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孤高の彼女  作者: 赤虎
24/45

御褒美

1


奈那は挫けること無く朝練と自習を続けている。夏休みも実家の病院で無償バイトをすることになった。紗希に何回泣かされても挫けないのは立派だ。もっとも、紗希は奈那を虐めているわけではなく、少し甘えたところがある奈那にイラついて普段でも汚い言葉に拍車がかかっているだけだ。奈那もそれが分かるのか、概ね妥当な紗希の指摘に素直に従っていた。紗希も汚い口調であれこれ指摘するだけでなく、奈那が自分で理解し新たな知識を得た際には褒めたりしていた。その結果、奈那は次第に紗希との距離を縮めている。事情を全然知らない第三者の目には、奈那はストックホルム症候群を発症した患者に映るだろう。そうじゃないと断言できないとこが辛いのだが・・・


「私、後期はできる限り2年生の必須科目を選択します!」


夏休み直前のとある昼休み、3人で御弁当を食べていると奈那が唐突に宣言した。水餃子の一件で菊地教授の言葉に感化された奈那は積極的に家事をするようになったそうで、最近は自分で作った御弁当を持参するようになった。


「あんた簡単に言うけどさ、前期試験は大丈夫なの?」

「大丈夫です!これだけ勉強しているんですから!」

「でもね、紗希が出す課題は試験勉強に役立つとは限らないよ」

「でも・・・」

「いいじゃない、ハチ。キュウの好きにさせれば。ハチだって1年前、何処まで自分で考え理解していた?」

「まぁ、そうだけど・・・」

「ところで菊地先輩、前期試験で好成績だったら御褒美くれますか?」

「あんたは御褒美が無いとやる気起きないの?」

「だって、高校の時も試験でいい点取れば父が御褒美くれましたし・・・」

「私はあんたの父親じゃないし、そもそも何か与えられなければ勉強しないと言うのであれば、さっさと大学辞めちまえ!」


始まった・・・しかも昼休みで大勢の学生が集まり行きかう広場の真ん中で大声張り上げて・・・奈那は泣いちゃうし、皆見てるじゃないの・・・ったく、もう・・・


「奈那はどういう御褒美が欲しいの?」

「・・・」

「泣いていたら分からないじゃない」

「・・・菊地先輩とデートしたい・・・」


何ですと?紗希とデート?そうか、ストックホルム症候群と言うより、一種の恋愛感情なのかもしれない・・・確かに、唯我独尊で成績優秀、自信に満ち人をグイグイ引っ張って行くとこなんか下手な男より遥かに男らしいからな・・・なるほど・・・私はこの手の話が大好きだ。


「どういうデートがしたいのかな?」

「・・・御茶して、美味しいピザ食べて、ショッピングして、晩御飯食べて・・・」

「紗希、この程度なら・・・」


あっ、紗希の笑み、例の悪魔のような・・・何企んでいるの?


「キュウ・・・叶えてやるよ。Aを9割以上取るのが必須条件。ただし、Dを1つでも喰らったら残りが全てAでもダメだという条件を飲めばね」

「紗希、厳しすぎない?」

「何で?1年の前期後期でハチはオールAだったじゃないの。ハチにできてキュウにできない根拠でもあるの?」

「それは・・・」

「どうなの、キュウ?条件を飲むの?飲まないの?」

「・・・やります・・・全部Aを取ります!」

「よく言った。楽しみにしてるよ。さて、もう時間だ・・・」


私と紗希は奈那と別れて3コマ目の教室に向かった。


「何故急に受け入れたの?」

「キュウは場所を指定していない。生協で畜産学科が搾った新鮮な生乳飲ませて、ピザは学内で入手した採りたてのトマトやバジル、新鮮なチーズを使ってお父さんが造ろうとしている石窯で焼いて、ショッピングは商店街でして、晩御飯はハチの絶品カレーを食わせれば納得するよ。ピサは現時点で未知数だけど、お父さんは凝り性だから試験結果が出る頃には高レベルなピザが焼けるはず・・・地元にいい物が沢山あることを知るのもいいでしょ?」

「なるほど・・・てっきり悪だくみだと思ったけど、まともな企画じゃない」

「そういうこと。しかも私にとって普段の生活リズムとあまり変わらないしね」

「じゃ、奈那が条件満たせば、撮影のない9月の祝日に決行だね」

「たぶん大丈夫だよ」


何だ?紗希は奈那が条件を満たすと踏んだ上で提案したのか?私は奈那の力を見縊っているのだろうか・・・


2


石窯はお盆休み最終日に完成した。初期トラブルが発生したものの、菊地教授は9月初めには扱いに慣れて色々な物を焼き始めた。前期試験終了後、私は学内で調達できるピザの材料を集め、朝から生地を作り菊地教授と一緒に焼いてみた。


正直、物凄く美味しい!


