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孤高の彼女  作者: 赤虎
9/45

夏休みだ!バイトだ!

1


私は飛行機に乗ったことがない。当然、海外旅行もしたことがない。1度は飛行機に乗ってみたいし、それならば遠くに行きたいし、だから、ヨーロッパ旅行をしたくなった。とはいえお金がないので1年の夏休みはバイトでお金を貯めて、2年の夏休みに実行しようと考えた。夏休みの直前にそこそこ儲かるバイト先が決まったので気合を入れていた私に紗希が話しかけた。


「ハチ、夏休みバイトするでしょ?」

「するよ」

「良かった!じゃ、これ」


渡されたメモには紗希の汚い字で動物病院の住所と電話番号が書かれていた。


「何これ?」

「私達のバイト先。明後日から朝6時半集合だから遅刻しないでね」

「ちょっと、どういうこと?」

「だから、バイト先だって。勉強もできてお金も貰えるんだから、一石二鳥じゃん」


確かにそうだ。お金を貯めるにせよ、同時に勉強できる方がいいに決まっている。


「いや、私、別のバイト先が決まっているし!」

「断ればいいじゃん」

「はぁ?」

「この病院の院長、学部長の奥さんだから」

「何よそれ!」


やられた。外堀どころかいきなり内堀まで埋められてしまった・・・もはや選択の余地はない・・・


「・・・で、時給は?」

「750円」

「ちょっ・・・今時、高校生のバイトでもそんな安い時給ないでしょ!」


この動物病院が獣医学科学部生のバイトを時給1,500円で1人募集していたのは事実だった。それを見た紗希が即座に応募し、その際に750円でいいから2人雇ってくれと交渉したらしい。病院側も同じ予算でバイトを2人雇えるならそれに越したことないので、速攻で決まったそうだ。


「もう決まったことだから。宜しくね!」

「分かったよ・・・」


来年の夏休みも・・・否、これから卒業まで長期の休みは動物病院で安い時給で扱使われることが確定した・・・私の海外旅行の夢は紗希に瞬殺されてしまった。


2


夏休みが始まると同時に、私達のバイトも始まった。私達は6時半前に件の動物病院に出勤して診察の準備や掃除等の諸々の雑用を済ませると、診察開始時間までオペの記録動画を観るのが日課になった。当然、昼の休憩時間も雑用を済ませた後は食事をしながら記録動画を2人で観ている。この動物病院は、訴訟に備えて全てのオペを動画として記録している。裁判の証拠として使えるように画像は鮮明だし必要に応じて複数のアングルから撮影しているので、すごく勉強になる。紗希はこうした記録動画あることを知ってのうえでこの動物病院をバイト先にし、私を”誘った”に違いない・・・


「紗希ってさ、御飯食べながらこんなもの観てよく平気でいられるね」

「ハチこそ何故平気なの?」

「あっ、ヤバくない?」

「こんな雑なことしていると・・・ほら、やっちゃった・・・」


執刀中、誤って動脈を傷付けたらしく、いきなり出血が始まった。血圧低下のアラートが鳴り響く。


「まるで素人だね・・・」

「この角度だと見辛いけど、あそこに動脈があるの、基礎中の基礎じゃん。誰、こいつ」

「え~と、山崎先生」


「山崎先生、どうかなされましたか?」

「あのバイトの2人、さっきから僕の執刀に言いたい放題なんですよ。入学して3ヶ月しか経っていない1年坊主が生意気に・・・」

「いいじゃありませんか」

「一度、きつく言い聞かせるべきでは?」

「でもね、菊地さんの知識は大したものよ。八屋さんも何時も自分を菊地さんと比較するから気付いていないけど、彼女の知識も相当なものだしね」


「執刀医が替わったね」

「無駄な動きがないし、しかも早い。誰?」

「この人は・・・院長先生」

「あの女狐、伊達に院長してないね。これは勉強になる・・・」


「やはり一度お灸しないと駄目なようですね」

「ふっ・・・お任せしますよ、院長先生」


3


「猫が暴れなくなったんで診察や処置がし易くなりました」

「山崎先生は何が原因だと思われますか?」


バイトを始めてから2週間目、私達は診察と処置のアシストをするようになったが、この時から不思議な現象が起き始めた。今迄暴れていた猫が紗希の存在を認識すると途端に大人しくなり、ハムスターや小鳥は紗希の気配を感じただけで暴れるようになった。最初は紗希の挙動や身に着けている何かが原因だろうと誰しもが考えたが、紗希が何しようがどんな装いをしようが関係なしに猫は大人しくなり、ハムスターや小鳥は捕食者から逃げ出すが如く暴れ出す。その結果、紗希は犬猫専門にアシストするようになり、私はそれ以外の、ハムスターや小鳥の専門になった。


「僕が以前勤務していた病院では、犬や猫を病気や怪我をした動物の傍に居させることで一種の癒し効果を狙いある程度の治療成果を出していました。菊地さんはこの犬や猫の役割をしていることになりますが・・・」

「菊地さんは人間の女性ですよ?」

「しかし院長先生、動物達が彼女を猫と認識しているのであれば、今回の件は矛盾なく説明できます」

「その説明には大きな弱点がありますね」

「と言いますと?」

「何故動物達が菊池さんを猫と認識したかの説明が全くないことです」

「確かに・・・」

「原因は詳らかではありませんが、猫に対する診察と処置の時間が短縮され、前より多くの診察をすることが可能になりました。私はそれで十分です」

「まぁ、経営者としてはそれで・・・」


4


「えっ!」

「どうしたの、ハチ」

「この給与明細見てよ!時給単価が1,750円になっている!」

「増えたんだからいいじゃん」

「いや、後で入力間違えたから返せって言われるのも嫌だから確認してくる」


お盆休みが始まる前日、私達は7月分の給与明細を受け取ったが、記載された時給単価が1,750円、つまり1,000円も増えている。別の人の時給単価を間違えて入力したに違いないと考えた私は早速事務室に行って説明してもらった。


「で、どうだった?」

「院長の指示で増額したんだって」

「何言ったんだろうね、あの女狐」

「院長は私達の作業内容に問題ないし、勉強熱心だからとか言っていたらしいよ」

「その程度で2倍以上になるはずないじゃん」

「でしょ?だから私も突っ込んで聞いたら、此処だけの話ってことで、7月は来院が増えて利益が前年比で12%も増えたんだって」

「あれかな、私、夏休みは此処でバイトしますってSNSに書き込んだから・・・」

「それ!遠隔地からの来院も増えたんだって。モデルの菊地紗希に会うためにね」

「そんなとこだね・・・そうそう、これ・・・」


紗希は私に紙袋を渡した。


「昨日の晩にやっと届いたんだ。お盆休みの8日間、どうせすることないでしょ?」

「何これ・・・縫合と注射の練習キット!」


紗希は右手を私に差し出している。


「何?」

「55,000円」

「高い!」

「高鍋准教授御推薦のキットだから、これ」

「う~」

「今日じゃなくてもいいからさ、お盆明けには返してね」


返してって、人に無断で55,000円も買い込んで何言ってんだか・・・でもまぁ、ある意味紗希のおかげで実習的な意味もあるバイトができて、それこそ紗希のおかげで時給が増えて・・・文句言えないな・・・それにしても紗希は何故私だけをかまうのだろう?何時か聞かないと・・・

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