あがく
闇夜を真っ白の雪が、ぼんやりと照らす夜。
窓から身を躍らせ、手も足も、すべてを空に投げ出した。
ふぁ。
あ。
「っあーーー、怖かったぁぁぁー! 」
「怖かったのは僕。ミアのばか」
全身を強張らせていた緊張が、どっと抜け落ちる。ルルはというと本格的にびっくりしたらしく、じっとりと恨みのこもった眼差しで私を睨んでいた。
「ミア、怪我する。僕、困る」
「ここ2階よ? 仮に落ちたって、大した怪我なんてしやしないわ。それに、おかげで首輪の呪縛が解けたでしょ」
「そういう問題。ちがう」
抗議したルルの頬が、不満げに膨らむ。その首で存在を主張する黒き石は、もう鈍い光を放ってはいなかった。
さて。私はルルにつかまりながら身をよじり、自らが飛び降りた窓を振り返った。窓枠に噛り付いて目を丸くするミザル・ブルクの面々の中に、呆れ面の母さん、そして驚きを隠そうとしないアレクを見つける。
私とルルは、彼らと同じ高さに浮かんでいた。正確には、私を抱えたルルが宙に浮かんでいる。自分でも賭けにでたとは思うが、上手くいってよかった。ルルにはああいったけど、痛い思いをするのは正直に嫌だもの。
きっかけは、ルルと目があった時だ。その度にルルが正気を取り戻しそうになっていたから、ぴんときた。そして、私の手足が完全に窓から離れた途端、狙い通りルルは“命令”を抜け出し、私を助けてくれた。
確信があったわけじゃない。だけど自惚れではなく、ルルはみんなの中でも特に私になついてくれていたから、声が届くんじゃないかって思った。もちろん、普通に話しかけても効果はないだろうから飛び降りたわけだけど、二度と同じ真似はしたくない。
「どうする? 逃げる? 」と、ルル。
そこで、アレクと目があった。当然、かなり怒気をはらんでいるだろうと身構えたが、アレクは微かに笑みを漏らすと、踵を返して窓から顔を引っ込めた。嫌な予感がする。
「離れましょう。出来るだけ遠く」
「わかった。山、むかう? 」
「それもいい考えだけど……」私は首を振った。「エーアガイツ団と合流するより先に、また魔力酔いが起きるかも。それは危険よ」
考えなきゃ。アレクのあの様子だと、ルルが逃げ出した場合の対策をとっているんだ。ただ闇雲に逃げても、罠にかけられるかもしれない。といって、衛兵駐屯所は頼りにならない。それこそ、ボルガンが待ち構えているかもしれない。
「……あれ? 」と、ルルが首を傾げた。「何か、いっぱいくる」
「いっぱい? 何が来るの? 」
嫌な予感がますます膨れ上がる私には答えず、私を抱えたままルルが急発進した。ルルの魔法の影響なのか、特に体に負荷がかかることなく、私たちはさらに高い場所へ浮かび上がった。おかげで視界が開け、ルルのいう“何か”が目に飛び込む。
「何、あれ。大きなコウモリ?! 」
「レンダラス。夜型の魔物」
黒い大きな羽を広げ、とんがった顔に光る目を持つ5匹のモンスターが、こちらを目指して接近してくるところだった。コウモリに似ているけれど、かなり大きい。たぶん、一匹の大きさでルルとそんなに変わらない。
「ミア。僕にちゃんとつかまって」
レンダラスの首に見慣れた首輪が見えるのと、ルルがモンスターとは反対の方向に飛行し始めたのと同時だった。風で顔にかかる髪を押さえながら振り向くと、厄介なことにレンダラスもきっちり追いかけてきている。
「あれも操られているわ」
「にげる。ミアいっしょ。戦えない。――っ!」
ルルが空中でひらりと体を翻し、遅れて火を体にまとった鳥のようなものが横から高速で通りすぎた。今度は何?! 慌てて目で追うと、シュッという音を出して、火の鳥は空中で燃え尽きて消えた。その最後の残像に、矢が混ざる。
「弓矢? 」