なるほど、食材の鮮度が決定的なんだ。カレーは張り出しのバーベキュー台に寸胴を置いて炭火でコトコト数時間煮込めば、具は跡形もなく溶けてしまうけど濃厚で上品なカレーができることが確認できた。紗希の思惑どおりになるかもしれない。


ただ、ピザを2~3枚焼くためにそれなりの量の薪を使い、石窯を500℃まで上昇させるのは余りにも効率が悪い。薪は夏休みの初めに大学の演習林で出た大量の間伐材を貰い受け家に運び込んだので只同然だが、発生した熱を使用せずに放出させるのは問題がある。そこで菊地教授が考えたのは、石窯内部の床面に鉄パイプを張り巡らし、水を循環させ水蒸気を発生させることでタービンを回し発電するというもの。ただ、紗希が言うには


「タービンやら蓄電池やら買い込んで元採れるの?」


とこと。それでも教授は嬉々としてDIYに勤しんでいた。


3


前期試験の結果が出た。奈那は夏休みに相当頑張ったのか、BとCを1つずつ取った以外は全てAだったので、紗希の条件をクリアした。


「Bはいいとして、Cは何?」

「体力学実技です・・・」

「あっ、分かる気がする」

「・・・」

「条件をクリアしたんだから、敬老の日にどう?」

「はい、ありがとうございます!」


私は前日の日曜日がオフだったので、学内を走り回りピザの材料を物色し、月曜日の朝に取りに行った。何処にでも熱心な学生や院生がいるものだ。皆、休日なのに野菜や牛、豚の世話をしている。私の突然の申し出にも関わらず皆が快諾してくれた。材料が揃うと次はピザの生地を作り寝かす。次にカレーの具を切り揃え寸胴に入れてバーベキュー台で煮始めた。最後に特製のトマトソースを作る。これで準備万全だ。


