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ミザル・ブルクの看板娘  作者: 枢 呂紅
[番外編] ふたりで紡ぐ、道の先には
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冒険者の本領


4つの刃が激しくぶつかり合い、きぃんと澄んだ音が星空の下を駆け抜けた。


「ほぅ、さらに重さを増すか……っ! 」


感心したように目を細めてから、男はすさまじい力でゼノ王子と俺の二つの剣を打ち返した。あまりの勢いに体が傾げそうになるが、猛威を奮う双剣がその暇を与えてくれない。


大きく体をひねったり、勢いをつけて身を翻したりと、一つ一つの動きは目で追えるほどだというのに、そこから繰り出される斬撃はあまりに速く重い。たったの一撃が致命傷となりうる剣が、まずは一人目と絞られた俺に注がれる。


こいつ、さらに強くなりやがった。


コヨルガに破壊された大門の瓦礫を渡り、地の理を取る。そうしてなんとか互角に剣を交えながら、俺は確信せざるを得なかった。


手加減と評するのは、少し違う。こいつの場合、剣が二本に増えたことで、得意とする戦闘スタイルが確固たるものになったんだ。


守備を顧みず、攻撃に全振りをした分、懐に飛び込んでくる体は一見もろく危なげだ。だが、恐ろしいほどのスピードと鋭い剣が、反撃の余地すら与えない。その姿は、暴れ狂う高等クラスのモンスターをも思わせる。


競り勝てるだろうか。頭をよぎった考えを、俺はすぐに払いのけた。


より速く、より重く。相手が力で押し切ろうというなら、それを上回るだけの力をぶつけるまでだ。男が重ねた身勝手な所業、そこから湧き上がる強い怒りを剣に宿し、笑みを浮かべる男と何度もぶつかり合った。


「リゲル殿! 」

「了解!! 」


大きな瓦礫を蹴って、体をひねる。間一髪で、わずかに空いたスペースに、無数の氷の矢が突き刺さった。そのいくつかが、避け損ねた男の体を掠め、こけた頬に赤い線をにじませる。


「この俺を無視するとは、いい了見だ」


一瞬だけ男の足が止まったところに、ゼノ王子のロングソードがうなりを上げて飛び込む。さすがに腕がしびれたのか、その剣を額の上で受け止めた男の顔に、苦痛が浮かぶ。


「俺の相手も終わっちゃいねーぞ! 」


がら空きの背中をめがけて飛び込むが、男の反応の方が一枚上手だった。長い前髪の間から三半眼が覗いたかと思えば、次の瞬間、振り向きざまに剣を投げつけてきた。


予想外の行動に姿勢が崩され、隙が生まれる。男がそれを見逃すはずがなく、ゼノ王子の剣を跳ね除けてから、くるりと体を回転させ、勢いそのままに強烈な蹴りを叩きこんできた。腹に決まった一撃に、息が詰まり、吐き気がこみ上げた。


「立てるか? 油断したな」

「……おかげさまで、体は丈夫に生まれたんだ」

「頭を冷やせ。人の姿をとっているが、あれは猛獣と同じだ。――ここをレグルス山と心得ろ。そうすれば、必ず勝機が訪れる」


なぞかけのような言葉だが、荒い息で痛みを逃がす俺は、頷くしかない。苛立ちを覚えてゼノ王子を見るが、男の挙動から目を離さない軍師様は、それ以上のヒントは無用と判断したようだ。


俺が体制を整えている間に、男の方も、近くの家屋に突き刺さった剣を引き抜き、両手に構えなおした。恐ろしいことに、あれほどの身のこなしを見せた後にも関わらず、男の背中に疲労を見て取ることはない。


「貴様、名は何という」


張り上げたゼノ王子の問いかけに、男は無造作に答えた。


「シオン。下の名は知らない」

「なるほど、シオンか」


それがどうしたと訝し気な男に対し、ゼノ王子は青い瞳をすっと細めた。


「俺が認める男に一撃を報いたことに敬意を表し、貴様の名は覚えておこう。だが、国を背負う王子として、民を守る騎士として、貴様はここで倒す」

「今更に口上を垂れるとは、王族は律儀なものだ」

「出し惜しみは無用と、貴様に釘を刺したまでだ」


あからさまな煽りに、しかしシオンは全力で乗ってきた。ますます鋭さを増した双剣だが、受ける方のゼノ王子もさすがだ。金属がぶつかりあう音が何度も響きあい、華美なマントが翻るのに合わせて、戦局が目まぐるしく移り変わる。


だが、直接、ゼノ王子と対戦をした身としては、ひたすら剣を受けるだけの王子の姿勢に違和感を覚えた。対して、完全に興が乗っている様子のシオンの身のこなしを見ていると、互角ではあるのに、王子の方が劣勢であるような錯覚を覚える。


頭を冷やせ。

ここを、レグルス山と心得ろ。


――なるほど、そういう意味か。


「こっちもいるぞ!! 」


王子と入れ替わりレイピアを繰り出せば、少しの乱れもなくシオンの剣が撃ち込まれる。それに全力でぶつかるのではなく、力を逃がして受け流す。あくまで、相手に気持ちよく主導権を握らせたまま。


「二人がかりでこんなものか?! もっと、俺を楽しませてみろ!! 」


氷の矢を剣で砕き、レイピアを力でねじ伏せ、俺と王子を交互に相手にしながら、シオンが叫ぶ。気の遠くなるような緊張感の連続で、よもや、本当にこちらが劣勢に立たされているのではないかと疑いはじめた時、ついに勝機は訪れた。


