メイデン工房
ぱかぽこと馬車に揺られて緩やかな坂を下り、景色が連なる山々から大分離れた頃合いに、私達は二度目の休憩地に降り立った。
アルデバランの校外にあたる職人の町、ベガス。ここにはいくつもの工房が軒を連ね、市街地で商売をする武器商や防具商を相手に、多くの職人が腕を振るって生活を成り立たせている。前に来た時も思ったけど、親方さんの渋みとか、見習いさんの熱意とか、モノを造り伝統を繋いできた男たちの活気がみなぎった町だ。
「ここを出たら、あとは一気にアルデバランまで行くぞ。俺は、ちょっと馴染みの親父に挨拶してくるから、あんまし遠くに行くんじゃねぇぞ」
「メイデン工房のことかい? なら、私も顔を見せておきたいね」
手を振って行こうとしたアーサーさんに、以外なことに母さんが名乗りでた。さらっと出てきた馴染みのない名前に、目を丸くしたのはリゲルだ。
「女将さん、なんでメイデン工房なんて知ってんだ? 腕はいいけど、知名度でいったらそこそこだぞ」
「昔、死んだ亭主がまだ冒険者だった時にさ、先代の親父さんに目を掛けてもらってね」
「俺やハルが、メイデン工房製の武器を使うようになったのだって、アルノルトの旦那の紹介があったからだ。だからリゲル、お前の武器もメイデン製を探しただろ」
懐かしそうに、アーサーさんが大剣を撫でる。そういえば父さんが生きていた頃、家族でこの町に来た時に、職人工房に連れていかれたことがあった。やたら歓迎されてお菓子やらなんやらいっぱいもらったけど、あれがメイデン工房だったのかな。
特にやることもなかったので、結局四人揃ってずらずらと工房を訪ねることにした。前情報で聞いていた通り、主だった大きな工房がある通りから少し離れた、どちらかというと町の端の方にメイデン工房はあった。
てっきり、しかめっ面のお爺ちゃんが出てくると思っていたのに、当主だと言って出てきたのは優しそうな目元をした(予想よりはずっと若い)おじさんだった。工房の中が熱いためだろう、腕まくりにタオルはちまきという軽快な出で立ちだ。
ヴァンと名乗ったおじさんは、私の父さんがミザル・ブルクのアルノルトだと知ると、もともと細い目をさらにくしゃっと細めた。
「そうか、この子がミアちゃんでしたか。随分と大きくなられて」
「主人が亡くなってから、大分足が遠くなってしまいました。先代にはとても良くしてもらっていたのに、申し訳ありません」
母さんが頭を下げると、ヴァンさんは頭を振った。
「アルノルトさんが亡くなられて、お一人でミザル・ブルクを切り盛りするのは大変だったでしょう。先代、いえ、私の父も、ノエルさんとミアちゃんのことを案じていましたから、こうして元気な姿を拝見できたのが何よりですよ」
嬉しそうに笑うヴァンさんの言葉の間に、時折カンカンと鉄を打ち付ける音が交じる。リズムカルなそれに心奪われていると、リゲルの方も気になるのか頭を揺らして中を見ようとしていた。それに気がついたヴァンさんが相好を崩した。
「良かったら、中を見てみるかい? 」
「いいんですか? でも、急に入ったらお邪魔では…… 」
「まさか。死んだ父も、ミアちゃんが来たなら喜びます。それに、そちらの彼。エーアガイツ団のリゲルくんですよね。うちの武器を可愛がってくれているようですしね」
快く言ってくれたヴァンさんに連れられて中に入ると、むっとした熱気に頬を撫でられた。全部で5、6人ほどの職人がいて、金属を打つ乾いた音と、剣を研ぐことで生まれる火花とが室内を満たしている。部屋の隅には、武器の元となる魔導石が大量に積まれていた。
「相変わらず、少ない人数で回しているなぁ」
「うちは少数精鋭がモットーですから。生産量はたかがしれていますけど、武器の質じゃよそに負けませんよ」
誇らしげに言って、ちょうど出来上がった剣を確かめながらヴァンさんが微笑む。きらりと光を放つ刃は、素人目で見ても美しく完璧なのだとわかった。
「ところで、リゲルくん。そのレイピアは、どちらで買ってくれたのかな。あまり多くは作っていないのに、よくうちのものを選んでくれましたね」
「おっさ……、団長に勧められたんです。武器を買うなら、メイデンの奴にしとけって。まぁ、買ったのはアーカード商会を通じだったけど」
出来栄えを確認した武器を職人に戻しながら、ヴァンさんは納得したように頷いた。
「ああ、アーカードさんでしたか。あそこは、前々からご贔屓していただいて、商売の腕も確かでありがたいことですよ。お嬢さんの方も、聡明な商売人で……」
そこまで言ってから、ヴァンさんはふと言葉を区切った。なぜか、まじまじと私とリゲルを交互に見て、何やら逡巡している。そして、突然爆弾をかましてきた。
「その……、二人はお付き合いをしているのですよね? 」
「は、はい?! 」
「職業柄、冒険者の話題はよく耳に入ってくるんですよ。特に、リゲルくんがミザル・ブルクのお嬢さんと――、というのは有名な話でして」
さらなる爆弾を投げつけときながら、ヴァンさんは至って冷静だ。まだ、茶化したり、冷かしたりしてくれた方がましだ。いつの間にか、職人の皆様まで作業の手を止めて、面白そうにこっちをみているし。
私がおろおろと視線を彷徨わせていると、リゲルが不機嫌そうに眉を寄せた。
「おい。そこははっきり言えよ、付き合っていますって」
言えるか! 途端にやんややんやの大喝采が職人さんたちに巻き起こる中、私はリゲルにかみついた。
「あんたは、恥ずかしくないの?! 」
「ないね」何を今更というように、リゲルが鼻を鳴らす。「むしろ、もっと宣伝してまわってもかまわねーよ」
何をどうしたら、そういう思考回路になるのか。とりあえず、それはふんぞり返って偉そうに言うことではないと思う。そして、母さん。お腹を抱えて笑うのはやめてください。
と、私達の攻防を見守っていたヴァンさんが、吹き出した。ひとしきり笑ってから、目元に滲んだ涙を拭って、ヴァンさんが息をつく。
「いやぁ、若いというのはいいですね。しかし、君たちは、何があっても大丈夫そうだ」
何かって、何だろう。思わずリゲルを振り返ると、彼の方もきょとんと首を傾げていた。
その後もヴァンさんは「杞憂かもしれませんから」の一点張りで、結局、私達はなんだか釈然としないものの、とても温かく手を振ってもらいながら工房を後にした。
余談だけど、後になって、私はこの時ちゃんとヴァンさんに聞いておくべきだったと後悔することになる。やっぱり、少しでも疑問に思ったことは、後回しに放っておいてはいけないという、いい例だ。




