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 貴族の令嬢が公衆の面前でギロチン刑にされ、その遺体が動き出したなどという与太話が流布した数年後。

 王国では、巨大な犯罪シンジケートが形成されていた。

 ここ二年ほどで一気に犯罪組織をまとめあげた恐るべき手際。経歴が一切の謎に包まれているが、その頂点に立つのは女性だというのだ。

『首なし女帝』

 王都の新聞社に勤める私は、彼女のことをひっそりと調べ続けていた。

 そして、ようやく接触できた情報屋は、こう語る。


「オレは長く情報屋をやってるがな。あの嬢ちゃんほど、表裏の使い分けがうまい人間は他に知らねえ」

 ――というと?

「たいていの奴はな、目ぇ見れば分かるんだよ。こいつは何を考えてるのか、どういう経歴の奴なのか、嘘をついてるのかどうか。それだけがオレの自慢だった」

 ――それは……すごいですね。

「ああ、そうだろ、仲間内からは、よく占い師にでも転職しろって言われたもんさ。そしたら百発百中で評判になるだろうってな。そんくらいオレの観察眼は確かなもんだった。……でもな、あいつだけは別だ」

 ――別、という、まるで考えが読めないのですか?

「いいや。違う。むしろわかりやすいくらい分かるんだ。オレはあの嬢ちゃんを見た時、こう思ったんだよ。『世間知らずのカモがいる』ってな」

 ――え?

「初めて会った時、そう思ったんだよ。こいつぁ、どっかの金持ちか貴族のご令嬢だってな。なんの事情があるか知らねーけど、ノコノコやって来たどっかのご令嬢をどうだまくらかしてやろうか、身代金を取ろうか、なかなかの美人だしどっかに売っぱらって金に換えてやろうか……はっ。いま考えると笑えるけど、そう考えちまうほど隙だらけで頭が軽そうな嬢ちゃんだって思ったんだ。俺の長年の経験がそう判断した。こいつはカモだ、ってな」

 ――それは……。

「いまだからこそ分かるけど、ありゃ演技なんだろうけどな。いろいろあってオレぁいまじゃあの嬢ちゃんにこき使われる立場にいるから、時々顔を合わせるんだが……いまでも、嬢ちゃんの顔を見るたびに思うぜ」

 ――なにを、ですか?

「『世間知らずのカモがいる』ってな」

 ――……。

「笑えるだろ。今でもオレは、あの嬢ちゃんが頭からっぽで世間のことをロクに知らないアホな貴族の令嬢かなんかに見えちまうんだ。耄碌じじいのたわごとに聞こえるかい?」

 ――い、いえ、そんなことは……。

「おいおい。ずいぶん正直な反応じゃねーか。……なあ、密偵さんよ」

 ――!?

「見りゃぁ、そいつが分かるって言っただろうが。新聞社なんかに勤務して偽装してるのはいいけど、詰めが甘いぞ。あれか? 嬢ちゃんの顔が数年前に処刑されたどこぞのご令嬢様にそっくりらしいだとかいう噂を確かめに来たのか? はっ。最近、王妃様がノイローゼになっただ王様が精神失調になっただの原因がそれらしいしな」

 ――な、なんのことをおっしゃっているのか……。

「そうかい、ありがとよ。知りたいことは全部わかったよ。おい、お前ら。出てこい」

 ――な、なにを……くっ。は、離せ!

「『首なし女帝』の周りを嗅いでたんだ。ばれないとでも思ってたのか?」

 ――わ、私をどうする気だっ。

「知りたいことは知れたんだ。後は好きにするさ。それに、ここだけの話なんだが……あの嬢ちゃん、生首を愛でる趣味があるんだよ」

 ――!

「じゃあな、王家子飼いの密偵さんよ。嬢ちゃんの顔の確認なんてどうでもいいことで、自分が生首になっちまうとはなぁ。嬢ちゃんの首から上なんて、一番どうでもいい部分だろうが。首なんて、あの嬢ちゃんにとっちゃ擬態で、ないも同然なのによ」






