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ただ一つの名、ただ一人の人  作者: 神空うたう


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1話 何も持たぬ奴隷



「おい、お前。お前だよお前!」


 その声と同時に、隣の奴隷が棍棒で肩を小突かれていた。

 まだ優しい扱いかもしれない。でも、立って苦役を行うのもやっとな私達奴隷は、それだけでも倒れ込んでしまう。奴隷の監視役は舌打ちをした。

 どうせ、たいした用でもないはずだ。なら、苦役をさせておけばいいのに。――思うだけで、何も言わない。


「だったら――おい、『チビスケ』!お前が代わりに向こうの仕事を手伝え。……お前だ、お前!」


 今度は私の肩を棍棒で小突かれた。

 先週声をかけられた時、私の事は、『ボロきれ』と呼んでいたではないかと思ったが、奴隷の監視役はそんな事など憶えていないのだろう。

 ……こっちだって、監視役達の区別はついていない。お互い様か。


 喋る程度の体力があり、我が物顔で棍棒や鞭を振るっていれば、監視役。

 そうでなければ、奴隷。


 『チビスケ』や『ボロきれ』なんて『呼び名』、認めない。


 そんなものをつけられるぐらいなら、お前、だの、奴隷、でいい。

 あんな奴らには『呼び名』すら、つけさせてなるものか!――私は強く思った。たとえ奴隷でも。そのぐらいの意地はある。


 布切れを申し訳程度に羽織り、あとはもう、生かされるまま。それが私達だった。声を出す体力はない。承諾した事がわかるように軽く首を下げる。監視役は顔を顰め、棍棒を横に薙いだ。殴られるのかと思ったが、方向を指しているようだった。向こうの区画の――あれは何だろう。畑か。石を切り出し、運ぶのよりはマシだろうか。ともかく、そちらに向かう。

 こんなところが畑になるのだろうか。畑にしたところで、できた作物は私達の胃には入るまい。そう思いながら、畑の開墾作業にかかる。

 農具は武器にもなり得るが、それで反抗しようという者などここには誰もいない。

 結構な人数がいるはずだが、そんな意思はとうに挫かれている。手も足も、棒切れのよう。よほど監視役達自ら作業した方が効率は良いと思う。けれどそれはなかった。監視役達は、私達奴隷をこうして虐げる事で、自分達の憂さを晴らしているのだ。




「力仕事をするのに、こんなガキを寄越して――アイツら、どういうつもりだ!?俺が若いからって、舐めてるのか!?」


 やってきた私を見て、若いという監視役が悪態をつく。

 知った事か。

 そちらで話し合いなりなんなり、決着をつけてほしい。無精髭に薄汚い格好。……監視役といっても、それほど立場のいい人間ではなさそうだ。監視役なんて人間の底辺がなるものと言われている。その中で下となると、もう最底辺。私達とそう違わないのではと思う。若いのかどうかもわからない。……まあ、どうでもいいけど。


「まあいい、さっさとこれで――何だ、お前、女か!?」


 若い監視役は、粗雑な鍬を寄越そうとした。開墾作業に加わるように指示しかけて、私を見てなおさら力仕事にはそぐわないと顔を顰めた――が、何かを思い直したようだった。


「……そうか、女か」

「……」


 嫌な感じだ。


「おい、お前、いくつだ?」


 私は、四歳ほど下に年齢を誤魔化した。ロクな食事を与えられてこなかったのだから、十分それで通ると思う。監視役も流石に顔を顰めた。ちっ、と舌打ちをする。『あてが外れた』のだろう。内心で胸を撫でおろす。


「……さっさと仕事をしろ。この一面を、全員で耕しきれ」


 一面――見渡す限りを、という事だろう。計画も何もなく、とりあえず、という感じなのは見え見えだった。効率が悪すぎる。こういう無駄な作業は、今までも何度もあった。そして、そのたびに結局放棄されてきた。水場もろくに考えられていないのだろう。別にかまわないのだ。無駄でも何でも。奴隷はいくらでもいるのだから。

