソード19、インプ28、キラーバット26、ベノムアント30……』


 紛れもない証明の立体文字が、カード状に表示されている。

 討伐数、討伐種類、討伐日時――

 ギルドカードに付与された魔術は超一級のものだ。おいそれと偽装する事は叶わない。

 つまり表示された立体文字は、まさしくフォード単独の偉業を証明していた。


「ば、馬鹿な……あり得ない……こんな、こんな……っ」


 それでも、目の前の結果が認められないのだろう。グレスは震えつつも小癪なことを言い始める。


「偽装だ! ……そうだ、そうに違いない! 幻術系の魔導具を使ったのだ! 私のこの装備で! この武装で! 君如きに負けるはずがない!」

「これは見苦しい。敗北を認めず勝手な決めつけか? ギルド幹部ともあろうものが名が泣くぞ」

「黙れ! 高等魔導具での偽装だ! そうだ、そうに決まっている! フォード……貴様ぁ、何としても偽りの勝ちが欲しいみたいだな!?」

「本性を表したか。だがお前の戯言に付き合うほど、俺は暇ではない。結果は出た。なら誓約も果たすべきだろう? 敗者は片腕を斬り落とす――そういう約束だったはずだな、グレス?」

「黙れ! 私は、私は! 認めない! お前たち、――」


 ルザが配下の人間に命じかけ、武器を抜き放つ瞬間――。

 フォードは懐から翡翠色の牙を取り出すと、凄まじい風がグレスたちを襲った。


「ぐああああっ」「なん――ぐえっ」「うおおおおっ!?」

風蓮翠晶ふうれんすいしょう』と呼ばれる牙である。

 フォードは《ハイハーピー》を倒した時の素材から、その牙を確保したのだ。念じるだけで暴風を生み出す翠牙により、グレスたちは容易く壁へ吹き飛ばされた。


「ぐっ……。なん、だと――それは、《ハイハーピー》の牙!?」


 起き上がったグレスの顔が、ほとんど恐怖めいたものになる。

 フォードは勤めて涼しげな口調で語った。


「お前も知っているだろう、グレス。《ハイハーピー》はこの迷宮の八十層辺りに生息する魔物だ。その牙の一本は魔術の要、別名『翔牙』とも呼ばれる物――ギルド幹部であるお前なら、俺がこれを持っている意味が、判るな?」


 グレスとその取り巻き達は震え上がる。

 第五迷宮《岩窟》は、初心者にも易しい迷宮だが、七十層を超えると飛躍的に魔物が強くなる。つまりはベテランの探索者でも手こずる魔窟だ。

 フォードがそれを持っているということは、つまり七十階層以上の魔物を単騎ソロで屠る実力がある事に他ならない。

 もはや彼の実力を疑う事は、哀れを通り越して滑稽と言うべきだろう。


「(まあ実際には八十階層ではなく五十階層で戻って来たんだがな)」


 どちらにせよグレスへの脅しとしては十分だろう。

 グレスも取り巻きもすっかり蒼白色になっている。この辺が落とし時だ。


「グレス、さあ約束を果たしてもらおう。お前達の片腕を今から斬り落とす。右腕でも左腕もどちらでも構わない。今から一直線に並び、好きな腕を差し出せ。俺がこの魔剣で斬っていこう」

「ま、待て! 腕は困る! 今後に支障をきたしてしまう!」


 フォードが黒き魔剣を振り上げると、グレスが悲鳴を上げる。


「おや、自分の約束を違えるのか? これは滑稽。ギルド幹部たるお前が、自ら約束を反故にすると? 大勢の前で? いいのか? そんなことで。ギルド幹部とは随分と嘘つきのようだ、いずれお前はより上位を狙うのだろう? 嘘ばかり吐いていては、ついてくる部下もいないのでは?」

「黙れ! おのれ……調子づいた、小童めが……っ」

「それとも何だ? 浅ましきグレスは、本当に約束を反故にすると? いいがな別に俺は、どちらでも。お前が約束を守るも良し。お前が約束を破るも良し。お前が自棄になって襲おうと、俺はこの魔剣で迎撃するだけだから」