「約束だから、今日は御茶して、窯焼ピザ食べて、ショッピングして、晩御飯にしよう」

「ありがとうございます!菊地先輩とデートできるなんて夢のようです!」

「じゃ、最初に御茶しよう」


「あの・・・生協の喫茶室ですよね、此処・・・」

「そうだけど、何か?」

「もっとお洒落なとこの方が・・・」

「これは今朝畜産学科の連中が搾った新鮮な生乳なんだよ。文句は飲んでからにして」

「はい・・・美味しいです!濃厚で、本当に美味しい!」

「でしょ?これだけのもの、お洒落な店で飲める?」

「いえ・・・」

「次は窯焼きピザと・・・」


「疲れました・・・もう30分以上歩いているんですけど・・・こんな住宅街に名店があるんですか?」

「もう直ぐ着くよ」

「此処、菊地先輩のお家ですよね?」

「お父さん!連れて来たよ!」

「桜木君、菊地亭にようこそ。これからピザ焼くから少し待ってね」

「えっ?」

「お父さんがね、石窯造ったんだよ。それでピザを焼く」

「直ぐ焼けるから。ピザができたらコーヒーを淹れよう」


「美味しい!都内の有名店より美味しいかもしれない!」

「そりゃそうだよ。今朝大学の農場で採れたトマトやバジル、畜産学科から分けてもらった新鮮なチーズを使って、この反射炉で焼いたんだから」

「反射炉?」

「これ、SNSとかで見る石窯より細長いでしょ?」

「そう言われればそうですね・・・」

「この形状が旨さに影響するのかどうか分からないけどさ、とにかく美味しいでしょ、農学部が育てた新鮮な材料で作ったピザは」

「はい!美味しいです!」

「コーヒーをどうぞ」

「これ、この前いただいたのと全く違う!凄く美味しいです!」

「これね、キリマンジャロの生豆を購入して、直前に炭火で自家焙煎したんだ。お湯も炭火で沸かしたから、これまでのもものと全く違うだろ?」

「はい、これだけのもの、滅多に飲めません!」

「次はショッピングですね・・・」


「キュウは高校の時、部活は何していたの?」

「サイクリング部でした。もっとも、3年生の時は幽霊部員でしたけど」

「じゃ、多摩地区最高のショップに行こうか?」

「行きます!久しぶりだな!何処にあるんですか?」

「付いてくれば分かるよ」


「此処って・・・」

「おじさん!2階見ていい?」

「おう、紗希ちゃん!上がってくれ!あれ、桜木の嬢ちゃんじゃねぇか?今日はハチの嬢ちゃんは?」

「ハチは家で留守番してる。それよりおじさん、キュウは高校の時サイクリング部だったんだってさ」

「そうかい、嬉しいねぇ!ささっ、遠慮なく2階に上がってくれ!」

「この店はね、1階はママチャリと子供用自転車だけど、2階はマニア用、3回がプロ・セミプロ用なんだよ」

「そうだったんですか。私は普通の自転車屋さんかと・・・」

「おじさんはね、足を怪我して引退する前はS級S班の競輪選手だったんだ」

「何ですか、そのS級S班って?」

「競輪選手の頂点に位置する選手集団だよ」

「凄い人だったんですね・・・あっ!ルネ・エルスのランドナーだ!クランクもオリジナルだ!これ、都内の有名なサイクルショップにも置いていない貴重な自転車なんですよ!凄い!しかも3台もある!」

「御目が高いね、桜木の嬢ちゃん」

「これ、買えるんですか?」

「当然だよ。だけど、ド素人やにわかマニアには絶対に売らねぇよ」

「でしょうね・・・パリの宝石ですからね・・・あっ、こっちにはTA5ピンのランドナーがある!凄い!凄い!」

「桜木の嬢ちゃん、何時か買ってくれよな。ランドナーは最近人気が無くてさ。こいつ等も寂しがっているから。ただし、スポークの狂いを修正できる程度の技量が無ければ売らねぇよ」

「分かりました!練習しますから!何時か絶対に買ってやる!」

「どう?都内の有名なサイクルショップと比べて」

「参りました。地元にこんなに凄いお店があるなんて・・・」

「どうする?もっと此処にいてもいいけど?」

「もう少し見させて下さい。貴重な物が沢山ありそうなんで」


「おじさん、長居してごめんね」

「すみません、興奮してしまって・・・」

「いいってことよ。それにしても嬉しいじゃねぇか。価値が分かる若いのがいるってよ」

「あまり褒めないで下さいね。この子、すぐ調子に乗るから・・・さて、御飯食べに移動しようか?」

「はい!」


「・・・また菊地先輩のお家ですよね・・・」

「そうだよ。ハチ!準備はできてる?」

「できてるよ!味も整ったし、何時でも食べられるよ!」

「外で食べるんですか?」

「そうだよ。開放感があっていいでしょ」

「紗希、御飯よそって。炊飯器はここにあるから」


「準備できたね」

「じゃ、いただきましょうか」

「何これ!凄く美味しんですけど!仄かな酸味があって、香辛料とのバランスも最高じゃないですか!」

「これね、大量のトマトが入っているんだよ。今朝農場で収穫したトマトがね」

「でも、具が入っていませんけど?」

「具は全部溶けちゃったんだ。8時間煮込んだからね。でもね、鶏肉だけで1kg使っているんだよ、これ」

「これ、おかわりできる?」

「できるよ。紗希の分は小さい鍋に移しといたから」


少し早めの夕食は、日が沈む頃に終わった。再度、菊地教授の淹れた自家焙煎コーヒーを飲みながら、私達は暫し歓談していた。


「今日は充実した1日でした。楽しかったです!」

「分かったでしょ?SNSとかで宣伝されている所謂お洒落な店や有名店より、地元で採れた材料を使った料理やそれこそ地元の隠れた名店の方が遥かに素晴らしいってことが実感できたでしょ?」

「はい、目から鱗って、こういうことなんですね」

「そういうこと・・・でもさ、単価凄いよね、今日のピザとカレーとコーヒー」

「君達、今日の料理が旨いもう1つの理由は何か分かるかい?」

「調理に時間をかけたからですか?」

「違うな」

「じゃ、事前研究をしっかりしたとか?」

「それも違う。金に糸目を付けなかったからだよ」

「そうだよね・・・今日の費用、全部ヘソクリから引いとくから」

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