第13話 ギルドに行ってみる
賭博場で大量の品々を手にれたフォードは、いよいよギルドに行くことにした。
エリゼーラの顔にも期待が宿る。
〈さて、我が契約者の門出じゃ。ここからぬしの栄光の階段が始まるのだ。存分にその力を振るうが良い〉
「気が早いな。まずはギルドへの登録と、依頼の受注だろう。全てはそこからだ」
ここまで長かった。
冤罪をかけられ、投獄させられ、裏切りに遭い、悪霊王と出会って、脱獄した。
波乱万丈だったが、ここからやっと探索者としての歩みが再び始まる。
深き迷宮に潜り、金銀財宝を集め、まだ見ぬ景色を目にし、伝説の武具を手に入れる。
否が応でも気迫がこもるというもの。フォードは船の商人から得たレザーアーマーとレザーブーツ、腰には魔剣『冥王臓剣』を下げたまま、さらに賭博場で得た『緋影の篭手』を振り上げた。
『緋影の篭手』
賭博場で得た『耐火性能』を持つ篭手である。
緋色の金属には火炎を減じる効果があり、あらゆる熱・炎の威力を三割減少させる。
さらには火炎をまとい、拳を叩きつけることも可能で、攻防一体型の武具と言える。
フォードは輝く緋色の篭手を頼もしそうに掲げた後、街外れの小さな建物に入った。
ギルドの建物だ。
「ようこそいらっしゃいました、ギルド・オルダス出張所へようこそ。探索の希望でしょうか?」
簡素な調度品が置かれた、小綺麗な受付だった。
カウンターには緑髪の綺麗な女性がおり、手元にはいくつもの書類を抱えている。部屋の一角には掲示板、数束の情報紙。数名の探索者らしき人が片隅で談義を交わしていた。
小さい建物だが、これは出張所という場所のためだ。
ギルドの建物は大別して三種類あり、本部、支部、出張所の順に小さくなる。
出張所とは街の外苑部に設置される簡易所だ。依頼から戻ってきた探索者へいち早く対応したり、急病や重症の探索者へ、初期処置を施すために存在している。
大きな依頼は受けられないなど、いくつか制約があるが、中堅以下の探索者にはうってつけの拠点と言える。
「初めての依頼です。ギルドカードの作成をお願い致します」
フォードは受付の女性にそう告げた。
「かしこまりました。新探索者のご登録ですね。少々お待ち下さいませ」
手元の羽ペンを取り、確認の書類などを用意し始めた。間もなく準備が完了する。
「おまたせ致しました。まず新規約により、新探索者様のお荷物を一部預からせて頂きます。カードの複数所持を防ぐための処置です。お持ちの所持品の中で、預けても支障のない物はありますでしょうか?」
「新規約、ですか?」
「はい。最近、ギルドカードを複数作成して依頼を行う方が急増しています。対策の一環として、新登録の際には担保として、一部荷物を預からせて頂く事となっています」
ギルドの出す依頼には、複数人が受けられるものが存在する。
しかしギルドカードを複数所持――つまり一人で複数人を装うことにより、その依頼を独占してしまう探索者がいる。それを防ぐためだろう。所持品を予め預かる事で、万一新規登録者が複数カード所持者だったとしても、預かり品を没収することで、複数カード所持者へ負担をかけるという制度である。
「なるほど、色々な犯罪があるのですね」
メリルと二人で探索した時から二年以上。それだけ探索者の界隈も変わったのだろう。
「はい。イタチごっこのようなものですが、我々ギルドとしては看過できない犯罪です。探索者の方々には負担となってしまい、申し訳ありませんが……」
「いえ。では私の場合、何を担保として渡せば良いでしょうか」
受付の女性はフォードの装備を眺めた。
その眼差しが、腰の『冥王臓剣』に行ったところで止まる。
「そちらの黒い剣なら、申し分ないと思われますが、いかが致しましょう?」
〈なんじゃと!?〉
エリゼーラが急に声を出した。しかし受付の女性には聴こえていない。
彼女の声は、契約者であるフォードにしか届かないのだ。
