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ミザル・ブルクの看板娘  作者: 枢 呂紅
[番外編] ふたりで紡ぐ、道の先には
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すったもんだ


 真っ先に復活したのは、リゲルだった。


「おい、ユフィリア! いい加減なこというんじゃねーよ。いくら冗談でも、正真正銘の彼女の前でその発言は笑えねーぞ」

「そうだ、ユフィ。お前の冗談は昔からわかりにくい。客人に無用な心配を与えるな。……私から、厳しくいっておく。ミア殿、申し訳ない」


「冗談ではありませんの」


 やれやれと肩をすくめて抗議をするリゲル。リゲルに次いで復活して、顔をしかめて首を振るゼノ様。その両方が、ユフィリアさんの発言で固まった。


 ――えっと、つまりこの状況を整理すると、リゲルと私は付き合っていて、ユフィリアさんはそれを知っていて、ついでに将来はリゲルと結婚するつもりで?


「…………リゲル? 」


 私たちを取り巻く空気が、一気に数度下がった気がした。ぎぎぎぎと音がしそうなモーションで、リゲルが恐る恐るこちらを振り向く。その顔が私の表情を見たとたん、ひきつって凍り付いた。


「ミア?! ま、まさか、こいつの戯言を真に受けたとか言わないよな……? 俺のこと、信じてくれるよな? 」

「それは、これからお話ししてみないと、わからないかしら? 」


 にっこりと笑って答えると、リゲルの口から「ひっ」という声が漏れ出た。みると、アーサーさんまで頭を抱えている。完全に場が凍り付く中、ゼノ様がこほんと小さく咳をした。


「――とにかく、まずは客人をお部屋にご案内する。そのあとは、ささやかながら夕食を用意させていただこう。……だから、ユフィ。お前とは、そのあとに話をするぞ」


☆ ☆ ☆


 カチャカチャと、金属の食器とカトラリーがぶつかる音がダイニングルームを満たした。


「大丈夫? 長旅で疲れてしまったのかな? 」

「ああ、はい。ちょっと、ぼーっとしちゃって」


 隣に座るハルさんが、私のお皿をのぞき込んで眉を下げた。スプーンを口に運ぶ途中で、いつの間にかトリップしてしまっていたようだ。


 すると、今度はハルさんとは反対の隣で、母さんが呆れた声を上げた。


「ほらほら。あんた、こぼしちゃっているよ」

「へ? うわ、ほんとだ。って、あっちぃ!! 」


 何やらガチャンと騒がしい音がして、気が付いたメイドさんがあわてて駆け寄っていった。何が起きたんだって? 知らないわよ、そっちを見ないようにしているのだから。


 さすが王宮というべき、金の縁取りがされた豪華のダイニングテーブルは煌びやかで、ちょうどよいタイミングで運ばれてくる料理はどれもすんごく美味しい。運んでくれる使用人さんたちの呼吸もばっちりで、何一つ申し分ない、完璧なディナーなのに。


「リゲル様、大丈夫ですの? ローゼン、リゲル様のお召し物を拭いて」

「かしこまりました、お嬢様」

「いらねえよ! 俺にかまうな、ユフィリア! 」


 思わず、カトラリーを持つ手に力がこもってしまった。できるだけ気にしないようにしてきたけれど、ため息をついて私は正面に座るユフィリアさんに視線を移した。


 ユフィリア・アーカードさん。武器商であるアーカード商会の一人娘で、ゼノ様の推薦を受けて受賞がきまった一人だ。


 (自分のことは棚にあげて)まだ10代の女の子が受賞なんて、と驚いた。けれど、それもそのはず、メイデン工房のヴァンさんが言っていた『やり手のお嬢様』とは、まさしく彼女のことだ。


 食事の最初に、ゼノ様から簡単に紹介があった今だからわかる。

 アーカード商会は、王都に連なる武器商の中で一番の売上をたたき出す巨大商会だ。それを支えているのは、代々主人を務めてきたアーカード家の確かな目利きによる質の高い武器で、アーカード商会に行けば冒険の成功率が上がるとまで言われている。


 特に、このユフィリアさんというのは一族の中でも群を抜いた審美眼の持ち主で、先のメイデン工房みたいに、腕は確かなのに販売ルートを持てないような小さな工房をたくさん掘り出して、結果、産業ギルド全体の活性化まで成し遂げてしまったという化け物だ。


 ためしに、ユフィリアさんの側近だというローゼンさんに話を振ってみたら、


「ええ、それはもう、お嬢様のようなお方には、生涯で二度とお会いできないでしょう」

「お嬢様の先を見通す目の確かなことといったら! 」

「あの方がいてくだされば、アーカード商会、いえ、この王国はますます発展していくと確信しております! 」


 ものすごく絶賛された。ていうか、心酔していた。


 問題はその『やり手のお嬢様』が、唐突に「リゲルくんと婚約します」宣言をしてきたことだ。将来の旦那様に指名するって、つまり、婚約を結ぶってことと同義だよね?


