第四章 1-3
昨日と同様に喫茶店の椅子に座ったおじさんは、念入りに二回、百枚の一万円札を数えると、さすがにうれしいようで少し興奮気味に言うのだった。
「おおきに、おおきに。お兄さんは良い小説家になるで。売れるとええなあ、今度の本。売れて、この百万を出して良かったと思えるようになることを、ワシも願っとるからな」
そう言うと、クリームもガムシロップも入れていないアイスコーヒーに口をつけ、「しかしここのコーヒー、すっぱいなあ」と文句をつける。
「まだ書籍化が正式に決定したわけじゃないですから。最後の章を書いて、雑誌に載せないと。だから、お願いしますよ。分かってますよね? 小説のアイデアになるような出来事を――」
百万円を渡してしまったことに、後悔しているというわけではないが平静でいられない僕が、いらだちながら言うと、
「わかっとるがな。いい加減、信用してもらってもええと思うがな。じゃあ、言うで。春ごろ、一度お兄さんを繁桂寺ちゅう寺に行かせたやろ? あの寺の近くのセブンイレブンやねん」
「えっと、繁桂寺から東にちょっと行くとある、セブンイレブンですか?」
「そうや。そのセブンイレブンへな、今日の夕方に行って、なんでもいいから買い物して来いや」
「安いものでいいんですか?」
「それはなんでもええ。ひとつだけでもええで。暑いから、アイスなんかええんとちゃう?」
「確かに、ですね?」
「しつこいな。ワシが嘘ついたことあったか。間違いないわ」
「……分かりました」
僕は納得して、アイスコーヒーを飲んだ。飲み干して、席を立とうとしたが、おじさんが止めた。
「まあまあ飯でも食ってかんか? 昼飯、まだなんやろ? セブンイレブン行くまでにはまだ時間もあるしやな。今日はワシのおごりや」
昨日おじさんの口から「二百や」と言う言葉が出たときと同じくらい、びっくりした。
「お、おごるって言いました? なんかあるんですか? 間違ってもこれ以上お金は出せませんよ」
「何を言っとんねん! 何もないがな。お兄さんにはずいぶん世話になったし、その礼や。遠慮せんと、なんでも食べえな。……まあ、なんちゅうかな。お兄さんもまだ若いし、これから楽しいことばかりじゃなく辛いことにもぶち当たるかも知れん。でもな、あきらめずに、前向いて努力しとったら、きっと運が向いてくるからな。ええな? ……すんませーん、メニューちょうだい」
マスターがメニューを持ってくると、それをテーブルの真ん中に置いて、僕にも見えるようにし、「さあ、なんにする?」と言うのだった。




