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孤高の彼女  作者: 赤虎
43/45

研究室へ

1


4月1日、桜木学部長は学長に、菊地教授は工学部長に就任し、桜木新体制は順風満帆な船出をした。桜木学長は就任早々に菊地工学部長、桃井農学部長と連名である通知を出した。それは新規の軍事研究は一切行わないこと、継続分は今年度予算で2割削減、翌年度以降は毎年3割削減していくという厳しい内容のものだった。もっとも、軍事研究を行っている研究室は工学部の2研究室に過ぎない。当然、これ等の研究室からは猛反発があったが、殆どの教授、准教授は軍事研究に無関心か嫌悪しているのでこうした反発は全く問題にならず、しかも大学全体の予算は農学部予算を増額することでむしろ今年度より増額されるから尚更だった。工学部はその分予算が削減されることになるが、農学部と工学部の共同研究枠を増やすので結果的に工学部は農学部経由の予算を含めれば今年度予算を維持することになる。こうした巧妙な予算要求で反発を抑え込み教授達の支持を確かなものにした桜木学長は次の手を打とうとしていた。それは、大学憲章を改正するために法曹関係者を含む検討チームを立ち上げることだった。


2


紆余曲折の結果、私は紗希と一緒に結城教授の研究室に配属されることになった。この研究室に今年度配属されるのは私と紗希だけ。つまり、飛び級の私達だけなので、変に気を遣う必要が無いので楽かもしれない。奈那も2年生の内に3年生の必修単位を半分以上取得していて、飛び級に王手を掛けていた。


「キュウ、明日から6時半に研究室に来な」

「えっ、いいんですか?」

「結城教授の許可を取ったから大丈夫だよ。奈那も研究室の雰囲気に今から慣れた方がいいからね」

「このアジトも今日限りか・・・この教室には3年間の思い出が詰まっている・・・此処でキュウが何回泣いたことか・・・」

「その話はもうしないで下さい!」

「何で?事実じゃん」

「意地悪!」

「奈那にとって黒歴史かもね・・・でも、名残惜しいね、此処は・・・」

「さて、思い出に耽るにはまだ早い。1コマ目に行こう!」


講義棟202号室。私達のアジト・・・紗希と出会い、その後は朝練の舞台になった、私にとっても3年間の思い出が詰まった場所だ・・・


3


「菊地さん、八屋さん、今週の金曜日に歓迎会するけど参加してくれるよね?」


十河先輩が私と紗希に声を掛けた。


「お断りします」


紗希の即答。歓迎会=酒盛り=時間の無駄、という極めて単純な紗希の理屈だ。


「えっ?君が参加しないと意味ないじゃないか」

「親睦を深めるのが理由なんでしょうけど、お酒飲まないと親睦することができないんですか、貴方達は?」

「そういう訳じゃなくて・・・」

「じゃ、どういう訳なんですか?そもそも、お酒なんて短期的にせよ正常な判断能力を失い、常習化すれば脳萎縮を起こす、つまり、害にしかならない物ですよね?そんな物をお金払って摂取するんですか?大体、酒盛りなんて時間の無駄です。そんなものに費やす時間があれば寝ていた方が遥かにいい」

「・・・八屋さんは?」

「私もお断りします。理由は紗希と全く同じです」

「・・・分かった・・・」


十河先輩は苦々しい顔で去って行った。早速やっちまったけど・・・まぁ、いいや。いずれ遅かれ早かれ衝突する。だったら早い方がいい。


「結城教授、今年度の歓迎会は菊地さんと八屋さんが不参加なので見送ります」

「不参加の理由は?」

「親睦のためなら酒はいらない、酒盛りは時間の無駄、だそうです」

「なるほど・・・確かにそうだな。分かった、歓迎会は中止だ。酒が飲みたければ有志で飲めばいい」

「教授、いいんですか?初日から勝手なことをしているんですよ、彼女達は!歓迎会のことだけじゃない、まだ3年生の桜木学長のお嬢さんを研究室に連れ込んだり、勝手し放題じゃないですか!」

「桜木学長のお嬢さんの件は僕が許可した。彼女も飛び級候補者で優秀な学生だ。今から研究室に馴染んでもらうのも悪くない。それと、十河君。忠告しておくが、先輩風吹かせると痛い目に遭うぞ」

「どうしてですか?先輩として研究室の規範を示さないとダメでしょ」

「誰が研究室の規範を作ったんだね?少なくとも僕は作った覚えがないが?」

「・・・」

「桜木動物総合病院の桜木玲子院長を知っているね?」

「はい、名医として著名ですから。確か、教授の2年先輩だったかと」

「桜木先輩が言うには、菊地君と八屋君は駆け出しの研修医より実力があるそうだ。つまり、君よりもね」

「そんなバカなこと・・・」

「彼女達は、長期休暇は桜木動物総合病院でバイトをし、GWには桜木先輩から直接指導を受けてきた。今後も可能な限り続けるだろう。」

「・・・」

「しかも、菊地学部長の影響なのか獣医師としての高い倫理観と社会経済一般の知識もある。君達が遊んでいる時、彼女達はひたすら勉強していたんだ。君には悪いが、その差は歴然としている」

「菊地学部長が菊地さんの・・・」

「そうだ、父親だ。今後、彼女達を特別扱いする必要はない。だが、年次が上だという理由だけで彼女達を無下にするとどうなるか・・・後は自分で考えたまえ」

「・・・失礼します・・・」


1日目が終わった。紗希は初日から唯我独尊を通している。そして・・・


「さて、7時だ!お腹減ったし、ハチ、キュウ、帰ろ!」

「おいおい、他の者は8時9時まで此処にいるんだぞ!」

「私達、6時半には此処にいますから。研究室にいる時間は同じか私達の方が長い。だから、ダラダラ居残るようなことしませんから、私達は!そうそう、明日は6時半に帰りますからね。当番なんで」


紗希はまるで喧嘩を売るような態度で研究室を出て行った。私と奈那も紗希に続く。奈那は心配そうな面持ちで私に尋ねた。


「八屋先輩、いいんですか?菊地先輩、初日からあんなデカい態度で・・・」

「大丈夫だよ。今まで紗希が窮地に堕ちたことある?」

「そう言えば全然ないですね。あれだけ唯我独尊でも不思議と・・・」

「理由は分からないけどさ、これまでも結果的に全て紗希の思い通りになっているんだから、今回も大丈夫だよ」


「ったく、飛び級だからといい気になりやがって!ところで、結城教授は?」

「帰ったよ。6時半頃に」

「はぁ?」

「4月に入ってから、教授は朝6時半に研究室に来ているんだ。毎朝5時前に起きているそうだけど、朝は邪魔が入らないから仕事が捗るってね。俺も勧められたぞ、6時半に来ないかって」

「・・・」

「確かに、研究するのであればダラダラ居残るより朝早く来た方がいい。俺も今日からしようとしたけど布団からなかなか出られなくて失敗したけどさ、明日こそ6時半に来るつもりだ」


研究室には既に紗希の影響が出始めていた。そもそも紗希の行動は極めて合理的なのだから当然だ。でも、それを快く思わない人達が既にいる・・・

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