〈我が契約者よ。それは遠慮するが良い。我の魔剣は価値としては最上だがおぬしの迷宮探索の要でもある。一時とはいえ、渡すことは好まぬ〉
「(まあ、それはそうだな)」
承知しているフォードは、困り顔で応じた。
「これですか……他で代用はできませんかね。私の主力装備なのです」
「了解致しました。しかし担保品がBランク以上ですとギルド内で様々な恩恵が受けられます。指定宿場の割引、特別鍛冶屋の斡旋、魔導書の優先貸与……他にも、有力な探索者パーティへの紹介など。
――もちろん、登録者様が複数カード所持者でないと認定された後になりますが。その黒い剣ですと、Bランク以上は確実。Sランクかそれ以上かと思われます」
〈人間ごときが等級を計るじゃと!? 我の魔剣に!〉
エリゼーラが口をはさむが、フォードは少し考えた。
「……」
〈む。待て、我が契約者よ。その沈黙は何じゃ〉
「――この剣を預けた場合、先ほどの優遇を全て受けられるのですね?」
〈待て。待つのじゃ、我が契約者よ!〉
折り目正しく受付の女性は礼をした。
「それは確実に。最上級の待遇が受けられることは間違いと思われます。複数カード所持者ではないと認定されるまでの五日間、登録者様にはご不便をおかけしますが、その後の優遇は責任持って取らせて頂きます」
〈五日間!? そんなに!?〉
「では、この剣でお願いします」
〈我が契約者――っ!?〉
フォードは視線だけでエリゼーラに謝った。
《憑依》があれば五日は冥王臓剣がなくとも迷宮の探索は可能だろう。
すでに緋影の篭手など、上質な装備や所持品もいくつもある。
それらを使い、初級者向けの迷宮を探索すれば、一ヶ月はすぐに終わる。
どの道、冥王臓剣は強すぎて過剰攻撃になる。ガルグイユ監獄の宝物、オルダスの賭博場の景品、それらがあればしばらくは問題ない。
「承りました。それでは、こちらに黒い剣を収めください」
〈ぬう。我が剣が、人間の手で、人間の箱に……〉
エリゼーラが、鈍色の金属の長箱に入れられた魔剣を見て、不満そうに唸る。
後で彼女には謝るべきだろう。ともかく、遅れた分を取り返すため、ギルドの優遇を受けられるならそうしよう――フォードはそのように思っていた。
† †
〈おぬしは我が嫌いなのか〉
「いやいやいや、エリゼーラ、そんなに拗ねないでくれ」
魔剣をギルド出張所に預けて十数分後。森の中で、フォードはエリゼーラをなだめていた。
〈おのれ。我が魔剣を人間などに渡し、あまつさえ封じたなど。これがおぬしでなければ八つ裂きにしているところだ〉
「すまないな。予め担保の事は知っておくべきだったな。後で埋め合わせはするから」
そう言うとエリゼーラはわずかに表情をほころばせた。
〈真の話じゃな? 反故にすればぬしを裸に剥いて放置するぞ?〉
「それも勘弁願いたいから絶対に埋め合わせはする。歓楽街で一日中遊ぼう」
〈おおっ! 信じるぞ? 良いのじゃな? ぬしよ、我が満足するまで眠らせぬぞ!〉
「判っている。俺の責任だからな」
〈ふふふ! 流石は我が契約者よ! 大好き!〉
単純というか実利主義と言うべきか。
そう言って納得してもらい、フォードは森の中を散策する。
ギルド出張所に紹介された《迷宮》への入り口は、この木々の奥にあると言われた。
初級者も比較的安全な、低級な魔物しか出ない場所だ。
ゴブリン、ハーフオーク、リトルウルフ。一度に複数相手にしなければ十分対処できる魔物たちだった。
しかし、フォードは途中、嫌な噂を耳に入れた。
共に迷宮へ向かう探索者が、気になることを言っていたのだ。
「なあ、知っているか? ――『出張所荒らし』の件」
「ああ、ギルドの出張所を狙う輩の事件だろう? 新規登録者の『担保』を狙い、それを強奪して持っていく」
「悪質な手口だよなあ。第一区画ではまだ数が少ないらしいが、第四区画では被害が多発しているらしいな」
