死闘
戦闘が始まって、どれくらいの時間が経っただろうか。俺も皆も、とうの昔に時間の感覚など失くしてしまった。そこにあるのは、圧倒的な力を持つ神話級の化け物と、善戦しつつも決定打に欠ける俺達との膠着状態だけだ。
白銀の竜が細い首を仰け反らせ、その口に青白い光の球が集まる。次の瞬間、竜が鋭いブレスを吐き出し、凍りつく大地を削りながら俺達に迫った。
「アーサー! 」
「まだまだーっ!! 」
おっさんが大剣でブレスを受け止め、荒れ狂う氷の嵐ごと弾き飛ばした。その衝撃でおっさんの足が地にのめり込み、大剣により弾かれた嵐の渦が分厚い氷の壁にヒビを入れた。すかさず、デニスさんや他の冒険者がおっさんの背後から飛び出した。
襲いかかった冒険者たちが、竜の白い体に傷を付けていく。竜は咆哮をあげ、空間いっぱいに氷の刃を出現させたが、それも身を隠した冒険者の起こした稲妻の雨に砕かれた。怒り狂った竜が大きく尾を振り回した時、俺は勢いよく地を蹴った。
岩場を蹴って飛び降りた軌道の先に、純白の鱗に覆われた竜の細い首が迫る。俺は握るレイピアに、ありったけの守護の力を宿した。頭部のすぐ下、頚椎に強い衝撃を与えれば、竜であろうと意識を奪うことが出来る。そうすれば、殺さずとも氷の壁を消せるはずだ。
「うぉらぁぁぁぁぁぁああ!!! 」
決まった。俺も、見ていたおっさんたちも、そう思ったはずだ。俺の横っ腹に、強烈な一撃がぶちこまれるまでは。
「なっ……! 」
次の瞬間、俺は背中から氷の壁に打ち付けられていた。全身を白き石の加護で守られているとはいえ、あまりの衝撃に上手く息が出来なくなった。吐き気がこみ上げ、ようやく咳き込むことが出来た俺の目に、白い悪魔の目が光るのが見えた。
“お前は、あの子の匂いが一番つよい。そのお前を、私が見失うわけがない”
女の声が、頭に直接ひびく。くらくらと目眩が酷いから、声が脳を震わせるのはひどく気分が悪い。そこで俺は、自分がひどく負傷をしたのだと理解した。
そんな俺の前で、みるみるうちに竜の体に浮かぶ赤い傷がふさがっていく。さすが、神話級の化け物は回復もお手の物だ。単に、俺達が奴に致命傷を与える力がないだけなのかもしれない。とはいえ、俺は思わず笑ってしまった。
“何がおかしい”
「いや……。あんたとの戦いは、ほんと割にあわないって思ってさ」
霞む視界の向こうで、俺の前にハルさんやおっさんが立ちふさがった。他の皆は大丈夫だろうかと億劫な体を支えて辺りを見ると、何人もの冒険者が倒れ伏し、他の冒険者に介抱されていた。無事なものは、残り半分といったところだろう。
そんなちっぽけな俺達を見下ろすように、白い悪魔は首を高く掲げた。
“私は強い。お前達とは比べ物にならないほどに。それなのに、矮小で脆弱なお前達から、私は私の大切なものを守れなかった”
竜が何か言っている。おっさんたちも懸命に何かを叫んでいるけど、続きを聞くのも億劫だった。ただ、頭に浮かぶのはミアのことだった。
おっさんの大剣の柄にはめられた石は、まだ点滅を繰り返している。それはつまり、ルルは安全とはいえないけど、なんとか知恵を尽くして逃げ延びているということだ。そこにミアも一緒にいるのだろうか。
ミア。意思の強い、深い真紅の瞳が脳裏に浮かぶ。つくづく思うけれど、あいつはピンチに陥る天才だ。そのくせやたら行動力があるから、きっと今この瞬間も、ルルを連れて大立ち回りをしているに違いない。
「帰らなきゃ」
周囲の喧騒をどこか遠くの出来事のように感じながら、俺はきしむ体を堪えて、近くに転がるレイピアを引き寄せた。俺が触れるとレイピアは再び白い光を放ち、守護の力を展開した。
こんな所で、くたばるわけにはいかない。
冒険者として、男として、俺は守りたいものは全部守ると決めたんだ。
白竜が細い首を後ろに引いた。この後には、間違いなくあの強烈なブレスが飛び出すことだろう。おっさんとハルさんが構える中、俺も氷の壁に掴まりながらレイピアを構えた。
果たして、堪えきれるだろうか。いや、違うか。この後の攻撃は、恐らく今までで一番強烈になる。それをおっさんとハルさんと三人で、奴の急所に叩き返えしてやる。ミア曰く、俺は『好きに飛び込む』戦闘スタイルだというから、この作戦もぴったりだろ。
「おっさん! ハルさん! 」俺は、前を守る二人の先輩に声をはりあげた。「次の攻撃、全部俺に預けて合わせてくれ! 」
一拍置いて、体に自分のものではない魔力が流れこむのを感じた。ふたつの異なる力の流れが俺のレイピアと同調をはじめ、一つの大きな力のうねりとなった。
「怪我人が無茶すんじゃねーぞ! 」
「少し時間をかけすぎたね。次で終わらせる! 」
二人の武器の力を受け、より眩い光がレイピアから飛び出す。同じくして、竜の口から最大級のブレスが放たれた。
俺は叫んだ。おっさんとハルさんも、たぶん叫んでいたと思う。まともに浴びたら消しくずとなってしまうような魔力の渦が、俺達の全力とぶつかる。
はずだった。
竜が放ったブレスも、俺達の合わせ技も、交わることなく弾かれた。それはまるで、俺達の間に突如見えない壁が出現したかのようだった。掻き消えていく光の中心に目を凝らした俺は、あり得ないものを見た。
それは人影だった。そのうちの一つは、俺がついさっき、何度も瞼の裏に思い浮かべた姿だ。ぴんと背筋の伸びた佇まい、すらりとした手足、そして波打つ銀の髪。彼女がこの場所にいるはずがない。ついに俺は、幻を見始めたのか?
その幻が、風で流れる髪を押さえながらゆっくりと振り返った。光で目がくらむ中、印象的な赤い瞳が俺と交わる。傷一つない、ミザルを出発するときに見たのと同じ姿で、彼女が大きく目を見開いた。なんだよ、その顔は。驚いたのはこっちだっての。
ミザル・ブルクの看板娘、ミア・ノームがそこにいた。




