伝えたいコト
おかあさんが来た。そう、ルルが目を輝かせて言った後。
何が起きたのかは、私にもよく分からない。たぶん、ルルを中心に小さな爆発があったんだと思う。爆発といっても、柔らかな光が周囲に広がっただけで、凶悪な衝撃が辺りを襲うことはなかった。
次に私が瞼を開いた時、私は雪に覆われた深い谷にいた。
おまけに、目の前には見たこともない生き物がいた。
「…………はい? 」
次第に景色が明瞭となる中、私はどこからコメントをすればいいのか、ひどく混乱した。まず、圧倒的な存在感を放っている、真っ白で威厳に満ちた生き物はなんだろう。どう見ても、幼い時に絵本で見た『竜』そのものなのだけれど。
それと、ルル。全身を青白く光らせながら、雪の結晶が連なる薄い膜のようなもので、私たちを覆っている。素人に私が見たって、今までで一番力が満ちているのだとわかる。
私たちというのは、私とルル、そしてゼノ様だ。一緒にいたはずのディートハルトさんやアレクはここにはいない。いや、むしろ消えたのは私たちの方で、彼らは衛兵駐屯所の屋上にいるのだろう。
と、そこで私は強い視線を感じて、ゆっくりと振り返った。まさかという思いと、そうであって欲しいと願いが混じりあい、息苦しさすら感じる私の目に、食い入るように私を見つめるリゲルの姿が飛び込んだ。
「リゲル!」
「おい、待て! 」
背後でゼノ様が制止する声がしたが、かまわず私はルルがつくった結界のようなものから飛び出した。
走り出した途端、周囲の惨状が目に飛び込んだ。地面は岩と氷が混じりあって大きく削られ、あちこちに負傷した冒険者が倒れている。ひどい戦闘があったのだと丸わかりだ。
雪に足を取られそうになりながら私が駆けていくと、リゲルもまたこちらに踏み出した。その歩き方はぎこちなく、剣を持つ肩を反対の手で押さえている。怪我をしているのだと悟った途端、さっと血の気が引く思いがした。
「リゲル! 怪我は?! 」
「お前は、こんなとこで何してんだ! 」
駆け寄った私の額に、容赦ないリゲルの手刀が落ちる。思わぬ攻撃に目を白黒させていると、リゲルに強い力で肩を掴まれた。
「ここはレグルス山だぞ?! なんで、ミザルにいるはずのお前が! 」
「なんでって……、なんでだろうね? 」
「ふざけんな! 冒険者でもない人間が、装備もなしに来ていいようなとこじゃない! そもそもお前って奴は、俺があんなに言ったのに危険に飛び込んできやがって……」
見たこともない剣幕で怒るリゲルに、始めは呆気にとられていた私も、だんだんと腹がたってきた。目をあけたら雪山でしたなんて、私だってわけがわかないのだ。それなのに、何故ここまで怒られなくてはならない。
むかっ腹がたった私は、いつもの調子で思いっきり目の前の胸板をぐいと押しやった。
「だー、もー、うるさい! こっちはこっちで、色々あったの! 」
「っ……! 」
リゲルの喰いしばった歯の間から、声なき呻きが漏れた。リゲルの体がぐらりと傾き、私は青ざめてその体を支えた。私の大馬鹿! 怪我人相手に、何やってんのよ!
「ご、ごごごごめん!! だいじょう……きゃ?! 」
最後まで言う前に、私はリゲルに抱きすくめられていた。とても怪我人とは思えない強い力で体を包まれ、一拍おいて私の顔に熱が上った。
「な……、あの、リゲル? 」
「会いたかった」
彼のくぐもった声に、私は動きを止めた。私の肩に顔を埋めているから表情はわからないけれど、私を抱きしめる腕にさらに力がこもる。
「心配した。お前に何かあったらって、気が気じゃなかった」
最後の、よかった、という言葉は、消えてしまいそうなほど小さな声だったけれど、私の胸をじんわりと暖めた。私はリゲルが痛くないように、そっとその背中に手を回した。
「私も、会いたかった」
私の中で、何かがストンと落ちた。ああ、これは幼かった頃の私だ。最後に手を一振りして山に入っていった背中を、私は、幼かった頃の私と一緒に見送っていたんだ。
そこにリゲルがいることを確かめるように、私はリゲルの肩に顔を寄せた。そうしていると彼の規則正しい鼓動が伝わってきて、それがひどく心地よい。
生きて帰ってくるって、信じていた。
それでもやっぱり、不安だった。
何度も、あなたに励まされた。
落ち着け、私。
言いたいことはたくさんあるけれど、まず、これを言わなきゃね。
私はひとつ息をついてから、そっと口を開いた。
「―――おかえり、リゲル」