矢が飛んできた方を見ると、ミザルの中心に位置する聖堂の屋根に、動く人影が見えた。暗くてはっきりとは見えないけど、その人物が弓を構えたら、その手元にオレンジの火が燃え上がった。
その人物が矢を放つ。すると一本に見えた火の矢が複数に分かれ、それぞれが意思を持った鳥のように羽を広げて襲いかかってきた。
「きゃっ! 」
「大丈夫! 」
ルルの瞳に青白い光が宿る。と、矢が向かってくる方向に一瞬で複数の大きな雪の結晶が浮かび上がり、盾となって火の矢を消しとばした。だが、その一瞬の隙をついて、レンダラスに距離を詰められてしまう。
きぃきぃと甲高い鳴き声を立てる5匹のレンダラスに襲いかかられ、追い立てられるようにルルが逃げる。やはり私が一緒だから、戦うのはためらっているようだ。追い打ちをかけるように、火の矢の雨が降り注ぐ。
「っ! じゃま! 」
ルルの目が再び青白く輝き、レンダラスの翼が凍りついた。それで、3匹のレンダラスが飛べなくなって落ちていく。他の2匹は氷をなんとか割ってついてきたが、それでも少し間をあけることができた。
「すごいわ、ルル!! 」
「でも、不十分。まだ追ってくる」
悔しそうにルルがいう。と、城壁とも見間違う石造りの建物に差し掛かり、私は血の気が引くのを感じた。
「いけない! すぐにここを離れて! 」
「え? 」
戸惑ったルルが速度を落としたことで、私の目が建物に備えられた見張り塔の上に立つアレクを捕えた。並んで、見覚えのある他のボルガンの姿も見える。私たちは、いつの間にかミザルの衛兵駐屯所に来てしまっていた。
レンダラスの襲撃も、弓の使い手も、私たちをここに追い込むための罠だったんだ。気づいたときには、もう遅い。アレクが小刀を掲げるのが見えた。
空気を割くような鋭い音が響き、私たちの四方を取り囲むようにして、いくつもの否妻の柱が出現した。これで私たちは、通り抜けることの敵わない、バチバチと嫌な音をたてる雷の檻に閉じ込められてしまった。
「お見事だ、お嬢ちゃん。傭兵の手を掻い潜って獲物を奪うとはね。だけど、それもここでおしまいだ」
手を叩いて乾いた音をたてながら、アレクが一際高い見張り塔を降り、屋上を歩いて近づいてきた。ボルガンの面々もそれに続き、檻に閉じ込められた私たちを囲んだ。雷に触れないよう気をつけながら、私はアレクを睨み付けた。
「ここから出して。ルルはアマルノには行かないわ」
「大したお転婆だ。お前さんを見ていると、末の妹を思い出すぜ……」
呆れたように髪を掻き上げたアレクの言葉に、胸が痛んだ。当たり前のことだけど、彼らにも家族がいるんだ。その人たちが、戦争という驚異にさらされそうになっている。身動きが取れない私たちを、強い決意を込めたアレクの瞳が射抜いた。
「すまねぇ、お嬢ちゃん。俺たちはそいつを連れて、アマルノを救う。例えそいつの意に沿わないことであろうと、戦争を回避するまでは俺たちは止まれない」
「待って! 他にも方法があるはずだわ。国を救う方法が! 」
「それも探している間に、人が死んでもか?! 」
大柄の傭兵の叫びに、私は胸倉をつかまれたような心地がした。アレクが仲間をいさめつつ、静かに首を振った。
「もう、時間がないのさ」
言葉を失う代わりに、涙がこぼれそうになった。なぜか、無性にリゲルに会いたくなった。ルルも、アマルノも両方救う。リゲルだったら、きっとそういう選択をするはずだ。
ねぇ、リゲル。あんたを真似て、頑張ってみた。だけど、もう手詰まりみたい。
両方を救いたい。だけど、両方は救えない。
お願いよ、助けて。
「――剣よ、力を喰らえ! 」
聞き覚えのある声とともに氷の水晶が、地面から幾重にも突き出した。




