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腕自慢大会

 お祭りの日、ミザルの町は雲一つない快晴が広がっていた。普段は、冒険者以外は滅多に訪れることのないこの町も、今日ばかりは各地から集まる観光客で溢れる。


 もちろん、私たち宿屋はてんてこ舞いだ。部屋は全室フル稼働で、私も母さんも上へ下へと走り回っている状態だ。


 大忙しなのは、宿屋だけではない。街道には町中の商店や行商人が出店をだし、大通りがすっかり埋まっている。その全てが、珍しい石のアクセサリーや東洋の家具など、訪れた人の目を楽しませるものばかりで、目移りしてしまう。


 だが、それらはあくまで前座でしかない。山神祭昼の部、一番の目玉イベントは、なんといってもギルド対抗腕自慢大会である。


 出場ギルドは全部で30組。くじで決められたトーナメントに沿い、大会は進行される。ルールは簡単で、町の外れに用意された直径20mの円形闘技場の上で、ギルドから選出された冒険者が一対一の勝負をし、枠の外に足をついた方の負けというものだ。


 なんとか全室の掃除を終え、夜まで休みをもらった私は、同じく仕事を抜け出してきたアンナとおちあい闘技場に向かった。着いた時、すでに残りは8ギルドに絞り込まれており、ちょうどハルさんが上段に登るところだった。


「うひょー、初恋の君じゃない。相変わらずお美しいね」


 隣でひょこひょこと背伸びを繰り返し、なんとか壇上を見ることに成功したアンナが口笛を吹いたのも頷ける。


 ハルさんは冒険に行く時よりもずっと軽装で、シンプルな分、却ってすらりとした体躯や気品のある身のこなしが際立っていた。鞘を抜いた時、黄色い歓声が湧いたのは聞き間違えではないだろう。


 と、ハルさんの目が、私たちを捉えた。

 軽く手を掲げ微笑んだハルさんに、つい頬が赤くなる。言っておくが、これは不可抗力というものだ。未練がないとはいえ、あの笑顔で見つめられ、ときめかない女子は女子ではないだろう。アンナでさえ、悩ましげに額に手を当てた。


「うーん、これはミアが次の相手を見つけられないのも、無理はないなー」

「……未練はないからね?」

「でもでも、やっぱしこの試合、初恋の君を応援するんでしょ?」

「するに決まってるでしょ、大事なお客様だもの。ほら、相手の人出てきたわよ」


 指差した先に出てきたのは、毛皮のような物を纏った大男だった。“大熊”と呼ばれるその冒険者は、ミザル・ブルクには泊まったことはないが、毎年大会の上位に残っているため見覚えがある。


一般に冒険者は剣を武器として装備するのが主流だが、大熊は文字通り拳を武器とする。両腕から拳にかけて金具で覆い強度を高め、筋肉で盛り上がる腕から繰り出される拳は、岩をも砕く威力だ。


 大熊は檀上に上ると、顔面を半分覆う兜の向こうで目を光らせ、咆哮を上げた。


「すごっ……、まるで野獣じゃない」

「始まったわ!!」


 審判が掲げた黄色の旗を合図に、二人の冒険者が同時に動いた。


「うおぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」


 先に仕掛けたのは、大熊だった。彼が両腕で地を打つと、ボコボコと音をたて檀上に岩が突き出した。地割れと共に突き出した岩たちが、ハルさんに襲いかかる。


「力を与えたまえ、レグルスの神」


 ハルさんがそう言葉を紡いだ途端、ハルさんのロングソードが瞬いた。迫りくる岩の波にも表情一つ変えずハルさんが剣を振るうと、旋風が巻き起こり、無数の岩たちが一瞬にして真っ二つに裁断された。


 ギャラリーに歓声が沸きあがる中、アンナが目をぱちくりとさせた。


「何? 何が起きたわけ? 」

「魔導具の力を引き出したのよ。ハルさんの剣は、翠石で鍛えたもの。だから、石の力を使って風を操ることができるの」

「あんた、そんな知識まで勉強したわけ? 愛の力ってやつ?」

「ち・が・う!!宿屋で働いていると、自然と耳に入ってくるものなの、……って、ああ!」


「どうだ、どうだぁぁぁー!スペシャル連続乱れ打ちだぜーーーー!!!」


 アンナと軽口を叩いている間に、大熊は距離を詰め、凶暴な拳を連続で打ち込み始めた。どうやら大熊は、自慢の拳にものを言わせ、ハルさんを力づくで闘技場からたたき出す戦法を取ることに決めたようだ。


 すさまじい威力に土埃が舞う中、ハルさんは時折拳を剣で受け止めながら、まるでステップを踏むかのように軽やかに避け続けている。だが、じりじりと端へ追い詰められているのは事実であり、このまま防御を重ねるだけでは劣勢に回るのが目に見えた。


「あわわわ……まずいんじゃない? 」

「ハルさん……! 」


 思わずハルさんにもらったブレスレットを握りしめた時、ハルさんの眼光が鋭く光った気がした。と、次の瞬間、ハルさんは大熊が繰り出した拳をかわし、大熊の腕を踏み台にひらりと宙に舞った。


「なっ……!」


 大衆がどよめく。大熊が動揺から立ち直り、体制を整え新な拳を打ち込む前に、ハルさんは空中でくるりと回転し、まっすぐに剣の切っ先を大熊に向けた。


「少し、手荒にしますよ」


 ロングソードが、真一文字に振られた。途端、ぶわりと突風が駆け抜け、まるで竜が翼を広げて獲物に食らいつくように、風の渦となって大熊を襲った。


「大熊が! 大熊が吹き飛ばされるぞ! 」

「うぉ?! おおおおぉぉ?!?!」


 文字通り、大熊の巨体が宙を舞った。私もアンナも、あんぐりと口をあけて、大男が頭上に浮かぶという在りえない現象を見守るしかなかった。


「お、落ちてくるぞ!」

「逃げろ!!! 」


 誰かが叫んで、私たちは我に返った。冗談じゃない。大熊の由来は、筋肉隆々の熊のような大きな体だ。そんなものに潰されたら、私もアンナも哀れぺちゃんこになってしまうことだろう。


「ア、アンナ!! 」

「あわわわわわわっ! 」


 自分がぺらぺらの布みたいに潰される未来を確信したそのとき、大熊の体がふわりと浮いた。そして、ハチの巣を散らしたように逃げ惑っていた観客が見守る前で、大熊はふわふわと漂い、誰もいない空間に静かに降ろされた。


 誰もがわけもわからず首をかしげる中、闘技場の上で、鞘にロングソードを収めながら、ハルさんがにこりと笑った。柔らかな髪が、太陽の光を受けてきらりと輝く。


「離陸から着陸まで、しっかりサポートしますよ。楽しいお祭りで、怪我人を出してはいけないですからね」


 極め付けに、ウィンクひとつ。それも極上の。

 くらりと眩暈がして、私は額を押さえた。私だけじゃない。隣でアンナも、そのまた隣で別の女の子も、頬を染めて悶絶している。


 前々から思っていたけれど、今日確信したことがある。

 私の初恋の人は、どこまでも罪なお方です。


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