↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミザル・ブルクの看板娘  作者: 枢 呂紅
[番外編] ふたりで紡ぐ、道の先には
PR
43/61

王宮の衝撃

 ぱかぽことリズムを踏む蹄の音を聞きながら、石畳の敷かれた道を揺られること数時間。アルデバランに私たちが到着したのは、夕方をすこし過ぎた頃だった。


 すでに建国祭ウィークが始まったこともあり、町のあちこちに王家の紋章が描かれた旗が掲げられ、広場の噴水は飾り付けられて淡く光を放っている。マルシェではかわいい置物や輝く飾り、そして湯気を上げるソーセージやチョコレートドリンクが売られ、顔をほころばせるカップルや家族連れであふれていた。


 そんなお祭りに沸き立つ町を抜けて、アルデバランの象徴ともいえる石造りの大きな橋にたどり着くと、私たちが目指す王宮はもうすぐそこだ。


「うわぁ……。ほんとに、あの中に入れるなんて」

「貴族サマの家もすごいけど、まぁ、別格だよな」


 橋の入り口で検問を受けている間、窓の外をのぞいた私たちがため息をついたのも無理はない。橋の向こう、金色の門の向こうに広がりますのはシャールブルン宮殿。いわずと知れた、王族が暮らす場所なのだから。


 検閲はすぐに終わり、橋を守る騎士さんの“行ってよし”の合図とともに、ついに馬車は橋を渡り始めた。


 そうそう、シリウスさんはアルデバランに到着してすぐに馬車を降りてしまったので、もうここにはいない。どうせなら宿の近くまで乗っていけばいいのにと止めたが、泊まる場所はこれから探すので、とのことだ。きっと、あたたかな地元の民宿に落ち着くことになるだろう。それはそれで、ちょっぴりうらやましい。


 とはいえ。


「さぁて、こっから勉強の時間ね」

「勉強? 王宮マナーでも身に着けるつもりか? 」


 気合いを入れて両手を握りしめた私に、リゲルが怪訝そうに瞬きした。当たらずとも遠からず。私は人差し指をたてて、左右にふってみせた。


「惜しい。盗むのはもちろん、王宮の“おもてなし”よ」


 ますます怪訝そうに首をかしげるリゲル。うーん、今のが最大のヒントだったと思うのだけど、やっぱり難しかったかしら。


「王宮には王国一のプロフェッショナルな使用人さんがいるわけでしょ。料理に給仕、飾り付けや掃除だって、全部興味深いわ。うまくミザル・ブルクにも取り入れることができたら、接客の質をぐんとあげられるもの」

「ああ、そういうことか。なるほど、完全に職業病の発想だな」


 勢いよく力説する私に、リゲルが小さく吹き出した。自分でも病気だとは思うけれど、王宮に入るなんて経験、たぶん一生で一度きりだ。その貴重な機会を逃す手はない。


「盗めるものは、全部盗め、よ。王宮と宿屋の違いはあれど、本質は同じ、客人をいかにもてなすか。夢はでっかく、王宮にだって負けてらんないんだから」

「相変わらず、威勢がいいな。お前は」


 そんな風に息を巻いているうちに、あっという間に馬車は橋を渡り終え、私たちはついに長い旅路を終えた。先に外に出たリゲルに手を引かれ、馬車を降り立った私は、まるで絵本の世界にでも迷い込んだのかと目を白黒させた。


 緩やかな階段には赤いカーペットが敷かれ、階段の両端には近衛兵が姿勢よく並び立つ。さらにその向こうには王家の紋章があしらわれた扉が大きく開け放たれ、使用人の皆さんを従え、黒に金の刺繍が施された礼服を身に着けた男性が中央に立っていた。


 男性は階段を降りてくると、私たちに向けて恭しく頭を下げた。


「ミザル・ブルクのノエル・ノーム殿、そしてミア殿。お待ちしていた。アーサー殿、リゲル殿も、長旅はるばるの迎え、大儀であった」

「その声は……、ゼノ様? 」

「なんだ、顔を忘れられていたか」


 不思議そうに首を傾げる氷の皇帝に、私はあわててぶんぶんと首を振った。艶めく漆黒の黒髪に切れ長の瞳を持つ美貌の王子を、どうして忘れることなどできようか。


 ただ、冒険者の姿だったり、軍司令の姿だったりと“サブ”の服装ばかりを見ていたせいか、改めて王子の礼服に身を包んだゼノ様に驚いただけだ。……その服装のせいで、却って『氷の皇帝』感が増していたから、なんて理由ではない。ないったら、ない。