 今思えば、私とリゲルの関係を確かめたとき、ヴァンさんが含みを持たせていたのはこのことだったのだろう。私たちのことが噂になるように、ユフィリアさんがリゲルを狙っているというのも話が流れていたと考えれば自然だ。


 当のリゲルは、メイデン工房や廊下でのやり取りを見る限り、完全に寝耳に水だったようだ。まっすぐすぎる性格が祟ってか、リゲルは嘘をついたり隠し事をしたりするのは下手だ。だから、彼自身がすごく戸惑っている、なんてのはまるわかりだ。


 そう、リゲルを見ていれば、彼を疑う必要がないのなんてわかっているのに。


「まぁ、リゲル様。そのままでは、シミになってしまいますの。どうぞ、拒まれず……」

「いいから! 頼むから、俺のことはほっといてくれ! 」


 ああ。私、目も耳もおかしくなったのかな。

 言い争っている二人が、花舞う中でいちゃこらしているように見えるなんて。


「……それで、さっきの話に戻るが、その密猟集団ってのはどんな奴なんだ? 」

「通常、モンスターを捕縛する場合は、事前に届けを出し認可を得てから行うだろう。そうした手続きなしにモンスターを捕らえ、売り捌く連中というのがいるのだ。当然、買う方も裏稼業の人間で、罰するべき輩だ」


 これ以上、ユフィリアさんを睨んでいても仕方ないと判断したのだろう。アーサーさんに話を振られたゼノ様は、こめかみから細い指を離して、別の意味で表情を引き締めた。


 ちなみに食卓を囲んでいるのは、ゼノ様が推薦した受賞者とその家族だ。とはいっても、明日以降到着する受賞者もいるらしく、アーカード商会の二人を除けば、ここにいるのはエーアガイツ団とその関係者だらけである。


「竜の子を捕らえた連中は、『調教師』というコードで呼ばれる、以前からアマルノを拠点に活動をしていた密猟集団だ。よほど慎重な連中なのだろう。何度も摘発対象に上がっていたが、構成員の人相も、人数すらわかっていない」

「けど、依頼した傭兵がいるだろう? 」

「話を持ちかけたのは、調教師の方だ。しかも連絡は全て文で行われ、竜の子を受け渡した時ですら顔を合わしていない」

「手紙? それだと運び人が必要じゃねーか。却って、足が付き添うなもんだが」


 パンをちぎりながら、口をはさんだのはデニスさん。ちなみに隣に座る奥さんは、荒っぽいデニスさんの言動からは想像もつかないような、優しそうな目をした可愛らしい人だ。


「当然、俺もそう考えた。だが、運び屋は存在しなかったんだ」

 そういって、ゼノ様は首を振った。


「それじゃあ、どうやって手紙なんて……。まさか」

「奴らが使ったのは、人ではない。鳥だ」


 ゼノ様の言葉に、食堂を囲んでいた者たちが絶句した。私は、ルルの首にかけられた首輪、『制魔の輪』のことを思い出していた。


「それって、例のあの首輪を使えば、それくらい簡単にできちゃいそうですが……。そんなに驚くほどのことなんですか? 」

「制魔の輪はね、そこまで万能じゃないんだ。ルルは知性が高かったから良くも悪くも自由がきいたけど、普通は単純な指令を出すのがやっとだ。特定の相手に間違えずに手紙を運ぶなんて、訓練でもしない限り不可能なんだよ」


 ハルさんが教えてくれたことで、ようやく合点がいった。確かに、ルルは言葉が通じたからあれこれ意思疎通できたし、結果として泥棒の片棒を担がされていたけど、その辺のモンスターが同じことできるかっていうと、そうではないよね。


「手紙を運んだのは、なんてことない野鳥だったそうだ。伝書鳩だと目につくからという判断での選択だろうが、よほど動物の扱いに長けた人物がいると考えて間違いないだろう」


 動物の扱いに長けた人、か。

 颯爽と暴れ馬の前に立ちはだかり、すぐさま事を収めてくれたシリウスさんのことが、頭をよぎった。同じ動物と心を通わせる才能を持っていても、それを人々の為に役立てているシリウスさんと、裏に染まって密猟で稼ぐ調教師では大違いだ。


「せっかくの才能、密猟なんて使い方すんなよな」

「まったくよ。ある意味、才能の無駄遣いだわ」


 んん?

 まったく同じことを考えていたから返事をしてしまったけれど、今のって?


 ちらりとだけ目線を傾けると、案の定ばっちりとリゲルと目があってしまった。廊下での騒動の後、なんとなく腹が立って無視をしていたから、こんなに自然に私が返事をすると思わなかったのだろう。琥珀色の瞳が、驚いたように私を見ていた。


「ミア! あのさ、」

「ふんっ」


 この機を逃すまいとリゲルが話かけてくるが、知るもんか。すぐさま反対側を向いてやれば、今度はハルさんと鉢合わせた。一体何が起きたんだと、私とリゲルを交互に見て目を丸くしている。


 ああ、もう。

 騒動の中心にいるはずのユフィリアさんは、涼しい顔で食事を続けているし。


 せっかく王都まできたのに、一体これからどうなるのかしら。


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