第四章 2-4
店長はおばさんの後ろ、僕と向かい合わせに立って、ちらと僕に視線を合わせると、「やっぱり」と呟いた。怒りがこもっているのが、よく分かる声だった。気配と声に気づいたおばさんが、後ろを振り向いた。店長は今度はおばさんと目を合わせて、
「お前はまたここに男を連れ込んで! ホストか? ホストなのか? いくらつぎ込んだんだ!?」
出し抜けに叫びだした。
おばさんは黙ったまま、店長の叫びを聞いていたが、やがて席を立った。隣の椅子に置いていたハンドバッグを手に取ると、僕にも店長にも一瞥もくれず、カツカツと靴を鳴らして半個室を出て店の入り口の方へ行ってしまった。
「ちょっと、おい! まっすぐ家に帰れよ!」
店長がおばさんの背中に声をかけた。
店長はこちらに視線を戻すと、ため息をついて、今までおばさんが座っていた席に座った。その小さな目をしょぼしょぼと瞬きして、僕の顔を見ながら言った。
「ホスト、ですか?」
「僕が、ですか?」
「はい」
「違います」
「じゃあ仕事は何を?」
「一応、小説家です」
「小説家。まあホストと似たようなものですね」
とげのある言い方で、なんだか僕はカチンときた。
「ホストとは違いますよ」
「売れなきゃ、パトロンについてもらったりするんでしょう? 言っときますけど、うちにはそんなに金は無いんです。うちのにいくら貢いでもらったかは知りませんが、もうこれ以上会ったりするのはやめてください」
ひどい誤解だと思った。ただおばさんに誘われて、一度食事をしただけではないか。
「とんでもない! 言っておきますけど、僕は奥さんとこうして会うのは今日が初めてです。セブンイレブンで客として接客してもらったことは何度もありますけど」
「ふっ、どうだか。うちのはあれで、セクシーなところがありますからね」
がっしゃああん!
不意に、店の入り口の方から、大きな音が響いてきた。僕と店長はぎくりとして会話を止めた。
嫌な予感がした。僕が席を立って音のした方へ向かおうとすると、店長も同じように嫌な予感を覚えたらしく、立ち上がった。二人、連れ立って入り口へ向かうと――
店のエントランス部分の床に、入り口の自動ドアのガラスが粉々に割れて散乱していた。そのガラスの破片の中に大きな鉢植えがひとつ転がって、土と観葉植物をカーペットの上に盛大に吐き出していた。自動ドアを見ると、ドアガラスの下半分の辺りに大きな円形の穴があいて、そこから放射状に無数のひびが走っている。僕と店長より先に、野次馬の女性客二人がいて、ひそひそ何か話合っていた。
「話にならない! 謝りもしない! 警察呼びますよ!」
入り口の外から男の声が聞こえたので、僕と店長は声に惹かれるように入り口を出た。大きな穴のあいた自動ドアは、それでもけなげに機能し、音も無く開いた。
外に出ると、入り口のすぐそばに、おばさんと、ピザ回しの世界チャンピオンで店のオーナーをしている若い長髪の男が向き合って立っていた。おばさんは顔をうつむけて、下から睨むように相手の男を黙って見ている。オーナーは今まさにポケットからスマホを取り出し、電話をかけ、「もしもし、警察ですか」と言ったところだった。
「ちょっと待ってください、ちょっと! 彼女の夫です、警察はだめです、待って!」
セブンイレブンの店長は慌ててピザ屋のオーナーの目の前に駆け寄り、正面に立ってわめきたてた。
オーナーはうるさそうにしながら「店のガラスを割られたんですけど。ええ、犯人は捕まえました」と電話を続けていたが、店長の勢いに圧されて仕方なく電話を切った。
後から分かったことだが、事の顛末は、おばさんが、僕にホテルでの休憩を断られたことと、夫に怒られたことへのうさばらしに、店の入り口の外にあった鉢植えを投げて自動ドアを割ったということだった。
その後店長が必死に謝り、後日きちんと弁償するということになって、警察は呼ばれずに済んだ。しかしおばさんは謝る店長の隣でふてくされたように突っ立っているだけで、オーナーはそれだけは気に入らないらしく、ずっと機嫌が悪かった。
僕も一応おばさんの連れだったということで、店側からいくつか質問を受けたりなどし、なんだかんだそれから一時間ほど帰れなかった。しかし僕とおばさんの関係性の薄さを店側が理解すると、念のため連絡先だけ聞かれて解放された。
(なんだかけっこうすごい展開になったな)
ピザ屋からの帰り道を、のんびり自転車をこぎながら、僕は思った。これでどうやら小説が書けそうだとうれしく、自然と鼻歌を歌っていた。