 フォードは冥王臓剣を翻し、不敵に笑う。


 焦燥の汗がグレスたちのこめかみを伝っていく。その心臓の高鳴りすら聞こえてくるようだ。迷宮内にはびこる、張り詰めた空気。

 ルルカやリリカ、親衛隊も見守る中、フォードはふと、肩をすくめた。


「――なんて、物騒なことはやめにしないか? 俺も王女の前で血なまぐさい事を好まない。ここでお互い妥協しよう、グレス。金貨三百枚で手を打たないか?」

「なんだと……?」

「お前たちの片腕を金貨三百枚で肩代わりしようと言ったんだ。悪い話ではないだろう? お前たちはこのままでは隻腕だ。だが一流の治療術師ヒーラーに頼れば再生は出来る。吹っ掛ける事も多い一流ヒーラーより、いくらでも手に入る金貨の方がまだマシだと思うが?」

「きさっ……貴様……っ、ふざけるな!」


 その言葉はグレスの逆鱗に触れたのだろう、彼は憤激と共に猛烈な勢いで杖を振り回した。

 そして紡がれるは暴力の具現たる祝詞。


「――[我は願う! 賢しき愚者に、紅蓮の王の鉄槌を]! 『イグニスブレイカー』!」


 瞬間、灼熱の火炎の斧がフォード目掛け振り下ろされる。

 咄嗟にフォードは後退しグレスの火炎魔術をかわし、冥王臓剣で切り裂いた。


「――やはりこうなったか。沸点の低い奴だ」

「貴様は、貴様、貴様ぁ!」


 グレスは怒りも顕に叫ぶ。血管が浮き出て、目は飛び出んばかりに見開かれ、噛み合わされた歯は今にも砕けそうだ。


「貴様だけは殺してやる! 殺してやるぞ! 息子をさらった罪、そして私を侮辱した罪! その身を死で以って、贖うがいい!」

「言っていろ。やれやれ親子共々、お前たちは殺気が強すぎていけない。人を害する事に何の躊躇いも持っていない」

「黙れぇぇぇぇぇぇ!!」


 周囲、グレス配下の十五人の傭兵が一斉に殺気立った。

 ルルカ王女、リリカ王女、ロブ、ネイラ、カルキノスらが、血相を変えて武器を構える。


「――貴様ら! 殺せ! フォードも! 王女も! 血溜まりに沈めよ!」


 宣言と共に、グレス配下の傭兵十五人が一斉にフォードへと躍りかかってきた。

 四人が剣、短剣、斧による斬撃――五人は中衛から魔術による支援。

 ルルカたちへ牽制をしつつ、同時詠唱でフォードへと死への前奏曲プレリュードを奏でる。


「――[愚かなる使徒に裁きの鉄槌を]! 『バーンズアックス』!」

「――[死を呼び込む旋風! 漆黒の奔流となり敵を穿て]! 『ホーンゲイル』!」

「――[氷魔よ! 氷魔よ! 我は氷結の騎士、汝たゆたう滅びをもたらす者となれ!] 『フローズンケルピー』!」


 紅蓮の斧、猛風の角、氷の黒馬の形を取る魔術がフォードへ襲いかかり爆発する。

 その間隙を縫うように前衛の傭兵四人が、フォードの前、右左背後――斬撃でもって強襲した。


 空間を揺るがす猛魔術に、フォードは地面に冥王臓剣を叩きつけ爆風で防御。

 続く傭兵四人の斬撃を蹴りと肘打ちで迎撃、刃の腹を打って流し、瞬速の迎撃に前衛四人が驚愕する。


 間を置かずフォードがリバースソード改を投げ放った。

 前衛の短剣使いを吹き飛ばすと、続いて跳躍し斧使いへと肉薄――冥王臓剣で持っていた戦斧ごと鎧を叩き斬る。

 横合いから飛び出た五人の傭兵――支援役が一斉に『ダウンアタック』『ハーフディフェンス』『ダウンアクセル』……攻撃、防御、速度を減退する魔術を放つが、フォードは宙返し跳躍しつつ回避する。


