核心迫る
レグルス山に向けて出発したのは、衛兵30名とエーアガイツ団を含む3つの攻略ギルドだ。100人近い人間がぞろぞろと山道を歩く様は、なかなかに見応えがある。
木々が生い茂るエリアはとうに過ぎ、今は開けた雪原にごつごつとした岩肌が見え隠れしている。出立から半日ほど経つが、さすが山慣れしている面子だけあっていいペースだ。
とはいえ、道中にまったくモンスターと戦闘をしなかったわけではない。現に今も、ドルフと交戦中である。
「うおおおおおお!! 」
雪を蹴って駆け、三体のドルフを切り伏せると、真っ白の雪原を彼らの緑の体液が濁した。岩と見紛うずんぐりした体に角が特徴の彼らが動かなくなったのを確かめていると、おっさんが退屈そうに欠伸した。
「ったく、俺の出番がないじゃねーか。少しは団長に華持たせろや」
「どの口が言うんだ。全面的に俺にお任せモードだっただろ」
「バレたか。いやー、腕のいい部下がいるってのはいいもんだ」
大口を開けて笑ってから、おっさんは急に真面目な顔をした。
「だが、油断はするな。こいつらも、妙に気が立っていた。レグルス山の変化が、奴らにとっても異常事態ってわけだ」
おっさんの言う通りだ。森を抜けてから一番戦力が高い俺たちエーアガイツ団がしんがりを務めてきたが、多くのモンスターが魔力酔いで俺たちが通っても反応しない一方、それでも襲ってくる少数の奴らは却って通常より獰猛になっている。
モンスターほど魔力の流れに敏感になれない俺たちですら、山に入ってから肌がピリピリ痛むような緊張感があるのだ。動けるモンスターが、何かに怯えたように暴れ回るのも当然だ。
「にしても、いつにも増して気合入ってるじゃねーか。何か良い事でもあったか? 」
「……別に? さっさと終わらせて、さっさと帰りたいだけだ」
「その反応はミア坊関連だな。団長、めちゃくちゃ気になるぞ! 」
目を逸らした俺に、おっさんが食い付く。さすがギルドのリーダーとあって、がさつに見えて以外とおっさんは勘がいい。ていうか、髭面に屈強な大男が両手握りしめてうずうずしたって、全然かわいくない。つーか、こわい。
「そういや今朝は、ミア坊もいつになくお前を熱く見ていたな」
「な?! 本当か?!」
「嘘」
しれっと舌を出すおっさんに、俺の蹴りが炸裂する。それを当然のようにかわしながら、おっさんはにやにやと笑った。
「夕飯は普通だったから、昨日の夜か? なんだ、何があった? 」
「別に、何も……」
“好きよ。大好き”
昨夜のやり取りが蘇り、俺は頭を掻きむしった。ちらちらと落ちる雪を背景に、潤んだ赤い瞳で見つめてそんなことを言われ、理性が吹き飛びそうになった。本人に俺を惑わせた自覚はあるんだろうか。おかげでこっちは寝不足だ。
今朝だって、本当は後ろ髪をひかれて仕方なかった。せめて、ミアの細い身体を抱きしめたい。彼女の気持ちを確かめたい。それが出来たら……。
なんて考えていたら、おっさんが野次馬根性丸出しの顔でにやりと笑っていた。このお節介おやじめ。
「だーから! いくら町に残った衛兵がミザル・ブルクを警護するっつったって、こっち解決して俺たちが戻ったほうが安全だろ? またいつ、ボルガンみたいな連中に目をつけられるかわかったもんじゃねぇし」
「なるほど、なるほど。で、残してきたミア坊が心配で堪らないというわけだ」
おっさんが訳知り顔で頷く。図星なだけに言い返せないのが、悔しいところである。
「まぁ、安心しろ」といいながら、おっさんは自分の大剣の柄に嵌められた石を指差した。