 端には、そのいくらでもいる奴隷『だったもの』が山にされて置かれていた。夕方になれば、あの死体の山を焼いて、今日の苦役は終わりになるのだろうか。

 そこに、他の監視役が奴隷の足を持って引きずってくる。おういおういと声をかけ、別の監視役がだるそうに近づく。


「……またかよ。いくらタダ同然とはいえ、無駄遣いがすぎないか?」

「奴隷は使い潰してなんぼだろ。それが豊かさってもんだ。オレ達の旦那様は、それだけのお方ってこった」

「まあな。こんな奴らをケチってても仕方ねえ。えーと。じゃあ……こいつは、『165の28』だな」


 名もつけられない私達が、最後に授かるのがそれか。『165の28』。ここからではよくわからないけれど、長く生きても仕方ない人生だ。次に生まれる時は、奴隷ではない何かに生まれてくる事を祈っておいてあげよう。


「おい、そこのガキ。何をサボってる。罰を受けたいのか?アイツらに新しい番号を振ってもらうか?」

「……働きます」


 若い監視役に答え、鍬を持ち直す。さっき祈ったんだ。もし『165の28』が奴隷の監視役に生まれ直したなら、私に棍棒を振り上げないでくれるかもしれない。そうだといい。鍬を振り下ろしながら、また死体の山の方に注意を向ける。


「『28』?昨日運んだ死体が『32』だったぞ?何故、数が減るんだ」

「あ?じゃあ『33』にしとくか?いや待て。今日運ばれた死体はもう5人目か?なら、33、34……あー、もういいや、28だ、『28』!」


 ……なんて事。人生最後に与えられるものすら、そんな扱いなんて。『165の28』があまりにも哀れだと思ったが、きっと私も似たような扱いになるのだろう。もしかしたら、私が何人目かの『165の28』にもなりうる。

 私は鍬を振り下ろし――もはや鍬に振り回されているような気もする。ともかく、あの若い監視役に棍棒か鞭を振り下ろされたくはない。


「おい、この『にじゅう――』いくつか、まだ、息してるんじゃねえか?」

「使えなけりゃ、死体と代わりねえよ。どうせ夕方までにはこいつらと同じだ」

「……確かに。違いねえ」


 監視役達の嘲笑を背後に聞きながら、私は鍬を振るい続けた。




 ……苦役を終えた後、死体の山を見に行った。どれが『165の28』かはわからなくなっていたが、そこに息をしている者は、もういなかった。そこにあったのは、ただのモノだけ。数日ごとに焼かれる遺体の山。その炎の熱は、それでも夜の底冷える凍える体を温めた。




 奴隷達は身を寄せ合って眠る。男も女もない。おかしな気を起こす体力も気力もないのだ。そう追い込むのも、監視役達の仕事らしい。

 その監視役達は、私達が身を寄せ合って暖を取る横で、酒盛りをしている。いいご身分だ。とはいえ、奴隷達の苦役区画での生活を強いられているのだから、あの監視役達はやはり最底辺の部類の人間なのだろう。酒に陶酔でもしていないと、生きてはいられないのかもしれない。


「よし、じゃあお前は――『エグルア』だ!『草原を駆ける者』っていうありがたい意味を――」

「何が『エグルア』だ!新入り風情がオレに勝手に『呼び名』をつけんじゃねえよ!お前、何様だ!?」

「なんだよ。俺がお前には過分すぎるほどいい『呼び名』を付けてやるってのに――」


 酔っぱらった監視役達が揉め始めている。

 どうやら、新入りが立場もわきまえず、勝手な事をしているようだ。

 基礎的な体力が無いため熟睡もできない私達奴隷からしてみれば、いい迷惑だ。わずかに瞼を開ける。どうやら出過ぎた事をした新入りというのは、畑の奴隷管理を任されていた若い監視役のようだ。日中顔のほとんどを布で覆っていて、無精髭やぎらつく目しか見えていなかったが、こうして見れば、確かに他の監視役よりは若そうだった。


