第一章 2-1
おじさんに言われた通り、自分のアパートへ戻ると、駐輪場に自転車を停めて、アパートの中へ入って鞄をリビングの床の上に置き、すぐ玄関を出た。妻が帰っているかも知れないとちょっと考えたが、まだ帰っていなかった。
アパートのあるうらぶれた商店街を歩き、シャッターの閉まった八百屋が角にある十字路を東へ。家々の屋根の間から見える東の空から、夜が近づいてきていた。少し歩くとまた十字路があり、その横道がおじさんのいう「小学校の正門の前を横切る道路」なので、そこを南に折れた。
道の両側は、関東平野の田舎町のどこにでもあるような、どこまでも平坦な土地が続く地味な住宅街である。一軒家やアパートが建ち並ぶ中を、小学校へ向かって進んでいく。小さな神社を通り過ぎると、小学校の校舎と体育館が左手に見えてきた。もう下校時刻は過ぎて子供たちはおらず、ひっそりと静まり返っている。その前を過ぎ、更に少し歩いたころ、僕はおじさんの不思議な力と予言に対する興奮が冷めてきて、彼を疑う気持ちが強くなってきた。
(なんだ、なんにも起こらないじゃないか)
三千円も食べやがって、と、ズボンのポケットに手を突っ込みながら、けちくさい文句を心の中で垂れた時、後ろから、
「もし……」
かすれた、小さな声に唐突に呼びかけられた。
驚いて足を止めて振り返ると、いつのまにそこにいたのか、手押し車を押している小さな老婆が道の脇に立っていたのである。
老婆は小人症かと思われるほど身長が低く、更に手押し車に寄りかかるように腰を曲げているので、僕の腹の辺りまでしか背丈が無かった。真白な白髪の毛先はくるくると天然パーマがかかり、顔は陽によく焼けてこげ茶色っぽかった。小さな体のせいで陽の当たらない人生を送ってき、そのため世の中にひどく遠慮しているような、声をかけたのはいいもののどうしていいか分からないというような不安げな表情を、僕に向けていた。
僕はこの老婆を見知っていた。これまで散歩をしている時、たまにすれ違うことがあったのだ。しかしお互いすれ違うたび会釈をしてきただけで、声をかけられたのは初めてだった。
「はい?」
小さな老婆に好意が伝わるよう、笑顔を作りながら返答した。老婆は不安そうな顔をしながら、
「あの、あの、お願いがあるんだけれども」
いかにも気弱な声で言うのだった。
「お願い、ですか?」
「アキさん、知ってんべ? あたしとよく一緒に歩いてた……覚えとるでしょ?」
僕はもちろん覚えていた。
「ああ、あの元気なおばあさんですか? よくアイスを食べてる?」
「ああ、ああ、そうだ! あのな、これからアキさんの家に一緒に来て欲しいんだけども」
「はい?」




