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孤高の彼女  作者: 赤虎
42/45

抵抗

1


何も考えたくない・・・考えることができない・・・朝の自習も全く身に入らない。何も考えず、指示通りに身体を動かしている方が遥かに楽だ。正に魂が抜けた状態で迎えたバイト3日目の朝、奈那が神妙な顔で私と紗希が自習している会議室に入ってきた。


「父から伝言です・・・その前に、結城教授と太田教授が追試の実施を求める署名運動を昨日から始めたこと、先輩達は知っていますか?」

「知らないよ」

「私も・・・」


私は春休みに入って以降、大学関係のメールやLINEを一切見ていないし、紗希はそもそも自分にとって興味ないことを悉く無視する。だから、私達は署名運動が始まったことを一切関知していなかった。


「結城教授は菊地先輩と八屋先輩が研究室に来ることを望んでいて、2人の研究テーマの選定を始め受け入れの準備を整えていたんです。それを藤原教授と彼に同調した一部の教授や准教授の画策で八屋先輩が研究室に入ることができなくなった・・・それに激怒した結城教授が親友の太田教授と一緒になって、追試を受けられず単位を落し留年する羽目になった農学部の学生17人の救済を求める署名を始めました。この17人の中には八屋先輩も入っています」


そんなことになっていたのか・・・


「父はこの署名に賛同していますが、立場上表立って動くことができません。ここからが父からの伝言ですけど、今月中に農学部の教官と学生それぞれの8割以上の署名を集めて欲しい、それができれば、追試の実施と追試を拒む教官を処分する旨の通達を学部長名で出すと言っています」

「何故、桜木学部長はそこまで・・・」

「若者がチャンスを失うことを父は許せないんです。父は若い時、相当苦労したようですから・・・しかも、今回は医師の診断書と出勤記録、出席記録を分析した結果、藤原研究室の准教授が大学にウイルスを持ち込んだようなんです。だから、父は藤原教授の対応に激怒しています」

「でもさ、再度追試を拒まれたらそれで終わりでしょ。教官を処分したって留年した学生は救われないじゃん」

「父の案では、それでも追試を受けられない学生は、前期の期間中に別の教官による追試を受けC以上の評価を得ることを条件に単位を取得したものと見做し、卒業研究に就かせることになっています・・・これを結城教授と太田教授、両教授の下に集まっている学生達に内々に伝えてくれとの、父の伝言です」

「そうか・・・ハチ、キュウ、行くよ」

「行くって、何処に?」

「大学に決まってるじゃん!」

「でもバイトが・・・」

「八屋先輩!何言ってんですか!バイトなんてどうでもいいでしょ!少なくない教授や学生が17人のために立ち上がっているんですよ!当事者の八屋先輩が傍観してどうするんですか!」

「キュウの言うとおりだよ、ハチ。行こう・・・でも、その前に院長に説明しとかないとね。脱走する訳じゃないんだから」


私達は院長室に赴いた。院長は既に桜木学部長から話を聞いていたようで、ただ


「頑張ってね」


と微笑んでいた。


2


本館の前には大勢の教授や准教授、学生達が集まっていた。紗希が教授の1人を捕まえて話を聞いたら、署名はネットで集めているとのこと。既に4割を超える署名が集まっていた。1日で既に4割以上・・・皆、今回の一部教官の対応に怒っているんだな・・・私は怒ることすらできなかったけど・・・紗希は結城教授を探し出すと、奈那から聞いた桜木学部長の伝言を説明した。紗希の説明を聞き終わると、結城教授は太田教授と相談を始めた。やがて・・・


「諸君!貴重な情報がもたらされた!今月中に農学部の教官と学生それぞれの8割以上の署名が集まれば、追試の実施と追試を拒む教官を処分する旨の通達を桜木学部長が出すとのことだ!」

「ホントですか、結城教授!」

「信じていい。諸君、必ず8割以上の署名を集め、17人の学生を救済しよう!そして、屁理屈を並べ彼等の将来を捻じ曲げた連中に正義の鉄槌を下そうではないか!」

「でも、それでも連中が追試を拒んだらどうなるんですか?連中が処分されても、17人を救済することができません!」

「それでも追試を受けられない学生は、前期の期間中に別の教官による追試を受けC以上の評価を得ることを条件に単位を取得したものと見做し、卒業研究に就かせる特例措置を実施するそうだ。だから、必ず署名を集めるんだ!こんなことで17人の将来を歪めてはいけない!」

「此処にいても時間の無駄だ。各自、更に協力者を集い、全ての教官、全ての学生に署名してくれるよう要請してくれ!我々に与えられた時間は限られている。今直ぐ作業に取り掛かろう!」

「おう!」

「やるぞ!」


本館前は異様な熱気に包まれていた。当事者ならともかく、そうでない学生達まで本気で抗おうとしている。仲間を守ろうとしている・・・


「ハチ、キュウ、電話とLINE使って徹底抗戦するよ。私もSNSを駆使するし、三島弁護士と相談するから」


紗希、ってか如月エリカのフォロワー数は600万を超えている。それを使う気だ。未だ9時過ぎだ・・・家に帰って、私も本格的に動こう。


3


それから、私はもっぱら電話とLINEで署名の協力を依頼し続けた。中には自己責任だとか冷たい反応もあったけど、殆どの学生達は明日の我が身と考えてくれて、署名に協力してくれた。奈那は三島弁護士から得た知識を基に、追試を実施しないことが教育を受ける権利に対する重大な侵害であり人権侵害であるとSNSで展開していた。紗希は如月エリカとして、あくまでも友人から聞いた話に過ぎないけど、と言いながらとわざと大袈裟にあることないこと書き連ねた結果、少なくないマスコミが食らい付き、そのマスコミは大学に押し掛けた。その結果、今回の追試拒否は世間の抗議の的となった。そして月末、教官の92%、学生の87%の署名を集めた結城教授と太田教授は桜木学部長に署名を提出する。翌日までに確認作業を終えた桜木学部長は、教官で91.2%、学生で85.6%の有効署名が集まったことを宣言し、その日のうちに通達を出した。完全に包囲された藤原教授達は大人しく追試を実施したが、過去の職務怠慢を理由に処分された。そして、私を含む17人は追試を受け、卒業研究に就くことができた。農学部で追試がなされた結果、工学部も内外の圧力で追試を実施せざるを得なくなり、一旦は留年の憂き目にあった学生達は全員救済されることになる。


私1人じゃ何もできなかった。でも、皆が守ってくれた。結城教授の私憤から生じた署名運動だったかもしれない。だけど、何もしなくても誰からも咎められることが無いにも関わらず、多くの学生が自分のこととして受け止め、私達を守ってくれた。このことは一生忘れない。そして、私も何時か、別の形で恩返しをしないと。それが、たぶん人としての宿命なのだろうから・・・

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