 跳躍ざま、引き寄せたリバースソード改を支援役五人のうち一人に投げつけ、さらに横に薙ぎ払い計三人の武具を寸断する。

 一瞬で五人を戦闘不能ないし武具破壊にまで持ち込んだ。

 そのフォードの技量にグレス達が驚愕する。


「馬鹿な……こんな!?」


 レベルアップを果たしたフォードの成果だ。敵が遅く視える。止まった蚊のように視える。

 いや、もはやそれは冗談でも何でもない。事実彼らは虫けら、フォードにとって害にもならない羽虫のようなものなのだから。


「――くっ、奴は双剣使いだ! 全員、陣形『黒龍殺しの陣』へ変更せよ!」


 真っ向から切り結ぶことの不利を悟ったグレスが咄嗟に叫ぶ。


 残る十人の傭兵が一斉に立ち位置を変えた。

 陣形が変わっていく。まるで複雑な渦を描く二重の螺旋陣。

 十人の傭兵のうち六人が《加速》の魔術で速度を二・八倍化させて円状に走り、残る四人が空中で《風》魔術で浮遊しながら逆回転に飛んでいく。


 フォードの目には六人と四人が絶えず亜音速で逆回転しながら包囲する形だ。

 直後、十人の傭兵のうち三人が《雷撃》魔術でフォードを狙う。


「――[愚か者に天罰を! 我に雷霆の力を!]――『シュラークヴォルト』!]

「――[愚か者に天罰を! 我に雷霆の力を!]――『シュラークヴォルト』!]

「――[愚か者に天罰を! 我に雷霆の力を!]――『シュラークヴォルト』!]


 一糸乱れぬ三重詠唱による雷撃の魔術。

 フォードはリバースソード改を地面に投げ、避雷針代わりとする――猛烈な雷撃が全てそれらに命中する。


 速度に秀でた雷撃魔術も、この方法には無力だ。

 代償としてリバースソード改が不可に耐えきれず破砕されるが、けれどリバースソード改は何度も自動修復出来る武具だ。問題ない。


 リバースソード改が破砕される寸前、フォードは避雷針に驚愕する三人のうち一人に肉薄。

 冥王臓剣の柄で首筋を打ち吹き飛ばし、直後、真横にいた傭兵へ――《憑依》する。

 

【リグス 二十四歳 傭兵 レベル32

 クラス:オールウォリアー

 体力:313  魔力:316  頑強:318

 腕力:311  俊敏:314  知性:310

 特技:剣術 槍術 戦斧術 投擲術 防具術 

 闘技:ソードラッシュなど十二種類

 装備:銀霊獣シリーズ×8 赤猛獣の黒鎧 ハイオークの篭手】


 

 乗っ取った相手は、際立ったものは持たないが能力値、戦技、武技全てが万能性を帯びた、オールラウンダーだった。

 リグス(フォード)は、抜刀した片手剣と戦斧を広げると横にいた鞭使いの傭兵を一撃で吹き飛ばす。

 さらに背中の短槍を抜き放ち、遠くにいた援護役の傭兵の杖を貫き砕いた。


 思わぬ味方からの攻撃に、傭兵たちは目を剥いたまま地面へ激突――昏倒する。


「な、何をやっているんだ!? リグス!? 同士討ちだぞ!」

「リグス貴様ぁ! 乱心したか!?」

「やめろ、やめろ、何故味方を襲った!?」


 急な乱心といえるリグスの暴挙に傭兵何人もが戸惑いを見せ、怒鳴った。

 しかしグレスは無表情のまま叫ぶ。


「――落ち着け! おそらく、奴は《洗脳》か《魅了》する魔術を使ったのだろう! 手強いぞ! 包囲陣――《バーサークドレイクの陣》へ変更!」


 混乱に陥りかけた傭兵たちを、グレスの一喝が鎮めさせた。

 彼はリグス(フォード)の動きを事細かに眺めやると、


「包囲陣形、《狂乱殺しの演舞》! ――さあ、耐えられるか、裏切り者よ!」


 傭兵たちに怒号、自らも装飾杖を振りかざし大魔術を行使する。


「――[無限なる沼に沈め! 我は、混沌の使徒たる覇王の加護を受けし者なり!] 『ダースオブハンドレッド』!」

「――[怒れよ雷鳴、壊し魔なる洗礼を!] 『ヴォルトシュトローム』!」

「――[死を呼び込む旋風、漆黒の奔流となり敵を穿て]! 『ホーンゲイル』!」


 立て続けに詠唱された魔術の波が、リグス(フォード)ごと飲み込み爆発する。

 黒い腐食属性の腕百本、雷鳴の大渦、貫通属性の風角の猛撃を受ければ、リグス(フォード)はたまらない。

 瞬く間に両腕の武具は破壊され意味を無くし、リグス(フォード)自身も鎧を砕かれ重症となる。


 見事なグレス達の包囲攻撃だ。

 だが、そんな事は関係ない。どれほどグレスの指揮が秀でていようと、どれほど彼の配下が優れていようと、フォードの《憑依》には、全く意味を成さないのだから。



お読み頂き、ありがとうございます。


次回の更新は明日、20時頃を予定しております。

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