「いま、何かものすごく失礼なことを言われた気がするわ」


 食事中、唐突に生首ちゃんがなにかほざき始めました。


「どうしたんですか、生首ちゃん」


 生首ちゃんにご飯を食べさせてあげていた褐色の肌をした女の子が、律儀に反応します。

 いまは私と生首ちゃんは分離しています。まだ十歳前後の褐色ちゃんが生首ちゃんを胸に抱きかかえ、ご飯を運んであげているところです。

 その褐色ちゃんの言葉に、生首ちゃんは眉を顰めます。


「生首ちゃんっていうの、やめなさいよ。私の名前、知ってるでしょう?」

「いえいえ。胴体様がそう呼んでるなら、わたしもそれにならいますよー」


 生首ちゃんの視線に怯える様子もなく、褐色の肌をした異人風の少女はにこにこ笑って受け流します。

 この褐色ちゃんは、私たちが下水生活を始めたばかりの頃、生首ちゃんを盗もうとしたという剛毅な経歴を持つ女の子です。下水道生まれの子なのですが、どうやら小脇に抱えた生首ちゃんが貴重品に見えたそうで、私の手から生首をちゃんを盗んで逃げようとして、びっくりして悲鳴を上げて腰を抜かしたのが初めての出会いです。

 以来、秘密保持も兼ねてこの褐色ちゃんとは一緒に過ごしています。なかなか見込みのある子で重宝しています。


「胴体が様でわたしはちゃん付け……いまいち納得できないわね」

「そうですか? 誰がどう考えても妥当です。はい、あーん」

「む。……あーん」


 褐色ちゃんが生首ちゃんの口元に、ご飯を持っていきます。それには特に抵抗したようすもなく、生首ちゃんは口を開けて受け入れます。そのままもぐもぐごっくんと咀嚼した食べ物がどこへ消えるかは、永遠の謎です。

 食事は私がやってもいいのですが、その昔の食事中で、ご飯を生首ちゃんの口元に運んでは食いつく寸前で引っ込めるという遊びをしてからかっていたら、短気な生首ちゃんが怒ったのです。以降、褐色ちゃんが食事係になりました。

 傍から見てるとどう見ても餌付けされている生首ちゃんに、褐色ちゃんはほにゃらんと頬をだらしなく緩めます。


「ふふふー、生首ちゃんはかわいいですねー。胴体様。生首ちゃんをもらっちゃダメですか?」

「ダメに決まってるでしょ!」


 即座に叫ぶ生首ちゃんはガン無視で、褐色ちゃんはきらきらとした目を私に注いでいます。

 ですかが、こればっかりは生首ちゃんの言う通り、ダメです。

 褐色ちゃんには伝わらないことを承知で、私は生首ちゃんに同調します。

 だって、生首ちゃんは、私のおもちゃです。


「だーれがおもちゃよ!」

「そうですかー。ダメですかぁ」


 生首ちゃんの叫びを聞いて、私の言葉を悟った褐色ちゃんがしょんぼりと肩を落とします。この子、生首ちゃんが大好きなのですよね。とても変わった趣味をしています。

 さて、そろそろ時間ですね。

 食事が終わったのを見計らって、私は褐色ちゃんから生首ちゃんを取り上げます。


「ん? 外出するの?」


 ええ。

 生首ちゃんに答えながら、私は生首ちゃんと首をくっつけて首なしゾンビの状態から人間らしさを取り戻します。

 今はちゃんと私と生首ちゃんは接続できるようになっています。首の断面部分をとある職人さんによって手入れしてもらったので、首をくっつけて接続部分にスカーフでも巻いてもらえば普通の人間として大手を振って外出できます。

 ちなみに首の断面部分を加工してくれた職人さんですが『たとえ俺が死んでも――いいや。娘、女房を質に入れてでも秘密は厳守させていただきます』と、とても誠実な言葉で目から涙を流して力強く守秘義務を破らないと誓いを立ててくれた信頼できる方にお願いしました。

 だから今のところ『首なし女帝』が、生首ちゃんと私で分離できることを知っているのは、褐色ちゃんとその職人さんだけです。


「あなたがやっぱり悪魔だって確信できた出来事の一つだわ、あれ。それで、どこへ行くのよ」


 しみじみと思い出を共有する生首ちゃんに、私は微笑みの思念を送ります。

 ちょっと、とどめを刺しに行くんですよ。


「とどめ?」


 ええ。ほら、この間、生首ちゃんを王様に合わせてあげたじゃないですか。


「ああ、うん。あれは楽しかったわね!」


 言うと、生首ちゃんがぱっと顔を輝かせました。

 私が作ったこの組織からは、お金をいっぱい国に流しているので、貢物にちょろっと混ぜて箱詰めにした生首ちゃんを送ってあげたのです。婚約破棄されて殺された生首ちゃんの恨み晴らしも兼ねた、王様をびっくりさせようというサプライズ精神に満ちた催しです。

 ちなみに、私は同行しないで、生首ちゃん単品で王様の部屋に届けてあげました。回収は褐色ちゃんに一任してみましたら、嬉々として計画実行をしてみせました。褐色ちゃんはできる子です。