「お前ごときに『呼び名』をつけられてたまるか!」

「んだと!?どうする、俺がお前に『ただ一つの名』を与えられる『ただ一人の人』だったら!」

「そんな運命なら、くそくらえだ!」


 まったくだ。その若い監視役を存分に叩きのめしておいてほしい。そうすれば、明日、こちらに棍棒や鞭を振るう元気はなくなるだろう。……あるいは、腹いせに余分に振るわれるのだろうか。監視役ごとにそのあたりは違うから、あの監視役がどうなのかはわからない。そもそも日によって――どころか、気分によってすら変わる。……生きていてもつらいだけ。せめてマシな明日が来ればいいと願ってしまう。小さな頃から、ずっと。




 ……そのうちに、監視役達の騒ぎも落ち着いた。夜も深まると、監視役達が、眠りにつく奴隷の山を物色し始める。


「……よし、お前だ」


 そう言って、奴隷の山から奴隷の腕を掴み上げた。女だった。奴隷の女は顔を歪めていたが、抵抗すればしただけ酷い目に合うのがわかっているから、大人しくそれに従った。その場で始める者もいたが、流石に奴隷に囲まれては気分が盛り上がらないのか、連れ出す者もいる。『別の苦役』にさらされる女達は、翌朝戻される者もいれば、そのまま戻って来ない者もいた。飽きるまで囲われるのか、それとも戻れぬような事になったのか。

 ……私も、いずれはそうなるのだろう。奴隷の山の中で、身を小さく丸めて身を隠すように眠る。




 こんな劣悪な環境なので、病も断続的に起きる。監視役達は『これを機会に、使えねえ奴の処分ができる』などと笑っている。そうやって笑っていた奴が病にかかって、奴隷達と同じように焼かれて死ぬのは滑稽だ。

 だが、今回は少し様子が違った。

 何でもその流行り病は国全体で起こっているらしい。苦役区画こそが世界のすべてである私達には、知った事ではないけれど。




「旦那様からのお達しだ、『清潔にせよ』ってよ!」


 だからと言って食事が増えたり清潔な衣類が与えられたりという事はない。奴隷の監視役から、泥水のような水を浴びせかけられるだけだ。日中であるからまだマシだが、これが夕方ともなればかえって身が凍え、いらぬ病にかかりそうだ。

 とはいえ、このような施策ともいえない施策が行われているのも、奴隷の価格が上がっているかららしい。

 そして、全国規模の流行り病では、下手に奴隷を買い入れると、病まで買い込みかねないらしい。損失は避けたいようだ。

 奴隷は掃いて捨てるほどいる――とはいえ、一時的な値上がりに加えリスクを抱えた奴隷を買い入れる気はないらしい。豊かさの象徴とはいえ、私達の旦那様とやらはそこまで無為無策でもないそうだ。なんでもいいが。

 ばしゃあと水桶で叩きつけられるように水が投げかけられる。外はともかく、この苦役区画は常に蔓延している程度の病しか発生していない。旦那様が心配しているほどの深刻さはなく、ただ監視役達のうっぷん晴らしの場にされているだけだ。


「ほらほら!これでいくらか綺麗になったか!」

「ははっ、アイツ、滑って転んでやがる!」


 こちらが歯向かえる元気が無いからと、好き勝手やっている。

 だが――


 その中で、はね飛ぶ泥水をかぶりながら、奴隷の様子を見ている監視役がいた。

 様子を見るといっても穏やかなものではない。髪やぼろきれ同然の服を引っ掴んで無理やりに顔を確認している。

 いつだか、畑の苦役をさせられていた時に見た、比較的若い監視役だった。何をしているんだろう。まさか、この苦役区画でも流行り病の病人が出て、他に同様の者がいないか確認しているのだろうか。

 ああ、でもいっそ、それならそれで。この地獄のような生活から命を失う事で『救われる』のなら、いいのかもしれない。……私はこのまま奴隷で終わるのだ。『呼び名』ですらない、通し番号だけつけられて。

 そう思っていると、監視役が眉根を寄せながら『これも違う』とばかりに奴隷の一人を乱暴に突き飛ばし――


 目が、合った。

 私と。

 監視役は、にいいと、口の端を満足そうに、釣り上げた。


「――そうだ。お前だよ、お前」


 今回は初回のため、1話と2話が同時更新されています!

 作家名『神空 うたう』のリンクから、完結済みの過去作品も見られますよ!


※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!

  三話以降、毎日一話ずつ更新します。


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