「栄えある探索者への第一歩を狙った、卑劣な手口だ。ギルドで何らかの対策が講じてくれればいいが……」
――胸騒ぎがした。
それは、ルザや、レミリアとのやり取りを経て培った、危機感知能力のなせる技か。
その会話を聞いた瞬間、フォードの内心に、電撃のように衝撃が走り抜けた。
世界は、物語のように優しくない。
時に厳しく、毒のようなものを振りまき、生者を翻弄する。
「――エリゼーラ」
〈ふむ。まさかとは思うが、念の為、先ほどのギルド出張所へ戻ってみるべきか〉
はやる気持ちを抑えて、フォードは出張所へと足を逆戻りさせた。
強化した肉体を使い、風のように疾走する。
途中、街の方で爆煙が上がった。
何人かの悲鳴や、怒号のようなもの。
嫌な予感が加速する。まさか、いや、こんな時に、それは。
――しかし、予想は悪い方へ的中する。
ギルドの出張所が。
さきほど、ほんの半刻ほど前までは無事だった出張所が。
何者かに襲撃され、壁や、入り口の扉、そして内部など、あちこちが火炎、雷撃、その他魔術と思われる攻撃によって、荒らされた後だった。
「おい! 大丈夫か!」
爆散されたカウンターの奥、先ほど受付をしていた女性を見つけたフォードは、倒れていた彼女を抱き起こす。
「う……お、お客様……? 先ほどの……?」
「何があった。誰に襲撃された。被害は……」
尋ねると、彼女は、抵抗はしたのだろう、砕けた魔導具の杖でとある方向を示しながら、
「ぎ、ギルド出張所狙いの賊と思われる一団がやってきました。わたくしどもは抵抗したのですが、敵わず……申し訳ありません。お客様の担保の他、多数のお客様の大切な品を、奪われてしまいました……」
「おい、しっかりしろ、おい……!」
かろうじて繋ぎ止めていた意識が緩んだのだろう。
受付の女性はそれだけを言うと気を失い、だらりと首を垂れた。
怒りの感情がフォードはの内を駆け巡る。
見れば、他にもギルドの職員はおり、皆武器は持っていたが、奇襲され、ほとんど何も出来ないまま倒れているらしい者が大半だった。
折れた剣を握りしめている者、焼けた服に身を包んでいる者、奮戦空しく、気絶させられた者――。
その中で、比較的まともな職員に《回復》魔術をかけ、フォードはその男性職員に指令を出す。
「探索者のフォード・オルトレールだ。事態はおおよそ把握した。俺が可能な限り職員を回復させるから、支部か本部から応援を呼んできてくれ」
「りょ、了解です。……このご恩は必ず……」
「それより賊の追跡が先だ。候補となる集団はいるのか? 場所は? 情報屋はどこにいる?」
「かねてよりわたくし共も『強襲者』の居場所は把握しようと勤めて参りました。しかしこの街は広く、それも叶わず……」
「つまり現在は追跡も困難ということか?」
力なく頷く職員にフォードは嘆息混じりに舌打ちする。
だが彼を攻めても仕方ない。すでに他の探索者や、応援にかけつけたギルド職員と思しき者たちがやってきた。
フォードは事情を説明し、後のことは応援のギルド職員に任せると、群がる野次馬を掻き分けながら、
「――相手はかなり強大な集団だな。ギルドでも発見出来なかったとなると」
〈普通なら泣き寝入りするところじゃのう。しかし我が契約者よ、おぬしには力がある。頼れる技がある。――そうじゃろう?〉
「ああ、ギルドでも居場所を掴めない犯罪者集団。だが、俺はあいにくと、『普通』ではない」
群がる野次馬たちの中、フォードは静かに語る。
その瞳には、怒り、憎しみ、煮えたぎる感情。
他者を陥れ欲望を満たそうとする悪辣なる者への、憎悪。
「事は俺だけの問題ではない。――『奪われた者』の怒りと憎しみ、知らないというなら味わわせてやるよ、賊どもが」
悪を滅する事にもはやためらいなど無かった。
自分を、そして他の探索者の夢をも踏みにじったツケ、その命で償わせてやろうとフォードは決意する。
お読み頂き、ありがとうございます。