瓦礫から瓦礫へと飛び移った俺につられて、大門の残骸の一つに足をかけたシオンの体が、かくりと傾いた。唐突に力が抜けた右膝に、シオンの顔に驚きが浮かぶ。


チャンス到来。すかさず、シオンの足場に向けて、白き石の力を放つ。シオンは地を蹴って避けようとするが、力の抜けた膝にタイミングが合わず、結果、崩れた足場とともに大きく体のバランスを損ねた。


前髪から覗く驚愕を浮かべた目が、なぜ、と叫んでいた。


俺が錯覚したように、シオンも勘違いしたことだろう。自分は二人を相手に優勢であり、あと少しで片が付くと。だが、実際は違った。


双剣を操り、パワーで押し切るシオンの戦闘スタイルは、短期決戦に有利な反面、消耗が激しく長期戦には不利だ。それがわかっていたからこそ、俺たちは奴に主導権を渡し、決着があと少しでつくものだと勘違いさせ続けた。


「冒険者をなめるなよ」


耐えて、耐えて耐えて、一瞬あらわれた隙をついて攻守を逆転させる。

消耗戦は、冒険者の本領発揮だ。じゃなきゃ、レグルス山なんざ登れるか。


踏み込んで一気に間合いを詰め、まずは右手の剣を跳ね上げた。剣は、踏ん張る足場を持たないシオンの手を離れ、面白いくらい遠くへ飛んでいった。


次に、左の剣を狙う。限界を迎えた体にむち打ち、とっさに剣を構えなおしたシオンには称賛を送るべきだろう。だが、守護の力に覆われたレイピアの一撃を受け、その剣は無残にも砕けて折れた。


あっという間に、無防備にさらされたシオンに対して俺は、――道を譲った。


王国を揺るがした大罪人を前に、氷の皇帝がオレンジに燃える空を背負い立った。それは、王都を守ろうとするかのようでもあり、シオンに振り回された多くの人々の怒りを代弁するかのようでもあった。


一切のためらいなくロングソードをシオンに向けて、ゼノ王子は冷たく告げた。


「調教師、シオン。言っただろう。貴様は、ここで倒す」


ロングソードの先が青白く光り、何かが飛び出した。避ける間もなく、それはシオンに直撃し、シオンの体は後ろに吹き飛んで壁にぶち当たった。そのまま、ずるりと音がして、シオンの体は力なく土の上に横たわった。


「……殺したのか? 」

「馬鹿を言うな。殺してしまったら、情報を聞き出せないだろう」


恐る恐る聞いた俺に、剣を鞘に戻しながらゼノ王子が顔をしかめる。とても無事には見えなかったが、王子がそういうなら手加減したのだろう。氷でできた鎖を体に巻き付け、ぴくりとも動かないシオンに対し、俺はほんの少し同情を覚えた。


「リゲル殿が残ってくれて、救われた」と、ゼノ王子は青い瞳を細めた。「俺一人では、この戦略はとれなかった」

「んなこといったら、王子サマがいなけりゃ俺は、今頃は双剣の餌食だったろうよ」


冗談半分、本気半分で俺はぼやいた。消耗戦に持ち込んでなお、シオンの体力はすさまじいものだった。あれで、普通に正攻法で戦い続けていたら、腕の一本や二本失うことになったかもしれない。


もし一人でシオンと対峙したら、どう戦うべきか。そんなシミュレーションを頭の中で繰り広げようとしたところで、ゼノ王子が拳を突き出してきた。俺がきょとんとその拳を見つめると、焦れたように王子は口を開いた。


「巷では、こうして互いの健闘を称えあうと聞いた。――いい連携プレーだった。共に戦えてうれしく思うぞ、リゲル」

「あんたこそ。ええと、ゼノ王子? 」


「ゼノでいい」不満そうに、王子サマは目を逸らした。「俺は確かに王子だが、それだけでは息が詰まる。お前の前では、ただの冒険者で構わない」

「わかった、わかった。年上だから継承付けろって、後で文句言っても無駄だぞ」


にやりと笑ってやれば、ゼノはほっとしたように表情を緩めた。最初の頃は、いけ好かない奴だと思っていたけどなぁと、なんとなく感慨深くなりつつも、はっと思い立って俺は顔をしかめた。


「けど、ゼノのこと大好きな家臣様に、不敬罪で殺されるのはごめんだぜ? たとえば、あのディートハルトって男とか……」


「ゼノ様―! 」


噂をすれば影、大通りの向こうから馬で駆けてくる、ゼノ様大好き家臣筆頭一番のディートハルトの姿に、俺は文字通り飛び上がった。


戦闘後で荒れた街並みを、数名の部下を連れて駆け戻ってきたディートハルトは、素早く馬をおりるとゼノの前に跪いた。


「ゼノ様、リゲル殿。よくぞご無事で」

「王宮の方は、どうした? 」

「火が上がったのは、リリア離宮のみ。私が到着したときには既に、すべての民が火を逃れた後でございました。他に燃え広がる様子もなく、事態は収束にむかいつつあります」


その報告に、ゼノと俺は顔を見合わせた。


「それは……、とても良い知らせだが、随分と手際がよかったのだな」

「民の一人が、早期に火事を発見し、避難を促したと聞いております。火事の報告を受けた、グレイ殿下のご対応も素早かったと」


それを聞いて、俺は胸をなでおろした。遠くの空に立ち上る火を見たときは頭に血が上ったが、全員が逃げたということは、ミアも無事ということだ。


俺とゼノはディートハルトが引いてきた馬を借りて、意識を失ったシオンを連れ、一行はシャールブルン宮殿へと先を急いだ。


その時の俺は、大勢の避難住民の中からミアを見つけられるだろうかなんて、そんな呑気なことに頭を悩ませていた。



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