「ルルに異常があれば、こいつが光る仕組みになっている。その時は、エーアガイツ団は調査団の状況がなんであれ、町へ引き返すぞ」
「それもルルの魔法か……。大概、あいつも何でもありだな」
その時、ばさばさと羽が空気を打つ音がして、遥か上空を大鷲の大群が横切るのが見えた。和やかなムードは吹き飛び、俺たちの間に緊張が走る。記念すべき第一回エーアガイツ団遠征、それは大鷲が守る谷が目的地だった。
戦ったからこそ分かる。あの大鷲たちが、自分たちの巣を捨てて逃げ出すなど、通常ならありえないことだ。
「――方向転換だ。大鷲の谷を目指すぞ」
団長の声に、俺たちは声なき返答を戻す。レグルス山を揺るがす異常の根源は、もうすぐそこだ。
☆ ☆ ☆
カタンと、何かがずれる音がして、うとうとしていた私は眠りから引き戻された。目をこすりながら周囲を見回すと、母さんたちみんながソファに身を沈めてぐっすり眠っている。音がしたのは、風が窓を揺らす音だったようだ。
ルルも、私に寄りかかって身を丸くして寝息を立てている。私が目を覚ましたことで眠りが浅くなったのか身動ぎをしたが、それでも安心しきって眠っている様子を見る限り、少なくともミザルの町は平穏だということだ。
私たちがこうして大広間に集まっているのには、理由がある。エーアガイツ団がミザル・ブルクを離れ、複数のギルドと衛兵で組まれた調査団がレグルス山に向かっている今、ミザルの町は最も守りが手薄になる。ボルガンのようにルルを狙う輩にとっては、またとない好機だ。
だから、少し窮屈ではあるけれど、私たちはルルと一緒に一つに固まっている。大広間の扉の外には衛兵が立っているし、館のあちこち、さらには外にまで見張りの衛兵がずらりと立ち、さながらミザル・ブルクは要塞のようである。
エーアガイツ団は、今どのあたりまで進んだだろうか。ずっと雪が降っているから分かりづらいけれど、外はすっかり夜になっている。いくら旅慣れしている冒険者たちと言えど、雪の中で野宿は体に堪えるはずだ。リゲル、風邪ひかないといいけど。
その時、ルルの瞳がぱっと開いた。
「ルル? 」
「ミア。動く、だめ」
長い睫毛に縁どられた大きな瞳が、警戒するように大広間の扉を見つめる。その気迫におされて身動きできない私の耳に、何か重い物が倒れる音がした。
「なんだい……? 」
母さんたちも音に気付いて、ソファで体を起し始めた。その表情が寝ぼけたものから、すぐに警戒にかわる。遠くの方で誰かが叫び、壁に打ち付けられるような鈍い音が響いた。
広間の扉が開いて、数人の衛兵が飛び込んでくる。手負いの兵もいて、エリゼさんが小さく叫んだ。
「皆さん! 出来るだけ扉から離れて! 早く! 」
「来るな……、がっ! 」
「ミア、下がりな! ルルもおいで! 」
閉じられた扉の向こうで、誰かのくぐもった悲鳴と床に崩れ落ちる音がし、母さんがするどく叫んだ。慌てて部屋の奥に飛びのいた私たちは、前に立ちふさがる衛兵たちの肩越しに、穴が開くほど扉を見つめた。嫌な沈黙が、広間を埋めつくす。
皆が見守る前で、ドアの取っ手がゆっくりと下がった。冷たい汗が背中を滑り落ちる。焦らすように開けられた扉の向こうに現れた人物に、私は驚きに目を見開いた。
「あなたは、ボルガンの……?! 」
「こんばんは、お嬢ちゃん。また会ったね」
顔を横断する大きな傷跡と、風格すら漂う落ち着いた身のこなし。それは、衛兵駐屯所に仲間と共に捕えられているはずのアレクだった。




