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王者の風格


 両側を切り立った崖に囲まれた谷間の、岩肌にところどころ見える枯草の山は大鷲の巣だ。今はモンスター一匹姿を現さず、ただ雪だけが静かな谷を埋めるように降りしきる。


 そんな中、闇にまぎれるように、冒険者たちが岩から岩へ駆けていく。先頭を行くのは、当然エーアガイツ団だ。二手に分かれ、反対側の壁側を移動中の冒険者から合図が送られた。それを確認したおっさんが、大岩で窪地のようになった場所に飛び込み、俺たちもそれにならって身を隠した。


 既に夜も更けた頃合いだろうが、途中に交代で見張りを立てて仮眠をとったおかげで体は軽い。と同時に、谷間に入ってからというもの、魔導具が騒いで仕方がない。俺のレイピアも力が増しているのがひしひしと伝わり、レグルス山の変調の原因がすぐ近くまで迫っていることを俺たちに告げていた。


「いいか、深追いはなしだ」集まった俺たちに、おっさんが念を押す。「谷に入る前、確認した通りだ。ここから先に何があるかは、完全に未知数になる。身の危険を感じた時は、俺の合図を待たずに逃げろ。それも勇気だ」


 谷の入口には、一部の衛兵と一つのギルドを見張りとして残してある。不測の事態があった際は、彼らと合流し山を下るためだ。仮に俺たち全員がお陀仏となった時も、彼らが山を下り、麓に状況を伝えてくれる。


「了解だよ、アーサー」

「ま、生きて帰れねーとなると、色々不自由もあるしなぁ」


 頷いたハルさんに、デニスさんが肩を竦め応じる。俺たちの顔を順に見渡してから、おっさんは大剣を空に掲げた。出陣の合図だ。反対側の崖側でも、動きがあった。俺たちは一斉に、次の窪地へと飛び込んだ。


 この窪地を超えた先は、平地の部分が大分開けた場所に出る。どこか体を隠せる場所があっただろうか。記憶を頼りに顔を出した俺は、広場の中央にこんもりと盛り上がる山のように大きな黒い影に目を奪われた。


 なんだ、あれ。俺の記憶が正しければ、あんなところに大岩なんかなかったはずだ。ていうか、あの大きさじゃ山と呼んでも過言ではない。そんな風に思っていると、山から首が伸びた。


「……は? 」


 呆気にとられる俺の目の前で岩山が割れ、両翼が広がっていく。鍵爪のように鋭い棘が連なる尾が空を引き裂き、真っ白な雪の中でひときわ神秘に輝く純白の肢体が立ち上がる。山のように見えたそれは、全身を純白の鱗で覆われた竜だった。


「白銀の竜?! ユグド連峰の王か!! 」

「レグルス山の魔力を狂わせたのもわかる……。なんて迫力だ」

「これが、本物の竜……」


 辺境の田舎で育った俺ですら、絵本や神話でしか聞いたことがない。それほど希少で、人の世と交わることのない生物。そんなものを、目と鼻の先で拝むことになるとは。


 と、唐突に竜が咆哮を上げた。ただの雄叫びとはわけが違う。さすがの神話クラスの化け物、全身が千切れんばかりの威圧感に肌が粟立ち震えが走った。


“この匂い。ようやく見つけた”

「な、誰だ?! 」


 咆哮に紛れて響いた女の声に、俺は咄嗟に周囲を見渡した。だが、目に入るのは同じく驚愕を顔に浮かべた見慣れた仲間の顔だけだ。再び女の声がしたとき、直接頭の中に鳴り響いているのだと気づいた。


“ああ、なのに、なぜ魔力を感じない。生きてさえいれば、私を感じるはず。そう、生きてさえいれば……”


 女の声に悲壮感が混じる。それと同時に、咆哮を止めた竜の目が俺たちの隠れる岩場をじっと見据えた。胸がざわついて、嫌な予感がした。事情はよくわからないが、この竜は悲しんでいる。そして、めちゃくちゃ怒っている。切れ長の瞳が、さらに細さを増した。


“人間よ、貴様らを許しはしない”


 竜の口が開き、凄まじい魔力の渦が飛び出した。とっさに崖に張り付いた俺たちを掠め飛び、放たれた魔力が駆け抜ける。


 死ぬ! 規格外だ! 今まで戦ってきたどのモンスターとも桁違いの威力に、心臓がバクバクと音をたてた。だが、次の瞬間、俺たちはさらに言葉を失った。


 俺たちが通り抜けてきた谷間に、びっしりと分厚い氷の壁が出来上がってきた。壁はうず高く両側の崖の上の方まで続き、モンスターを倒して魔術を無効化しない限り、到底崩すことなどできなそうだ。


 これで、俺たちの退路は完全にふさがれた。そして前方には、怒り狂った神話級のモンスター。出来ることなら戦闘を避けたいが、完全に向こうはこちらを仕留めるつもりだ。こうなってしまったら、戦うしかない。


絶体絶命の状況に、追い打ちをかけたのはハルさんの一声だった。


「アーサー! 石が光っている! 」

「おいおい、そいつはモンスターのチビちゃんがまずいって報せだよなぁ? くっそー! タイミング悪いったらないぜ 」


 全身の血がどくんと波打った気がした。皆が凝視する先で、間違いなくおっさんの剣の柄に嵌められた石が輝きを放っている。ルルが、ミザル・ブルクが、危ない。


 途端、俺は次々に湧き上がる後悔の念で頭を埋めつくされた。ルルをミザル・ブルクに残してくるべきでなかった。せめて、俺だけでも残ればよかった。


 ルルの希少性を知っている襲撃者は、あいつを殺すことはしない。だけど、ミアは? おかみさんや、ミザル・ブルクの人たちはどうなる?


勇気があり、正義漢の強いミアが、ルルを奪われようとする時にそれを静観するはずがない。最悪の想定に、手足が震えだすのがわかる。ザクの酒場で感じたのと同じだ。大切なものが、手の届かないところで奪われる恐怖。


「ああああああああっ! 」


 叫びながら、レイピアを引き抜く。すでに俺のレイピアは、レグルス山に呼応して力が相当高まっている。剣を握る手を通して、魔導具の力の高まりが俺をさらに鼓舞した。ぎょっとしたように俺を見るおっさんたちに、俺は叫んだ。


「あいつを倒す! それで、ミザルに引き返すんだ! 」


 諦めるものか。俺は決めた。手が届かない時は、限界まで手を伸ばす。それでもだめなら、足を使って追いすがる。逃げ道は塞がれた。前は化け物が待ち構えている。上等だ。ほんのわずかな可能性すら切り拓いて、ルルを、ミアを守るんだ。


幸い、石の光り方はまだ点滅だ。ルルが危険を察知すると石は点滅をはじめ、さらわれるなど危険度が上昇すると常時発光にかわる。つまり点滅し続けている間は、なんとか持ちこたえているということだ。


希望はまだある。


「いい提案だな」と、おっさんが大剣を構えて不敵に笑った。「リゲルの作戦を採用だ。これよりエーアガイツ団は、ミザルに帰還する。それにはまず、あいつを無効化して氷の壁を取っ払うぞ」


 冒険者たちに掛け声が上がる。

 圧倒的に不利と見える戦いは、こうして幕が切って落とされた。


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