元凶と元凶
「ーーナルーシェ」
その声は、一見、いや一聞きする分には遠慮しているようにきこえるが血を分けた兄弟である私からすればあの声色は遠慮しているようでしていない声色だ。例えるなら、笑顔で「やれるよな?」訳せば、「やれ」そう命令される状況と言っていいだろう…いわば裏が存在するのだ。柔らかいその声色の裏にも恐らく、何かがある。ーーそう感じたのは私の後ろにいるシュタも同様らしく苦い顔をしていた。そのままちらりとシュタに目線だけ送ると代わりに返事をしようかと無言で提案してきていたが、ここはそういうわけにはいかないだろう。あの兄は私を指名してる。手をあげてシュタにその提案を断るジェシュチャーをして重たい腰をあげた。
ゆっくりとドアに近づき、ドア越しに声をかける。私たちのいる中と、兄のいる向こうの流れる空気はきっと違う。
「ニルギーシェお兄様、こんな早くにどうしました?」
「あーいや…ナルーシェ、どうした?なんかあったのか?声が少し暗い」
「な、にを言ってるんですか何もないですよ!」
「ならいいが……」
…なんだこれ。
あの兄が私を心配するなんて。いつもと違うモヤモヤが心に引っ掛かる。
「…あっ、お兄様!お部屋に入られますか?」
「いや大丈夫だ」
「お兄様…なにかあったの?」
「…クククッ!ナルーシェにもいい報告ができるぞ!そのまま聞くか?…いや、後でにしよう!着替えたら大広間で朝食をとるから準備しておいてくれ」
「えっ、大広間ですか?朝食をとるには広すぎるような…?」
「母も父も同席する」
「はぁ!?母と父も!?…どうしてそんな突然」
「二人にも伝えなければいけないことがあるからな!」
「伝えなければいけないこと…?それは…」
「それは機密に関わるから朝食の場で話す。忙しくなるとは思うが頼むぞ」
「…かしこまりました。」
返事がなくなったあとすぐに壁にそっと耳を当てて外の気配を追う。兄の足音は聞こえていない。…配慮しなければいけない全てに片がついたのを見計らって大きくため息をついた。
「……うちには後先考えないやつがいる。」
「そうだな、これは嫌な予感がする」
「…さっきまで会話していたことがほんの数十分で現実に起こるなんて…ありえないわ。」
「ナル。大丈夫か」
「あー……うー。ほぼ100%ダメね。けど仕方がない。今回はちょっと特殊だから、何が起きるのか読めないこと厄介なの。ただ、あのバカでも替え玉のことを両親にバラすようなことはしないと思える。……というかそうであってほしい」
「まあな」
「両親にバレてもいいこと…そんなこと…」
「いやちょっと待て、バレてもいいじゃなくて…違う場にしようと考えてるってことはないか?」
「…どういう?」
「例えば、自分の考えたことを国王様たちの前で認めさせたい…とか」
「………やりかねない」
「どちらにせよ、行かなきゃはじまんねぇ。ナルーシェ様、お着替えを。」
「わかった」
顔が似ているというだけで公務を実の妹に替え玉として向かわせる可笑しい兄だ。何を考えているか分かれば大分楽だが、そうは読めない。がしかし、分かることと言えば良くないことだろう。……なにせ、兄は殆どの公務をかわっているせいか国の重要事項については必ず私かシュタに相談をするはず。それなのに、今回のことは私にもシュタにも伝えておらず兄の独断で決めた否定のしようがない決定事項のようなものにも伺えているのだ。なんにせよ、よからぬことに違いない。
「両殿下がいらっしゃるのでしたら、ドレスはこちらのほうがいいですね」
「そうね」
シュタの出してくれたフリルがあしらわれているドレスを受けとり胸に抱き抱えた。家族総出なんて珍しい気恥ずかしいが早く着替えなくてはとそう思い、着替えようとした瞬間。するりと首筋に触れる感触。
「……ちょっとッ」
擽ったさに身動ぎ抗議の声をあげるとその手は首筋を越え肩の上をするするとなぞりあげた。
「シュタッ!」
「…はい?」
しばらくすると、首筋を隠していたホックを器用にプツリプツリとはずされ首筋が露になってしまう。
「…シュタ…!!」
首筋を守るように手をかける。
振り向くよりも先にシュタが首筋に唇を寄せ、ちゅと音を立たせた。
「護る。護ってやる。」
低くすこし掠れた甘い声。首筋でシュタが呟いた声は耳の側だったからか耳の奥にじんわりと響き甘い痺れに指先がピリピリと痛んだ。
「シュタ」
少しはだけた服を押さえながらシュタの方を振り向き手を離す。パサッと全ての服が足元に溢れる。私を隠すものはなくなりシュタの目の中に裸の私が写った。さっきシュタは私を"護ってやる"そう言ったけれど私はそれは望んでいない。私は、ナルーシェだから。
「私はナルーシェよ」
「はい。」
「護られたりしたくない」
「……どういうことです」
心臓がバクバクと揺れている。
「私が貴方を護るの」
「私は護られるようなタマじゃないでしょ?」そう伝え服を抱え足早に水場に向かった。シュタからの返事はない。私はどこかの国のお姫様じゃないんだ。シュタやリュン…それだけじゃない私の大切な人を護ることが私の生まれてきた使命だと思っている。それはどんなことが起きようと変わらない。
それが私"ナルーシェ"なのだ。
◇◇◇
水場に向かったナルーシェを一人、じっと見つめた後シュタは足元に視線を落とした。そしてクツクツと声を出さぬように喉で笑う。
「ーだからだよ、"お前"だからだよ。」
その呟きは誰にも届いていない。
また更新を開けてしまいました。
すみません……!まだまだ続きます。