「あいつ、バカみたいにおどろいちゃって。スカッとしたわー。で、それと何か関係あるの?」


 ありますよ。それの、続きです。


「続き?」


 察しが悪くて頭が悪い生首ちゃんには、これ以上は秘密です。


「行ってらっしゃいませ『首なし女帝』様」


 恭しく頭を下げる褐色ちゃんにひらりと手を振って部屋を出ます。

 かつての恋敵の陰に恐れるノイローゼの王妃。最近、かつての婚約者で、もう死んだはずの令嬢のしゃべる生首と会ったなどと妄言を喚き散らして精神失調を患った国王。官僚組織には、とある犯罪シンジケートから大量の資金が流入した結果、組織ぐるみの賄賂が横行。国政はめちゃくちゃになっています。

 その不具合の歪みによって発生した民衆の不満はたまりにたまっています。この国は、もうつつけば爆発するような火薬庫のようなものです。

 そんな衆愚共が振るうべき武器も、いまの私なら格安で用意してあげられます。

 さ、いきましょうか、生首ちゃん。


「ね、ねえ。なにを言ってるかさっぱりわからないんんだけど、とにかくものすごく不安なんだけど。どこへ行くの? ねえ!?」


 汚ねえ花火を上げに行くんです。

 この国の火薬を爆発させて、盛大な花火をあげる最後の一押しのすべく、私はるん、と足を弾ませて歩き出します。きょどきょどして不安そうにしている生首ちゃんの感情に流されることなく、胴体の私は堂々と闊歩します。

 かつて、一方的に処刑された女の子が叫んだ言葉。


『よくもよくもよくもやってくれたわね。今から全員を呪ってやるわっ。私を嵌めたやつらも、私を殺したあんたも、それを笑って眺めていたあんたらも! 全員呪い殺してやるわっ』


 そんなバカみたいな言葉が実現するなんて、ゾンビになってよかったと思えるくらい、とても愉快じゃないですか。

 そのための導火線に火をつけるのは、やっぱり自分の手でやりたいものです。


「や、やっぱりやめときましょう? 絶対ロクなことにならないから! ねえ! 聞いてるの!?」


 こんな楽しそうなこと、やめるわけがありません。

 半泣きになる生首ちゃんをさらりと無視して外に出ます。屋敷から出た私を出迎えたのは、懇意にしてる情報屋のおじいちゃんでした。


「おう、嬢ちゃん。準備はもういいのか」

「あ、情報屋のじじいじゃない! ねえっ、いまから私を縛って監禁して! たぶんとんでもない事しようとしてるわ! 世界の平和のためよ! 早くして!!」

「はっはっは! さすが、首なしだな。俺でもちっとも嘘だ演技だのには見えねーわ。あんたの言うことにゃ、もう騙されねーよ」

「私の言うことちょっとくらい聞きなさいよぉおおおおお!」


 仲良さそうに会話をする二人をほほえましく思いながら、胴体な私は空を見上げます。

 今日はよく晴れた日です。この国の終わりが始まる、とてもいい日になるでしょう。


「さ、女帝様。盛大な祭りを始めようか」


 ええ。

 おじいちゃんの言葉に、心中で力強く頷きます。


「いやよ! そんな祭は中止よっ。衛兵さーん! ここに怪しいやつらがいるから捕まえてぇえええええ!」


 生首ちゃんが往生際悪く抵抗していますが、ここら一帯の警備隊はもう買収済みです。

 絶対に、邪魔させませんよ。なにせ、こんな胸がわくわくするようなことは、前世ですらありませんでしたからね。

 だから、思うのです。


「や、やめっ、乗るなぁ! 乗ったらなにかが終わるわっ!!」


 生首ちゃんの叫びをにぎやかにして馬車に乗り込みながら、私は自分の生まれて来た意味を呟きます。

 そうです。きっと、私はこの日のために――



 ――処刑後の悪役令嬢の胴体になりました。



その後、国が滅んだとさ。





宣言通り、上中下で完結になります。

つまり、断じて続きませんのでご安心ください。


ご感想や評価をいただけましたら、とても喜びます。

それでは読者様の暇をつぶせましたら、何よりです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] とっても面白かったです [一言] タイトル見て気になって 読んだら腹筋ちょっとつりかけましたww
[良い点] 最初から最後まで笑わせてくれたこと。 [一言] 久しぶりに腹の底から笑わせていただきました! あ、初めまして。もう何ですかこれ。こんなに笑ったのは久しぶりです。呪ってやるぅ!ってイキってる…
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