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孤高の彼女  作者: 赤虎
25/45

二度目の夏休み

1


夏休みが始まると同時に、私と紗希のバイトが始まった。1年前と同様、朝6時半前に動物病院に出勤し、往診の準備とその後のビデオ学習で1日が始まる。もっとも、初日は途中まで奈那と一緒だった。だけど・・・


「・・・気持ち悪い・・・」


とだけ言って奈那は小会議室から逃げ出した。


「・・・」

「まぁ、仕方ないよ。そもそもキュウはオペに向いてないし」

「どうして?」

「指が全部親指だから」

「いや違うでしょ。細くて綺麗な指じゃない」

「不器用な奴のことを英語でAll thumbsって言うでしょ?」

「あっ、確かに・・・」

「キュウに執刀されたら治る子も殺されちゃうよ。彼女は診断医が一番向いている」

「確かにね・・・あっ、戻ってきた」


奈那は本とノートを抱えて小会議室に戻ってきた。私達に背を向けて座ると、自習を始める。ビデオは観ないが勉強はするつもらしい。夏休みの期間、毎朝2時間勉強すれば相当の勉強量になるのは確かだ。


で、その日の昼休み。私と紗希が御弁当を食べながらビデオを観ていると、昼食を終えた奈那が入ってきた。


「・・・先輩達・・・御飯食べながらこんな気持ち悪いもの、よく観れますね・・・」

「気持ち悪い?あんたの腹の中にも同じような物が入っているでしょ?」

「そうですけど・・・」

「今から慣れておかないと解剖実習できないよ」


紗希に言われた奈那はビデオを観ようとするけど、


「やっぱダメ!」


と言って朝同様、後ろを向いて自習を始めた。


「今は無理しなくてもいいけどさ、解剖実習は必須だからね!」


紗希は箸でおかずを口に運びながら言う。奈那は黙って自習していた。


2


「片桐さん、どうしてここまで放置したんですか?この子、随分前からだるそうにしていたでしょ?」

「・・・はい・・・実は・・・お金が無かったので・・・でも今朝血を吐いてこれは病院に行くしかないと・・・」

「・・・分かりました・・・悪化していますが、命に別状ありません。薬を処方しますから、食後に飲ませてください」

「でも・・・」

「大丈夫です。事務室に連絡しておきますから。では、御大事に・・・」

「ありがとうございました・・・」


明らかに症状が悪化した柴犬だった。でも、幸い命には別状ないとのこと。山崎先生はカルテ記載後、事務室に電話した。


「事務長ですか?山崎です。これから片桐さんが会計しますが、例の方法で宜しくお願いします・・・はい・・・それで結構です・・・では」

「先生、例の方法って何ですか?」

「今日の診察料と薬代は僕が立て替える。随分前からそうしているんだ」

「えっ?」

「ペットが傍にいることでどれだけ精神的に癒されるか、君にも分かるだろ?生活困窮者だからと言って、ペットと暮らすことを否定する風潮に僕は反対だ。誰しも、ペットと暮らす権利がある。金がないなら僕が立て替える。今後、月1,000円でも500円でもいいから返してくれればそれでい」

「でも・・・」

「今迄、踏み倒した人はいないよ。そもそも、踏み倒すような人間は病気のペットを病院に連れてこない。片桐さんも何時になるか分からないけど、必ず返済してくれるさ。さて次は・・・黒木さん!黒木正樹さん!」


私は呆気に取られていた。山崎先生と言えばオペが下手、これは名執刀医の院長との比較だから山崎先生には酷なのだが、まぁ平均的な獣医師としか私は見做していなかったのだが、今回のバイトで常にアシストするようになると、その迅速かつ的確な診断に眼を奪われるようになった。その上、この崇高さ・・・紗希とは異なるアプローチだけど、動物と人間の関係を真摯に考えていないとこうはできないだろう。


「八屋君、この子、検査するから」

「はい!」


ゴールデンリトリバーの5歳雄、長期の下痢と食欲不振からリンパ球性白血病の疑い。血液検査だ・・・


3


「おっ、時給単価が3,000円になっている!」

「ははは、桜木学部長も観念したか」

「えっ?」

「実はね、随分前に桜木学部長に会った時、利益が10%以上増えるのであれば、その利益を2人に還元しろと言ったんだよ」


給与明細が家に届いた。それ見て私が思わず叫んだのだが、菊地教授が間髪入れず裏事情を話してくれた。


「そうだったんですか?」

「現役トップモデルが2人勤務して、しかも1人は大学のミスコン優勝だからね。これは物凄い宣伝効果になる。それで利益が10%以上増えることが見込まれるんだから、当然だろ?今期はもっと利益が増えるかもしれない」

「でも、他の人達に悪いような・・・」

「いいんだよ。八屋君と紗希には商品価値がある。だから、相応の対価があって当然だ」

「商品って・・・」

「商品化が嫌なら、資本主義を否定しなければならない。そもそも、資本主義はあらゆる物を商品として扱うことで成り立つんだから」

「じゃ、どうしろと・・・」

「答えは古典にある。19世紀に答えは既に出ている。あるいは宇沢弘文の思想にね」


分からない。紗希は菊地教授の思想を理解しているのだろうか?・・・商品化・・・欧米ではペットは保護施設から引き取るのが当たり前だ。決して購入しない。だけど、ペットショップで売買するのは先進国でも日本だけだ。つまり、ペットが商品になっている。商品として売買の対象になることが動物達にとって幸せなのだろうか?紗希はそれを既に理解し解決策を持っているとでも言うの?


「紗希は、商品化の矛盾を理解しているんですか?」

「たぶんね。紗希がファッションモデルのバイトを始めたのも、自分の商品価値を知っていたからだよ。自ら商品になることで、逆手を取った。八屋君もゆっくり考えればいいよ。必要なのは、あらゆることに疑問を持つことだ」


デカルトの言葉だ・・・全てを疑え・・・私に欠けていたものかもしれない・・・大学入学まで何も疑わずに過ごしてきた。でも、今は違う。動物達にとって何が必要で不要なのか、自分で明らかにしないと・・・


「八屋君・・・」

「はい?」

「今日は何が食べたい?」

「特にないですけど・・・」

「じゃ、お任せでいいね?」


菊地教授は確認すると買物に出かけた。そう、今日は菊地教授の当番日だ。でも、何で何が食べたいなどと聞いたんだろう?何時もそんなこと無いのに・・・私は疑問に思いバイトしている紗希にLINEで聞いてみた。暫くすると


「今日はお父さんの誕生日だよ」


とのこと。そう言うことか・・・何を買ってくることやら・・・

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