「驚きました。まさか、ゼノ様が迎えてくださるなんて」

「当然だ。ノエル殿とミア殿を褒章に推薦したのは、この私なのだから」


 今、しれっと涼しい顔ですごい爆弾発言が飛び出した。まぁ、ルルを保護していたとき、あちこち飛び回りながらエーアガイツ団やミザル・ブルクに指示を出していたのはゼノ様だから、納得っちゃ納得だけど。


「ゼノ様がこちらに戻ってきているってことは、アマルノ国のほうは落ち着いたのですか? 」

「幾分かは。政治体制なんかは、摂政を中心に回り始めたといえるだろう」


 立ち話もなんだからと中に促され、高さのある窓が並ぶ廊下を案内されながら聞くと、ゼノ様はちらりとこちらを見てから話し始めた。


 ルルを無事にお母さんに戻してからというもの、ゼノ様はそもそもの発端となったアマルノ国の混乱を収めるべく、走り回っていた。で、摂政のリカルドさん、つまり当時の王弟殿下と繋がってからは、それはそれは鮮やかな手さばき、時には剣さばきでアマルノ国に巣くっていた膿を取り除くことに成功していた。


 とはいえ、一度傾いてしまった国を立て直すのは簡単ではない。そこで政治的な面では第二王子が、また軍体制の面ではゼノ様が支えており、そのため二人はほとんどの時間をアマルノで過ごしている。と、ここまでが私が知っていることだ。


「脆いとはいえ、アマルノは体制としてはまともな国に戻りつつある。膿が排除された今、リカルドの抜きんでた賢さが機能し始めているしな。だから、今までのように俺や兄上がつきっきりで支える必要もないだろう」


 だが、とゼノ様はわずかに顔をしかめた。黒い衣装もあいまって皇帝というより魔王様のように見えているけれど、それは本人に黙っておこう。


「あの子竜をとらえた密猟者、いや集団というべきだな。母竜との約束には、密漁集団の摘発まで含まれている。奴らがアマルノを拠点としていたところまでわかっているが、そのあとの糸口がな……」


 こつり、と靴が地を打つ音がして、ゼノ様が言葉を止めた。つられて音のほうを見たリゲルが、「げっ」と声を漏らした。そこには、お人形さんがいた。失敬、お人形さんのような女の子がいた。


 ほんのりと桜色の混じるブロンドの髪はくるりと巻かれて優雅に垂れ下がり、ミザルではあまり見ないような流行のワンピースが少女の愛らしさを引き立てている。と、飾り付けられた人形のような見た目をしているのに、利発そうな目がきりりと表情を引き締めていて、そのアンバランスさもまた魅力的だ。


 私より少し幼いように見えるけれど、私たちの荷物を運んでくれている使用人の皆さんもまったく動じていないし、彼女も王宮に招かれた受賞者だろうか。そんな風に少女を見ていると、少女と目がぱちりと合わさった。


「リゲル様がお帰りということは、そちらがミザル・ブルクのお嬢様ですの」

「話なら後にしろ、ユフィ。この者たちは長旅で疲労している」


 ゼノ様の厳しめの口調にも、ユフィと呼ばれた少女は臆することなく、形のよい鼻を小さく鳴らしただけだった。というか、ゼノ様の口調も王族のそれというより、気心の知れた相手をたしなめるだけに聞こえる。


「ふーん? 」と、何やら思案しながら近づいてきた少女に思いっきり上目遣いでのぞき込まれ、私はたじろいだ。顔の中心に穴があいてしまうほどまじまじと見つめたのち、少女は薄紅色の唇をきゅっと引き上げた。


「確かに、リゲル様がお選びになるのもわかりますの。凛とした立ち姿、美しい面立ち、そして強い意志を感じさせる瞳。何をもっても、申し分ありませんの」

「はぁ……? 」

「やめろって、ユフィリア。お前の眼力、意外と圧迫感あるんだぜ? 」


 突然褒められて訳が分からない私の前に、リゲルが割り込んだ。というか、リゲルはこの子と知り合いなんだ。ぼんやりと二人を静観していたら、ユフィリアさんが手に持っていた扇子でリゲルの額をぱしりと叩いた。


「いって! なにすんだよ」

「これで安心しましたの。わたくし正式に、リゲル様を将来の旦那様に指名させていただくつもりですの。わたくしの前に誰と付き合おうとかまいませんが、あまりに情けない相手だと先が危ぶまれますもの」


「………は? 」

「………ん? 」

「………へ? 」


 三者三様の間の抜けた声が廊下を支配した。ただ一人、この状況の原因となった少女だけが、平然としている。おっと、あまりのことに私はまだ反応していなかったんだった。といっても、こういう時はなんて言えばいいんだろ。えーっと、つまり?


「……リゲル、その、どういうこと? 」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。